ONE PIECE IF ~天災の副船長~   作:ななみん@サメメイド

11 / 15
第12話『黒刀の重み』

一、一本の疑問

「親父」

「何だァ?」

「その刀、いつから持ってんの?」

朝食の席。

カイル・D・ヴェインは、壁に立て掛けられた黒い鞘を指差した。

永久黒刀『天哭』。

最上大業物十二工の一振り。

ゲンザ・クロガネが海軍大将だった頃から使い続けてきた愛刀である。

ゲンザはパンをかじりながら、天哭を見た。

「さあなァ」

「……さあなって」

「二十年以上は一緒だ」

カイルは目を丸くした。

「長ッ!」

「ガハハ! お前が生まれるよりずっと前からだ!」

「そりゃそうだろ」

ゲンザは大きな肉を口へ放り込んだ。

カイルは、しばらく刀を見つめていた。

前世で知っていた黒刀は、どれも特別な存在だった。

鷹の目のミホークが持つ『夜』。

剣豪リューマが残した『秋水』。

そして、目の前にある『天哭』。

もっとも、天哭という刀について、前世の記憶には何もない。

(……俺の知らねェ名刀か)

この世界は、漫画で読んだ範囲がすべてではない。

当たり前のことだが、それを実感する瞬間は何度もあった。

カイルは、ふと思いついた。

「……親父」

「おう」

「天哭、持ってみてもいい?」

ゲンザの手が止まった。

そして、にやりと笑う。

「ほう?」

「抜かねェよ。ただ持つだけ」

ゲンザは、しばらく考えた。

やがて。

「いいぞ」

カイルの目が輝いた。

「本当か!?」

「ただし、落とすなよ」

「分かってる!」

ゲンザは立ち上がり、刀を取った。

そして、鞘に収めたままカイルへ差し出す。

「ほれ」

カイルは両手を伸ばした。

受け取る。

その瞬間。

「……うおっ!?」

ずしり、と重さがかかった。

思わず膝が曲がる。

ゲンザは笑った。

「ガハハハ!」

「どうだ!」

カイルは、必死に刀を支えた。

「……お、重てェ!」

「そりゃ本物の刀だからな!」

「いや、そういう問題じゃ……!」

実際には、七歳の身体にとって長く重い刀というだけだった。

だが、カイルには、それ以上のものを手渡されたように感じられた。

何十年もの戦いを経てきた刀。

何度も海賊と斬り結んだ刃。

ゲンザが、その人生を共にしてきた相棒。

カイルは、黒い鞘を見つめた。

(……これが)

(親父の刀、か)

 

二、刀を預ける意味

「……親父」

「何だ?」

カイルは、天哭を両手で支えながら尋ねた。

「怖くねェの?」

ゲンザが眉を上げる。

「何が?」

「俺が落としたり、傷つけたりするかもしれねェだろ」

ゲンザは一瞬きょとんとした。

そして、大笑いした。

「ガハハハハ!」

「そんなことで壊れる刀じゃねェよ!」

「いや、そうじゃなくて」

カイルは、少しだけ言葉を探した。

「……大事なものなんだろ?」

ゲンザの笑みが、わずかに変わった。

「……ああ」

短く答える。

カイルは続けた。

「だったら、俺なんかに持たせなくても……」

その言葉を最後まで言う前に。

ごつん。

大きな手が頭へ置かれた。

「馬鹿野郎」

ゲンザは笑っていた。

「息子に刀持たせるくらいで、いちいち怖がってられるか」

カイルは顔を上げた。

「……息子?」

「おう」

ゲンザは、当たり前のように言った。

「いつかお前にも本物の刀を持たせるんだ」

カイルは黙った。

「今から重さくらい知っとけ」

ゲンザは天哭を受け取った。

そして、壁へ戻す。

「ただし」

「……ん?」

「勝手に抜くなよ」

その声だけは、少し厳しかった。

カイルは頷いた。

「分かってる」

ゲンザは満足そうに笑った。

「よし!」

そして、再び食卓へ戻った。

「じゃあ飯の続きだ!」

カイルは、空になった皿を見た。

「……親父」

「何だ?」

「俺の分まで食うなよ」

ゲンザの口が止まる。

「……バレたか」

「バレるわ!!」

 

