ー1944年10月20日、フィリピン、スリガオ海峡ー
「敵、『ヤマシロ』と思われる戦艦、轟沈します!」
「敵、モガミ型巡洋艦、反転して逃走していきます!」
アメリカ軍のレイテ上陸作戦を護衛するべくレイテ湾を守る、オンデンドルフ少将率いる艦隊。戦艦6隻、巡洋艦以下多数からなる大艦隊は、西方から突入してきた日本海軍の西村艦隊を待ち伏せ、そして壊滅せしめたところだった。
「駆逐艦部隊に、モガミ型を追うように伝えろ。
戦艦部隊は待機。まだ続きがいるはずだ。日本海軍第五艦隊…北方の巡洋艦艦隊だったか?
隷下の魚雷艇、駆逐艦はなんと?」
「それが…情報が錯綜しております。どうやら砲戦をしているらしいことはわかるのですが…」
「夜間に敵が突っ込んできたわけだからな…レーダーだけではな…」
ただでさえ、大物を狙った雷撃戦のあと…しかも敵味方が識別できないレーダー射撃。連戦は駆逐艦部隊には荷が重いのかもしれないと、オンデンドルフは砲撃停止を命じる。
「戦艦、巡洋艦は撃ち方やめ。敵巡洋艦戦隊を狙い追撃を…」
「閣下!大変です!
『敵巡洋艦戦隊、戦艦1を含む!艦級不明で超大型』!」
「なに!?」
事前情報がない…極秘に建造され、その上に今回が初陣の、巨大戦艦。
幕僚たちが慌てる中、島影からヌッと、ソレは姿を現した。
「な…デカい…!?」
最後のハッシュハッシュクルーザーの、最初の戦いの幕が、開かれた。
ー*ー
110号艦を改装するということで建造された簡易巡戦だったが、大和型やその準同型に分類する者は1人もいない。資材を流用しているだけで艦型はかなり異なり、大和型の特徴であるユルケヴィッチ型船体ではなく普通の巡戦の細長い船体でしかも排水量が6割ほどしかないからだ。
主砲は試製甲砲…51センチ砲を、単装として簡易的な砲塔としたもの、前後に1基ずつ。防御が貧弱で敵戦艦からは基本的には速力を活かし逃走するつもりだったが、その気になれば51センチ砲の超射程と超威力でアウトレンジ砲撃により一撃必殺ということも念頭に入れていた。試製甲砲は連装1基ぶんしか製作されていなかったし、51センチ砲3門以上の反動を受け止めることも連装砲塔の重量を支えるバランスを確保することもこの排水量では難しいから、「フューリアス」と同じ砲配置となった。
前部主砲のすぐ後ろとすぐ前には20.3センチ連装副砲のターレットが設置された(空母改装が決まった未成重巡「伊吹」のものだった)。しかし110号艦改装空母の時点では重巡なみの装甲が計画されていたものの簡易巡戦として完成を急ぐために巡戦改装開始以後の装甲板装着は省略され、ところによっては軽巡なみの防御しかなくなっていた。このため敵重巡に対して51センチ砲と20.3センチ砲で砲戦を挑むより逃走したほうが良いと判断されたこと、またマリアナ沖海戦で多くの空母や航空機を失い、防空能力がますます重要視されたことから、この位置には12.7センチ連装高角砲が設置されることになる。高角砲は舷側にも片舷5基、計12基24門と、大和型戦艦なみの装備となった。さらに機銃や噴進砲も搭載している。
巨大な単装砲塔とともに目立つのが、すっきりした艦上構造物だった。艦橋は工事の簡素化のために「箱」となり、従来の日本戦艦のように装備品を積み上げた複雑な艦橋とすることは諦めて高射装置等は艦橋の屋根へ、どうしても高所に欲しい測距儀と主砲射撃方位盤のみを頑丈な塔檣の上に置いた。さらに後部艦橋は設置されなかった…装甲が薄い以上、艦橋が壊滅するような状況では予備の艦橋があろうがなかろうがどのみち長くないだろうというわけである。
敵潜水艦の脅威もまた増大していた。マリアナ沖海戦でも期待の新鋭装甲空母「大鳳」が沈み海軍上層部を震え上がらせたばかりである。というわけで対潜能力として、中部には航空機運用設備を搭載。カタパルトとデリックによってマルチロール水上機「瑞雲」を運用した。敵駆逐艦の追撃を阻止するためにも使えるかもしれないと考えられていた。
