抜け出せない沼を持つ男と実力主義の教室。雛鳥は何を見るか。 作:末路雛鳥
本編をどうぞ。あと今回は長めです。
突然だが俺の特技は料理だ。
ぶっちゃけて言うと、料理以外に自分が明確に長所と呼べるものがない。まあ、中学時代は自転車通学だったから体力は人並みにある。
……あると信じたい。
将来の目標として専業主夫を掲げている以上、奥さんの胃袋を掴むために自炊スキルは必須だ。
今回の一人暮らしに向けて、愛しの妹である小町から「お兄ちゃん、小町の味、教えてあげるから向こうでも味わってね」とみっちりスパルタ教育を施されてきた成果でもある。
え? 小町が重いって? ばっかお前、小町の愛だぞ、重いだけいいに決まってんだろ。
得意料理は肉じゃが。家庭的な男って魅力的だろ、誰か養ってくれ。
そんな現実逃避じみた自己アピールを脳内で繰り広げながら、購買で手に入れた食材やら日用品、マッ缶が入ったビニール袋を左手でぶら下げる。
そして、チラッと背後へ視線を流した。
俺の右腕のパーカーの袖をきゅっと掴み、ちょこちょこと小動物みたいな足取りでついてくる出会って十分の他人が一名。
……いや、客観的に見ればめちゃくちゃ可愛いのかもしれないが。少し、いやかなり困る。
俺の袖を握る綾小路は、相変わらず能面のような無表情を崩さない。それでいて、その大きな瞳だけは周囲の景色や建物を不思議そうにキョロキョロと観察している。
まるで初めて外の世界に出た雛鳥かなにかのような、好奇心の塊。
ただでさえ目を引く規格外の美少女だ。こんな謎の密着状態のまま連れ歩いていたら、俺は不審者として通報されかねない。
こいつ背が低いからめちゃくちゃこう、犯罪臭がプンプンしてしまう。
……さっきこいつの頭を俺が撫でてしまったから無理に振り解けない、自業自得だが。
はあ、と本日何度目かわからないため息を吐きながら歩を進めていると。
前方からやってきた一人の女子生徒に気がついた。
まず目に飛び込んできたのは、春の陽射しにふわりと透けるピンクブロンドの髪。すげえ色だな、あれ染めてるのか? それとも天然か? もし生まれつきなら遺伝子どうなってんだ。
そして何より目を引くのが、制服の上からでもまったく隠しきれていない、抜群……いや、抜群すぎるほどの暴力的なスタイルだ。
同じ女子高生であるはずの周囲の生徒たちと比べても、明らかに次元の違う発育を遂げている。
彼女は周りにいる男女数人に満面の笑顔で話しかけながら歩いている。すれ違うだけで周りの空気が和らぎ、誰が見ても「あ、この人絶対に性格良くて優しいわ」と直感できる雰囲気だ。
雪ノ下とはまったく違うタイプだな。
具体的にどこが違うかと言うなら、あの圧倒的な胸部装甲の差、つまり絶壁――
ゾクッ。
唐突に、背筋を強烈な悪寒が駆け上がった。
——殺気!?
すまん雪ノ下! スレンダーもすごく良いと思う。ええと、こう、前を歩くときの空気抵抗とか少なそうですし、空気力学的に優れているというか(あれ、これギリギリ悪口になってないか?)
いや、千葉からこの東京まで殺気を飛ばしてくるとか、どんな化け物だよ。
雪ノ下に心の中で謝っていると、ふと視線がぶつかった。
目の前を歩いていたピンクブロンドの美少女が、足を止め、真っ直ぐにこっちを――正確には、俺のほうを、じっと見ている。自惚れじゃない、絶対に。
柔らかく微笑みを浮かべたまま、視線を下げる。
その視線が、俺の顔と、俺の袖をがっちりホールドしている綾小路の間を行ったり来たりしていることに気づく。
マズい。
俺は慌てて右腕を軽く振り、綾小路を引き剥がそうと試みる。だが、パーカーの袖を掴むその華奢な指先は、見た目に反して万力のような信じられないホールド力を発揮しており、微動だにしなかった。どうなってんだコイツ!?
