抜け出せない沼を持つ男と実力主義の教室。雛鳥は何を見るか。 作:末路雛鳥
遅くなってすみません。
本編をどうぞ。
7月1日時点。
高度育成高等学校学生データベース。
氏名 綾小路雛鳥 あやのこうじ ひなどり
クラス 1年D組
学籍番号 S01T008080
部活動 無所属
誕生日 10月 20日
評価
学力 C
知性 C+
判断力 B−
身体能力 C−
協調性 D−
面接官からのコメント
現段階では期待の薄い生徒だと言わざるを得ない。協調性や個性と呼ばれるものを感じられない。受け答えそのものは高校生として許容範囲ではあるものの、現段階での学力や身体能力は平均をやや下回る。
特別な資格もなく、別資料による事情等からDクラスへの配属が妥当と判断。
担任メモ
過去問の存在に気づいたりと機転の効く思考がある。
だが別クラスとの交流と、自クラスの佐倉愛理、堀北鈴音としか会話をしていない、経過観察状態であることを報告します。
翌朝。一年Bクラスの教室は、いつものように適度なざわめきと、穏やかな空気に包まれていた。
そんな空気の中、扉が開き星之宮先生が教壇に立った。
いつものように笑顔を浮かべているが、今日の先生が纏う空気は、ほんの少しだけ違っていた。どこか、面倒な仕事を抱えたOLのような溜め息が混じっている。
「みんな、おはよう。……朝からちょっと、ごめんだけど、昨日からポイントが支給されない理由を説明するよ」
その一言で、教室の空気が引き締まった。
「実はね……CクラスとDクラスの生徒の間で、ちょっとしたトラブルが起こったの」
トラブル。 ただの口論や小競り合いなら、わざわざ他クラスの担任が言及するはずがない。 目に見えてわかるだけのトラブル、となればーー
「……暴力沙汰、ってことですか?」
神崎が鋭い声で確認する。
星之宮先生は困ったように眉を下げた。
「うーん……まあ、そうだね。でも、まだ学校側としても結論は出ていないの。」
結論が出ていない。 その言葉に、神崎が訝しげに首を傾げた。
「……結論が出ていないというのは、何か理由があるんですか?」
本当に、神崎はクラスの代表としての役割を完璧にこなしてくれる。
俺が心の底で抱いた疑問を、一言一句違わず、しかも爽やかな声で代弁してくれた。
拍手喝采を送りたい気分だ。
「うん。それがねえ……両者の訴えが、真っ向から食い違ってるのよ」
星之宮先生はチョークを指先で弄りながら、困惑したように息を吐く。
「Cクラスの生徒たちは、須藤くん……あっ、Dクラスの子ね。須藤くんから一方的に殴られたって主張してる」
「でも、須藤くんは『自分から仕掛けたんじゃない。Cクラスの連中から呼び出されて、喧嘩を売られたから正当防衛だ』って言っててね。……」
……須藤、 あの赤髪ね。
まあ、なんにせよ、Bクラスには関係がない。どうせ綾小路がなんとかするだろうし、下手に手を出しても飛び火するだけだ。
俺は傍観者のスタンスを決め込み、素知らぬ振りをしようとした、その時だ。
前の席の姫野が。 ゆっくりと、本当にゆっくりと首だけを後ろへ回し、俺の方を見た。
そして、ばっちり目線が合った瞬間。
彼女は、クイッ、と。 顎を、微かに動かして頷いてみせたのだ。
……は?
今の顎の動き。
あれは間違いなく、後でちょっとツラ貸せ、という、俺達の間で決めたサイン。
どうやら、ボスのお呼びらしい。
……あれ?
