異世界最強   作:青い灰

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プロローグ

 

 

 

 

片膝をつき、片足を前に伸ばす。

 

 

「ふう………」

 

 

息を吐き出す。

矢をつがえ、弦を大きく、強く、引き絞る。

弓は立てず倒さず斜めに構え、矢は鼻の高さに合わせる。

 

 

「………」

 

 

呼吸を止める。

矢と弦を引く腕に流れる血と、その脈動までもを意識する。そうしてそれを動きに組み込み、思考を閉ざしていく。

 

 

「─────」

 

 

呼吸、意識、動き……停止。

視界が開け、それを狙いの的へと収束させていく。

きりきり、きりきりと、限界にまで引き絞る音。

 

 

「──────!」

 

 

矢を放つ。

 

ひゅん、と風を切る音が空を切り裂く。

即座に二の矢を手に取りつつ、矢の行く先を見届ける。

 

 

削り尖らせた石を先端に括りつけたその矢は、木々と茂みの隙間を抜けて、そこに横たわるリスのような小動物───

それを貪っていた、白い影を撃ち抜く。

 

 

「よっしゃ!」

 

「すっ、すごい……!」

 

 

命中だ。

白い影は矢の勢いに吹っ飛び、倒れて動きを止める。

次の矢を振り払い、隣から聞こえた感嘆の言葉を聞き流して茂みの中へと駆け出す。ガサガサと他の小動物らがその場を逃げ出していき、それを横目に握っていた矢を矢筒に戻して代わりに石の短刀を腰から取って、獲物に近づく。

 

 

「おお、結構大物……いや魔物がデカいんだよな……」

 

 

近づいてみれば、それは俺の胸くらいまである……

いや、俺の身長自体が小さいのだが、つまり五歳児の胸部に届くくらいの大きさの、白いウサギだ。しかしそれはただのウサギでもなく、その開いた口からは鋭い牙が並んでいる。

 

〝牙ウサギ〟

そう呼ばれる、肉食の魔物だ。

人を襲って喰うこともある。俺も何度か喰われかけた。

 

そんな牙ウサギの頭には矢が突き刺さっており、牙ウサギはその身体を痙攣させている。とにかく、さっさと血抜きまで済ませてしまおう。オヤジさんの見よう見真似だが……

 

 

「……ね、ねぇ、兄さん、大丈夫……?」

 

「ん?あぁ、見るのキツい?」

 

 

後ろから聞こえてくる、茂みを掻き分ける音。

振り向きながら、赤毛の女の子に聞く。

 

 

「ルベルは……目、閉じとけば?」

 

「う、ん……で、でも、見ておきたい……かな」

 

「おぉ、分かった。まぁ俺も初めてだけど」

 

 

ルベルは頷いて、だが何度かその黄金色の目を泳がせると、なんと、はっきりと見ておきたい、と口にする。その意外な答えに驚きつつ、改めて石の短剣を握り直す。

 

気弱で血も苦手なルベルがはっきり言うのは珍しい。

初の弓狩りは成功、次は血抜きだ。妹分が勇気を出すのだ、俺も良いところを見せなければ。

 

 

「ええっと、まずは頸動脈──────」

 

 

 

 

 

 

 

───

 

────

 

 

 

 

 

 

この世界に転生して五年が経った。

 

長かったような、短いような……いや長かったな。

幼児期はしんどかった。精神年齢20歳越えで赤子を体験する羽目になるとは思いもしなかったが………

 

親は……多分、娼婦か何かだったのだろう。

捨てられて死にかけていたところをオヤジさんに拾われて、俺とルベルは兄妹として育てられた。

 

ルベルもオヤジさんが拾って来た子のようで、いつだったか何も言わずにオヤジさんが俺の横でルベルを育て始めたので兄妹ということになっている。捨て子が多すぎないか?

初めてきょうだいを得て兄というものになったのだが、まぁこの妹が可愛くて仕方ない。すぐ泣くのも最初ばかりは少し鬱陶しかったが、今や泣いてるところも可愛く見える。

 

 

 

さて。

 

育てられているうちに、分かったことがある。

 

ここは剣と魔法の世界だ。

家に転がっていた本を言語解析しながら読み進めていけば、魔法やら魔術やら、神やら悪魔やら竜やらと、とんでもない歴史がある世界らしい。ヤバいと思った。神話からそのままこの歴史へ続いてるようなのだ。

 

オヤジさんも弓を使って狩りをしてるし、家の倉庫には埃を被った剣があるし、あのウサギとか魔物だし、魔法と魔術はまだ見たことないが……つかこの二つって何が違うんだ。

 

