《イエローチェイン》は監視船から送られてきた誘導信号に従い、アムリタ惑星港湾区画へと向かった。
巨大な港湾ステーションが、視界いっぱいに広がる。
円筒形の居住区。
貨物搬送用の巨大なドック。
無数の係留アーム。
そして、軍用艦艇と民間船が行き交う広大な宇宙港。
人工重力区画では大勢の人間が生活し、整備区画では何千もの作業機械が船体の修繕や物資の搬送を行っていた。
港湾ステーションそのものが、ひとつの巨大な都市だった。
グラハムは自動操縦を補助に使いながら、慎重に船体を誘導する。
次元スキップのエラーは発生したものの、通常航行用の推進機関や操舵系統に問題はない。
船体の状態も悪くなかった。
「よし、着艦完了」
係留アームが船体を固定する。
外部環境の安定化を確認し、艦内の気圧制御を切り替える。
やがてエアロックが開いた。
グラハムは操縦席から立ち上がり、軽く身体を伸ばした。
Tシャツの上にオリーブグリーンのアーミージャケット。
迷彩柄の軍パン。
使い込まれた革の編み上げブーツ。
特別な装飾はない。
軍の制式装備でもなければ、高級な戦闘服でもない。
どこの補給所でも手に入る量産品を、サイズ違いで何着も所有しているだけだ。
本人にとっては、これが最も動きやすく、最も落ち着く服装だった。
左腕の義手が、低い駆動音を立てる。
簡単な動作確認を済ませると、グラハムはタラップを下りた。
久しぶりの港湾施設。
といっても、宇宙港の構造など、どこへ行っても似たようなものだ。
「さて、と……」
彼は端末を取り出し、必要な補給品を確認した。
燃料。
弾薬。
食料。
予備部品。
船体の定期整備。
ついでに、生活物資も少々。
いや、生活物資は後回しでいい。
まずは補給だ。
そのあと、傭兵組合で必要な手続きを済ませ、食堂で飯を食い、さっさと出発する。
完璧な計画だった。
少なくとも、彼の頭の中では。
グラハムは歩き始めた。
目的地は傭兵組合の受付窓口。
ところが。
『傭兵登録コードを確認しました。グラハム・トルストイ様。ロシア連邦軍第七支部より、出頭要請が届いております』
「…………え?」
港湾施設のアナウンスが、無情にも彼の名前を呼び上げた。
しかも、フルネームで。
「いや、待て待て待て」
思わず足が止まる。
周囲の人々が、こちらを振り返った。
整備員がこちらを見ている。
警備兵もこちらを見ている。
そして、なぜか通りすがりの軍人たちが、妙に嬉しそうな顔で敬礼してきた。
「ライトニング殿!」
「お帰りなさいませ!」
「ご活躍は聞き及んでおります!」
「…………」
グラハムは無言で歩き出した。
やめてくれ。
本当にやめてくれ。
俺はただ、補給をしに来ただけなんだ。
「……出頭要請って、断れるよな?」
誰に聞くでもなく呟いた。
「グラハム殿でいらっしゃいますか?」
背後から声がした。
振り返ると、厳めしい顔つきの男が立っていた。
整った軍服。
胸元には数々の徽章。
立ち居振る舞いには、長年軍務に携わってきた者特有の威厳がある。
「私はバージィスと申します。お迎えに上がりました」
「……お迎え?」
「はい。こちらへどうぞ」
「えーと……できれば、ライトニングじゃなくて名前で呼んでもらえませんかね?」
「承知しました。グラハム殿」
「殿もいらないです……」
「では、グラハム様」
「なんで敬称が増えてるんですかね!?」
バージィスは、グラハムの抗議を爽やかに聞き流した。
「それでは、参りましょう」
「いや、ちょっと待ってください。俺、何かしました?」
「いいえ?」
「じゃあ、なんでこんなに歓迎されてるんです?」
「それはもちろん、あなたが英雄だからです」
「帰っていいですか?」
「それは困ります」
即答だった。
グラハムは天井を仰いだ。
こういうとき、普通なら何か事情を説明するものではないだろうか。
なぜ説明もなく連行されなければならないのか。
「……あの、バージィスさん」
「はい」
「行き先は?」
「ロシア連邦軍第七支部です」
「…………」
グラハムは、ゆっくりと目を閉じた。
第七支部。
そこにいる人間の顔が、脳裏に浮かぶ。
金髪。
碧眼。
整った顔立ち。
軍人らしい凛々しさと、どこか幼さの残る美貌。
そして、俺の人生を長年にわたって管理してきた女。
「……絶対、あいつじゃん」
逃げたい。
今すぐ逃げたい。
だが、ここで逃げたら確実に面倒なことになる。
何より、相手は軍の高官だ。
俺ひとりが逃げたところで、どうにかなる相手ではない。
「……はぁ」
グラハムは諦めたように肩を落とした。
「なるようになるか……」
そう呟いたものの、彼の本能は警鐘を鳴らし続けていた。