(...ん...夢か)
たまにある。
ここが夢だとわかる夢。
現実の自分が寝ていることを知覚できていながらに、視界には何処か知らない場所を映す。
なんだこれ、テーブル? 随分デカいベランダだな。空が良く見える。ハナミが喜びそうだ。
「突然、すまないね」
(ん、声だ)
声がした。
落ち着いていていい声だ。
見れば、椅子に誰かが座っていた。背が低いな。中学生くらいか? 狐耳がフワフワでかわいいね。
まあ当然ながら、見覚えなんてない。
「この言葉を、君がいつ聴いているかわからないが、少なくとも事件が終わった後ではあるだろう。
君の悲しみを取り除く助けになれるかわからないが、一つだけ、彼女からの伝言を預かっていてね。
彼女の思いが生んだ奇跡の言の葉だ。ありがたく受け取ってくれたまえ」
不味い。言葉は鮮明に聞こえるが、中身が何一つわからん。
しかもこっちからは言葉が出ない。なんか大事そうな話だし、せめて忘れないようにだけ頑張ろう...!
「貴女は悪くないよ、私の大好きなアンちゃん。
絶対に幸せになってくださいね。
彼女はこう言っていたさ。どうだい? 少しは肩の荷が降りただろう?」
すみません。何もわかりません。
彼女さんとやら、どうか怒らないで...!
「...予想外の表情をするのだね。少し拍子抜けだよ。感極まって泣きわめく君を尻目に去って行く予定だったのに。
だが役目は果たし終えてしまったからね。お暇させていただくよ」
そして知らん子も一方的に言うだけ言って、姿が薄くなっていく。
「さらばだ。彼女の言葉ではないが、君に少しでも幸ある未来が待っていることを、祈っているよ」
× × × ×
「...なんだったんだ」
起床。
とりあえず忘れぬ間に手近な学習ノートにメモメモ。
「貴女は悪くないよ...大好きなアンちゃん...絶対に、幸せになってくださいね...」
『ん...?おい、何を書いている?』
ついでに夢の出来事も覚えている範囲でメモメモ。テーブル、デカいベランダ、中学生、大天使...
『何を書いているのか聞いておるのだああ!!!』
「うるせええええ!!!」
だああ! ビックリしてシャーペンの芯が折れた!
でも書ききった! 勝利だ!
頑張ったな私...! 頑張って覚えてたなぁ...!
「なんか、夢に出てきた人から言われた」
『夢だと...?』
「うん、中学生の子から。彼女からの伝言だって」
しっかし、貴女は悪くないよ、か。
"どうして貴女なんかが生き残ったんですかッ!!!"
「...マジで何をやらかしたんだ、"アン"よ」
昨日の女の言葉が思い出される。日を追う毎に私が入る前の"アン"がとんでもないヤツだった可能性を考えてしまう。
例えば、人を、殺した―――
『...遅い...』
「...んあ?」
『ああああああ! 腹へった! 何時まで寝てるのだ! 起きるのが遅い! メシ!』
「うわそうだ! バイトバイト!」
気づけばもう出勤15分前。やっば、栄養バー食ってうがいして髪整えて...!
『くそっ! くそくそくそくそぉ!!
くそがあああああああああ!!』
だーもう! 頭ん中のも今日は機嫌が悪いし!
こういうときは一旦体動かして忘れるに限るね! 行ってきます!
『鍵閉め忘れとるぞぉ!』
「やっば、ありがとさん!」
忘れちゃいけないこともあるよね!
× × × ×
「...はぁ...」
訂正。
全然忘れられないわ...
特に昨日の女の言葉がどうしても気になる。生き残るってなんだよ。誰か死んでそうな言葉やめろよ...
「...えーっと、大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみません。ちょっと考え事を」
「敬語使わなくていいですよ。先輩ですし、学年も上ですよね?」
そういえば聞きなれない声だな。
横を見れば、同じ学生のバイトっぽい子がいた。名札に"セリカ"と書かれている。
「あたしは二年生だね。セリカは?」
「一年生です。アンさん三年生の先輩かと思ってました」
「まあ、背高いからね」
ハナミも背が高めだから普段は意識できないが、"アン"の体はなかなかの高身長だ。
じゃなくて。
「セリカは今日初? 見ない顔だけど」
「今日から来ました。お世話になります。よろしくお願いいたします」
「そうなんだ。こちらこそ助かる。何せ可愛い子があんまりいない職場でさ」
「かわっ...!」
早朝に出勤し、そこから開店までに終わらせなければならないことは多い。在庫確認、品出し、陳列整理...
「もー、あまりからかわないでくださいねっ」
「ん、別にからかったわけじゃ...って早っ」
それならちょっと先輩としての教えをと思ったが、セリカは驚異的なスピードで商品棚を整理している。あっという間に見映えが良くなっていく。賞味期限順に配置するところも抜かりない。バイトガチ勢恐るべし...
「セリカ、凄いね...」
「えへへっ、結構得意なんですよねっ」
凄いわ。
可愛い笑顔と、機敏な両手のギャップが。
おかげで今日のバイトは迅速かつ平和に終わった。
セリカちゃんの明るさも浴び、少しだけ気持ちも楽になった。感謝。