抜け出せない沼を持つ男と実力主義の教室。雛鳥は何を見るか。   作:末路雛鳥

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昨日の話でご不快にさせてしまい申し訳ありません。

個人的に綾小路の協力もない、原作よりも厳しい状況なので、追い詰められていると、その他諸々があったとしても、それを本文に書くべきでした。

これからはご不快にさせないよう、努めていきます、不快に感じたら、すぐに教えてください、できるだけ直して、楽しんでいただきたいのです。


自覚

 

自室の扉を開ける。

 

「ただいま」

 

その後ろから、森下が入ってくる。

森下はお察しの通り、お泊まりである。

 

もちろん最初は断った。でも、ジッと寂しそうに見つめてきた3人には勝てなかったよ。

 

一之瀬と佐倉はいない。それは単に仲間外れにしたとかではなくただ日付をずらしてもらって事なきを得たのだ。あの時の一之瀬はマジで怖かった。

 

部屋に物理的に入りきらないし、何より一之瀬とは未だ距離感を掴めていない、優しくて立派な高嶺の花みたいな、そんな感じだ。だから明後日にしてもらった、その時に用事があるみたいだから。

 

佐倉は今日会ったばかりだから倫理的にも論外だ。次の日曜に佐倉のカメラを弁償するために会う予定だから、その時にしてもらった。

 

その点、森下には遠慮なんて一切いらない。

奇行に走るし、色気よりも困惑が勝っている。そもそもこいつを普通の女子として意識することなんて、俺の人生において一生ないしな——。

 

「何か失礼なこと思いましたか、比企谷八幡?」

 

「いえなにも」

 

だからこいつ、エスパーかよ。なんで考えてることが一瞬でバレるんだよ。

 

部屋の奥へと足を踏み入れる。 そして。 足が自然と止まった。

 

「……」

 

俺のベッドの上に、ちょこんと座っていた綾小路が、ゆっくりとこちらへ顔を上げた。

 

その、大きな瞳。 光が、ない。

 

ハイライトのない瞳が俺と……そして森下を、ジッと、射抜いていた。

 

「……oh」

 

部屋の空気が、比喩じゃなくて数度ぐらい下がったような気がする。

 

「……」

 

「……」

 

そんな空間の中で。 森下がポツリと呟いた。

 

「なんだか、ワクワクしてきました」

 

本当に黙ってほしい。

 

「ねえ、八幡」

 

無意識のうちに、ビシッと背筋を限界まで伸ばす。

怖すぎる。

 

ベッドから音もなく立ち上がった綾小路は目の前まで距離を詰めてきて、少しだけ上目遣いで見上げてきた。

 

近い。そして、当たっている。

 

何がとは明言しないが、彼女の服越しに暴力的な自己主張をしているその膨らみ。

つまりその……ご立派様が、俺にダイレクトに当たっているのだ。

健全な男子高校生として叫び出しそうになっているが、綾小路の目でマイナスまで気分が落ちている。

 

ふと視線を横に向けると森下が、綾小路の胸元と、自分の胸元を交互に見比べ……

 

ズーン、と。目に見えるほどあからさまに肩を落とし、深く落ち込んでいた。

 

……勝手に比較して自爆しないでもらえませんかねぇ。

これ以上面倒な要素を増やさないでくれ。

 

それはそれとして、俺は別に貧乳でも好きだというか、むしろそっちの方が……。

 

「……何か、余計なこと考えた? 八幡」

 

「いえ、何も」

 

この空間にはエスパーが二人もいるのか。

 

俺の否定を聞いた綾小路は、ジッと俺の顔を見つめたまま。 ツン、と。細い指先で、俺の胸を軽く突っついた。

 

そして。

 

彼女は無表情のまま、ぷくっと、本当に可愛らしく頬を膨らませたのだ。

 

「……私は、八幡のために頑張っているのにー」

 

その声に、ほんの少しだけ不満げな色を混ぜて。

 

「八幡は、他のめ……女子と遊んでるんだー。ぶー」

 

……いや、かっわいい。

 

なんだその、ぶーは。反則だろ。美少女が頬を膨らませて拗ねているその顔は破壊力がエグすぎる。

 

ただ、その大きな瞳に一切のハイライトが宿っていないことだけが、マジで死ぬほど怖い。

 

可愛さと恐怖のギャップで俺の心臓はキュンとした直後にキュッと締め付けられる。

ていうか、今なんて言いかけてた?