おかしい。何かが致命的におかしい。
俺の記憶が正しければ『比企谷くんみたいな人が裏で動くなら、手足があった方がいいよね。だから私が動いてあげる。なんでも言ってよ』と、こいつは言った。
俺が考えを言って、こいつがその手足として便利に動く。 そういう、契約だったはずじゃないか。
なのに、なんだ今のあの、わかってるよね? あとで指示を仰ぎにこい、みたいな、堂に入ったボスの風格は。
いつの間にか、俺がこいつの顎で使われる下っ端みたいな扱いになっている。自然な流れで、上下関係が逆転して出来上がってしまっている。
「……これが、俺の定めか」
最近理解してきたが、俺はこういう面倒ごとにめちゃくちゃ愛されているらしい。
……地獄の昼休み。すっかり俺たちのおなじみになった、第一体育館の裏手。
姫野はすでに指定位置であるブロック塀の上に腰掛けていた。気怠げに足を揺らしているその隣へ少し離れて座る。
「……で、どう思う?」
当然、CクラスとDクラスの暴力沙汰についてだ。
「まあ、そうだな。俺たちは関わらないほうがいいだろ」
「……」
俺の即答に、姫野はスッと切れ長の目を細めた。
「その心は?」
「単純に、デメリットしかないからだ」
面倒事に関わって得をした経験なんて、俺の十五年の人生において一度たりとも存在しない。
「巻き込まれて、最悪の場合は共犯だなんだと周りに思われて取り返しのつかないことになったらまずい……それに、もしも須藤が本当に冤罪だったとしても、誤解は解けないだろう。解はすでに出てる」
「解?」
「そうだ。須藤ってやつは、日々の態度や威圧的な振る舞いで、すでにそういう奴だっていう悪い印象が周りに染み付いてしまっている」
少ししか見たことがないが、ぶつかったやつの胸倉を掴んだり、怒鳴ったりしていた。
そういう日々の積み重ねが周囲の人間に、無意識のうちにあいつなら手を出しかねない、という先入観を抱かせている。
つまり、第一印象の時点でDクラスは最悪ってわけだ。
「そして、そんな事態の中心にいるCクラスも、碌なクラスじゃないことは確かだ」
そもそもまともだったら、この事件すら起こさないだろう。まともであるはずがない。
俺の解説を聞いていた姫野は、ふむ、と小さく頷いた。
「そうだね……最近、うちのクラスが、特に比企谷くんはCクラスの人たちに絡まれているよね?」
自分の口元が引き攣っているのを感じる。
そう、ここ数日、うちのクラスの生徒が、Cクラスの連中から妙なちょっかいをかけられる事案が発生している。
決してあからさまな暴力じゃない。
廊下で進路を塞がれたり、ニヤニヤしながら意味のない話を振られたりと、イライラしてくるやり方だ。
その中でも、俺は特に標的にされていた、見た目が貧弱に見えることも関係しているだろうがーー
「たぶん、他クラスとの交流が多いからだね、比企谷くんは」
俺が考えていたことと同じことを、姫野は言う。
「もしCクラスのリーダーが慎重な人なら、アンタみたいな不確定要素の塊を放置するなんてあり得ないでしょ」
ぐうの音も出ない。
俺自身はただの底辺ぼっちなのに。
一之瀬や森下、そして綾小路や堀北といった、他クラスの目立つ美少女が、何故か俺の周りにいる。
Cクラスのボスが、クラス間の争いを勝ち抜くために今の状況を作り、他クラスの出方を見ているような慎重なやつなら。
俺のようなイレギュラーは、真っ先に探りを入れるべき対象になるに決まっている。
……全然関係ないが、イレギュラーってなんかかっこよくね?
「……で、どうするの?」
くだらないことを考えていると姫野が続きを促してくる。
手足になってやると言いながら、完全に俺へ丸投げしてくるこのスタイル。嫌いじゃない。
それは決して俺がドMということではないよ?
