ONE PIECE IF ~天災の副船長~   作:ななみん@サメメイド

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第14話『黒鬼の剣、少年の剣』

一、帰ってきた日常

「……だから、何で全部食ってんだよ」

カイル・D・ヴェインは、空になった鍋を見つめていた。

クロガネ島へ戻って三日。

久しぶりに自宅の台所で作った夕食は、見事に消滅していた。

原因は、目の前の大男である。

「ガハハハ!」

ゲンザ・クロガネは、満足そうに腹を叩いた。

「うまかったぞ!」

「そりゃどうも!」

「おかわりは?」

「そのおかわりまで食ったんだろ!!」

「何ィ!?」

「何で親父が驚いてんだよ!」

ゲンザは、豪快に笑った。

カイルは深いため息をつき、戸棚を開けた。

幸い、パンが二つ残っている。

一つを手に取ったところで、背後から声がした。

「カイル」

「何?」

「カザン島で勝ったんだってな」

カイルは振り返った。

「……ロアンのこと?」

「ああ」

ゲンザは椅子へ座り直した。

「嬉しかったか?」

カイルは少し考えた。

「……そりゃ、嬉しかったよ」

「そうか」

「親父以外の剣士と、ちゃんと勝負したの初めてだったし」

ゲンザは頷いた。

「で、何で勝てた?」

カイルは眉を寄せた。

「……何でって」

相手の剣は見えた。

踏み込みも読めた。

ゲンザとの修行で覚えた足運びが役に立った。

「親父の剣を毎日見てたから、かな」

「それもあるな」

ゲンザは笑った。

「だが、一つ覚えとけ」

「……何を?」

「お前が勝ったのは、あの一戦だ」

カイルは黙った。

「次も勝てるとは限らねェ」

「……ああ」

「相手だって考える。悔しけりゃ鍛える。お前の癖を覚える」

ゲンザは、空になった皿を指で叩いた。

「勝った日の自分を、ずっと最強だと思うなよ」

カイルはしばらく考えた。

そして、小さく笑った。

「……親父に毎日負けてるのに、そんな勘違いできねェよ」

ゲンザは目を丸くした。

次の瞬間。

「ガハハハハ!!」

腹を抱えて笑い出した。

「違ェねェ!」

カイルも笑った。

ただし、二つ目のパンを取ろうとしたゲンザの手は、容赦なく叩き落とした。

「これは俺の!」

「親父にも分けろ!」

「今の話、どこ行った!!」

 

二、見えない一撃

翌朝。

ゲンザは訓練場へ、一本の縄を持ってきた。

長さは、カイルの身長の三倍ほど。

「……縄?」

「おう」

「何するんだ?」

「剣を抜くな」

カイルは首を傾げた。

「……は?」

ゲンザは、木剣を地面に置かせた。

そして縄の片端を、訓練場に立てた丸太へ結びつける。

もう片方は、自分で握った。

「俺がお前に触れる前に、この縄を越えてみろ」

カイルは縄を見た。

膝より少し高い位置に、斜めに張られている。

ゲンザは、丸太の脇に立った。

「何でもありだ」

「……それ、最近よく聞くな」

「便利な言葉だろ!」

「親父が言うと信用できねェ」

「ガハハ!」

カイルは縄へ近づいた。

ゲンザとの距離は、十分にある。

(……これなら)

