「オレには"アン"は"アン"であるようにしか思えない。聞いて知っていた"アン"からそう遠くない印象でもあるからな。
オレには、"君"が"アン"とは別人というよりは、記憶を失った"アン"だと言われたほうがまだしっくりくる。
一度、その線を考えてはどうだろうか?」
一理ある、と思わされてしまった。ハナミのくせになまいきだ。もぐもぐ。
転生だ、憑依だと、マンガ知識に引っ張られていたのはあたしのほうだったのか。もぐもぐ。
「記憶喪失、ねぇ...」
一旦落ち着いて考えたくなったもんで。家に帰らせてもらった。もぐもぐ。
そんで全てを放り投げて寝て、何かバイトの時間より早く起きちゃって、マンガ読みながら朝食エネルギーバーをもぐもぐしてるのが今モグ。
「頭の病気なのか? お医者さんにでも見て貰えばいいのか?」
『ねぇ~! そのエネルギーバー美味しくない~! 前のチョコ味が良かった~!』
「うるせぇ、あたしもそう思ってるよ」
味変してベリー味にしたけど美味しくなかった。もぐもぐ。
これでも貴重な栄養源だ。これ無しではどうも力が入らんのよ。もぐもぐ。
「...転生か、憑依か、記憶喪失か、あるいは」
でも美味しくない。もぐ。
つい食べるスピードも遅くなるもので。
その時間で、初めてあたしが目覚めた時のことを思い出す。
あたしの意識は、記憶は、この部屋から始まった。
「ベッドで寝てて、起きたら知らない天井。
クローゼットやら鏡台やらテレビやらはあるのに、シミ一つ無い壁、ゴミ一つ入っていないゴミ箱、ピッカピカの台所に風呂場。
ベッドの横に、唯一存在を主張する額入りの写真。白髪の女の子と、"アン"らしき人物。
そして、玄関前にぽつんと置かれてた黒のゴミ袋に、中には血まみれの服上下セットがどっさりと。何も悪い事はしてないはずなのに夜中にコソコソ遠くに捨てさせられたあたしの苦労よ...」
最も、中身の転生ではなく記憶喪失だった場合、忘れているだけであたしがやってる可能性まであるわけだが。
『無闇にヴァルキューレの世話にもなれなくなったな! ひっひっひ!』
「ヴァルキューレ...セリカちゃんも言ってた学生警察か」
もしもしポリスメン? した結果、自分の手首に手錠が掛かったらアホ過ぎる。
いや罪があるなら償う意志はあるんだが、せめて己の罪を数えてからにさせてほしい。
「やっぱり、一段落したらお医者さんに行こう。
ついでにお前に効く薬でももらえたら嬉しいんだがな」
『ワシは無敵でええええええす!! お医者さんにも何もできませえええええん!!』
「頭ん中にうるさい奴がいて困っているって言ってみるか...?」
うーん、おかしい奴って思われそうだな。一旦保留。
「...うし、ごちそうさま。バイト行くか」
『鍵は閉めろよぉ?』
「...忘れてた」
『うおおおおい!』
何にせよ、あたしに関せず地球は回る。
バイトバイト。金よ金。
× × × ×
「セリカちゃん、おはよ」
「おはようございます! アンさん!」
あ~、天使。好き。
悩みが100%消えたわ。何それ記憶喪失じゃん。
「あの後、大丈夫でした?」
「ああ。昨日はありがとう。本当に助かった」
「いえいえ! アンさんがご無事で良かったです!」
あ~、大天使セリカエル様、好き。
後輩を心配させて不甲斐ないけど、セリカならいいだろ。バイト戦士歴なら明らかにセリカちゃんが上だろうし。なんか貫禄あるし。でも可愛いからセリカちゃん呼びしちゃう。女の子だもん。
「あの三人って誰なんですか...?」
「知らないんだよな~。チンピラに絡まれただけだと思う」
「あはは...私もよくヘルメットの奴らに会うので、しょっちゅう逃げてます」
「大変だな。足が速くなりそうだ」
「はい! 速さには自信があります!」
元気だなぁ。
学校の借金だったり、日夜バイトしてたり、あたしなんかよりよほど大変だろうに。
あたしの記憶喪失なんかちっぽけに思えてくるよ。
「...なあ、セリカちゃん」
「はい。なんでしょう?」
「記憶喪失って、どう思う?」
思わず、突拍子もなく聞いてしまったよ。
「記憶喪失ですか?」
「あ~、友達に絵描きがいてさ。昨日その話をしてから頭がいっぱいでさ。セリカちゃんの話も聞いておきたいな~と」
慌ててカバーストーリーを作る。我ながら悪くないな。ウソってわけでもないし。
「...実は、先輩にそれらしい人がいるんですけど」
「そうなの?
えっ、記憶喪失って結構簡単になるものなの?」
衝撃の発言が出ました。
セリカちゃんの学校、特殊な環境なんだね...?
「いえ、あの人が特殊なだけで...
それに、本人はあまり気にして無さそうで、毎日元気にしてますし、昨日も銀行を...」
「銀行?」
「あっ、いいえ! 今のは違くて...!」
慌てて手をふりふりするセリカちゃんがかわいい。
そうか、確かに過去を気にしないという生き方もあるだろう。
だが...果たしてあたしはそれでいいのだろうか。
「...例えば、何か大切なことを忘れていて、思い出さないといけないとしたら―――」
「...アンさん?」
「―――思い出せばいいな」
「...はい?」
うん。よくないな。
少なくともあたしは、知らないままではいられない性らしい。
「...ありがとう。気持ちの整理がついた」
「...はい! 良かったです!」
「ははっ。急に悪かったね。
よし、そろそろバイトの時間だな」
「はい! 頑張りましょう!」
「ほどほどにね」
記憶喪失はキヴォトスでは恥ずかしくないことなのかもしれない。
それでもあたしは、知りたい。
あたしのこと。
アンのこと。
そして、写真のあの子のことも。