巡洋戦艦「蝦夷」物語   作:十二の子

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3 巡戦「蝦夷」 フィリピン打通!

ー*ー

 

 「敵戦艦、発砲!」

 

 アメリカ戦艦部隊を率いるオンデンドルフ少将は、素直に驚いた。あまりにも敵艦の発砲が早いからだ。

 

 先ほど沈めたジャップの戦艦「ヤマシロ」は14インチ砲戦艦、こちらの「メリーランド」「ウェストバージニア」より劣る口径であり射程も少し劣っていたから、砲撃開始はこちらが先…まして6対1なので当然滅多打ちにした。だが今度は違うらしい。

 

 (16インチ…いやこちらのコロラド級の16インチ砲はまだ撃っていない。ということは長砲身か、いやまさか18インチ…?噂に聞く新戦艦か…?いやしかし…こけおどしの発砲ではないか…?)

 

 それにしても、敵艦の艦容が何かおかしい気がする。日本の戦艦にしてはスッキリしすぎているし、何より砲が何か足りないような…

 

 直後、戦艦「ミシシッピ」のすぐ後ろに巨大な水柱が屹立した。

 

 (な、なんだアレは!?こけおどしではなく本当に届くのか!?それにあの威力、アレが18インチ!?)「早く応戦しろ!」

 

 「で、ですが閣下、こちらの射程は不足しておりますし、それに敵に横を見せている今、こちらから接近するには変針しなければ…」

 

 「て、敵艦変針!」

 

 「ど、同航戦のつもりのようです!」

 

 「なに!?」

 

 (それでは、ジャップの新型艦にとって、この距離が砲戦距離だと言うのか!?我々が一方的にアウトレンジされてしまう、この距離が!?)

 

 「て、敵艦再び発砲!発砲は2門!」

 

 「ほ、報告です!敵新型戦艦はどうやら、単装砲を主砲としている模様!」

 

 (なっ…

 

 18インチの砲を2門、単装砲で…!?

 

 ハッシュハッシュクルーザー、だと!?ジャップめ、気でも違っているのか…!?)

 

 オンデンドルフの驚愕は正しかったが、見込みは甘かった。

 

 18インチ…否、20インチの砲弾2発は、レイテ沖の夜空をかけ…そしてそのうち片方は、戦艦「ミシシッピ」の中央部装甲を薄紙でも破るかのように貫き、14インチ砲にしか対応していないこの戦艦の機関部までどころか艦底まで到達、炸裂。

 

 「ミ、ミシシッピ、速度低下…いや、止まります!」

 

 後続していた戦艦「カリフォルニア」が、追突を恐れて針路を変える。陣形が、そして日本艦隊を虎視眈々と待ち伏せていたオンデンドルフの作戦が、乱れようとしていた。

 

ー*ー

 

 2度目の砲撃で戦艦「ミシシッピ」に致命傷を与えたのは、決して偶然ではなかった。

 

 「蝦夷」は51センチ単装砲2基。既存のどんな艦砲にも勝る威力と射程こそあるが、しかし射撃には大いに癖がある。

 従来の戦艦と異なり「単装二基ニテ公算射撃ニ依ル命中ハ期待デキズ。電探ヲ積極的ニ活用シ敵ノ精確ナ諸元ヲ得ルベシ」…つまり、何門もの砲を用いて砲撃し砲弾が敵を取り囲むようにしてから全門斉射で敵艦へ砲弾の雨を降らせるという戦術はたった2門では使えないのだ。悪く言えば大ざっぱ良く言えば統計学的な砲撃ではなく、もっと精確な諸元を得て精緻な計算のもと射撃指揮を行わなければならない…幸いにして51センチ砲は呉で実験期間を大いに得ていたし、それにアメリカに比べて遅れていたレーダー活用のノウハウも44年にはさすがに進んできていた。

 

