「...んっ...んっ...ぷはぁ、旨い。ごちそうさま」
まだ朝日も出てない東の空を見上げ、空にしたブラックコーヒー缶を握り潰す。いつものお気にのものだ。110円。
「せいっ!...ちっ...」
ゴミ箱に投げ捨てるが、入らず。
わざわざ拾ってゴミ箱に突っ込む。カランッと捨てた音が虚しく響く。
「さーて、行くか」
バイトだ。
今日初めて行く場所だ。
一週間前まで行ってたところは辞めた。普通の飲食店だったが、怖い従業員がいるとご意見をいただいてしまったもんで。
「今度は怖がられても平気そうなところにしてやったが...どうだかな」
『それは貴様次第であろうよ? ひっひゃっひゃ!』
「...うるせぇ。バイト中は黙ってろよ? 初日ってのは大事なんだからな?」
『ハッ! それも貴様次第だな!』
「...はぁ」
今日もあたしの脳内には、この粗暴で元気なヤツがいる。
迷惑だ。
× × × ×
「お疲れ様。気をつけて帰るんだよ」
「ありがとうございました」
初バイト。感触は悪くなかった。
小さなスーパーの、開店前の品出しと商品棚の整理と掃除。他雑用といった仕事だ。朝4時出勤は大変だけど、朝9時には帰れるし、時給も割高。これでも生活には問題なさそうなくらいには稼げそうだ。
今日は学校が休日。今から帰って、シャワーを浴びて二度寝。いいじゃん。
「どうせなら朝メシ買って帰ってくればよかったかもな~」
『その程度のことも気づけぬとは! ポンコツめ!』
「うるさっ。こんなことにまで反応すな」
『ひーひゃひゃひゃ! ワシはいつでも見ているからのう!』
文句があるとすれば、脳内のコイツが四六時中うるさいというところだ。
何なのこの体。
身の上といい、理由もわからず怖がられがちなことといい、初めて起きたときにゴミ袋に包まれてた血だらけの服といい、謎だらけで怖いんだけど。
「...寝よ寝よ」
こんなときはうめぇもん食って寝るに限る。
目覚まし時計はノーセット! どこまでも落ちていくとしよう。
× × × ×
「...ん...まだ寝れるな...」
『もう14時だろうがあああああ!!
起きろおおおおおおおお!!』
「うるせええええええ!!」
本当に何なんだコイツ!?
音としては全く出てないのに脳内だけの声がうるせぇ!
ふざけやがって...!
「はっ倒す」
『できるものならなぁ! ワシは貴様の中だけの存在...! 影も形もありはしない...! 故に無敵! 最強なのでええええす!』
「クソが」
最初こそ"漫画の主人公キャラ設定あるあるみたーい。わーい。"で許してやってた脳内のコイツも、だんだんと腹立つだけのヤツになってきた。
今度除霊とか試してやろうか...
『ねー腹減った! なんか食え!』
「言われんでもさっきの残り食ってやるから、黙って待ってろ。ついでにそのまま永久に黙ってろ」
『黙りませええええん!! ワシは無敵なのでえええええす!!』
「無敵なら腹減るな」
『仕方ないではないか。体は貴様と同じなのだ。貴様の腹が減ればワシも減るに決まっておろう』
「...ったく」
明日からまた学校だ。
宿題やら予習やら、あと掃除に洗濯に、やることがたくさんあるってのに、コイツの面倒まで見させられるの何なんだよ。
「...何なんだよ。教えてくれよ、あたしは何者なんだよ。おい」
『あん?』
「お前に言ってない」
昨日読んだマンガみたいな話が現実に起こるとは思わなかった。推定だが、
ベッドの横の棚の上。ご丁寧に額入りで飾られた写真。
写っているのは二人の並んだ女子生徒。体育着の手にはグラブと野球ボール。
一人はいかにも清楚なお嬢様然とした、白髪の小柄で控えめそうな女の子。
そしてもう一人は、元気が取り柄のような、赤髪を前髪パッツンにしたショートヘアのイケイケ系女子。
二人とも有翼族で、二人の白い翼が太陽に照らされて美しく輝いている。
赤髪のほうが、あたしっぽい奴だった。
最も、今の髪色は濃い紫色でちょっと伸ばしたし、翼は真っ黒になっちゃったから、わりと変わってるんだけど。
それでも見比べれば、少なくとも姉妹ではあるだろうというくらいには、写真のあたしはあたしだった。
教えてくれよ、写真の中の自分。
あたしはなぜ、こうなってるんだ?