軍大学への入学試験。
グラハムとアリーは、そろって首席級の成績を収めた。
二人とも、学業において優秀だった。
戦術理論。
艦隊運用。
兵站管理。
戦略シミュレーション。
宇宙空間での航法。
サイバネティックスを用いた戦闘訓練。
どの分野でも、二人は常に上位を争った。
アリーは冷静な判断力と優れた分析能力を持っていた。
戦況を俯瞰し、敵の意図を読み、最も効率的な作戦を立案する。
一方、グラハムは直感と反応速度に優れていた。
戦況が変化した瞬間、誰よりも早くその変化を察知し、常識に縛られない判断で戦場を切り開く。
正反対の才能。
だからこそ、二人は互いに高め合うことができた。
演習では何度も激突した。
アリーが築いた防衛線を、グラハムが突破する。
グラハムの奇襲を、アリーが先読みして迎撃する。
勝敗は、最後まで予測できなかった。
教官たちは二人に大きな期待を寄せていた。
将来、ロシア連邦軍を背負う存在。
優れた指揮官となり、数々の戦場で功績を上げるであろう若者たち。
特に、二人が共同で作戦を立案した際の成績は突出していた。
互いの思考を理解し、相手の判断を予測し、自然に役割を分担する。
長年連れ添った熟練の指揮官たちでさえ、舌を巻くほどだった。
だが、グラハムにはひとつ問題があった。
本人に、軍人になるつもりがなかったのだ。
彼が軍大学へ進学した理由は、単純だった。
もっと強くなりたかった。
艦艇を自在に操りたかった。
戦術を学び、戦闘技術を磨きたかった。
そして。
女性にモテたかった。
「やっぱさ、強い男って格好いいじゃん?」
ある日、同級生にそう言ったことがある。
相手は飲みかけの飲料を吹き出した。
「……お前、マジで言ってる?」
「マジだけど?」
「いや、お前もう十分モテるだろ」
「は? 誰が?」
「…………」
同級生は、何かを諦めたように天井を仰いだ。
実際、グラハムは女子学生たちからの人気が高かった。
整った顔立ち。
鍛え上げられた身体。
優秀な成績。
卓越した操縦技術。
そして、本人にまったく自覚がないという、妙な親しみやすさ。
そのすべてが、彼の人気を高めていた。
ただし、彼自身は知らなかった。
彼に好意を寄せる女子学生たちが、なぜかアリーを恐れていたことも。
彼女たちがグラハムに話しかけようとすると、いつの間にかアリーが現れることも。
そして、アリーが笑顔でこう言うことも。
「グラハムに何か用かしら?」
その笑顔は美しかった。
声も優しかった。
だが、なぜか女子学生たちは、その場から逃げるように立ち去った。
グラハムは首を傾げた。
「……なんでみんな逃げるんだ?」
「さあ? どうしてかしらね」
アリーは微笑んだ。
「それより、今日の訓練の復習をしましょう?」
「えー、今から?」
「ええ。あなた、昨日の戦術演習でひとつ判断を誤っていたでしょう?」
「マジ? どこ?」
「ここよ」
アリーが端末を操作する。
グラハムは身を乗り出し、画面を覗き込んだ。
彼女との距離が近くなる。
アリーは、内心で満足そうに微笑んだ。
やっぱり。
彼は自分を頼ってくれる。
自分の隣にいることを、当然だと思ってくれている。
きっと、彼も同じ気持ちなのだ。
……グラハムは単純に、戦術の解説を聞きたかっただけだった。
そして、軍大学を卒業する日が来た。
アリーは、当然のようにグラハムと同じ軍へ進むつもりだった。
二人で軍に入り、共に功績を上げ、いつか同じ戦場に立つ。
彼女の未来には、最初からグラハムがいた。
しかし。
卒業を目前にしたある日、グラハムは誰にも告げずに姿を消した。
軍への入隊を拒否し、国を出たのだ。
アリーの前から。
何も説明せず。
別れの言葉すら残さず。
その理由を、アリーは知らなかった。
彼が何を考え、何を恐れ、なぜ自分のもとを去ったのか。
彼女には、理解できなかった。
彼は自分を嫌いになったのだろうか。
それとも、何か事故に巻き込まれたのだろうか。
どこかで命を落としたのではないか。
そう考えるたび、胸が締めつけられた。
彼女は何度も連絡を試みた。
通信を送った。
傭兵組合へ照会した。
彼の足取りを追った。
しかし、グラハムは戻らなかった。
そして十六年の歳月が流れた。
アリーは士官となり、軍で実績を積み上げた。
優れた戦術眼と指揮能力を武器に、数々の作戦を成功へ導いた。
そんなある日、彼女は「ライトニング」の異名で呼ばれる傭兵の噂を耳にした。
戦場を雷光のように駆け抜ける戦い方。
艦艇を手足のように操る戦闘センス。
格闘戦においても一流と評される、常識外れの判断力。
その噂を聞いた瞬間、アリーの胸にひとつの疑念が生まれた。
――この男は、グラハムではないか?
彼女はすぐに、ライトニングと呼ばれる傭兵について調べ始めた。
戦歴を追い、傭兵組合の登録情報を確認し、各地に残された記録をひとつずつ照合していく。
やがて、彼の出身地がロシア連邦であることを知った。
そして。
本名が、グラハム・トルストイであることを知った。
生きている。
グラハムは、生きている。
その事実を知った瞬間、アリーは歓喜した。
胸の奥が熱くなり、視界が滲むほど嬉しかった。
彼は死んでいなかった。
どこかで命を落としたわけでもなかった。
自分の知らない場所で、彼は生きていたのだ。
だが、喜びはすぐに別の感情へと変わった。
なぜ、連絡をくれなかったのか。
なぜ、一度も帰ってこなかったのか。
なぜ、自分を置き去りにしたまま、何事もなかったように生きていたのか。
怒りが込み上げた。
同時に、悲しかった。
自分は十六年間、彼の生死すらわからずに待ち続けていた。
何度も通信を送り、何度も彼の足取りを追い、何度も帰還を願った。
それなのに、彼から連絡は一度もなかった。
生きているなら、なぜ知らせてくれなかったのか。
その疑問は、彼女の胸に深く突き刺さった。
やがてロシア連邦軍の第七支部司令長官へと上り詰めた。
百四十六歳。
長い寿命を持つ人類の中では、まだ若い世代に属する年齢だった。
だが、その地位と権限は、年齢の若さを補って余りある。
彼女は多くの部下を率い、広大な星系の軍事作戦に関わる立場となった。
それでも。
彼女の心の中には、ひとつの空白が残っていた。
グラハムがいない。
ただ、それだけのことが、彼女には耐え難かった。
彼女は、いつか彼が戻ってくると信じていた。
自分のもとへ。
自分の隣へ。
そして、帰ってきた彼を二度と失わないために。
彼女は、長い時間をかけて準備を続けていた。
彼が帰ってきたとき、もう二度と離れないようにするために。
住む場所を確保し、彼の船を受け入れる専用ドックを用意し、健康管理や生活支援の手続きを整えた。
彼がどれほど拒もうと、どれほど逃げようと、今度こそ自分の手の届く場所に置いておくために。
その準備が何を意味するのか。
グラハムは、まだ知らなかった。