三、岩を斬るということ

その日の午後。

ゲンザはカイルを山奥へ連れていった。

以前、ガープと手合わせをした岩場とは別の場所だった。

木々に囲まれた、小さな谷。

中央には、大きな岩が一つ。

高さは三メートルほど。

カイルは岩を見上げた。

「……今日はこれ斬るの?」

ゲンザは頷いた。

「おう」

カイルは、自分の木剣を見た。

それから岩を見る。

再び木剣。

「……無理じゃね?」

「お前が斬るんじゃねェ」

「……あ、そう」

ゲンザは腰の天哭へ手を置いた。

「今日は俺が見せる」

カイルは少しだけ目を細めた。

「……また山を斬るの?」

「ガハハ! 今日はそこまでしねェよ!」

ゲンザは岩の前へ立った。

そして、刀を抜く。

きぃん。

漆黒の刃が、陽光を反射した。

カイルは静かに息を呑んだ。

ゲンザは刀を構えた。

「……カイル」

「……ああ」

「剣で斬るってのは、どういうことだと思う?」

カイルは、少し考えた。

「……刃を当てること?」

ゲンザは首を振った。

「それだけじゃねェ」

そして。

「斬りてェものを斬ることだ」

カイルは、眉をひそめた。

「……どういう意味?」

ゲンザは、岩を指差した。

「この岩は斬れる」

「……うん」

「だが、斬らずに済ませることもできる」

カイルは黙った。

ゲンザは、足元に落ちていた一枚の葉を拾った。

そして、岩の上へ置いた。

「よく見とけ」

ゲンザが刀を振った。

ひゅっ。

風が鳴った。

だが。

何も起こらなかった。

岩は、傷一つない。

葉も、そのままだ。

カイルは、目を丸くした。

「……え?」

ゲンザは刀を下ろした。

「今のは斬らねェ剣だ」

カイルは、首を傾げた。

「……斬らない?」

ゲンザは頷いた。

「おう」

そして、もう一度構えた。

今度は。

同じように、刀を振る。

ひゅっ。

次の瞬間。

すぱんっ。

岩の表面に、一本の線が入った。

カイルは、目を見開いた。

ずずず……。

岩の上部が、ゆっくり滑り落ちる。

どごんっ!!

地面が揺れた。

だが。

不思議なことに、岩の上へ置かれていた葉は、そのまま風に舞っていた。

カイルは、呆然とした。

(……何だ、今の)

ゲンザは、刀を納めた。

「……分かったか?」

カイルは首を振った。

「……全然」

ゲンザは豪快に笑った。

「ガハハハ!」

「だろうな!」

 

四、斬らない剣

岩場の隅。

二人は腰を下ろしていた。

カイルは、先ほどの光景を思い返していた。

岩は斬れた。

だが、葉は斬れていない。

しかも、ゲンザはほとんど同じ動きをしていた。

(……意味分かんねェ)

ゲンザは、そんなカイルを見て笑った。

「ガハハ!」

「悩んでるな!」

「当たり前だろ」

カイルは、少しだけ眉をひそめた。

「刀って、触れたものは斬れるんじゃねェの?」

ゲンザは首を横へ振った。

「違う」

「……?」

「刀ってのは、使い手の意思で振るもんだ」

カイルは、静かに聞いていた。

ゲンザは続けた。

「何でも斬ればいいってもんじゃねェ」

「……」

「斬るべきものを斬り、斬る必要のねェものは斬らない」

カイルは、ゆっくり頷いた。

その言葉には、どこか聞き覚えがあった。

前世で読んだ漫画。

剣士の師匠が、弟子へ語った言葉。

(……そうか)

カイルは、少しだけ笑った。

(この世界じゃ、あれも実際にある考え方なんだな)

ゲンザは、カイルの頭へ手を置いた。

「今は分からなくていい」

「……うん」

「そのうち、自分で分かる」

カイルは、ゆっくり頷いた。

「……分かった」

ゲンザは笑った。

「ガハハ!」

「じゃあ、帰るぞ!」

カイルは立ち上がった。

「……ああ」

だが、その前に。

もう一度、斬られた岩を見た。

滑らかな断面。

まるで、最初からそういう形だったかのような岩。

そして、地面へ落ちた葉。

カイルは、小さく呟いた。

「……すげェな」

 