 

……男心的には、かなりワクワクしている。

最初ばっかりはクソみてぇな人生パートツーだと思ったが、あの表情筋の死んでるオヤジさん様々だ。

 

この世界で何を目指すのかは決まっていないが……

まぁ、今は絶賛幼年期をエンジョイしているところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故、何も言わずに牙ウサギを狩ってきた」

 

 

家に着くなり、俺は強めの拳骨を食らっていた。

眩暈がするくらいの痛みと衝撃に、口に鉄錆の味が広がる。その後は引き摺られるみたいにして、半泣きのルベルと共に家の居間に連れて来られて─────説教タイムである。

 

オヤジさんは相変わらずの仏頂面。

だが雰囲気だけはいつものそれではなく、ぶっいゃけマジで怖い。ルベルは半泣きを通り越してボロボロ泣き出してる。俺も泣いていいかな。駄目か。

 

 

「……いつも、オヤジさんには世話になってるから。

 それで、何か返したかったから、行ったんだ」

 

「…………」

 

 

大きく、息が吐き出された。

俺の言葉は確かに本心だったけれど、オヤジさんはそれに、ただそうして息を吐き出すだけで、何も言わなかった。

 

……呆れと……なんだろうか。

その目には、呆れと一つ、大きな暗い感情が浮かんでいた。それが何なのかは分からない。人の感情なんて分かりやすく目に現れて、それすら偽ることが出来るような者はいない。けれどそれは……言うなれば、後悔。それに似ていた。

 

オヤジさんは俯き、だがすぐに顔を上げた。

 

 

「魔物は、人を喰う。

 それが動物と魔物の違いだ」

 

「うん」

 

「アーテル。お前がこいつを仕留め損ねれば、

 お前とルベルは間違いなく喰い殺されていたぞ」

 

「………ごめんなさい」

 

 

矢を外していれば、すぐにルベルは逃がすつもりだった。

そして短刀で、どうにか仕留めるつもりだった。

 

だけどそれはあくまでも、出来れば、の話だ。

俺がウサギの牙に一撃で首を喰い千切られれば、この魔物を村に誘い出す原因にもなっただろう。ウサギに追いつかれ、ルベルまで喰われることになったかもしれない。

考えが甘かったのは、確かだ。

 

 

「ルベルを連れて行ったのは、お前か」

 

「うん」

 

「何故だ」

 

「あー……弓の腕を、見せたかったから」

 

「………」

 

 

嘘だ。バレたかな。

ルベルの泣き声が止まった。不味いなこれ。

 

 

「嘘をついたか」

 

「う……そ、では、ない」

 

「嘘だな」

 

「はい」

 

 

バレてるし。

オヤジさんはまたも威圧感を出してくる。怖いんだってば。どう誤魔化したもんかな、と考えていると……

 

 

「ひっ、く……わ、わたし……

 わたしが、行きたいって、言ったの」

 

「……」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…っ……う、ぇええっ……」

 

 

ルベルが、俺の嘘を改める。

オヤジさんの視線がルベルに向くのと同時に、彼女は何度もごめんなさい、と呟いて、また泣き始める。あーくそ、マジ見てらんねぇわ。結局は一緒に行こうって言った俺も悪いしルベルが泣くのは違うだろ。俺の責任だ。

 

 

「オヤジさん、ルベルを連れてったのは俺だよ。

 確かにそいつが行くとは言ったけど、

 弓も矢もナイフも、準備したのは全部俺だ」

 

「分かっている。ルベル」

 

「ぅうぅ……」

 

 

泣きじゃくるルベルの背中を擦ってやる。

話すどころじゃない。ちょっと落ち着かせてやらないと。

オヤジさんの声音も少し和らいでる、多分怒ってはいない。多分だけど。

 

 

「何故アーテルに着いて行ったんだ」

 

「…ひ…っ…く……っぐずっ……」

 

「オヤジさんちょっと待ってやって……」

 

 

この状況で聞くのは子供の扱い下手すぎるだろう。ちょっと待ってやれとは思うが、オヤジさんも不器用なのだ。そも、同じ人間だとしても子供の扱いなんて難しいに決まってる。だから、そのフォローは俺の役目だ。

 

 

「ルベル、オヤジさん怒ってないよ。

 俺も聞きたいけど、ゆっくりでいいから。

 ほら、深呼吸して」

 

「っぅ、ん……」

 

 