「そうだな……」
頭を掻き回し、慎重に言葉を選んだ。
「とりあえず、周りは放置でいいとして、綾小路と敵対するのだけはやめろ」
その名前に、姫野の目が微かに動いた。
「綾小路は、正直何をするかわからない。底が見えないし普通に化け物だ。だから、あいつには絶対に触れないようにしつつ……そうだな、CクラスとDクラスがどう動いているか、それだけでいいから少し情報を集めてみてくれ」
俺が表立って動けば、Cクラスの連中に目をつけられそうだ。
だからこそ、姫野という目立たないやつ(美少女)が役に立つってわけだ。
「ん、了解」
短く返し、静かに頷いた。
そのまま静かな時間が数分ほど流れた後、姫野は、ぼんやりと空を見上げながら口を開いた。
「……比企谷くんって、ほんと不思議だね」
「……不思議?」
突拍子もない言葉に、怪訝な声を返す。
「そう、不思議。最初はすごく近寄りづらいのに……なんだろうね。一回近づいたら、必ず『危ない』って、そう思っちゃうんだ」
「え? 危ない? 俺、そんな危険そうか? 有害物質とか出してないぞ」
比企谷菌とかならあるが。
あれは人が俺に近づかなくなる魔法みたいなものだ。
そう『うわー比企谷菌だ! 比企谷菌! 離れないと感染するぞー!」とか言われて周りには誰もいなくなる、まさに俺に必要不可欠な存在。
あれ、目の前がぼやけてきてる……
「そういう物理的なこととか、雰囲気とかじゃなくてさ。……言いづらいけど、こう、一度捕まったら『逃げられない』というか」
逃げられない。 まるで俺が底なし沼か、ブラックホールみたいな言い草だ。
俺はただの高校生だってのに。
視線を落とし、彼女は指先で自分の髪を弄る。
「私、自分でもめんどくさい性格してると思う。……比企谷くんのこと、勝手にパシったりしてさ」
「あっ、パシってた自覚あったんすね」
ポイントは返ってくるから、まだ良心的な方だろうと思ってたわ。
「あの時はまだ、あんまり交流がなかったから何も思わなかったけど。……今は、比企谷くんに申し訳なくて」
伏せられた目は揺れている。
……なんだよ。こいつも、根はめちゃくちゃ優しいんじゃないか。
少し前の俺なら、優しい女の子は嫌いだ、と考えて、なんか裏があるんじゃないかって、疑っていただろう。
だが、今の俺にはわかる。こいつの態度に、悪意なんてこれっぽっちも混ざっていない。
……いつも思うが、姫野は気づいているのだろうか。
こいつは俺に何か頼み事をしてくるたび、その顔はほんの少しだけ申し訳なさそうな、バツの悪そうな色を滲ませていた。
根本的に、この姫野という人間は優しいのだ。だからこそ、自分の我が儘で他人を巻き込むことに、チクチクと今みたいに良心を痛めている。
「はぁ……」
これ見よがしに大きなため息を一つ吐き出し、ぽりぽりと頬を掻いた。
「……顔を上げろ」
「え……?」
「いいか、今の関係はギブアンドテイクだ。俺はお前に秘密……というか、俺が目立ちそうな情報を握られている。それは目立ちたくない俺としては致命的な弱点だ」
「そして俺は俺で、お前を……言い方はアレだが、手足として使って利用している。どっちもどっちだろ」
驚いたように顔を上げた姫野を、真っ直ぐに見返す。
「あの時はお互い、完全な他人だった。俺だって、他人相手に遠慮なんてしないしな。だから、お前が気に病む必要なんて一ミリもない」
そもそも、俺はお前みたいにお人好しでもないから、そんな表情していなかったら適当に仮病使って休んでたわ。
姫野は、一瞬ぽかんと口を半開きにしてフリーズした。 それから。
「……ふ、ふふっ。」
肩を揺らして、クスクスと、本当に可笑しそうに笑い出した。
いつも気怠げで、不機嫌そうな顔しか見たことがなかったから。
そんな風に、年相応の女の子らしく、しっかりと心から笑っている彼女の顔を見るのは、これが初めてだった。
なんだ、普通に笑うと年相応で可愛いじゃねえか。
ひとしきり笑い終えると、姫野は目尻に滲んだ涙を指先で拭いながら言う。
「……なんとなく、比企谷くんの周りに人が集まる理由、わかった気がする」
「は? なんだよそれ」
「でもさ、言い方には気をつけなよ」
姫野はブロック塀から軽く飛び降り、少しだけ意地悪な笑みを浮かべて俺を見下ろした。
「『手足として使って利用している』なんて。それだと、私が比企谷くんの所有物みたいになっちゃうからさ。ただ『利用した』だけでいいのに。……変に義理堅いんだから」
指摘された事実の気まずさに押し黙っていると、姫野はくるりと背を向けた。
「まっ、この件は調べてみるよ。……いつも同じ女の子に囲まれてて友達の少ないぼっちの比企谷くんと違って、私にはそれなりの人付き合いはしてあるからね」
「おい、ぼっちは余計だ。そういう時はしっかりと自分を持っていて周りに流されないと言ってほし……あっ、おい」
そんな抗議を完全にスルーして離れていく姫野の背中。
その足取りは、ここへ来た時よりも、少しだけ軽く見えた。
遠ざかっていく彼女が、ふと口元を動かして、俺には聞こえないほどの小声で何かを呟いたような気がした。
『……まだ、ね』
放課後。 帰るために一年Dクラスの教室の前を通りかかった時のことだ。
視界の端からニンジャのような滑らかさで、一つの影が横に並ぶ。
言うまでもない、綾小路だ。
相変わらず足音が聞こえないし気配の消し方が尋常じゃない。
だが、俺は全く驚かなかった。
いつものように右腕を抱きしめてきても自然に受け入れてしまっている自分がいる。
……もう綾小路の距離感に完全に慣れきってしまっている俺の方が、もしかして異常なのだろうか。
そんな哲学的な疑問を抱きながらDクラスの教室へチラリと視線を向けると、中で何かを呼びかけている櫛田の姿が目に入った。
「……白」
無意識のうちに、ぽつりと。そんな言葉が口から漏れ出てしまった。
……気のせいだろう。
櫛田振り返り親の仇を射殺するような凄まじい眼光で俺を睨みつけてきたような気が……
いや、気のせいだ。多分というか絶対気のせいだ。そう思わないと夜も眠れない。
そう必死に現実逃避をしていると、綾小路が、平坦な声で話し始めた。
聞けば、あの暴力沙汰の当事者である須藤は、朝から綾小路に助けを求めていたらしい。
「須藤くんは、自分は殴ったって言ってた。でも、正当防衛だって。」
「は?」
思わず足を止めた。
殴った? 自分から手を出したって認めているのか?