五、鍛冶屋の試験

翌日。

カイルは、港町の鍛冶場へ来ていた。

バルドは、いつもどおり鉄を打っていた。

かんっ。

かんっ。

かんっ。

カイルは掃除を終え、作業台へ近づいた。

「……バルドさん」

「何だ」

「刀って、どれくらい難しいの?」

バルドは、槌を止めた。

「……急に何だ」

カイルは、少しだけ笑った。

「昨日、親父の剣を見てさ」

バルドは鼻を鳴らした。

「黒鬼の剣か」

「……うん」

「ありゃ、普通じゃねェからな」

カイルは、ゆっくり頷いた。

バルドは作業台から、細い鉄の棒を取り出した。

「……坊主」

「はい?」

「これを真っすぐ打て」

カイルは、棒を受け取った。

「……これ?」

「ああ」

「刀じゃないの?」

「刀の前に、真っすぐな鉄を打てるようになれ」

カイルは、少しだけ眉をひそめた。

「……分かった」

バルドは続けた。

「ただし、条件がある」

「……何?」

「長さを変えるな」

カイルは目を丸くした。

「……え?」

「厚みと幅だけを整えろ」

カイルは、鉄の棒を見た。

(……難しそう)

バルドは、にやりと笑った。

「できるか?」

カイルは、歯を見せて笑った。

「……やってみる」

 

六、真っすぐな鉄

それから数時間。

カイルは、何度も失敗していた。

鉄が曲がる。

厚みがばらつく。

幅が揃わない。

そのたびに、バルドから指摘が飛ぶ。

「そこじゃねェ!」

「はい!」

「槌を斜めに落とすな!」

「……はい!」

「力任せに叩くな!」

「分かってる!」

「分かってねェから曲がってんだろ!」

「……ぐぬぬ」

カイルは、深く息を吐いた。

(……難しい)

剣を振るのとは、まったく違う。

だが。

似ているところもあった。

腕だけで動かさない。

重心を安定させる。

狙った場所へ、正確に力を伝える。

(……そうか)

カイルは、槌を握り直した。

(剣術と同じだ)

無駄な力を抜く。

呼吸を整える。

そして、狙った場所へ落とす。

かんっ。

かんっ。

かんっ。

バルドが、少しだけ目を細めた。

「……ほう」

カイルは、気づかずに作業を続けた。

かんっ。

かんっ。

かんっ。

やがて。

一本の細い鉄棒が完成した。

完璧ではない。

少し歪んでいる。

それでも、以前よりずっと真っすぐだった。

カイルは、息を吐いた。

「……できた」

バルドは、鉄棒を手に取った。

そして、しばらく眺めた。

「……まあまあだな」

カイルは、目を輝かせた。

「本当!?」

「調子に乗るな」

「……はい」

バルドは、少しだけ笑った。

「だが、悪くねェ」

カイルは、歯を見せて笑った。

「……よっしゃ!」

 

