いつからだろう、アイツへの認識が変わったのは。
いつからだろう、この胸のモヤモヤを感じるようになったのは。
いつからだろう、アイツが好きと感じ始めたのは。
笑っちまうほど、夢見がちだった中学時代。
今では黒歴史ファイルに閉じ込め、思い出した瞬間悶えるくらい恥ずかしくなるあの記憶…
折本の一件から俺は変わった。
折本に告白した次の日から陰口や軽いイジメに遭い、
人を信用出来なくなった。
それから人との距離を置く生活をずっと過ごしてきた、他人からの好意も、他人への興味も…自分自身の感情でさえ勘違いだと言い聞かせて。
俺の勝手な勘違いのせいであんな事になったんだ、二度と…あんな辛い気持ちになるのは御免だ…
小町さえ…家族だけでもいれば、彼女なんていらない。
そんな捻くれた性格になった中学時代を終えて、人間関係をリセットするべく、学力が少し高く同級生はいないであろう進学校である総武高校に入学した。
そして高校生になってから色々な事があった。
サブレを助けるために事故ったことから始まり、奉仕部への強制入部、千葉村…文化祭…そして修学旅行。
また黒歴史に新たな1ページを刻んだあの出来事の後…生徒会選挙の件で彼女と出会った事によって、俺の中の止まっていた歯車が動き出した。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
二限の数学が終わり、授業で脳が疲弊してしまったため糖分補給の為にトボトボと自販機へ向かう。
普段は居眠りをしているところだったが、目が冴えてしまっていたこともあり気まぐれでちょっとだけ数学を頑張ってはみたものの、脳内キャパシティが足りず一瞬で力尽きた。
やっぱ慣れないことはするもんじゃないな…
中庭へと続く一階の通路を進み突き当たりの扉を開けた瞬間、外から冬特有の肌に刺さるような冷たい風がピューっと一瞬強く自分に吹きかかり目を細める。
校内は暖房等で暖かくなっていたため、急な寒暖差で身体がブルッと震えた。
たどり着いた自販機の表面には「あったか〜い」のボタンが並んでおり、季節の変化を感じる。
不足した糖分の補給と冷えた身体を温めるため、あったか〜いマッカンのボタンを押す。
ガコンと落ちたマッカンを手に取り、近くに設置してあるベンチへ腰を掛けた。
クピッと一口飲み、一息ついたところで視界の右端にトコトコとこちらへ向かってくる人影が映った。
「せんぱ〜い」
亜麻色の髪を揺らしこちらへ歩いてくる人物は、普段から聞き慣れている声を発していた。
「……一色か。なんか用か」
テトテトと目の前に現れたのは後輩かつ生徒会長である一色いろはだった。
脳が疲れてるのに厄介な奴が現れたな…
そう思いながらニ口目を喉に流した。
「なんですかその嫌そうな顔は。失礼ですね〜折角こんな美少女が話しかけてあげてるのに!」
そういうと一色は両手を腰に当て、頬を膨らませながら文句を言っていた。
だからあざといんだって。
「普段から仕事押し付けてくる奴が目の前に現れたら嫌な顔ぐらいするだろ。あと自分で美少女とか言うな、どちらかというと小悪魔だろうが、俺は騙されんぞ」
「小悪魔ってなんですか小悪魔ってぇ〜」
「はいはいあざといあざとい」
「あざとくないです!」
小悪魔やらあざといやら色々言われた一色はプンプンと擬音が聞こえてくるかのように異議を唱えている。
この子はどうしてこうもあざとい表現できるのか…男の弱点を良く知っている。
男の子ってこういうのが好きなんでしょ?
まぁ好きですけど。
なんて平然を装ってはいるが、実はかなり緊張している。
いや、違うんだよ。どうせまた碌でもないことに巻き込むんだろうなと憂いたりとか…そう、これは動悸!
いろはすの取り巻きに刺されないか心配なだけです!