 なにより、「蝦夷」は精確な射撃諸元をあらゆる手を使って得なければならないことが設計上わかりきっていた。一時期日本海軍で言われた電探不要論など、ワガママは言っていられない。4基もの22号電探が配備されてその観測データすべてをすりあわせ、更には日本海軍お家芸の夜戦見張員、そして密かに発進させた瑞雲の観測手からの報告も活用し…そして、51センチ砲が火を噴いたのである。それにオンデンドルフ艦隊が丁字戦法のために単純な単縦陣だったのも射撃に奏効した。

 

 もっとも、「ミシシッピ」を一撃で機関停止させたため、後続の「カリフォルニア」は衝突を避けようと慌てて取り舵、せっかく「蝦夷」が手に入れた精密な諸元データはすべて無駄となった。敵がおりこうに整列し一定の速度で航行していたからこそ、主砲2基2門で2斉射で命中弾という神業が可能だったのである。…裏を返せば、「ミシシッピ」の前方の戦艦に対してはまだ、精密砲撃が可能だった。

 

 3度目の轟音。51センチ簡易単装砲塔はつくりこそ武骨であったが、連装砲塔と違い隣の砲身との干渉を気にしなくていいぶん構造に余裕があり、大和型の46センチ3連装砲塔よりやや速い発砲ができた。

 

 「敵戦艦、き、夾叉…?」

 

 なにしろ着弾の水柱が2つしかないので夾叉と言っていいのか観測員にもわからなかったが、ともかく、アメリカ戦艦の16インチ砲の射程外からその前後に20インチ砲弾が落下した。2トンを超える砲弾は、至近弾の衝撃だけでもオンデンドルフ艦隊にダメージを与える…なにしろ戦艦6隻とはいえ設計も古ければ装甲も対16/14インチの旧式戦艦、それも真珠湾で着底したものを蘇らせたシロモノで、無理があった。

 

 それでも、オンデンドルフ艦隊は「蝦夷」にファイトを挑もうとした。巡洋艦戦隊は一斉に回頭し突撃。旧式戦艦たちも変針し射程距離まで詰めようとした矢先、4度目の轟音。

 

 そして、業火が、レイテの夜空に噴き上がる。51センチ砲弾のうち片方は、戦艦「テネシー」の4番14インチ砲塔を叩き潰し、砲塔ごと圧砕するようにしてその弾薬庫へ突入、爆轟…主砲弾の連鎖的な爆発で「テネシー」は船体を内側から真っ二つに叩き折られ、轟沈した。

 

 「艦長!敵戦艦は残り4隻!敵輸送船も目の前です!このまま粉砕しましょう!」

 

 「…いや、もう潮時だ。

 

 『那智』に伝えろ。『本艦に続き、魚雷を手近な敵艦に放ちつつ撤退せよ』だ。」

 

 …これが限界だった。敵戦艦は変針を終えていて再照準には時間がかかるし、それになにより敵の巡洋艦部隊が接近してきている。重巡の8インチ砲弾を耐えられない可能性が高く、2門の51センチ砲だけでは敵戦艦・重巡を始末しきる前に射程内に入られてしまう。敵より速いからこそ後退しながら距離を保って砲戦という手もあるが、島や暗礁を利用して追い込まれないとも限らない。それにうかうかしているとスリガオ海峡の敵駆逐艦・魚雷艇が体勢を立て直すかもしれない。

 

 巡洋戦艦「蝦夷」は、引き連れた巡洋艦・駆逐艦に魚雷の最後っ屁を見舞わせてオンデンドルフ艦隊をさらなる大混乱に陥れ、最大戦速でフィリピンの海を引きあげていったのだった。

 

ー*ー

 

 後世に於いて、レイテ沖海戦後の巡洋戦艦「蝦夷」の活動は、評価のわかれるものとなっている。というのも、直接的な艦隊行動は低調と言わざるを得なかったからだ。

 

 スリガオ海峡で2隻の戦艦を瞬く間にほふり逃げ出したあと、「蝦夷」は昭南島(シンガポール)めざして避退していった。内地に戻るという案もあったのだが、高速による戦法を得意とする「蝦夷」は燃料消費が多く、燃料事情が逼迫する内地に置いておくべきではない…という判断からである。それと同時に、呉に戻る「大和」と行き先を違えれば、アメリカ軍が総力を結集して日本艦隊の追撃を試みたとしてもどちらかは無事だろうという「蝦夷」幕僚の判断もあった...