七、黒鬼の記憶

その夜。

ゲンザは、一人で天哭を手入れしていた。

カイルが台所へ入ると、ゲンザは珍しく静かだった。

「……親父?」

「……ん?」

ゲンザは顔を上げた。

「どうした?」

カイルは、少しだけ首を傾げた。

「……何か考えてた?」

ゲンザは、刀を見た。

そして。

「……昔のことをな」

カイルは、少しだけ黙った。

「……海軍の頃?」

ゲンザは頷いた。

「おう」

カイルは、隣の椅子へ座った。

「……聞いてもいい?」

ゲンザは、少しだけ笑った。

「ガハハ」

「面白ェ話じゃねェぞ」

カイルは、静かに答えた。

「……いいよ」

ゲンザは、しばらく天哭を見つめていた。

そして。

「……俺が初めて人を斬ったのは、お前より少し年上の頃だ」

カイルの目が見開かれた。

「……え?」

ゲンザは、静かに続けた。

「海賊に襲われた村でな」

「……」

「生き残るために、刀を振った」

カイルは、黙って聞いていた。

ゲンザは続ける。

「そのときは、何も考えてなかった」

「……」

「ただ、怖かった」

カイルの胸が、わずかに痛んだ。

ゲンザは、少しだけ笑った。

「……今でも覚えてる」

「……」

「初めて人を斬ったときの感触をな」

沈黙。

暖炉の火が、ぱちぱちと鳴った。

カイルは、ゆっくり口を開いた。

「……後悔してる?」

ゲンザは、しばらく黙った。

そして。

「……してねェ」

短く答えた。

「生き残るためだった」

カイルは、静かに頷いた。

ゲンザは続けた。

「だが、忘れたこともねェ」

「……」

「刀を抜くってのは、そういうことだ」

カイルは、黙って聞いていた。

ゲンザは、刀を鞘へ納めた。

そして。

「……だからな」

カイルが顔を上げる。

「……ん?」

ゲンザは、少年の頭へ手を置いた。

「お前には、できるだけ長く、木剣を振っててほしい」

カイルは、少しだけ驚いた。

「……何で?」

ゲンザは、静かに笑った。

「本物の刀を抜く日なんざ、遅い方がいい」

その言葉に。

カイルは、ゆっくり頷いた。

「……分かった」

 

八、剣士の夢

数日後。

カイルは、山の訓練場で木剣を振っていた。

一回。

二回。

三回。

足運び。

呼吸。

重心。

そして、剣の軌道。

ゲンザは、少し離れた場所から眺めていた。

「……おう」

カイルが振り返る。

「……親父?」

「いい動きになってきたな」

カイルは、少しだけ笑った。

「……本当?」

ゲンザは頷いた。

「おう」

そして。

「少しは剣士らしくなってきた」

カイルの目が輝いた。

「……よっしゃ!」

ゲンザは豪快に笑った。

「ガハハ!」

そのあと。

カイルは、ふと尋ねた。

「……親父」

「何だ?」

「俺、いつか天哭みてェな刀を作れるかな」

ゲンザは、少しだけ目を細めた。

そして。

「……作れるかもしれねェな」

カイルは、顔を上げた。

「……本当?」

ゲンザは笑った。

「おう!」

「ただし、簡単じゃねェぞ」

カイルは、静かに頷いた。

「……分かってる」

ゲンザは、少しだけ笑った。

「なら、続けろ」

「……ああ!」

カイルは、木剣を構え直した。

そして、再び振り始めた。

 

九、夜の問い

その夜。

カイルは、ベッドへ横たわっていた。

枕元には、木剣。

机には、刀の設計図。

そして、鍛冶場で作った細い鉄棒。

カイルは、天井を見つめていた。

(……斬るべきものを斬る)

ゲンザの言葉を思い返す。

何でも斬ればいいわけではない。

斬らなくていいものは斬らない。

そんな剣。

(……難しいな)

前世で読んだ漫画では、強い剣士たちが当たり前のように使っていた。

だが。

今の自分には、まだ遠すぎる。

(……それでも)

カイルは、少しだけ笑った。

(いつか、できるようになりてェな)

目を閉じる。

窓の外では、風が吹いていた。

遠くで波の音。

そして、階下から。

「ぐごおおおお……!」

ゲンザのいびき。

カイルは、顔をしかめた。

「……うるせェな」

だが、すぐに笑った。

「……まあ、いいか」

そして、眠りについた。

 

終章 重みを知る

翌朝。

カイルは、ゲンザから借りた重い木剣を握っていた。

まだ、うまく扱えない。

振るたびに身体がぶれる。

足も流れる。

それでも。

カイルは、ゆっくり振った。

一回。

二回。

三回。

無理に速くしない。

力任せにしない。

ただ、正確に。

ゲンザは、少し離れた場所から眺めていた。

「……ガハハ」

小さく笑う。

「いいじゃねェか」

カイルは、木剣を振り続けた。

刀の重み。

剣士の重み。

そして、命を奪うことの重み。

今は、まだすべてを理解できない。

だが。

少しずつ知っていけばいい。

カイル・D・ヴェイン。

七歳。

少年は今日も、剣を振る。

いつか、自分の刀を握る日のために。

その一振りが、誰かの人生を変えることになると知るのは、まだずっと先のことだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。