そういう事にしておいて欲しい。
って自分を誤魔化しても意味ないな。
ここ最近、一色いろはという人物が気になって仕方ない。
感覚的には妹の小町に似た…感じなんだが、そうじゃないらしい。
"らしい"ってかなり曖昧だが、俺自身のもよく分かってないんだ。
きっかけはアレだっけな…
× × ×
一色を生徒会選挙で当選させてからというもの、ディスティニーランドの帰りに言われた『責任』というワードを盾に、作業の手伝いということで何度も駆り出されていた。
最初は便利屋じゃねぇっつうの…とか思いながらも雪ノ下らにチクられたら後が怖いから渋々手伝っていたがな。
俺の社畜スキルはこうやって育てられていくのだろうか。
一色はこれまでこういった事をやったことがなく、経験不足から戸惑いや失敗を何度もした。
しかし意外にもコイツは芯が強いみたいで、諦めず職務に向き合って成長していった。
そんな頑張っている姿を見ていて、ふと俺の中にある不思議な感情の存在に気付いた。
ディスティニーランドの帰りの時からモヤモヤしていたこの気持ち。
これが小町に対する感覚とは違うところ。
見た目はヤンキーでも実は優しい心の持ち主で、そんな姿にギャップ萌えを感じる…みたいな?
全くタイプでもない、逆に超が付くほど苦手な部類のはずなのに。
もしかして攻略されてる!?
ただ利用されているだけなんだよなぁ。
× × ×
現実逃避のため思い出に浸ってみたものの、良い記憶がほぼない為仕方なく目の前の問題に目を向けよう。
逃げ道がないのなんでなんだろうなぁ。
「で、要件はなんだ」
「あ、そうだった。今日の仕事がちょっとハードそうで、出来ればお手伝いをお願いしたいんですけど…いいですか?」
ウルッとした瞳を上目遣いで俺に向けてくる一色。
毎度毎度同じセリフで駆り出されてる気がするんだけど、生徒会って大丈夫なの?社畜育成場みたいになってるんだけど…。
こうやって教師と一般生徒の板挟みにすることによって、中間管理職の辛さを経験させているんだな…ブラックすぎる。
「本牧とか他の連中はどうした」
「皆さん用事があるとかで来れないみたいなんですよ、でもわたし一人じゃちょっと厳しい量で…」
しかも仲間に逃げられてない?本当に大丈夫かしら…八幡心配。
副会長こと本牧らと一緒に働いたのってクリスマスイベントくらいしかないんだけど…一体どうなってんだウチの生徒会は。
「……まぁ、特に用事もないからな。いいぞ」
「ホントですかぁ!助かりますぅ〜」
孤立無援の一色を見て、憐れむ目線を向けつつ仕方なく了承すると少々暗くなっていた表情がパァッと明るくなる。
普段のあざとい言い方とは違い、辛そうな雰囲気を醸し出されると断るって選択肢を選べなくなってしまう。
今日もラクして仕事終わるから喜んでるんだろうが、にぱっとした笑顔で言うもんだからつい顔を背けちまう。
くそぅ、なんて素直な笑顔なんだっ!
素直すぎて魂胆が丸見えだぜ!
「あ、葉山せんぱ〜い!」
そんな事を考えているとと、一瞬のうちに目の前から一色がいなくなる。
校舎から出てきた葉山のところへ、トコトコと行ってしまった。
「〜〜〜、〜〜〜〜?」
「〜〜!、〜〜〜〜」
いつもと変わらぬ2人の会話風景、一色があざとくニコニコと笑顔で葉山と何やら話している。
しかし一色のあの笑顔が向いている先に葉山が、他のやつがいると考えた途端、何か込み上げてくるものがあった。
この感情は…身に覚えがある。
黒歴史として記憶の奥底に埋めていたもの…気になる子が他のやつと話してると、何故かイライラしたりする思春期にありがちなアレ。
気になるってなんだよ、別に一色に対する気になるってそういうのじゃ…
ふと、思い返す。
仕草や声、瞳、笑顔の一つ一つ。
『一色いろは』という存在を意識すると、どんどん吸い込まれていく感覚に襲われる。
意識してしまったら最後、急激に身体が熱くなる感じがした。
つまり、そういう事なのか?
