抜け出せない沼を持つ男と実力主義の教室。雛鳥は何を見るか。 作:末路雛鳥
今日は、早いですね。
最近雛鳥ちゃんの絵を描いているんですが、これがなかなか難しいですね、なんでだろう?(美術の成績2')
では、本編をどうぞ。
星之宮先生は、必ずポイントは支給されるとは、言っていた。
だが、それなら、何故これだけの人数が山菜定食を食べている。少ないかもしれないがポイントは貰えるはず——
ポイントが支給される?
……もし、この学校が俺の想像通りの性悪学校なら。
0ポイントが支給されました、なんてことも、有り得るのか。いや、でもそうじゃないと、これは……
頭が痛い。だが、今の俺は最近で1番頭を働かせている。
だが、あと一歩、わからない。監視カメラの意味、どういう基準で、ポイント額は、どうやってなくなるなか。
そんな時、スピーカーから音楽が流れて来た。
『本日午後5時より、第一体育館の方にて、部活動説明会を開催いたします。部活動に興味のある生徒は、第一体育館の方に集合してください。繰り返します、本日――』
生徒会の人間だろうか、可愛らしい声のアナウンスが食堂全体響き渡る。
その声のおかげで、少し頭が落ち着いて来た。
水を飲み乾いた口の中を潤す。
部活動か、俺的には、悪い記憶しか——
『比企谷くん』
『ヒッキー!』
……まあ、悪いことばかりじゃなかったが、それでも、俺は帰宅部一択だな。
しかし、目の前の綾小路は違ったらしい。
アナウンスを聞いた綾小路は、手に持っていた箸をピタリと止めた。そして、少しだけ前のめりになって俺の顔を見つめてくる。
「行く? 私は行く、八幡も行く? よし行こう」
いや、俺まだ返事してないんだが、答える隙なさすぎだろ、
綾小路の瞳の奥は、純粋な好奇心がキラキラと渦巻いていた。
普段の俺なら、俺は行かない、お前は勝手に行ってこい、と言うところだ。
だが、今の俺にはこの誘いに乗れない理由がある。
「悪い、放課後は少し用事があってな」
極力、波風を立てないように断りを入れた。 すると、綾小路の動きが完全に止まった。 瞬きすら忘れ、俺の顔を正面からじーっと見つめ続けてくる。
……いや、待て。 なんか、その大きな瞳が、微かにウルウルと光を反射し始めている。
いやいやいや、目が潤んでる!?
嘘だろ、ただ部活見学の誘いを断っただけだぞ。なんでそんな、この世の終わりのような顔になるんだ。
俺が泣かせたみたいになってるじゃないか。周囲のテーブルから声が聞こえる。
「……あの人、女の子泣かせてる……最低」
女子の最低……雪ノ下に比べたらマシって考えてしまう俺はもう終わりかもしれない。
兎にも角にも、今は言い訳……げふんげふん。
絶対に綾小路が納得するであろう理由を一つ。
「あー、違う、そうじゃない。別にお前を仲間はずれにしようとしてるわけじゃないんだ」
女の涙に、男は絶対に敵わないと、それはもう人が生まれたときから決まってるから。
「神崎って奴にな、放課後に職員室に行こうって誘われてるんだよ。十万とか、監視カメラとか、少し怪しいところがあるから、直接聞きに行こうって話になっててな、まだ違和感程度でしかないが……」
俺の説明を聞き終えると、綾小路はスッと視線を落とし、そのまま俯いてしまった。
そこから、恐るべき沈黙の時間が訪れた。 周囲の喧騒だけが響く中、俺たちのテーブルだけが隔離されたように静まり返っている。
……長い。
一分、二分。俺は残りの山菜定食を平らげても、綾小路はまだピクリとも動かない。
やがて、約五分ほど経過した頃。
スッ、と。 綾小路が顔を上げた。 潤んでいたはずの瞳からはすっかり水分が引き、いつものような能面のような無表情に戻っている。
何か納得のいく結論でも導き出したのだろうか。そう思った、次の瞬間。
ガタッ!
綾小路が突然、椅子から立ち上がった。 そのままテーブルの向こう側から、身を乗り出してくる。長い茶髪がテーブルの上にサラリとこぼれ落ちた。
そして、今度は俺の右袖ではない。 彼女の左手が、まっすぐに伸びてきて――俺の右手を、がっしりと掴んだのだ。
「行こ」
……へ? 今、なんて言った?