ルベルに横から抱きついて、腕で目元を覆いながら、背中を擦る。恐れを見て涙を流す視界を埋め、身体に触れて震えを止める。ハグのリラックス効果がどれほどかは知らないが、こうすれば少しはマシになる。落ち着けー、落ち着けー。

 

 

「す、ぅ……は、っ……はっ、はっ……」

 

「うん、大丈夫」

 

「ふっ、はぁ……っ」

 

 

何度か深呼吸して、ようやくルベルは息を整える。

心臓の音も、穏やかになってきた。

 

 

「……大丈夫?」

 

「う、ん……ありがとう、兄さん」

 

 

確認して、腕の目隠しを外す。

涙で腫れた目元。けれど、その目は穏やかに細められた。

ゆっくりと腕を解き、彼女から離れる。

 

 

「もう、大丈夫か」

 

「うん。ごめんなさい、お父さん……」

 

「そうか。それなら、改めて聞く。

 ……何故、アーテルに着いて行った」

 

「………」

 

 

ルベルは、一度俯く。だがすぐに、その顔を上げた。

そして初めて、オヤジさんを直視した。

 

 

「……強く、なりたくて……

 兄さんみたいに、お父さんみたいに、なりたくて。

 だから、わたしも行くって、兄さんに言ったの」

 

 

言葉の始めは、躊躇いを持って。

けれど、その声音は言葉を紡ぎながら、はっきりと。

 

 

 

「わたしは、強く……なりたい」

 

 

 

彼女は、口にした。

 

 

強くなりたいと。

 

 

今までには無い、芯のある言葉と、信念の宿る眼。

俺もかなり驚いて、オヤジさんですら眉を動かすほどに。

 

力強い意思を、彼女の言葉は宿していた。

 

 

 

「………そうか」

 

 

オヤジさんはそれに、ただそう返すだけ。

その口角を、ほんの僅かに上げて。

 

そして、俺をその視界に入れた。

 

 

「ルベル。それと、アーテル」

 

「うん」「えっ、あっはい」

 

 

いきなり名前を呼ばれ、今度は俺がしどろもどろに返す。

なんだろうか。

 

 

「剣を、学ぶ気はあるか」

 

「けん……?」

 

「オヤジさん、これそんな単純な話じゃないんじゃ……」

 

「いや」

 

 

ルベルの言う強さってそういう問題じゃないと思うのだが。そんな俺の問いに、オヤジさんは首を横に振る。

 

 

「力を知り、技を知り、それを身につければ……

 身体も精神も、自ずと強くなるものだ」

 

「おぉ……!」「えぇ……?」

 

 

脳筋すぎない?

ルベルも「おぉ」じゃないが。なに納得しかけてんの?いやこの世界ってそういうもんなの?俺が知らないだけなの?

 

……まぁ、そういうもんだとして、だ。

 

 

「……オヤジさん、剣とか使えるのか?

 狩りじゃ弓ばっかり使ってたけど」

 

 

ルベルと共に疑問の声を口に出す。たまに見るオヤジさんの狩りは弓で行われていた。確かに、オヤジさんの部屋に剣は置かれてはいたが……鞘に納められた剣は埃を被っていた。

使われた形跡は、殆ど無かったはず。

 

 

「もう随分と使ってはいないが、使える。

 明日から領主の家の子供に剣を教えることになっている。

 強くなりたいのなら、お前たちにも教えてやろう」

 

「ねえ!ねぇ兄さん!

 わたしっ、わたし、剣を教えてもらいたい!」

 

「お前もどうだ」

 

「……」

 

 

目を輝かせるルベルと、こちらへ視線を向けるオヤジさん。俺は一つ、考える。

 

 

剣。

 

武器を振るうこと。

 

そうして、強くなること。

 

 

 

………うん。悪くないかもしれない。

 

 

 

そして折角なら、頂点まで。

 

 

 

 

 

「兄さんより、お父さんより……

 わたしっ、誰よりも強くなりたいの!」

 

 

 

 

ルベルが、言う。

誰よりも強くなる。そう、そうだ。

 

ここは、異世界だ。

剣があり、魔法があり、魔物がいて……

だからこそ、強さがあって困ることはないだろう。

 

 

 

誰よりも強くなる。

 

いい目標だ。

目標は、目指すべき場所は、高いほど良いだろう。

 

 

 

 

 

「オヤジさん、俺にも剣を教えて欲しい」

 

 

 

 

 

俺の、この二度目の人生の目標が、定まった瞬間だった。

 

 

 

 

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