ピンクブロンドの美少女が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
アッ、終わった。
ドキドキしていたらピンクブロンドの髪の美少女が、俺の目の前でふわりと立ち止まる。
至近距離で漂う、柑橘系みたいな爽やかな香り。なんで女子っていい匂いするんだろう、多分一生の謎だな。
「ひき、」
彼女は小さく何かを呟きかけたが、すぐにそれを飲み込むようにパチリと瞬きをした。そして、コテンと可愛らしく首を傾げてみせる。
なんか言ったか? 今女子の香りについてで忙しいんだが。
……はいすみません、ちゃんと話を聞きます。
「ねえねえ、君たち、名前を教えて?」
あっ、綾小路との話じゃないんだ。それに、なるほど。理解した。無自覚にこういうあざとい仕草をやれるタイプね。
俺の長年の経験で瞬時に彼女の属性を理解した。
これはアレだ。持ち前の優しさと愛嬌で、純粋極まる思春期男子たちの初恋を無自覚のうちに根こそぎ奪っていくやつだ。
そして、勘違いした男子が決死の覚悟で告白なんかした日には、「ご、ごめんね? 私、恋愛とかよくわかんないんだ」なんて心底申し訳なさそうな顔で言い放ち、綺麗さっぱり奈落の底へ突き落とすタイプだ。ハチマンワカッテル。
間違いない。そんな初日からカースト上位にいそうな女子さんよ、一体なんの用事ですかね。
「私は一年Aクラスの一之瀬帆波! よろしくね!」
屈託のない、百点満点の笑顔で彼女は名乗った。
眩しい。直視できない。俺の目が、太陽光をまともに浴びた吸血鬼のようにジリジリと浄化されていく感覚に陥る。彼女の圧倒的な光属性のオーラが強すぎて、俺は文字通り消滅してしまいそうだ。
そんな凄まじい光の波動の前で、俺の右袖を掴んでいる女子――綾小路はどうしているかというと。
どことなく、俺の背中に隠れるように、じりじりと距離を詰めてきている。
万力のように袖を握る力はそのままに、一之瀬の眩しさを避けるように俺を盾にしているじゃないか。なんだこいつ、さっきまで俺に失礼極まる態度だっただろうに。
しかし、このまま黙秘を貫くわけにもいかない。
周囲を見渡せば、一之瀬と一緒にいる取り巻きの男女の視線が集まっている。スーパーの袋を下げた腐った目の男が、一之瀬のような超絶美少女に話しかけられ、さらに腕にはもう一人の超絶美少女を侍らせている光景。
……これ詰んでね?
周囲の視線が針みたいに俺の全身をチクチクと刺してくる。完全に公開処刑だろこれ。
「あー、同じく一年で、Bクラスの比企谷八幡だ」
これ以上ここに留まるのは俺の学園生活に支障をきたすと思い、俺は名乗った。愛想笑いすら浮かべる余裕はない。
すると、背後に隠れ気味だった綾小路も、ぽつりと言う。
「綾小路雛鳥」
本当に、ただ名乗っただけ。それ以上の言葉は一切紡がず、再びスッと口を閉ざして微動だにしなくなった。
お前自分から俺に話しかけてきたくせに、こういう時弱いのな。
「比企谷くんに、綾小路さんね!」
一之瀬は二人の名前を反芻するように頷くと、
なぜか俺の顔をじっと見つめてきた。
ほんの数秒。けれど、その瞳の奥には、さっきまでのフワフワした親しみやすさとは少し違う、どこか、危険な色が微かに混じってる。
——気がした。
だが、それも瞬きをしたら、彼女は眩しい笑顔だった。見間違いか? なんて思っていたら一之瀬が手を振った。
「それじゃあね! またどこかで!」
だが、言葉とは裏腹に一之瀬は俺に近づいて耳元で言った。
早すぎて対応できなかった、まったくなんのようn……
「比企谷くんって、彼女さんとかいる? 例えば、黒髪のロングヘアーで、冷たい感じの美人な子」
妙に具体的な例だが生憎、彼女はいない、むしろモテたことないまである。あれ、目から涙が。
「いや、いないが、そんなこといきなり聞いて、どうした?」
一之瀬はその質問に答えずに取り巻きの男女たちを引き連れて、風のように去っていく。