 

 そうしてシンガポールに到着した「蝦夷」は、スリガオ海峡で敵駆逐艦の砲撃で損傷した上甲板の構造物や機銃などを修復・交換しながら、陽動作戦にいそしむことになる。このころフィリピンでは上陸したアメリカ軍との激戦が続き、オルモック島への増援輸送によってアメリカ軍を押し戻そうとしていた。大本営としては再び「蝦夷」を突っ込ませたかったが、思ったより上部構造物の修理に時間がかかっていたしそもそも急造艦、内部工事も完了していたわけではなかった。何より、巨艦であるからして敵の攻撃が集中することは必然、逆上陸船団に随伴するとなれば低速の輸送船にあわせることになり高速での逃げもできず、大変に危険である。

 

 もちろん、「神風」「桜花」による特攻作戦まで始めた日本軍に貴重な巡洋戦艦をただドックであそばせている余裕はなく、「蝦夷」は工員を載せたままのっそりシンガポールを出港、瑞雲や護衛艦艇で対潜警戒を行い、フィリピン方面へ遊弋しては中途で戻る、ということを繰り返していた。これは幾度にもわたる増援輸送作戦や内地向け船団の出航、さらにはミンドロ島へ上陸したアメリカ軍への巡洋艦による艦砲射撃作戦「礼号作戦」と歩調をあわせて行われていた。

 

 大本営では「敢闘精神に欠ける」「遊軍がフィリピンで辛酸を舐めているというのに、如何なものか」「ハッシュハッシュクルーザーとは敵地に突入し艦砲射撃を行う超大型モニターではなかったのか?」などとの声も聞かれた一方、この頃のアメリカ軍では「蝦夷」の行動にまったく異なる評価をしている。

 

 レイテ、ミンドロ、ルソン…フィリピンの島々へ圧倒的な戦力を以て上陸し日本軍を追い詰めているアメリカ軍だったが、日本軍の「ヤマト」と名称不明の新型戦艦には戦々恐々としていた。前者は同型艦の「ムサシ」を航空攻撃で沈めるまでに膨大な物量と半日の時間を要した上にタフィー3の護衛空母をその18インチ砲弾でスパスパと貫通され、後者はスリガオ海峡に押し入ったかと思えばおそらく18インチの巨砲で戦艦2隻を跡形もなく消し去り追撃の間もなく遁走…どちらがフィリピンに再び来襲しても、輸送船団も陸軍もその主砲の前に捻り潰されてしまうだろう。もちろん、レイテ沖海戦ですら日本海軍を壊滅に追いやったアメリカ海軍機動部隊と潜水艦戦隊を以てすれば敵戦艦がフィリピンにたどり着くことなどありえない…のだが、それは来襲を察知し対策できてこその話である。そして呉の「ヤマト」はともかくシンガポールの新型戦艦はフィリピンに近く、何より日本本土よりずっと燃料があった。

 

 日本海軍の新型戦艦…このころ、シンガポールに潜むイギリス軍諜報員によって「エゾ」という名前の18インチ(?)ハッシュハッシュクルーザーだと判明していた…がシンガポールを動くたび、フィリピン攻略中のアメリカ軍は右往左往を余儀なくされた。洋上の「蝦夷」を沈めること自体は艦隊を動かせばいつでもできるのだが、危険を感じると「蝦夷」は港に戻ってしまい…かといって放っておけば狼少年と同じ末路を辿りかねない。

 

 いっそ港内の「エゾ」を撃破…という案も当然出たが、港内で潜水艦は使えないし爆撃しようにもまだギリギリ日本の基地航空隊は活きている。まさかイギリス領マレー植民地の拠点たるシンガポールごと艦砲射撃で更地にするわけにもいかないし、そもそも停泊中の戦艦を陸上砲台のようなものと考えれば同口径以下の海上の戦艦での撃ち合いは分が悪い…上陸してシンガポール攻略を行おうとすれば準備中のイオージマ・オキナワへの作戦に支障をきたし、中国大陸から陸続きで日本陸軍が駆けつけてくれば対日戦のすべてが狂う…

