ー2001年12月21日、広島県呉市ー
この時、艦齢57年に達した巡視船「ほっかいどう」は、新世紀の冬を呉の海保埠頭で迎えていた。
ソ連が崩壊しロシアは資本主義陣営に入った今、超大型巡視船の拠点が釧路である理由は薄い。1995年の阪神淡路大震災では、自衛隊にも存在しない35000トンの母艦がやってくるのがもう少し早ければヘリでより多くの人間を助けられたしより早く物資を神戸へ搬入できたはず。…これらの理由から、「ほっかいどう」は地理的に日本全国へ即応できる呉へ移動していたのだ。
そして、その一報は入った。「南西諸島沖にて不審船見ゆ」
ー*ー
1999年、能登半島沖に北朝鮮工作船と思われる不審船が発見された時、「ほっかいどう」は呉の大和ドックで修理中だった。艦齢55年に達し、各所にガタが来ていたのだ。
そうでなくとも呉から能登は瀬戸内を大回りであり間に合わなかっただろうが、バブル崩壊後に経済が低迷していた日本の世論はストレスのはけ口を「ほっかいどう」に求めた。取り回しの悪く錆びついた巡洋戦艦1隻ではなく、ヘリコプター搭載型巡視船と高速巡視艇に更新し、北朝鮮の高速工作船に対抗すべし、と。
一方で海上保安庁本庁では、「ほっかいどう」の母艦機能があれば巡視艇の長期洋上滞在が可能だからと、これを手放したがらなかった。それにイギリス・フランスからの原発用プルトニウム輸送の護衛ではうってつけだったのだ(現地で「てっきりジャパンが原子力戦艦を作って直接積み込みに来たのかと思った」とジョークを言われたのはともかく)。
海上自衛隊でも、「ほっかいどう」を欲しがっていた。何度目かの空母保有の野望を抱いていた彼らにとって、そのままでも後部主砲を撤去してヘリコプター甲板を延伸するだけでヘリ空母兼強襲揚陸艦になるし、大改装すれば空母にもなる35000トンのドンガラは「取り返し」たくてたまらなかったのだ。
怪しい情勢の中でも、「ほっかいどう」船員は雪辱を果たす準備を重ね、そして18日のアメリカ軍から海上自衛隊への不審船舶通報で、彼らは訓練の成果を見せる日が来たと確信した。
ー2001年12月21日、奄美大島沖ー
180トン級巡視船「いなさ」は、35ノットで爆進しながら不審船を追っていた。
不審船は度重なる停船命令に従わず、海上保安庁本庁からは「乗員に危害を加えない限り、船体を含めた威嚇射撃を認める」と言われている。33ノットで波の中をすり抜けていく不審船に対して一度、船尾にあるだろう機関へ射撃をしたものの効果なく、増援でやってきた「きりしま」「みずき」、350トン級「あまみ」とともに、不審船の前へと回り込むべく競争をしていた。
「船長、やはり、強行接舷し臨検を…!」
このままでは、不審船は中国の排他的経済水域へ逃げ込んでしまう。そうなれば海保の法執行権限は及ばなくなる…
「ダメだ。
特殊警備隊の到着を待つように、それが本庁の…」
その時だった。
奄美沖の夜空に、巨大な花火が咲き誇った。
「51センチ警告弾…」
「来たか…!『ほっかいどう』…!」
広いヘリコプター甲板と艦内容積を持つことから特殊警備隊の運用にぴったりな巨大巡視船から、特殊警備隊がヘリで飛び出していく。ここからはただ追うばかりではない、強行接舷しての臨検…海保のターンだ。
「いなさ」「きりしま」へと降下してきた特殊警備隊員を迎え、2隻が再び増速する。速度が急激に落ちている不審船へと、サーチライトを浴びせて両側から挟撃…日頃の訓練の成果を活かした巧みな操船でまさに横付けしようというその時。
「ヤバっ!?」
バッ…カンカンカン!
不審船の舷側から、船員がカラシニコフを撃ってきたのだ。
「放水砲用意!怯ませてから再度接舷を試み」「船長!奴ら…!」
不審船の、漁船そっくりのその船室の後ろが開き…連装機関砲が姿を表す。
「ふ、不審船は機関砲を持つ!繰り返す、不審船は機関砲を持つ!」
ZPU-2対空機関砲。ソ連で開発された口径14.5ミリの優秀砲で、そして、至近距離では海保巡視船のあらゆる区画を貫通できる威力がある。もちろん人体に当たれば四肢が粉微塵だ。
「臨検は不可なり!繰り返す、臨検は不可なり!」
「後進いっぱい!距離を取れ!」
「正当防衛射撃、撃てーっ!」
巡視船「いなさ」の保安官たちが小銃で応戦し、「あまみ」の20ミリ機関砲が唸る。…しかし、高性能射撃指揮装置を持ちながら当てることができない…不審船の船員を殺傷しては法的正当性が怪しいと、及び腰な射撃しかできないのだ。
「あまみ」の船橋に数十発の小銃弾が命中、貫通して、血しぶきとともに誰かが腕を押さえる。
「いなさ」の機関部を14.5ミリ弾が撃ち抜き、「いなさ」の速力が落ちていく。
意味は分からないが、朝鮮語らしき歓声が不審船から響いてくる。
「正当防衛だ、撃沈もやむをえんか…」
「あまみ」「きりしま」そして霞ヶ関本庁が覚悟を決める、少し前。
後方で様子をうかがっていた巡視船「ほっかいどう」の主機関が、唸りを上げた。
戦後56年、海保の予算の乏しさもありガタが来ていた船体が、嫌な音を立てながらも、荒天の東シナ海をはねのける。
「『ほっかいどう』より各船!