 

「……」

 

観念したように両手を挙げ、降参する。

 

「……俺は一体、何をすれば許してもらえますか」

 

すると、綾小路は膨らませていた頬をスッと元に戻し、俺をじっと見つめ返してきた。

 

「……自分で考えて」

 

それは ひどく難易度が高く、そして最も男が恐れる要求を口にして。

彼女はくるりと背を向けると、そのままベッドへ潜り込み。

スヤァ……と、一瞬にして寝息を立て始めたのだ。

 

「…………え?」

 

あとに残されたのは、フリーズしている俺と。 未だに自分の胸元を見下ろして静かに凹み続けている森下だけ。

 

 

 

 

ベッドでは綾小路が、スヤスヤと規則正しい寝息を立てて眠りに落ちている。

恐ろしいほどの切り替えの早さだ。まるで天使のように無防備な寝顔を晒している。

 

一方で、俺自身の今現在の状況はどうなっているかというと。

 

……抱き枕である。

 

俺の腹のあたりにガッチリと抱きつき、顔を押し当てたまま、微動だにしない猫のような……森下。

そんな状態のまま、森下が、恨みがましい声でボソリと呟いた。

 

「……どうせ比企谷八幡は、巨乳が好きなんですね」

 

「は?」

 

「ロリ巨乳が好きなんですね、変態、死んでください。」

 

すっごい風評被害に思わず天井を仰いだ。

なんでいきなり巨乳好きの変態扱いされなきゃいけないんだ。

冤罪にもほどがある。俺はただ優秀な奥さんに養われたいだけの、慎ましくも健全な男子高校生だ。

 

「おい、勝手に人の性癖を捏造するな」

 

そう抗議するも、森下は短く鼻を鳴らし顔を上げようとしない。

 

それに、今はこいつに付き合っている場合じゃない。

 

「……それよりも。森下、どうすればいいと思う?」

 

藁にもすがる思いで、森下に助言を求めた。

 

しかし。 その問いかけに対する森下の反応は、予想外に冷たいものだった。

 

「乙女心、というものですよ、比企谷八幡、自分で考えてください」

 

ピシャリと。 一切の感情を交えない、ひどく事務的で、珍しく厳しい声で言い放った。

 

「え?」

 

「……スゥ……」

 

俺が聞き返そうとしたその直後。 森下の体から力が抜け、規則正しい小さな寝息が聞こえ始めた。

 

「はぁ……」

 

自分で考えた方がいい、か。

 

まあ、そうだよな。森下の言う通りだ。他人に丸投げしようとした俺が甘かった。

そもそも、綾小路を怒らせたのは俺だしな。

 

いや、自分で考えてっていう要求ほど、この世で難しいものはないぞ。

 

俺からしたら女性の言う自分で考えては無理ゲーだ。

 

あれだ。女子にーー

 

「ねえねえ、私、今日変わったんだけど、どこかわかる?」

 

ーーって聞かれるのと同じくらい難しい。

髪を切ったのか、メイクを変えたのか、それとも新しいアクセサリーでもつけたのか。

正解を引き当てられる確率は極めて低く、間違えてしまえばーー

 

「私のこと全然見てない!」

 

ーーと理不尽な怒りを買う。最初から正解を教えてくれればいいのに、試すような真似をして間違えれば怒ってしまう。

まさに地雷原のタップダンス。

 

どうして綾小路は怒っているのか。

わからない。

でも、許してもらうためにも、それ相応の態度ってもんだ大切だ。

 

「……ケヤキモールに、行ってみるか」

 

物で釣ろうってわけじゃないが、それでも何かしら自分なりの敬意を示せる物を探しに行こう。

 

