なぜ一色がここにいるのかが理解できなかった。
正門には守衛所が設置されており、在学生はカウンターに置いてあるスキャナーに学生証をかざす事により本人確認を行う。
学生以外が入れないよう、防犯の為にひと手間かけている。
だからここに一色がいるのはおかしいんだ。
一色が正門を越えて中に入れる可能はいくつかあるが、時期的にオープンキャンパスでも催しがあるわけでもない。
"だから自ずと可能性が極めて高い結論に辿り着く"が、俺はそれを認めたくはなかった。
「なんで一色がここにいんだよ」
「なんでって、そんなの一つしかないじゃないですか。先輩を追いかけてきたんです」
その一言で全てを悟ってしまった。
あの日の気持ちを無視し、自分に嘘をついてまで逃げ出したのに。
俺が一色を遠ざけたのは、一色が俺に対し何かしらの好意を向けていると感じる部分はあったから。
それが恋慕なのか親愛なのかは俺にはわからなかった。
だから逃げ出した。
それは俺の勘違いだと言い聞かせて。
『……一色、もう俺を頼るのはやめろ』
そう言って一色を突き放した。
俺を忘れて欲しくて、俺に忘れさせて欲しくて。
「先輩、また無駄に余計な事考えてますね」
「無駄とはなんだ失礼な、ぼっちは会話数の平均値を下回ってるんだから少ない選択肢を間違えないよう最適解を…」
「あーはいはいわかりましたー、取り敢えず行きますよ」
「人の話は最後ま……、は?行くってどこにだよ」
「第3棟にサロンありますよね、そこ行きますよ。誰かさんのせいで色々と聞きたい事があるんですから」
「うぐっ…」
自分で蒔いた種である事に間違いはないから致し方ないが、まだ頭と心の整理がつかない状態はまずい…変なことを口走りかねない。
なら取れる戦術は一つ。
「一色、俺はこれからバイトがあるんだ。悠長に話してる暇はない」
「へぇ…あの働いたら負け思考のニート予備軍だった先輩がバイト…昔じゃ考えられないですね?」
なんかちくちく言葉の火力あがってない?
ギリギリ致命傷になる言葉と呆れ顔は雪ノ下だけで充分なんだけど。
「ンンッ…なんとでも言え、じゃあな」
「また逃げるんですか」
「あ?」
一色は鋭い目つきでこちらを見る。
逃げる。
その言葉には頭より心が先に反応してしまった。
逃げる事は恥ではない、そしてこれは戦略的撤退だから逃げではない。
自分でも無理やりすぎるとは思った。
つまり図星ってわけで。
「まぁ、久々に先輩の顔を見れただけいいとしましょうか。バイトなのは嘘じゃなさそうですし」
一色が引いたおかげでこれ以上の追及は免れた。
本当危なかった。
無駄にHP削れちゃったよ、全く。
しかもバイトがあるってところを信用したのも凄いな、一切疑ってないような顔だぞ。
でもまぁ、追いかけてきた云々はともかく、一色が元気そうで良かったと素直に思っている。
久々に話せたのも、まぁいいかとも。
自分から突き放しておいて都合の良いやつだとは分かっている。
だから…一旦逃げよう。
この会話が心地よいと、感じてしまう前に。
俺が会話を切り、逃げ出すより先に一色に口を開いた。
そしてその眼差しは先ほどのような呆れ顔や鋭いものではなく、まるで相手を思いやるような温かい…
「なら先輩が動きやすいように言ってあげますね」
「逃げられないようにと言った方がいいんですかね?」
そう言いながら一歩、また一歩と俺に近づき、最後は耳元まできてしまった。
俺は動けない、まるで金縛りなでもあったような。
これ以上聞いたら逃げられなくなるような予感がしていても。
俺は"その言葉"を聞きたかったんだろうか、理由が欲しかったのかもしれない。
「責任、とってくださいね」
その言葉とその表情は、あの時のまんま同じだった。
瞬間、昔の記憶が流れ出てくるようにフラッシュバックする。
決して多くはなかった一色との想い出、それでも楽しかったと思える数少ない記憶。
そして憶いだす心に潜んでいた"あの温かい感情"も。
「ふふっ」
一色は言い終わると、あの時のように微笑む。
あぁ…これだ、これにやられたんだろうか。
ただの妹枠で、あざとい後輩で、タイプじゃなかったのに。
一色いろはの笑顔でトドメを刺されてしまった。
笑っちまうほど夢見がちで、高校でも間違えそうになって逃げ出したのに、これでまた振り出しに戻った感じがする。
それでも一つ違うところは、今は一色が俺だけを視野に収めているということだろうか。
もう少しだけ、夢の続きを見てもいいのだろうか…そんな気持ちにさせてくれた。
「責任ね…うん…」
「そーです、責任です」
「…まぁ、色々と迷惑かけたな」
「ほんとですよ、ここ受験するのほんと大変だったんですからね」
「…すまん」
「許しません」
「……」
「だから、今度わたしの話聞いてくださいね。逃げたらほんと許しませんから」
「分かった、逃げないから…」
どうやら完全に捕まえられてしまったようで、腹を括るしかない。
これ以上は逃げても始まらないし、黒歴史になるほどじゃないと…思う。
自分自身の決着もつけられそうか。
「わたしのこれまでのこと、聞いてほしいし先輩のこれまでのことも聞きたいです」
「あぁ…俺も一色に話さなきゃいけない事があるしな」
「そうですか、なら楽しみにしておきますね」
そういえば、と一色が思い出したように連絡先の交換を提案してきた。
確かに高校の時は必要なかったから交換してなかったな、まぁしてたとしても消してただろうけど。
そんなわけでお互い連絡先を教えて、お互い用事のためお開き。
「じゃあ、俺はバイトあるから。また…」
「はい、また今度。連絡待ってますね」
「分かってるよ」
それでは、と一色は校舎へ向かっていった。
その背中見送り、俺は反対に正門を出る。
春の暖かく心地よい風が、身体を撫でるように吹き抜ける。
肩の荷が降りたような、心が軽い感じ。
一色のおかげで俺も変われそうだ。
やり直してみよう、あの日常を。
もう一度。
終