これより本船が突撃す!各船は退避されたし!
繰り返す!これより本船、巡視船『ほっかいどう』が突撃す!」
ー*ー
平成に入ってから、「ほっかいどう」は30ノットを超えたことがない。それどころか25ノットも怪しい。機関をメンテナンスし必要ならば換装してきたとは言え、就役から57年…軍艦の俗説的耐用年数の25年の2倍以上。大戦を経験した軍艦など、他にはフィリピン駆逐艦「ラジャ・フマボン」ブラジル河川砲艦「パルナイバ」、台湾潜水艦くらいしか世界的にも生き残っていない。常識的に考えて限界で、海保の予算は常識を下回る。
そんな「ほっかいどう」の機関が、異常な騒音と振動を立てながらギアを回し、スクリューを回す。
「速力、30、32、33…
いえ、34…」
船内各所の配管の錆が、振動で剥がれ落ちる。
「速力35ノット!
本船は現在、速力35ノットで航行中!」
「まだやれる、『ほっかいどう』が、コイツが、そう言っているんだ…!」
海の男は、軍用のフネを女性詞で呼ぶ。海保でもそうで、特にこの稀代の巡視船は特別な愛着を持たれていた。だから、海保とともに歴史を刻んだこの老嬢に、保安官たちは類まれなる敬意と愛情を持っていた。
「…『ほっかいどう』が、惚れた女が、死ぬ気で大一番を飾ろうってんだ。
各員、
日露戦争以来の伝統の、そしてあの沖縄水上特攻以来途絶えていたZ旗が、海上保安庁旗の下に掲げられる。
「いけ!ぶつけてでも止めろ!」
荒波を押しのけ、速度が先ほどから落ちている不審船へと、「ほっかいどう」がみるみるうちに迫っていく。
ZPU-2対空機関砲の射程に入り、まるで大戦中に浴びた戦闘機からの銃撃のように、「ほっかいどう」左舷舷側へと銃弾が殺到する。
「左舷側の甲板の船員は船内退避!」
カンッ!金属音とともに、110号艦ゆずりの装甲によって機関砲の弾が弾き返される。
「巡洋戦艦が、簡単に沈むかよ!」
「左舷の放水砲、ボフォース40ミリ、12.7 ミリは射撃用意!」
さすがに3インチ砲は撃てない(当たれば45メートルの不審船は轟沈しかねない)が、それでも3インチ砲…どころか5インチ砲、そして51センチ主砲までもが、不審船へと砲口を睨ませる。
今や、「ほっかいどう」は完全に不審船と並走し、そしてその船首が生み出す波によって不審船は呑まれようとしていた。
「速度落とせ!」
「臨検隊、上甲板へ!突入用意!」
「放水砲、撃ちます!」
赤い砲身の放水砲から噴流が不審船を舐め、船員を怯ませる。銃撃が止んだ隙に、船首ブルワークを防壁にして船外へとロープが垂らされる。
「まもなく接舷します!」
「強行突入行くぞ!」
緊張に包まれながら、臨検隊が小銃を構え直したその時。
闇夜の中、不審船から赤い火花が散った。
「ッ!?」
誰かが大声で叫ぶー「RPG!」
RPG7対戦車ロケット弾。それも2発。放水砲を浴びながら、荒天で揺れる船上から、必死の思いで船員が撃ってきたのだ。
続けてさらに2度の火花。なけなしの対戦車82ミリ無反動砲と、イグラ防空ミサイルまでも、不審船の船員はぶっ放し…
…巡洋戦艦だけあって図体のでかい「ほっかいどう」には、4発すべてが命中した。
爆音がして、「ほっかいどう」船橋を煙が吹き抜ける。
「なっ…被害知らせ!」
そう叫びながら船長は、ただでは済まないと覚悟していた。船橋のあちこちからうめき声のようなものが聞こえるし、自身も腕がヒリヒリする。戦車の60センチ装甲を貫通しうるRPG7の成形炸薬弾頭は、海保式つまり商船式に改修された船橋では耐えられなかったのだ。
「前部マスト、通信に異常!」
「左舷前部舷側に衝撃!被害なしと思われます!」
「左舷格納庫、外壁とクレーンに損傷!人的被害なし!」
「ど、うやら…ここが1番酷いようだな…」
「せ、船長!このままでは不審船に衝突すると!」
攻撃で操船が止まったことか、予測不能な荒波か、何が悪かったのか…大きく揺られる不審船は、今や「ほっかいどう」の横腹に衝突しようとしている。
排水量が1000倍近く違うのだ。間違いなく、不審船が木っ端みじんになって終わる。それは看過しがたい。