「ちょっ、ちょっと待て! まだ片付けてないから! それに、行くのは放課後で――」
俺の抗議なんて、綾小路の耳には一切届いていなかった。 見た目の華奢さからは信じられないほどの恐るべき腕力で、俺の手がぐいっと引っ張られる。
体が無理やり立ち上がらされ、そのまま食堂の出口へと引きずられ始めた。
綾小路によって無情にもドナドナされていく。
……おばちゃん、本当にごめんなさい。
そのまま強引に引っ張られ、階段を登らされて。
俺が連れてこられた先は、職員室ではなかった。
二年生のフロアだ。
あぁ、なるほど。行こって、職員室ってわけじゃなかったのね。早とちりして損した。
……いや、そういう問題じゃない。だったらなんで俺を強制的に連行してきたんだ。
文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた、その時だった。
廊下を歩く綾小路の足取りが、ふっと緩やかになる。
そして彼女は、繋いだ左手で俺の右手をしっかりと握り、引っ張りながら、上級生たちの教室を覗き込み――ポツリ、ポツリと、言葉を落とし始めた。
「……机が、少ないね」
ひどく平坦な、水面に波紋一つ立てないような静かな声。 歩みを進め、次の教室の前を通り過ぎるたびに、彼女の口から言葉が出てくる。
「……Dクラスって、雰囲気がすごい悪いね」
「……あれ? Cクラスと、Bクラスはどこか焦っていて、どこか諦めた感じだね?」
「……Aクラスは、すっごくしっかりしてるね?」
そして最後に。 天井の隅へチラリと視線を向け、まるでトドメを刺すように呟いた。
「それに、ここまでずっと監視カメラがあったね」
…………何を言ってるんだ? ただの独り言にしては、あまりにも的確すぎる。輪郭がはっきりしすぎている。
鳥肌が立つ。
まるで、俺の耳にわざと聞かせるように、一つ一つの事実を丁寧に、順番に並べ立てているじゃないか。
いや、分かってる。 こいつの言葉が何を示しているのか、俺は結論を出してしまっている。
机が少ない。つまり、何かしらの…そう、退学とかが…あるのかも、しれない。
いや、生徒が問題を起こしたってのも、可能性としては捨てられないが、明らかに……特にDクラスの席が少なすぎる。
監視カメラは、そうだな……生徒たちの監視……か? それか生活態度とか、授業中の態度、他にもあるかもしれない。
Dクラスの雰囲気。CクラスとBクラスの焦燥と諦め。Aクラスの余裕。
毎月の一日に十万ポイントが無条件で振り込まれるなんてのは、やはり嘘。
この学校にはクラス間の露骨な格差、何らかの理由によってのポイント増減があるのか?
その理由がAクラスの……メリットがあるとしたら、俺がずっと疑っていた、就職、進学率ともにほぼ100%っていう恩恵、それがAクラスだけだと言うのなら、辻褄が合う、合いすぎる。
仮に、Aクラスだけだと言うのなら、有名人が少ないのも納得できて、必ずしも成功できるとは限らないから、尚更納得できる。
納得できるし理解できる。理解できるが……
……そしたら、こいつは、なんなんだ。
繋がれた右手に視線を落とす。俺の腕を引く、華奢で小さな手。
前を歩く彼女の横顔を覗き込んでも、相変わらず能面のような無表情しか張り付いていない。
綾小路雛鳥……人の言いつけをバカ正直に守っている、世間知らずの天然。
俺に遠慮なんてないし、力が強いし、何をするのかいまいちわからない……そんな女の子だ。
だが、もし。もしも俺のこの考えが正しかったのだとしたら。 こいつは、ただの天然なんかじゃない。
俺が悩んでいて、行き詰まっていたタイミング。
それを、正確に理解して、俺を連れ出し、決定的な答え合わせのピースを、自らの口で順番に提示してみせた。
まるで、迷路のゴールへ向かうための答えを丸ごと聞いているような感じだ。
こいつは……俺に、気づかせようと…していた?
