「セリカちゃんマジ天使だ」
『昨日からそればかりでつまらん奴だなぁ!』
あの後、セリカちゃんのコンビニのバックルームで休ませて貰った。ご丁寧に冷たいお茶まで貰えて少し目がうるっと来た。
お礼に昼までバイトを手伝った。あたし怖がられがちから裏方仕事だけだけど。思えばセリカちゃんにはあまり怖がられないな。肝据わってそうだしな。
「何度だって言おう。セリカちゃんマジ天使」
『神や悪魔の狂信者はこうして世に生まれるのだなぁ!! ひーひゃひゃひゃ!!』
「お前だって...あっ...」
(お前だって、神や悪魔なんざ信じちゃいないだろう?)
『さて、どうだろうなぁ! 悪魔のような神もいるかもしれんしなぁ!』
そんなの一番質が悪いわ。
やはりセリカちゃんがナンバーワンだわ。好き。
そんな通学路。今日は学校。
考え事にはもってこいの場所だ。
× × × ×
「見ろ、アン。今日も会心の出来だ」
「3日前のと違いわからねぇよ」
「そんなことはない。これが3日前のだ。見てみろ、例えば......うーむ...」
「お前もわからねぇんじゃねぇか」
今日も今日とで勉強しながら、勉強してないヤツとの話をする。定期的に頭を空にしてくれるコイツは本当に得難い話し相手だよ。
まあコイツの頭ん中は空か空だけどな。結局空じゃねぇか。
(エデン事件...)
調べてみたら本当に世間はその話で持ちきりなようで。世紀の大事件だの、トリニティとゲヘナの和平の道が途絶えただの、空から弾丸が降ってきただの、出てくるのは眉唾なニュースばかりだ。誇張なのか事実なのかわからん。とにかくデカイ事件なのはわかった。
(トリニティとゲヘナ、か...)
デカイ学校で、仲が悪い。
元トリニティのくせにそんなことしか知らないあたしでは、限界がある。
「ハナミ、聞きたいことがある」
「なんだ。今日は曇り後晴れだ。昼以降は晴れていい空になる。描くならその頃がベストだ」
「そんなことハナミしか聞かねぇよ」
そうだ。
ハナミは元ゲヘナだったな。
物の試し。
「エデン事件のこと、聞いてもいいか」
そんな軽い気持ちで聞いた。
元ゲヘナのこいつなら、ちょっとは聞いたことあるのかなーくらいの気持ちで。
「...ついにお前からそれを聞かれる日が来たか。いつになることかと身構えていたが」
だが、ハナミの顔は一気に険しくなった。
しかもコイツ、ついに、と言ったか?
いつか聞かれるだろうと思ってたってことか?
「いいだろう。美術室で話をしよう。
本当はオレ一人で筆を采るつもりだったが、他ならぬアンの頼みだ。そこで話をしようではないか」
そう言い、勝手に荷物を纏めて立ち去って行った。いつにも増して真剣な雰囲気で教室から出るハナミを、誰も止められなかった。
授業中なのに。
いや、誰かは止めてもいいだろ。
× × × ×
「待たせたな」
「待ちくたびれたぞ」
「授業時間って知ってるか? 一応ホームルーム終わってすぐ来たんだが?」
「そんなことより、大事な話があるだろう」
授業をそんなこと呼ばわりするから...まあいい。
ハナミはおもむろに、美術室にある作品の一つに掛けられた大布を取り払った。前回来たときに気になってたやつだ。
現れたのは、模造紙レベルの大きさの一枚絵。
「タイトルは、"崩壊の日"だ」
描かれているのは、崩れ行く建物。
絵を見るだけで、厳かで神聖な場所なのだろうとわかるそれが、爆発により崩壊するその瞬間が描かれている。
「あまり描きたいものではないが、同時にオレにしか描けないとも思った。
エデン事件...あの日あのとき、現場にいて、この瞬間を見ていたオレにしか」
「見ていた...?」
こいつ、当事者だったのか...