 

翌日の放課後。俺はケヤキモールへと足を運んでいた。

 

ショーウィンドウに並ぶ可愛らしい雑貨や、甘い匂いを漂わせるクレープ屋、オシャレなアクセサリーショップなどを手当たり次第に見て回っているが……。

 

正直言って、何をすればいいかすらわからない。

 

だいたい、女子が喜ぶ物なんて、俺にはわからない。

アクセサリー? 洋服? スイーツ? どれもこれも、綾小路が喜ぶビジョンがまったく浮かんでこない。

 

それに。 致命的なことに、俺はあいつが何が好きで、何が嫌いか、それすらわかっていなかった。

 

夕食を食って、抱きついてきて、勝手に泊まる。

そんな、距離感の女子としてしか、あいつを見ていなかった。

休日は何をして過ごしているのか。どんな色が好きで、どんなものを可愛いと思うのか。

趣味は何なのか。

 

灯台下暗し。 俺は、あいつのことなんて、何一つわかっていなかったのだ。

 

ただ手を引かれて、ただ味方だからという言葉に甘えて。

あいつが俺に執着してくる理由すら深く考えず、わかった気になってただけか。

表面上しか、未だに見れていなかっただけか。

 

一番近くで俺の隣にいるやつの内面を、これっぽっちも捉えられていなかったということだ。

 

「……何が自分で考えてだ。ちくしょう……」

 

ベンチに腰を下ろしあいつが俺の部屋にいる時のことを、必死に思い返す。

 

何か、何か少しでも興味を示していたものはなかったか?

 

ご飯を食べている時。ベッドでゴロゴロしている時。俺が……。

 

「……」

 

ふと。ある光景がフラッシュバックした。

 

ラノベだ。

ラノベの表紙や挿絵を、綾小路がコテンと首を傾げながら、不思議そうに、けれどどこか興味深そうにジッと見つめていたことがあった。

 

「……そういえば、ラノベ見てたな、あいつ」

 

それに、最近化粧品とかを調べてたような……

 

「……あれがいいな」

 

アクセサリーなんかより。オシャレな洋服なんかより。俺が、俺自身が送りたい物なら、あいつは、喜んでくれるだろうか。

 

 

 

 

自分の部屋の扉が重く感じるなんて、久しぶりだ。

 

「ただいま」

 

当然のように、返事はない。

けれど、今日は予定がないから、いるってことはわかってる。

 

……いた。

 

ベッドの上からすやすやと、微かな寝息が聞こえてくる。 俺はその場に立ち尽くした。

 

……気まずい。

 

今までこいつと一緒にいて、気まずいなんて感情を抱いたこと、一度もなかったと今頃になって気づいた。

勝手に飯を食われようが、抱きしめられようが、ただ呆れるだけで、俺のペース自体が乱されることはなかったのだ。

それがどうだ。今はこいつの顔色一つ、伺おうとして嫌な汗をかき続けている。

 

正直言って、物で許してもらおうとかこれっぽっちも思っちゃいない。

 

だが、端から見ればそう見えてしまうかもしれない。俺の選んだ物が、火に油を注ぐ結果にならない保証なんてどこにもない。

でも、このまま何もしないでいてもこいつとの明日は来ない。

 

覚悟を決め、ベッドへと近づいた。

丸まっている彼女の肩から、掛かっていた毛布をゆっくりと剥がす。

 

眠っている。 規則正しく上下する肩。

長いまつ毛。

陶器のように滑らかな白い肌。

こうして静かに寝顔を見下ろしていると、改めて思い知らされる。

 

……恐ろしいくらい綺麗だと、そう思う。

 

こいつの中身がなんだろうと、この造形美だけは芸術作品の域だ。

 

「……起きてほしい」

 

悪いとは思いつつも、声をかけて彼女の肩を軽く揺すった。 これだけ置いて逃げる、なんて不誠実なことはできない。

 

「ん……」

 

