抜け出せない沼を持つ男と実力主義の教室。雛鳥は何を見るか。 作:末路雛鳥
夜。 学生寮へ続く道を、俺は文字通りゾンビのような足取りで歩いていた。
鏡を見なくてもわかる。今の俺の顔は、間違いなくげっそりと頬がこけているだろう。
「ひ、比企谷くん、大丈夫……?」
佐倉が心配そうに顔を覗き込んできた。
「顔色、すっごく悪いよ? 無理させちゃってごめんね」
一之瀬も本気で心配してくれている。
その数歩前を、森下がスタスタと早歩きで歩いている。
ちなみに、堀北はここにはいない。
あいつ、食い終わるなり嵐のようにさっさと帰ってしまったからな。
……会計の時。
表示された数字を見て、本気で目玉が飛び出るかと思った。
五万。 五万ポイントだぞ!?
高校生の焼肉一回で叩き出していい金額じゃない。
そしてその九割は堀北の腹の中に消えた。
あいつ、マジで遠慮、という二文字を母親の子宮に置いてきたんじゃないか。
というか、あの細い体のどこにそんな大量の肉入るんだ。
あまりの金額に俺が白目を剥いていると、佐倉と一之瀬が慌ててーー
「わ、私も払うよ!」
「比企谷くん! 私はAクラスだから、任せて!」
と言ってくれた。
ただ、さすがに女子に払わせるのは俺の男としてのとささやかなプライドが許さなかった。
だから悪いとは思いつつも、彼女たちには自分たちの食べた分だけを払ってもらった。
森下に至っては、小食すぎてウサギの餌みたいな量しか食べていなかったので、ほとんど誤差みたいなものだったし。
結果として、堀北という名の災害によって俺は大ダメージを負った(金銭的に)
ポイントはまだまだあるが、支給額の半分以上がたった一食で消し飛ぶなんて。
「はぁ……」
今日何度目かもわからない重い溜め息を吐き出した、その時。
前を歩いていた森下が、ピタリと足を止めた。 必然的に、その後ろをついて歩いていた俺たちも立ち止まる。
「……?」
森下はゆっくりと振り返り、俺の顔を……そう、俺のアホ毛ではなく、顔をじっと見つめてきた。
そして、スッと、あの森下が俺に向かって深く頭を下げた。
「ごめんなさい、比企谷八幡」
……え?
俺が言葉を失っていると、森下は頭を下げたまま自分の携帯取り出した。
直後、俺のポケットにある携帯が短く震える。
取り出して画面を確認してみると そこには、ポイントの譲渡された告知。
振り込まれた額は、先ほど支払ったポイントと同じだった。
「おい、森下。これ……」
驚いて顔を上げると。
そこには、出会ってから今までずっと無表情だった森下が。
本当に初めて見る、どこか申し訳なさそうな、眉尻をハの字に下げた顔をして立っていた。
「悪気は、なかったんです」
ポツリと、夜に溶けそうなほど静かな声で、森下が言う。
「比企谷八幡が奢ると言ったから、少し『青春』というものを味わってみたかっただけなのです。……まさか、堀北鈴音があんなに大量に食べてしまうとは、思っていませんでした」
「……ですよねー。俺も同感だ。あいつはフードファイターになった方がいいんじゃないか?」
森下は微かに目を伏せて自分の胸のあたりをギュッと握りしめる。
「それに。……比企谷八幡のそんな顔を見て、ここまで自分の心が苦しくなっていることに」
森下は、真っ直ぐに俺の顔を見つめて、言った。
「私自身が一番、驚いています」
……俺の顔を見て、胸を痛めてくれた。
自分が巻き込んでしまったことに、本気で責任を感じて、ポイントまで払ってくれた。
原因はこいつだが、それは姫野にも言えること。
姫野の時もそうだったが、この学校の女子たちは、なんでこうも優しいのだろうか。
そんな申し訳なさそうな顔をされたら、こっちが怒るに怒れなくなるだろ。
「はあ……わかった、わかったから。そんな顔すんな。お前に付き合ったのは俺の勝手だからな……別に気にしてないぞ」
そう告げると一之瀬と佐倉が優しく微笑む。
森下は、俺の言葉を聞いて呆然とした後。
「……比企谷八幡は、やはり不思議な人ですね」
どこか微かに柔らかい空気を纏って、そう呟いて俯く。
「ずっと、不思議でした」
「私が貴方のアホ毛を狙ったり、突然焼肉へ誘ったり、こんなにも失礼なことを繰り返しているのに。貴方は文句を言いながらも、決して私を完全には否定しない。最後まで拒絶して突き放そうとはしない。……ずっと、何故だろうと疑問に思っていました」
いや、常に拒絶の意思を示しているつもりなんだがな。
「ただ、今日の佐倉愛理の件を見て、わかりました」
「あれこれと理由をつけて自分を卑下していますが……貴方はただ、優しい人なんですね」
「……は?」
横からすかさず一之瀬が身を乗り出してくる。
「そうだよね! 私もそう思う! 比企谷くんって、すっごく優しいよね!」
痛たまれなくなって視線を逸らすと、佐倉がうんうんとなんとも言えない慈愛に満ちた表情を浮かべながら頷いている。
「……褒めすぎだろ」
足早に前に出ても、三人の生暖かい視線で、居心地が悪かった。
三人の褒め言葉は、本当に純粋な褒め言葉で、否定できなかった。
その時、森下が爆弾を落とした。
「あっ……私、今日だけでもいいので比企谷八幡の部屋に泊まりたいです。綾小路雛鳥みたいに」
「……は?」
「あ?」
「え?」
ヒェ、一之瀬の「あ?」が怖すぎる!
修羅場を見せれなくてすいません。
明日にはできると思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。