「オレはエデン条約調印式の当日、この記念すべきだった式典を、絵として残すべく招かれた美術部員だった。故に真正面からずっとこの大聖堂を描き、目視し続けていた。この時、その瞬間まで。
網膜に焼き付いたよ。今でもこの絵のように克明に思い出せる。整然と列を成すトリニティ・ゲヘナ両校の生徒たちと、掲げられた旗。敵対的な空気が滲みながらもあの場は粛々としていて、晴れていた空から何かが飛来した。閃光と轟音。全てが一瞬にして砕け崩れて燃やされ吹き飛び、塵芥と化した」
ハナミは拳を握りしめ、憎むように語る。苦虫を嚙み潰したような表情とはこのことか。
「ゲヘナ最強と謳われた風紀委員長、空崎ヒナ先輩。トリニティの戦略兵器にして正義実現委員会の長、剣先ツルギ。この二名すら重傷を負った。それでも現れた奇っ怪な集団には威勢よく立ち向かっていたがな」
あたしもその場所にいたのだろう。意識を失ったか。戦ったのか。それとも尻尾を巻いてメソメソ逃げたのか。
「一人、古聖堂の中に友がいたのだ。こんなオレの絵を見て褒めてくれる、鬱陶しいが優しい者だった。この古聖堂を描く仕事を請けたのも、オレがその仕事の役に選ばれたことをそいつが喜び、完成を楽しみにしていてくれたからに他ならない。
そして当日、あいつはあの場所から帰ってこなかった。
ハナミは俯き、顔が見えない。見せないようにしているのかもしれない。あたしを怖がらせてしまうから。
きっとハナミはその時、何もできなかったんだ。
何もできないまま―――友を失った。
「仕事を頼んできた奴からも、美術部の部長からも、オレの絵は破棄するよう求められた。しかしオレは描くことに決めた。それも荘厳で綺麗な古聖堂ではなく、無慈悲に無惨に崩壊するこの姿を。
無論、ほとんどのゲヘナ生に忌み嫌われた。思い出させるな、忘れさせろ、何の意味があるんだと。一度途中まで描いていた絵を真っ二つに切り裂かれたこともあった。
それでも、オレはこの絵を残さなければならないと思った。絵描きとして。そして一人の友を失った悲しみを背負う者として」
ハナミが顔を上げた。手は震え、目元には涙さえ滲んでいるが、その目には鋭い光と溢れる情熱が込められている。
「それが、ハナミがこの絵を描く理由か」
「そうだ。オレは絶対にこの絵を描ききって見せる。
それが、ケイカのためにできる最大限の弔いと信じて」
この美術室は、ハナミのアトリエにして、隠れ家というところなのだろう。
誰にも邪魔されず、誰の干渉も受けず、一人孤独に過去と向き合い、無念を晴らすための場所。
「そしてオレはこの絵を書き終えるまでの期間だけでも、ゲヘナからここに留学する事になったということだ。
最も、オレからの希望が通り次第、正式に転校ということになるだろうがな。あの学園そのものには未練はないからな」
「...そうだったのか」
あまりにも壮絶な話だった。
バカで運動音痴で顔がいいだけのコイツ一人に、背負わせていい痛みじゃないだろう。
「...いい絵だな。そう思うよ」
「...安心した。お前にまで否定されたら、オレはもうこの筆を折っていたかもしれない」
「あたしはいつもお前の絵だけは認めてるよ。絵だけはな」
少なくとも、過去も何も無いあたしよりは、ハナミのほうが誇れるものを持ってるだろう。
「...ありがとう、友よ。
ときにアン。オレは、お前の転校理由も似たようなものだと聞いているが、どうなんだ?」
「――――――」
言葉が出てこなかった。
あたしも、いやアンも、
「...どこまで聞いているんだ?」
聞いてみたい。
ハナミの知ってる、アンの過去のことを。
「出身はトリニティのシスターフッド。エデン事件の日、お前も大聖堂の中におり、被害を受け、昏睡。
お前は一命をとりとめ、お前の横にいた者が、帰らぬ者となった。そう聞いている」
「...っ!?」
―――繋がった。
昨日の、トリニティの奴らが言っていた内容と一致する。
あたしが助かり、横の奴が、死んだ。
「お前とその者の間柄は知らないが、ショックを受けたお前がここに転校することになったと聞いている。
後はお前の性格の方も聞いていたが、そっちはアテにならなかったな。聞いていたよりも大人しくて随分と話しやすい。ノートも見せてくれるしな」
「...それはハナミが勉強してないだけだろ」
「手厳しい」
それはまあ、アンとの性格の違いってやつだろう。
「さて、オレだけ随分と話し込んでしまったな。
良ければ、アンのことも教えてもらえれば、嬉しい」
ハナミがあたしに話を促してくる。
...もう、隠す必要もないな。
ここまで話してくれたハナミに―――友に、信を寄せないほど人間不信じゃあない。
「...すまん。あたし、"アン"じゃないんだわ」
「...どういうことだ?」
そこからあたしは、初めて起きたときからのことを正直に話した。知らない部屋、知らない体。知らない学校に知らない過去のこと。
だが頭の中のうるさい奴のことだけは伏せた。つーか説明が無理。ホントなんなのコイツ。
「...ふむ。冗談ではないのだな?」
「神に誓おう」
「神を軽視しているアンがよく言ったものだ」
「だからあたしは"アン"じゃないんだわ」
言ってて、あたしめんどいこと言ってんなぁと思った。あたしは"アン"なんだけど"アン"じゃないんだわ。哲学か?
「...なるほどな。すまない、水を射すようで悪いが一つ聞かせて貰っていいか」
「構わねぇよ」
ハナミが腕を組み、困り顔であたしを見る。マジでイケメンだなぁコイツ...なんて思ってたんだが。
「それは、
「...は?」
流石にその言葉には、頭が真っ白になるぞ。