微かな声と共に、綾小路がゆっくりとまぶたを持ち上げた。 焦点の定まらない瞳が、二度、三度と瞬きを繰り返す。

そして、その目が俺の顔をはっきりと捉えた、次の瞬間。

 

ぷくっ。

 

あ、昨日怒っていたんだった、と思い出したかのように。 取り繕うように、これ見よがしに頬を膨らませてみせたのだ。

 

……それに、やはり可愛いと思いながら。

 

俺は手に持っていた紙袋を、彼女の胸元へ優しく押し付けた。

 

「……ごめん」

 

綾小路は膨らませていた頬を元に戻し、不思議そうに首を傾げてから、受け取った袋の中をゴソゴソと漁り出した。

中から出てきたのは、小さな包みと、いくつかの見慣れない小瓶やケース。

 

小鳥の意匠が施された、木製のしおり。

そして、アイシャドウベース、ミスト化粧水、ルースパウダーといった、化粧品の数々。

 

「……これは?」

 

袋の中身を取り出した彼女は、平坦な声で、けれどその瞳ら微かな揺らぎを見せながら尋ねてきた。

 

「……お前、ラノベとか読んでたし、本が好きそうだったから。それに、最近に化粧道具のこととか調べてただろ。前にボソッと言ってたから、な」

 

今にして思えば、化粧品を調べていたのを聞いて、こいつも改めて女子高生なんだなって、そう思えたのは、まだ記憶に新しい。

その説明を聞いて。 綾小路の瞳が大きく見開かれた。

 

「……覚えてたんだ」

 

「……ああ」

 

綾小路は、手のひらの上に乗せた小鳥のしおりと、化粧品のケースをじっと見つめた。 そして、顔を上げ、俺を真っ直ぐに射抜いてくる。

 

「意味、わかってる?」

 

「……?」

 

意味? 

 

小鳥のしおりは、お前の名前が『雛鳥』だから選んだだけだ。

 

化粧品については、アイシャドウベースだかミストだかルースパウダーだか、俺にはわからない、けれどーー

 

「俺は、化粧品とかさっぱりわからん。だから店員に聞いて教えてもらったんだ……だから、その」

 

基礎化粧品とか、色を乗せる前の下準備の道具だとか、店員のお姉さんが熱心に説明してくれた気もするが、右から左へと綺麗に抜け落ちている。

ただ

 

『これからメイクを少しずつ知っていきたい女の子にぴったりです』

 

と言われたから。

そこに深い他意は、一切存在しない。

 

そう白状すると。 綾小路は、ううんと、小さく首を横に振った。

 

その直後。 彼女はベッドから身を乗り出し、俺の首元へと両腕を回して力強く抱きしめてきた。

 

「……ぇ?」

 

その腕の力は、いつもと同じ、力強いだけではなかった。

ひどく柔らかくて、温かくて。大切で壊れやすいものを包み込むような、優しい力。

 

「知ってた」

 

俺の耳元で、甘くて、溶けそうなほど柔らかく囁かれた。

 

「八幡は、八幡だから」

 

背中に回された小さな手が、ポンポンと、不器用に俺を撫でる。

 

「でも、ありがとう」

 

綾小路の、かすかに震える声が、絞り出す。

 

「大切にする」

 

そのたった一言に込められた、重くて、純粋で、どうしようもなく真っ直ぐな感情。 いつも不気味なような、底がしれない感じを醸し出している。

でも、今俺の腕の中にいる綾小路は、ただの女の子にしか思えなくて。

 

「……あぁ」

 

俺は彼女の頭を優しく撫で、そっと目を閉じる。

綾小路は嬉しそうに頬を擦り寄せてくる。

 

……こいつの、俺に対する思いに気づかないほど、俺は鈍感ではない。

 

……ただ、そうだな、ああ、認めたくはないし、絶対に口が裂けても言わないが。

こいつに嫌われてしまうことが、少しだけ怖かったのだと、今更だが気づいてしまった。

 




少し時間が経ったらもう一話ぐらい出します、ストーリーが進まないので、今日で終わらせたいです。
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