イエローチェイン   作:聖骸

5 / 6
04 軍大学の雷光

軍大学への入学試験。

 

グラハムとアリーは、そろって首席級の成績を収めた。

 

二人とも、学業において優秀だった。

 

戦術理論。

 

艦隊運用。

 

兵站管理。

 

戦略シミュレーション。

 

宇宙空間での航法。

 

サイバネティックスを用いた戦闘訓練。

 

どの分野でも、二人は常に上位を争った。

 

アリーは冷静な判断力と優れた分析能力を持っていた。

 

戦況を俯瞰し、敵の意図を読み、最も効率的な作戦を立案する。

 

一方、グラハムは直感と反応速度に優れていた。

 

戦況が変化した瞬間、誰よりも早くその変化を察知し、常識に縛られない判断で戦場を切り開く。

 

正反対の才能。

 

だからこそ、二人は互いに高め合うことができた。

 

演習では何度も激突した。

 

アリーが築いた防衛線を、グラハムが突破する。

 

グラハムの奇襲を、アリーが先読みして迎撃する。

 

勝敗は、最後まで予測できなかった。

 

教官たちは二人に大きな期待を寄せていた。

 

将来、ロシア連邦軍を背負う存在。

 

優れた指揮官となり、数々の戦場で功績を上げるであろう若者たち。

 

特に、二人が共同で作戦を立案した際の成績は突出していた。

 

互いの思考を理解し、相手の判断を予測し、自然に役割を分担する。

 

長年連れ添った熟練の指揮官たちでさえ、舌を巻くほどだった。

 

だが、グラハムにはひとつ問題があった。

 

本人に、軍人になるつもりがなかったのだ。

 

彼が軍大学へ進学した理由は、単純だった。

 

もっと強くなりたかった。

 

艦艇を自在に操りたかった。

 

戦術を学び、戦闘技術を磨きたかった。

 

そして。

 

女性にモテたかった。

 

「やっぱさ、強い男って格好いいじゃん?」

 

ある日、同級生にそう言ったことがある。

 

相手は飲みかけの飲料を吹き出した。

 

「……お前、マジで言ってる?」

 

「マジだけど?」

 

「いや、お前もう十分モテるだろ」

 

「は? 誰が?」

 

「…………」

 

同級生は、何かを諦めたように天井を仰いだ。

 

実際、グラハムは女子学生たちからの人気が高かった。

 

整った顔立ち。

 

鍛え上げられた身体。

 

優秀な成績。

 

卓越した操縦技術。

 

そして、本人にまったく自覚がないという、妙な親しみやすさ。

 

そのすべてが、彼の人気を高めていた。

 

ただし、彼自身は知らなかった。

 

彼に好意を寄せる女子学生たちが、なぜかアリーを恐れていたことも。

 

彼女たちがグラハムに話しかけようとすると、いつの間にかアリーが現れることも。

 

そして、アリーが笑顔でこう言うことも。

 

「グラハムに何か用かしら?」

 

その笑顔は美しかった。

 

声も優しかった。

 

だが、なぜか女子学生たちは、その場から逃げるように立ち去った。

 

グラハムは首を傾げた。

 

「……なんでみんな逃げるんだ?」

 

「さあ? どうしてかしらね」

 

アリーは微笑んだ。

 

「それより、今日の訓練の復習をしましょう?」

 

「えー、今から?」

 

「ええ。あなた、昨日の戦術演習でひとつ判断を誤っていたでしょう?」

 

「マジ? どこ?」

 

「ここよ」

 

アリーが端末を操作する。

 

グラハムは身を乗り出し、画面を覗き込んだ。

 

彼女との距離が近くなる。

 

アリーは、内心で満足そうに微笑んだ。

 

やっぱり。

 

彼は自分を頼ってくれる。

 

自分の隣にいることを、当然だと思ってくれている。

 

きっと、彼も同じ気持ちなのだ。

 

……グラハムは単純に、戦術の解説を聞きたかっただけだった。

 

そして、軍大学を卒業する日が来た。

 

アリーは、当然のようにグラハムと同じ軍へ進むつもりだった。

 