 

 「エゾ」のせいでいまいち腰の座らないアメリカ軍であったが、ハッシュハッシュクルーザーなどというふざけた存在のために戦争全体をいじくるよりは、逐一迎え撃つ構えをしたほうがいくぶんマシ…そう判断したがために、日本海軍の多号増援輸送やヒ号船団に対しておろそかな対応となり、その幾割かを取り逃してしまうことになる。

 

 フィリピンで苦戦しながらも硫黄島攻略にとりかかろうしたアメリカ軍が、さすがに「エゾ」対策とフィリピン攻略支援と硫黄島攻略は同時にはできないと気が付き、やっとシンガポールにひしめく日本海軍をなんとかしようと動き出したその矢先、大本営ではシンガポール在泊の艦艇を内地へ撤収させる命令を出していた。シンガポール目がけてB29の大群が飛び立ったまさにそのころ、シンガポールでは戦艦「伊勢」「日向」「蝦夷」が姿を消していたのである。

 

ー1945年2月12日、マレー沖ー

 

 「正直、先日のほうがドキドキしましたな。帰ってきたら5万トンドックが空襲でやられている。」

 

 豪放磊落に航海長が笑う。年明けからの「蝦夷」は対フィリピン陽動を兼ねて艦隊根拠地のリンガ泊地と修理地のシンガポールを行ったり来たりしていたが、7日の夜に内地帰投の準備のためシンガポールに帰ったら空襲で港湾設備に被害を受けており、もしタイミングが悪ければ…と肝を冷やしたのであった。

 

 「伊勢」「日向」ともども艦内の空きスペースはおろか甲板にまで資材を満載し、アメリカ・イギリスの機動部隊と潜水艦が跳梁し輸送船団がボロボロにされる海域を内地へ帰投…命令を出した大本営ですら1隻も帰らないかもしれないと悲観する作戦だったが、「蝦夷」艦橋ではこのように楽観的なー決して気が緩んでいるわけではないー空気が流れている。

 

 「航空戦艦たる『伊勢』『日向』がカタパルトすらおろしているというのに、本艦は瑞雲を5機搭載。速力は軽巡『大淀』と同じ35ノットまで出るし、効果が微妙と評判の三式弾だってウチは51センチ砲弾で危害半径が桁違いだ。

 

 勝てるとは言いません。しかし『伊勢』『日向』より先に負けたら後世まで笑いものになりますよ。」

 

 防御が弱い巡洋戦艦であることは理解している。そのぶん速力で敵に対して優位な位置に…というのは巡洋戦艦の発案者フィッシャー卿の時代の話で、航空機の脅威が存在する今、細長い艦型で転舵に時間がかかる巡洋戦艦は決して逃げだけで勝ち得ないことも。

 

 「瑞雲より報告。敵潜らしきもの見ゆ。」

 

 「『伊勢』の松田少将にも報告。あらためて対潜警戒を厳となすとともに、駆逐艦による対潜攻撃。基地航空隊にも支援を要請だ。

 

 やっこさん、来やがったな…」

 

 戦艦「伊勢」の松田千秋少将ら司令部も、巡戦「蝦夷」も知り得ぬことだったが、この頃のアメリカ海軍は神経を尖らせていた。猛将ハルゼーはレイテ沖海戦でのエンガノ岬沖戦闘で取り逃がした「伊勢」「日向」への復仇に燃えていたし、そうでなくとも「蝦夷」のトラウマを持つアメリカ軍は3戦艦をフィリピンへたどり着かせまいと潜水艦と航空機による何重もの警戒網を張っていた。

 

 「松田少将からです。『敵潜に触接されたため、敵機襲来の恐れあり。可能な限り、スコールに身を隠すべし。』」

 

 エンガノ岬沖で「伊勢」「日向」を敵機動部隊から生還させた、智将松田の指示だ。「蝦夷」幕僚も一も二もなく頷く。

 

 敵潜敵機跳梁する海の打通…北号作戦はまだ、始まったばかりだった。

 

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