スリムかつシンプルな艦とはいえ、44年秋という工期、それでいて他の工事にあまり悪影響を与えない…そのために、設計以外にも徹底的な簡素化の嵐が吹き荒れた。大は「あらゆる重巡以上防御に関しての工事を原則即時中止」に始まり、小は「艦内の調度品の工事は就役後に都度調達」ときて、気密試験もおざなりだった。さらに乗員は建造中に召集され、「完成後に迷路のような艦内(と言っても簡素化のため大和型に比べるとだいぶわかりやすかったが)に数カ月後かけて慣熟するのでは遅い」と工員の手伝いをかねて工事現場を走り回らされた。
かくて長門型に先祖返りしたかのような船体、英国新戦艦のような箱型の艦橋、棒のように簡素な塔檣の上に不釣り合いな巨大測距儀、寂しさすら感じる上甲板とその舷側にきちんと整列した対空兵装を持つその巡洋戦艦は1944年10月、誕生した。
全長252×全幅28m
基準排水量35000トン
最大速力35ノット
航続距離15000海里/18ノット
主砲51㎝砲単装砲×2
副砲12.7㎝連装高角砲×12
機銃25㎜三連装×8、連装×4、15㎝30連装対空噴進砲×4
水上機「瑞雲」5機搭載
威容、かつ異様。大日本帝国史上最大の巡洋戦艦であり最大の艦砲を搭載していることからすれば巡洋戦艦の命名規則にのっとり「富士」とでも名付けたいが、その名前でうっかり沈んでしまえば良い気持ちにはなれないし、何より奇怪なこの艦に日本のシンボルたる「富士」とは付け難い(それに正式には巡洋戦艦という艦種はもう廃止されており、戦艦として令制国名をつけるべきである)。
正式に命名される前から、誰からともなくその名前が呼ばれていた…つまり、内地最大の領域であるとともに、つい70年ほど前の開拓前までは海のものとも山のものともしれぬ地だったその名前こそ、このハッシュハッシュクルーザーにふさわしいと。
巡洋戦艦「蝦夷」…期待、不安、そして少しばかりの困惑を受けながら、日本最後の巨艦が就役し、そして就役直後に慌ただしくレイテ沖海戦へと向かったのである。
ー1944年10月20日、フィリピン、スリガオ海峡ー
「て、敵巨大戦艦、突っ込んでくる!」
もし西村艦隊がいなければ、巡洋戦艦「蝦夷」は沈んでいたことだろう。なにしろ重巡かところによっては軽巡なみの防御しかないのだから、海峡の先の敵戦艦との砲撃どころか海峡内の敵魚雷艇の雷撃を耐えられない。
実際にはそうはならなかった。先に壊滅した西村艦隊の様子を志摩艦隊は聞いており、撤退していく駆逐艦「時雨」と入れ違いにスリガオ海峡に突入するやいなや、巡洋戦艦「蝦夷」の探照灯が煌々と輝き、周りで動くモノを見るたびに両舷の対空噴進砲と対空機銃をぶっぱなした。アメリカの魚雷艇と駆逐艦は危なくてなかなか至近距離に接近できず、さらに数隻はすでに西村艦隊めがけ魚雷を使い果たしてもいた。
さらに護衛の重巡「足柄」「那智」と水雷戦隊もまた、敵駆逐艦の接近を阻むべく死に物狂いで砲撃戦を行う。なにしろ「蝦夷」の防御力のなさは自分たちとさして変わらないと聞いていたから、雷撃をさせないために最悪の場合は盾になる覚悟であった。
駆逐艦「曙」「浦波」を失い、軽巡「阿武隈」落伍…さらに重巡「那智」ですらも敵駆逐艦からの砲撃が集中し戦闘能力を半ば失い…それでも、スリガオ海峡を通過して、その先には悪魔が待っている。
アメリカの巡洋艦戦隊、そしてその向こうには戦艦6隻が、丁字を書くようにして、突入してきた日本艦へ集中砲撃を加える…西村艦隊の戦艦「山城」を叩き伏せた悪魔は、続いてやってきた獲物を、レーダーという目と主砲という牙を以て待ち伏せしていた…
…悪魔の唯一の計算違いは、敵が「蝦夷」であったことだった。
巡戦「蝦夷」の雄姿はこちら
【挿絵表示】
巨大な51センチ単装砲塔、細長い高速船体、簡素な艦橋などと舷側に並ぶ対空火器が見て取れる。
(作者による1/700フルスクラッチビルド)
史実では志摩艦隊は西村艦隊と入れ違いに突入しようとして結局撤退しますが、こちらでは「蝦夷」がいるので強気です。