あとに残されたのは、俺と、俺の袖を掴んで離さない綾小路だけ。
ふぅ、と深く胸を撫で下ろし、俺は再び歩き出した。
それにしても。一之瀬、なんだってあんな質問を、あれか? さっきの人、恋人とかできたことなさそーwとかさっきの人の目が怖かった〜。とか言うのかね。
泣いてないよ? ハチマンウソツカナイ。
まあ、それよりも、だ。
俺の右側をぴったりとくっついて歩く綾小路の横顔を、チラリと盗み見る。
相変わらず表情らしい表情は浮かんでいない。しかし、先ほど一之瀬に向けたあの身を隠すような仕草は、明らかに俺の時と反応とは違っていた。
俺に対しては、礼儀? なにそれ美味しいの? みたいに話しかけてきた綾小路。何故俺なのか。
一之瀬のような、誰から見ても優しそうな女子に対しては、なぜか壁を作っていた。
普通、逆じゃないか? 俺みたいな腐った目の男の方が、どう見ても警戒すべき対象だろ。綾小路の危機感はどうした、危機感は。
そんなとりとめのない疑問を脳内で垂れ流しながら、俺は寮へ続く道を歩き続ける。
あと少しで綾小路と別れられると思うと、自然と足取りが軽くなる。今日は早く寝よう。
現在、俺は自室の狭いキッチンで、綾小路と並んで料理をしている。
……いや、ちょっと待ってほしい。なぜこうなったのか。なぜさっきまで「今日は早く寝よう」って言ってたのに俺の部屋に上がり込んでいるのか。どうか弁明の時間を頂きたい。
あっこら、女の敵を見る目で見ないでくれ。
無理矢理連れ込んだわけじゃない。誓って言うが、俺から誘ったわけじゃないんだ。ほんとに。ハチマン、ウソツカナイ。信じてくれ。
ということで、少々時計の針を戻そう。 それは遡ること十分前。
……いや、自分で言っておいてなんだが、結構すぐだな? 出会いから部屋への入室で世界記録を更新してしまったかもしれない。
まあ、細かい時間は置いておこう。
学生寮に到着した俺は、当然のようにエレベーターに乗り込んだ。そこまではいい。背後に綾小路がくっついてきて一緒に乗り込んできたのも、まあ理解できる。ここは男女共用の寮だからだ。彼女の部屋も女子フロアのどっかにあるだろう。
だが、俺の割り当てられた階――つまり男子フロアで降りたあたりから、嫌な予感が俺の中で浮かび上がってきた。
俺が廊下を歩けば、綾小路も歩く。俺が立ち止まれば、彼女も立ち止まる。
そして、自分の部屋の前に辿り着き、カードキーをかざして電子音と共に扉を開けた、その時のことだ。
瞬きする間もなく、俺の脇をすり抜けて、彼女はスッと部屋の中へ滑り込んだ。
……遠慮とか、ためらいとか、そういうのないのか。これでも男の部屋だぞ。俺が理性の化け物と呼ばれる男じゃなかったらお前、襲われてたぞ。もう少し自分の容姿とスタイルを自覚してほしい。
……え? 俺なんかに襲えるわけない? ま、まあ? 俺ぐらいになるとあれだ、先を見越して行動する、そう、計画性があると言ってほしい、俺はヘタレではない。誇り高いエリートぼっちだ。
ただ、さすがに事案すぎる。俺の平穏な学校生活が始まる前に、警察沙汰で人生が終了してしまう。慌てて帰れと追い出そうとした。
……だが。
『…………』
無言のまま、彼女はじっと俺を見上げてきた。
相変わらず、表情は一ミリも動いていない。
無表情だ。なのに、どういうわけか、その場の空気がひどくしょんぼりとした、捨てられた子犬のような寂しさを帯び始めたのがわかった。
いや、表情は本当に変わっていないんだ。だが、こう、雰囲気でビンビンに伝わってくる。「追い出すの?」という無言の圧がすごい。
結果として、俺がこんな雰囲気の女子に勝てるはずもなく。
『……メシだけだぞ』
で、現在に至るってわけ(ヤケクソ)
「……そこの皮は、もう少し薄く剥いてくれ」
「わかった」
俺の隣で、綾小路が小さな手で一生懸命にじゃがいもの皮を剥いている。