「これ、何がなんでも負け確定じゃないか? 先に手を出した時点で、いや既に殴ったという事実があるからな」
いくらCクラスが呼び出しのが原因だとしても、手を出したという事実に変わりはない。
だが、綾小路は淡々と説明を続ける。
「証拠がないから。だから、結論が保留になっている」
被害を訴えるCクラスにも、自分たちが先に手を出さずに一方的にやられたという決定的な証拠がない。だからこそ、今後に響く判断だから学校側も即座に処分を下せずにいるというわけか。
「そして須藤は、現場で人がいたような気配がすると言っている」
「目撃者か……」
「うん。だから今、平田くんっていう男子と櫛田さんっていう女子が中心になって、その目撃者を探しているみたい」
無理だろ、そんなの。
来週の火曜日に最終的な判断が下されるらしいが、本人が殴ったとゲロっている以上、都合よく目撃者が見つかろうが見つかるまいが、何かしらの罰は絶対に免れない。
その起訴自体がなくなったりしない限りはな。
「……」
すると綾小路が俺の顔を覗き込んできた。
「八幡は、どういう結果になってほしい?」
まるで、俺の望む結末に合わせて、この盤面をひっくり返してやるとでも言わんばかりの、恐ろしく平坦で静かな問いかけ。
「俺は、別にどうでもいいな」
「どうでもいい?」
「ああ。須藤がどうなろうと、Cクラスの連中がどう転ぼうと、俺には関係ないからな」
本心だ。自分のクラスにはなんの関係もないからだ。
「というか、これ以上深く関わっていたら、自分の考えが変わってしまいそうで怖いわ」
多感な高校生の時に、こんな悪影響を受けてしまうのは教師を目指す俺として、尚更ごめんだ。
綾小路は俺の言葉を黙って聞いている。
「大人しく三年間、適当に勉強していて、目立たず静かに卒業まで過ごした方が、まだずっといいと思うんだよな」
俺は俺のままに。いつ退学になってもいいように、勉強だけして、まだ高校生だし、ポイントでたまに遊ぶ。
だからこんな暴力沙汰が起こっていること自体、異常だと思っている。周りも何故そんな適応が早いのか、マジで謎。
綾小路は数秒だけ俺の顔を見つめ続け、やがて、そっかと短く呟いた。
手を離す。
本当はずっと、八幡のお部屋に帰るまで、いや明日の朝まで一緒にいたかった。
けれど、今日だけはここで別れなくちゃいけない。
「……じゃあ、また」
声にだけありったけの名残惜しさを込めて伝える。心の中の私は、大粒の涙をこぼして、八幡との別れを惜しんで崩れ落ちている
八幡の顔を見上げると、八幡の瞳が、心なしか微かに潤んでいるように見えた(幻覚です)
私と離れるのが寂しくて、八幡も泣いているんだ。間違いない。私の目にははっきりと、八幡の涙が見えている(幻覚です)
ごめんね、八幡。私も本当は片時も離れたくないの。 でも、私にはどうしても、やっておかなければならないことがあるから。
八幡の背中が見えなくなるまでじっと見送ってから、私は踵を返した。
向かった先は、文化部室の一つ。 ドアの上に写真部と書かれたプレートを見上げ、静かにノックをして中へと足を踏み入れる。
もちろん、この部活に正式に入部しようなんていう気は、一ミリも存在しない。
私の時間は、すべて八幡のものだから。
じゃあなんで私がここにやってきたかというと、端的に言えばアルバイトと呼べるものだ。
「貴女が連絡をくれた綾小路さんね! ようこそ写真部へ!」
部室に入るなり、部員さんがパァッと顔を輝かせて出迎えてくれた。
それに釣られるように、周囲でカメラの手入れをしていた他の女子部員の人たちも、わらわらと私の周りに集まってくる。
「うわぁ、すっごく綺麗……」
「スタイルやばくない? 足、長っ……!」
「お人形さんみたい……」
「デッカ!?」