小町とは似て非なる感覚の正体。
俺は…異性として一色が気になる…って事なのか。
ソレに気付いてしまった途端、急激に身体の熱が下がっていくのを感じる。
また…俺は繰り返すのか。
頼られるから、話しかけてくるから、好意があると勘違いするのか。
俺はあの日、他人を信用しすぎない誓ったはずだ。
そして何度も自分を戒めたはずだ。
(気持ち悪い…)
なんて醜く浅ましい感情だ、今の俺は明らかに嫉妬している。
一色の彼氏でもないのに、あの笑顔は俺にだけ向けて欲しいと…
ここにいてはいけない、そう思い逃げるようにその場を後にした。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
気持ち悪さを拭いきれぬまま、ぼーっと授業を受けていたら、いつの間にか昼休みになってしまっていた。
我に返り周囲を確認するも、教室の喧騒がいつも以上に不快と感じ、早足で教室を出てベストプレイスへ来た。
到着したはいいものの、ある違和感に気付く。
手荷物がない。
(あ、パン買うの忘れた…)
はぁ…とため息を一つ吐き、取り敢えず階段に腰を掛ける。
買いに戻れば良いだけだが、身体が重い…。
現状の整理をしようとするが、空腹のせいでネガティブな思考が脳内を支配する。
俺と一色、隠と陽、そもそもお互い生きる世界が違う。
例え今の気持ちをさらけ出したところで、上手くいく保証もないし、過去のようになる可能性だってある。
もちろん一色がそういう事をする奴じゃないって事は分かっている。
そして一色の好きな相手は葉山だ、俺が勝てる相手じゃない。
それなのにアイツは…一色は俺を頼る。
今までの出来事が走馬灯のように頭の中で走り抜ける感覚。
思い出してみても、葉山に何かを頼っていた場面を俺は知らない。
一色は一体、何を考えているんだろう。
信じたいという気持ちの反面、過去の記憶に縛られてしまう。
もう勘違いのせいで辛くなるなんて嫌だ。
距離が近いと感じるから辛くなる、なら俺のする事は一つ…
× × ×
放課後の生徒会室。
一色の言っていた作業は本当に1人では捌ききれない量だった様で、雑談すらする余裕はなかった。それは俺個人にも言える事だったが。
お互い黙々とペンを走らせて書類を処理する中、チラッと視線を一色に向けた。
一色は真面目な表現で書類に向き合っている。普段意識することがなかったが、真面目な一色ってのも新鮮な感じがする。
気付いたら手が止まっていて、俺の視線は一色に釘付けだったよいだ。
一色は俺の視線に気付く素振りがないので、気付かれる前に視線を目の前の書類に落とし作業を再開した。
しばらくして、順調に処理が進んで残りもあと僅かになったころ。
一色が椅子に座ったまま大きく伸びをした。
「………ふぅ〜、終わったぁ!」
「こっちもこれで終わりだ」
視線を目の前の書類に落としたまま、俺の残りを報告する。
やっていくうちに処理速度が上がっていって、いつの間にかほぼ終わっていた。
「ありがとうございました先輩、助かりました」
「……あぁ」
「…?先輩、どうかしました?」
いざ言おうとするとどうしてか踏ん切りがつかない。
分かってはいる、この気持ちを否定も肯定も出来るのは自分だけ。
自分を守れるのは自分だけだ。
……腹を決めなきゃな。
「……一色、もう俺を頼るのはやめろ」
「……え?」
言った、言っちまった。
腹が決まればスッと出てくる。
一色の瞳を大きく見開き、開いた口が塞がらないという言葉を体現していた。
「お前はもう、俺を頼らずとも1人で生徒会長としての仕事が出来るほど成長した。ならもう俺は必要ないはずだ」
ズキン
自分の口から出た言葉を聞いて、胸が痛む。
間違えるな、これは勘違いだ。
だから苦しむ必要なんてない。
「で、でも…」
「不安なら、次から葉山を頼れ。アイツなら俺より力になるだろうさ」
ズキン
「先輩…どうしてそんないきなり…」
「俺だってもう受験生だ、いつまでもいてやれる訳じゃないんだ」
ズキン
「それなら葉山先輩だって!」
「俺と葉山は違う、アイツみたいに勉強は出来ないし上手くもない。アイツとは違うんだよ」
胸が締め付けられるように痛む。
俺と葉山の差。
自分で言っておいて悲しくなるが、それは変わりようのない事実だ。
これはお互いのために、必要な事なんだ。
「だからな、一色」
さよならだ。