料理は初めてだと言う彼女に包丁を握らせるのは、正直かなりの恐怖だった。最初は危なっかしい手つきで、毎回自分の指を切りかけるからヒヤヒヤして、こっちの寿命が縮むかと思ったくらいだ。
すぐに包丁を取り上げてピーラー(皮剥き)を手渡して、俺が手本を見せてやった。
すると、どういうわけか、彼女はあっという間にコツを掴んでしまった。
俺が少し手本を見せただけで、少しずつ、だがすごい早さで上達した。
今ではまるで機械のような正確さで野菜の処理をこなしている。なんなんだこいつ。
めちゃくちゃ便利だn
ごほん、失礼、つい本音が。
そんなこんなで完成したのが、本日の夕食。
肉じゃがに、豆腐とわかめの味噌汁。ドレッシングをかけたシンプルなサラダと、炊き立ての白米。これぞ和食の中の和食という、実家感あふれる献立だ。
小さなローテーブルに向かい合って座り、箸を割る。
「いただきます」
「……いただき、ます」
俺の言葉に綾小路は辿々しく言葉にして、綾小路は箸を動かし始めた。
肉じゃがを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。何故か彼女の大きな瞳がほんの少しだけ揺れた気がした。
「どうだ?」
恐る恐る尋ねてみる。小町以外に手料理を振る舞うなんて初めての経験だ。小町の味が他人にどう思われるか、答え次第ではこいつを殺s
失礼、つい殺意が。
綾小路は箸を置き、じっと俺の顔を見つめて。
「温かい」
ぽつり、と。それだけを口にした。
「は? いや、そりゃあ出来立てなんだから温かいのは当然だが……」
味の感想を聞いたつもりだったんだが、一般的な食レポだとこう、美味しいとか、味付けが好きとか、色々あるだろうに。
食レポの語彙は持ち合わせていないのだろうか。
俺の困惑をよそに、彼女は再び箸を持ち、黙々と白米と肉じゃがを口へ運び続ける。
だが明らかにスピードが速い。そんなに気に入ったのか。
まあいい。マズいと言われなかっただけマシだ。
それからしばらく、部屋には食器の触れ合う音だけが響いていた。
なんとも言えない奇妙な空間だ。出会って数時間の綾小路と、向かい合って夕飯を食べている。
ただ、気まずさは不思議となく、むしろこの沈黙が心地いいと、そう思う、俺がいる。
やがて、自分の分の食事をきれいに平らげた綾小路が、ふぅ、と小さく息を吐いた。 そして、幸せそうな空気をさらに緩め、小さな手でゴシゴシと自分の目を擦り出した。
「帰る」
「……あっ、そう。お疲れ様でした」
目を擦る仕草は、完全に眠気に襲われた幼児のそれだ。
お腹がいっぱいになって眠くなったから帰る。まるで近所の野良猫が餌をもらって満足したかのような、あまりにも自由すぎる振る舞い。
俺の返事を聞くや否や、綾小路はスッと立ち上がり、玄関へと向かっていく。
「ごちそうさま。八幡」
名前呼び……だと?! 今まで俺のことを名前で呼ぶやつは両親しかいなかった。
それに、危なかった、俺が小学生の頃だったらこれで勘違いして、告白して、そして「ん……興味ない」って言われて振られるまである。
……いや、振られちゃうのかよ。
ドアノブに手をかけたところで、彼女は振り返りもしないまま、そんな言葉を残して去っていった。 バタン、と静かに閉まる扉。
あとに残されたのは、綺麗に空になった食器と、妙に静かになった部屋だけ。
ため息を吐きながら、俺はお茶をズズッと啜る。今の俺が思うことはただ一つ。
……初日からこれでは、先が思いやられる。
だが。退屈しているよりは、マシか。
……口元に僅かな笑みが浮かんでいる人が、同じ時刻に3人いた。
いかがでしたかね。個人的に一之瀬をそのままに? 書いて、雛鳥ちゃんもまた一つ沼にハマりましたね。
これぐらいの長さの方がいいですかね? 意見があれば教えてください!
また明日投稿するのでよかったらご覧ください。
最後まで読んでくださりありがとうございました!