私を囲む女子たちがヒソヒソと囁き合っている。
私がここに来たのは、自分自身のこの容姿と体を最大限に生かすためだ。
クラス移籍するには、2000万プライベートポイントが必要。
手っ取り早く稼ぐなら、部活動の人を相手にした賭け事が一番効率的だと思った。
私はどんな勝負でも絶対に負けることはない。
でも、すぐにその案は破棄した。
勝ちすぎて相手から大量のポイント貰いすぎた場合、詐欺だ! とか、無理やり奪われた! とか、逆恨みによる嘘の訴えを起こされるリスクがなきにしもあらず。
録音や、契約書を用意すればいいが、面倒くさいし教師同伴にもなるから、目立ってしまう。
個人間でのポイントの譲渡は自由とされているけれど、そうならない可能性は、0ではない。
この学校の部活動は、優勝……とまではいかないけれど毎回優秀な成績を叩き出しているから生徒のプライドが高いと判断した結果だ。
そんな面倒くさい事態になって、八幡とお別れしないといけなくなることは、それこそ目も当てられない。
だから、私は私を売り込むことにした。
ちょうどいいところに写真部が学校の裏掲示板でモデルを募集していた。
需要のあるところに、価値のある商品を提供する。つまり極めて真っ当で、誰からも文句を言われないクリーンなビジネスモデル。しっかりと契約書も結んで録音もしている。
ただ、条件は厳しく設定させてもらった。 他の男の人の目に触れるような場所でモデルをしたり、ましてや少しでも肌に触れられたりするなんて、完全に論外。
私の体も、心も、髪の毛一本に至るまで、すべては八幡だけのものだから。他の男に見られるなんて、絶対に許容できない。
だから、女の人だけで構成されている写真部のグループに絞った。
ここなら、女性のカメラマンを相手に、被写体としてのモデル業務を提供するだけで、安全にポイントを稼ぐことができる。
ついでに、美術部の女の人たちにも、デッサンのモデルとして定期的に私を貸し出す契約を取り付けてある。
この腰まで届く長い茶髪。これも、芸術的な表現の小道具として、とても有効活用できるらしい。
「本当に、モデルを引き受けてくれるのね? 謝礼のポイントは約束通り、撮影のたびに個人の口座からしっかり支払わせてもらうわ」
女の人が、私の手をとって嬉しそうに微笑む。
「うん。……ただ、条件は事前にお伝えした通りで」
「わかってるわ。男の部員は立ち入り禁止、肌への過度な接触もNGね。大切なモデルだもの、しっかり守らせてもらうわ」
女子部員たちが、キャッキャと楽しそうに笑い合う。
外の世界に出て、この体は強力な武器になり、莫大なポイントを稼げると思いついた。それは、外に出てみないと思いつかなかったことだから、すっごく嬉しいら、
すべては、私の八幡のため。
八幡が目立たず静かに卒業まで過ごしたい、と望むなら。
それを脅かす障害はすべて、私が処理する。
彼にはずっと、私のためだけにご飯を作っていてほしい。
そのために、まずはクラスを移籍しないと。
「……よろしくお願いします」
……パシャッ、パシャッというシャッター音。そして、連続して瞬くフラッシュの眩しい光。
指定されたポーズをこなしながら、私は自分の甘さを反省していた。
この人たちの熱量を、特に部長を完全に舐めていた。
「いいよー! 可愛い! すっごく可愛すぎてやばいよ雛鳥ちゃん!」
興奮気味に声を上げている人、写真部の部長である舞姫撮莉奈(まいひめとりな)先輩。3年Aクラスらしい。
ハーフアップにした黒髪に、インナーカラーが銀色で、光を反射して輝くすごい美人さん。
そんな彼女は、今、その美貌を無駄にするように顔が惚けていて、キラキラと目を輝かせながらシャッターを切り続けている。
「あー! もう最高! 私と結婚して!」