「速力下げ!面舵!」
不審船の側でも、2度目の攻撃どころではなく、波に激しく揺られながら息を呑んで純白の「ほっかいどう」を見上げている。巡洋戦艦の船体だから舵の効きが悪く、船首波に不審船を吸い込んでしまっており、ぶつからずに済むか、彼らの命運は海保にかかっていたのだ。
永遠にも思える数分…「ほっかいどう」は不審船から離脱した。
ー*ー
「本庁より『ほっかいどう』。再度接舷することは可能なりや?」
「こちら巡視船『ほっかいどう』!ロケット弾4発を受け船橋に被害あり、負傷者多数!船内での手当ては可能なれど、再接舷は危険なり!」
そう言われても海上保安庁本庁も困ってしまう。このままでは近くの中国漁船団に逃げ込まれ追跡は不可能になり、大捕物の末に失敗という大失態を晒すことになるからだ。
「船長、機関科より…
機関がオーバーヒートしたそうです。無理をさせすぎました。出せて20ノットと…」
通信回線に流れる沈黙…やがて、右腕に包帯を巻かれながらも船長が口を開いた。
「主砲を撃つことを具申します。
大臣、長官、51センチ砲を…『ほっかいどう』を信じてくださいませんか。」
ー*ー
忌々しい日本の海上警察のフネが、離れていく。
「奴ら、諦めたか。」
もうすぐ、中国の漁船団にたどり着く。そうすれば勝ちだ。日本の戦艦に勝利したと、将軍様に胸を張って
「同志、日本戦艦、停船してます。」
「は...?
停船…?」
直後だった。
闇夜に、2発の砲声が轟いた。
「な…奴ら、主砲を撃ちやがった!?」
それは21世紀最大の砲声で、そして続いて、砲弾が風を切る音。
「来る…!?」
轟音、彼らの真上の空に、大輪の花が咲く。
51センチ三式弾改。
「な…あ…」
さらにその直後、爆発音とともに、空まで届けと言わんばかりの巨大な水柱。通常の51センチ榴弾によるものだがしかし、彼らの祖国が誇る170ミリ主体砲とは比べるのも失礼な威力。
まるで木の葉のように、船が激しく揺さぶられる。
「せ、船長!衝撃で船底から浸水してます!何事ですか!?」
慌てて船内から上がってきた船員が、空を見てぽかんと口を開けている。…2度目の花火。いや、至近距離だからでは説明のつかない、花火と呼ぶにはあまりにも畏ろしい…
「なあ、同志…」
将軍様は確かに偉大で、我らが祖国こそ地上の楽園なのだ。だから我々は、祖国を守り革命を広めるためになんでもすると、命を捧げると、そう誓った。
誓ったのだがしかし…あの巨砲はまた、別の次元の存在なのかもしれない。
「船長、これは…」
「…わかっている。逃げ切れたわけじゃなかった、と言いたいのだろう?」
日本の海上警察の白い戦艦は、その気になれば今すぐ、我々を砲弾一発で葬れる…それを、あえて。
「いえ、そうではなく…」
3度目の花火が目の前で炸裂した時、船員みなが、そのスペクタクルを前に、音もなく立ち尽くしていた。
「かなわん、なぁ…」
「すごい、ですね…」
白旗が、ゆっくり、不審船のマストに上がった。
ー*ー
南西諸島沖不審船事案(通称:奄美大島沖海戦)
交戦勢力
日本国:海上保安庁 巡視船「ほっかいどう」「いなさ」「あまみ」「きりしま」「みずき」
海上自衛隊 P3C哨戒機2機
朝鮮民主主義人民共和国:工作船(武装トローラー)「長漁3705」
結果
日本国:巡視船「ほっかいどう」「いなさ」小破「あまみ」損傷 負傷者17名
北朝鮮:工作船1隻拿捕、船員15名を検挙
付記:船員が自ら降伏したことが伝わった場合、船員の家族に北朝鮮当局による危害が及ぶ可能性がある。そのため対外的には、工作船は「ほっかいどう」主砲至近弾にて転覆したものを鹵獲、漂流中を救助された船員は拘置所にて全員自決したものと発表する。
備考:巡視船「ほっかいどう」船橋外壁及び機材、通信マストに大きな損傷。また機関も経年劣化で限界であり、大規模な修繕が必要。
華々しい戦果を上げた巡視船「ほっかいどう」。だが彼女はすでに、限界を迎えていた。
次回、最終話「蝦夷/ほっかいどうよ、いつまでも」