背筋を、氷の刃で撫でられたような強烈な悪寒が駆け抜ける。 ドクン、と。心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
ただの美少女の皮を被った、得体の知れない底なしの怪物に手を引かれているような錯覚。
「……お前」
乾いた喉から、掠れた声を絞り出す。 俺の声に、綾小路はピタリと足を止めた。 ゆっくりと振り返り、俺を見上げる。
その顔からは、やっぱり何の感情も読み取らせてはくれない。ただ首を傾げているだけだ。
俺の手を、掴んでいる。こいつは———
俺は、綾小路の瞳を見て、急速に落ち着きいていく。
……何を一人で勝手にビビり散らしているんだ、俺は。
得体の知れない怪物だなんて。
ラノベの読みすぎで脳みそが沸いているんじゃないか。
繋がれた手から伝わってくる体温は、どう考えたって女子高生のそれだ。
……勝手に深読みして、勝手に怯えて。自分がひどく情けなくなってくる。
こいつはただ、ヒントを並べて俺に教えてくれただけじゃないか。俺が行き詰まりかけていたから、わざわざここまで引っ張ってきて、答え合わせを手伝ってくれた。
その行動の裏に、どんな思惑があるのか、何故そこまでして俺に気づかせようとしたのか、詳しい理由はさっぱりわからない。
だが、そこの先にあったのは、欲しかった答えだった。
だったら、そこに感謝こそあれど、怖がるような要素なんて何一つないはずだろ。
俺は一つ、ふぅっと大きく息を吐き出して、強張っていた肩の力を抜いた。
「……まあ、ありがとな」
視線をわずかに逸らしながら、呟く。 すると。 俺の言葉を聞いた綾小路の大きな瞳が、これ以上ないほどにパチリと見開かれた。
昨日からずっと無表情を崩さなかった彼女が、初めて見せた明確な変化。
瞬きすら忘れたように、じっと俺の顔を凝視してくる。
やがて、彼女の唇が、微かに震えるように開いた。
「……怖くないの?」
それは、疑問というより、どこか確認するような、ひどく頼りない響きを持った声だった。
「怖い? 当たり前だろ」
俺は即座に言い捨てる。強がる必要なんてない。俺は生粋のチキン野郎だ。
「得体の知れないやつなんて、怖いに決まってる。知らないってことは、酷く怖いことだからな」
俺の言葉に、綾小路の肩がほんの少しだけビクッと跳ねた。 その瞳の奥が、すっと暗く沈みかける。
……だがな。
俺は空いている左手を持ち上げ、彼女の顔の前にスッと人差し指を突きつけた。
「……一回だけだ」
俺の指先を暗い瞳で見つめ、彼女がコテンと首を傾げる。
俺は観念したように頭をガシガシ掻き、正面からその暗い瞳を見つめ返した。
「ありがとな……お前のおかげで、俺は助かった」
……これ以上ないくらい素直な感謝の言葉。
「だから……そんな怖がんな……俺は別に、お前を嫌いになったりしないから」
……綾小路はずっと、怖がっていた。
そんな顔してほしくなかった。
そんな瞳をしてほしくなかった。
俺は別にそんなことでお前を嫌いになったりしない。
らしくないかもしれない……だが、それでもこいつが、綾小路が俺に嫌われることを恐れているのなら、俺は……
ここまで懐かれた理由は、未だわからない。だが、それでも、目の前にいるこいつは、ただの女子だ。
昔みたいに、言葉を出せ、頭を働かせろ。
「今まで、まあまだ二日だが、散々失礼なことしてきただろうに、初対面なのに家に入ってきたり、物をねだって来たり……慣れてんだよ。お前の突拍子のない行動なんて——」
言葉を続けようと、俺が顔を向けた、その瞬間だった。
綾小路の表情の筋 自体は、大きく動いたわけじゃない。わかりやすく満面の笑みを浮かべたわけでもない。
けれど、彼女の空気が、雰囲気が、劇的に変わったのだ。
……まるで、ずっと降り続いていた冷たい雨が上がって、雲の隙間から陽光が差し込んできたような。
雰囲気が、とびきり暖かくて、柔らかくて、ほんのりと桜色に色づいたような、そんな錯覚。
彼女の大きな瞳の奥で、無数の星がパァッと弾けるように輝き出すような。
繋いだままの左手が、ギュッと、今までで1番力強く握られた。
柔らかそうな頬も、薄く染まっている。
それはもう、言葉にするまでもない。 誰の目から見ても明らかなほど、純粋で、無防備で、どこか妖艶な心の底からの感情の爆発だった。
……なんだ、それ。
…… ずるいだろ、そういうのは。
完全に言葉を失っていた。 頭の中の考えがすべて吹っ飛んだ。
ただ事実を突きつけられただけで、こんなに嬉しそうにするやつがいるのかよ。
完璧な造形をした美少女が、俺の感謝を受け取って、まるで内側から発光するように喜んでいる。
その圧倒的なまでの美しさと、どこか危ういほどの純真さに、俺の目は完全に釘付けにされていた。
呼吸の仕方すら忘れそうになる。
周囲の景色が、廊下も、窓の外の景色も、全部色褪せて背景に溶けていく。視界の中央にいる彼女の姿だけが、異常なほど俺の脳髄に焼き付いていく。
不覚にも。 捻くれ者の比企谷八幡という男は。 得体の知れない不思議な雛鳥の、その言葉を持たないまっすぐな笑顔に。
……柄にもなく、だが、どうしようもなく見惚れてしまっていた。
〇〇の中身は予想してみてください。
ちなみに、この出来事で、雛鳥ちゃんに二つ名がつきます。 まあ、廊下のど真ん中ですからね。当然です。
書きたいことがたくさんあってあまり進めてませんが、ここまで読んでくれてありがとうございました。