二人で軍に入り、共に功績を上げ、いつか同じ戦場に立つ。

 

彼女の未来には、最初からグラハムがいた。

 

しかし。

 

卒業を目前にしたある日、グラハムは誰にも告げずに姿を消した。

 

軍への入隊を拒否し、国を出たのだ。

 

アリーの前から。

 

何も説明せず。

 

別れの言葉すら残さず。

 

その理由を、アリーは知らなかった。

 

彼が何を考え、何を恐れ、なぜ自分のもとを去ったのか。

 

彼女には、理解できなかった。

 

彼は自分を嫌いになったのだろうか。

 

それとも、何か事故に巻き込まれたのだろうか。

 

どこかで命を落としたのではないか。

 

そう考えるたび、胸が締めつけられた。

 

彼女は何度も連絡を試みた。

 

通信を送った。

 

傭兵組合へ照会した。

 

彼の足取りを追った。

 

しかし、グラハムは戻らなかった。

 

そして十六年の歳月が流れた。

 

アリーは士官となり、軍で実績を積み上げた。

 

優れた戦術眼と指揮能力を武器に、数々の作戦を成功へ導いた。

 

そんなある日、彼女は「ライトニング」の異名で呼ばれる傭兵の噂を耳にした。

 

戦場を雷光のように駆け抜ける戦い方。

 

艦艇を手足のように操る戦闘センス。

 

格闘戦においても一流と評される、常識外れの判断力。

 

その噂を聞いた瞬間、アリーの胸にひとつの疑念が生まれた。

 

――この男は、グラハムではないか?

 

彼女はすぐに、ライトニングと呼ばれる傭兵について調べ始めた。

 

戦歴を追い、傭兵組合の登録情報を確認し、各地に残された記録をひとつずつ照合していく。

 

やがて、彼の出身地がロシア連邦であることを知った。

 

そして。

 

本名が、グラハム・トルストイであることを知った。

 

生きている。

 

グラハムは、生きている。

 

その事実を知った瞬間、アリーは歓喜した。

 

胸の奥が熱くなり、視界が滲むほど嬉しかった。

 

彼は死んでいなかった。

 

どこかで命を落としたわけでもなかった。

 

自分の知らない場所で、彼は生きていたのだ。

 

だが、喜びはすぐに別の感情へと変わった。

 

なぜ、連絡をくれなかったのか。

 

なぜ、一度も帰ってこなかったのか。

 

なぜ、自分を置き去りにしたまま、何事もなかったように生きていたのか。

 

怒りが込み上げた。

 

同時に、悲しかった。

 

自分は十六年間、彼の生死すらわからずに待ち続けていた。

 

何度も通信を送り、何度も彼の足取りを追い、何度も帰還を願った。

 

それなのに、彼から連絡は一度もなかった。

 

生きているなら、なぜ知らせてくれなかったのか。

 

その疑問は、彼女の胸に深く突き刺さった。

 

やがてロシア連邦軍の第七支部司令長官へと上り詰めた。

 

百四十六歳。

 

長い寿命を持つ人類の中では、まだ若い世代に属する年齢だった。

 

だが、その地位と権限は、年齢の若さを補って余りある。

 

彼女は多くの部下を率い、広大な星系の軍事作戦に関わる立場となった。

 

それでも。

 

彼女の心の中には、ひとつの空白が残っていた。

 

グラハムがいない。

 

ただ、それだけのことが、彼女には耐え難かった。

 

彼女は、いつか彼が戻ってくると信じていた。

 

自分のもとへ。

 

自分の隣へ。

 

そして、帰ってきた彼を二度と失わないために。

 

彼女は、長い時間をかけて準備を続けていた。

 

彼が帰ってきたとき、もう二度と離れないようにするために。

 

住む場所を確保し、彼の船を受け入れる専用ドックを用意し、健康管理や生活支援の手続きを整えた。

 

彼がどれほど拒もうと、どれほど逃げようと、今度こそ自分の手の届く場所に置いておくために。

 

その準備が何を意味するのか。

 

グラハムは、まだ知らなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。