シャッター音の合間に、舞姫先輩からとんでもない要求が飛んでくる。 私は即答した。
「無理。私は、八幡のだから」
「えーっ! もう、その八幡って子! どんだけ運がいいの!? 羨ましすぎるー!」
私の拒絶に傷つくどころか舞姫先輩は身悶えするように叫びながら、さらにパシャパシャと写真を撮り続ける。
なんとも騒がしい空間だ。声はうるさいし感情の上下が激しい場所。
でも、不思議と居心地の悪さは感じない。彼女から発せられる熱に、下心や悪意なんて一ミリも混ざっていないことがわかるから。
純粋な情熱と、ただのスキンシップの一環としての冗談。優しい人だ。
やがて、お疲れ様ー! という舞姫先輩の満足げな声と共に、今日の撮影が無事に終わった。
「雛鳥ちゃん、髪長くてすっごく綺麗だね。ちょっと梳かしてもいい?」
椅子に座って休んでいると、舞姫先輩が背後に立ち、私の髪にスッと櫛を通してくれた。
サラサラと、とても丁寧で優しい手つき。髪が引っかからないように、大切に扱ってくれているのが伝わってくる。
だけど。 私は少しだけ目を伏せた。
優しいし、気持ちいいはずなのに。 やっぱり、八幡みたいにぽかぽかしない。
あっちの方が、何倍も、何十倍もお腹の奥が熱くなって、胸がぎゅーっと締め付けられるようにくすぐったくなる。
物理的な心地よさよりも、八幡の手という事実の方が、私にとっては大切みたいだ。
そんな風に彼のことばかり考えていると、ポケットに入れていた私の携帯端末が、ブルッと短く振動した。 ポイントの譲渡を知らせる電子音。
取り出して、そこに表示された数字を見た瞬間。自分でも分かるほど大きく目を見開いてしまった。
『1 5 8 0 6 2 6ポイント』
……食費とか八幡が払ってくれて(強制)いるから、あまり使ったことはなかったけれど。
たった一回のモデル代として100万ポイントが私の口座に振り込まれたのだ。
「こ、これは?」
思わず声が微かに上ずってしまった。
いくらなんでも異常な額だ。私が驚いて振り返ると、舞姫先輩はあっけらかんとした笑顔を浮かべた。
「ああ、それ? むふふ、可愛らしい子のための先行投資だよ」
悪びれる様子もなく、先輩は得意げに胸を張る。
「私、これでも写真のコンクールでいくつか賞を取ったりしててさ、学校から結構特別にポイント貰ってるんだよね。だから、あげる」
「……」
「あっ、でも百万は初回だけだからね!? 次からは五十万とか、少しだけになっちゃうから!」
金銭感覚が終わっている。
五十万ポイントを少しだけと表現するなんて、どれだけ膨大な資産を抱え込んでいるんだろう。
これが、三年Aクラスの……いや、この人の努力の成果、かな?
でも。 私にとっては、これ以上なくありがたい申し出だ。
これだけのポイントが定期的に確保できるなら、クラス移動も一気に現実味を帯びてくる。
ふと部室を見渡すと、他の女子部員たちも、そんな破天荒な舞姫先輩を呆れ半分に、でも心底楽しそうに笑いながら見守っていた。
みんな、この優しい先輩のことをとても慕っているのが、その空気から伝わってくる。
「……うん、ありがとう」
こんな先輩もいるんだ、なんて少し感動しながら、私は自分の幸福さに満足していた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
なんと雛鳥ちゃん、食費を八幡くんに押し付けている始末、これは明日、お仕置きですね(ニッコリ)
この下↓ 雛鳥ちゃんのスリーサイズ、特別ですよ?
スリーサイズ。B100 W58 H 95 です。ボン、キュッ、ボン、ですね。作中一、何がとは言わないですが大きい佐倉が96、下の方は一之瀬さんで、91、こうみると、規格外さがわかりますね。それでいて絶世と評される美貌、もう、勝ちです(?)