足を上げ、縄を跨ごうとする。

その瞬間。

とんっ。

肩にゲンザの指が触れた。

「……え?」

いつの間にか、目の前にいる。

「一本!」

「待て、速すぎる!」

「敵は待ってくれねェ!」

「それ何回目だよ!」

カイルは歯を食いしばった。

二度目。

今度は走って縄へ近づく。

だが、触れる前に額を押された。

三度目。

右から回り込む。

失敗。

四度目。

丸太を盾にする。

失敗。

五度目。

わざと転んで、低い姿勢から潜り抜けようとする。

これも失敗した。

ゲンザは、笑っていた。

「どうした!」

「……くそ」

カイルは、肩で息をした。

ゲンザは、ゆっくり縄を下ろした。

「今日はここまでだ」

カイルが顔を上げる。

「……まだできる」

「知ってる」

「じゃあ、何で?」

ゲンザは自分の胸を指差した。

「お前、何回俺を見失った?」

カイルは答えられなかった。

全部だ。

ゲンザが動いたと分かったときには、もう触れられていた。

「剣を持ってても同じだったろ?」

「……ああ」

「刀を抜く前に負けることだってある」

カイルは、拳を握った。

ゲンザは、静かに笑った。

「だから今日は、剣を置かせた」

その言葉に、カイルはようやく理解した。

強い刀を持っていること。

剣術が上手いこと。

それだけでは、生き残れない。

相手を見失えば、刃が届く前に勝負は終わる。

(……見聞色)

ふと、その言葉が頭に浮かんだ。

だが、ゲンザは言った。

「今は目で追え。耳で聞け。足の裏で地面を感じろ」

「……覇気じゃなくて?」

「覇気がなきゃ戦えねェようじゃ困る」

ゲンザは笑った。

「ガハハ!」

「先にできることを増やせ!」

カイルは、ゆっくり頷いた。

「……分かった」

 

三、師匠が二人

昼過ぎ。

カイルは鍛冶場へ向かった。

バルドは相変わらず、無愛想な顔で鉄を打っている。

「……来たか」

「うん」

「今日は掃除からだ」

「はいはい」

「返事は一回!」

「はい!」

槌の音が、鍛冶場へ響いた。

カイルは道具を並べながら、ふと気になったことを尋ねた。

「……バルドさん」

「何だ」

「刀って、軽い方が速く振れるよな?」

バルドは槌を止めた。

「物による」

「……そうなの?」

「軽すぎりゃ、刃の重さを使えねェ。重すぎりゃ、振り回される」

カイルは頷いた。

「……じゃあ、ちょうどいい重さがある?」

「使う奴に合った重さだ」

バルドは作業台から、長さの異なる二本の鉄棒を取り出した。

「持ってみろ」

カイルは、細い方を握った。

軽い。

続いて、太い方。

こちらは少し重い。

だが、握れないほどではない。

「……こっちの方がしっくり来るかも」

「なら、そいつを振ってみろ」

カイルは慎重に振った。

ひゅっ。

バルドはその動きを見て、鼻を鳴らす。

「……まだ軽い方がいいな」

「何で?」

「振り終わりに身体が流れてる」

カイルは、自分の足元を見た。

確かに、わずかに重心が崩れていた。

(……親父にも言われるやつだ)

バルドは鉄棒を回収した。

「お前は、まだ身体が大きくなる」

「……うん」

「今の手に合わせて刀を打っても、数年後には合わなくなるかもしれねェ」

カイルは、少しだけ考え込んだ。

七歳。

これから背も伸びる。

腕力も変わる。

「……じゃあ、十五歳くらいなら?」

バルドが眉を上げる。

「何で十五なんだ?」

カイルは、少しだけ笑った。

「それまでには、一振りくらい自分で作りたい」

バルドは、しばらく少年を見つめていた。

そして。

「……八年か」

ぽつりと呟いた。

「簡単じゃねェぞ」

「知ってる」

「失敗作も山ほど出る」

「……うん」

「指だって、何度も火傷するだろうな」

カイルは、歯を見せて笑った。

「覚悟してるよ」

バルドは、少しだけ口元を緩めた。

「……ふん」

そして、再び槌を握った。

「なら、まずは真っすぐな釘を百本作れ」

カイルの笑顔が止まった。

「……百本?」

「おう」

「一振りの刀じゃなくて?」

「釘だ」

「……地味すぎねェ?」

「嫌なら帰れ」

カイルは、深くため息をついた。

「……やります」

かんっ。

かんっ。

かんっ。

鍛冶場には、再び鉄を打つ音が響き始めた。

 

四、百本目の釘

それから十日。

カイルは、釘を打ち続けていた。

最初は曲がる。

次は太さが揃わない。

長さもまちまち。

バルドは、完成品を一本ずつ確かめては、容赦なく作り直しを命じた。

「これ、曲がってる」

「……はい」

「こっちは先が鈍い」

「……はい」

「こいつは長すぎる」

「……はい」

「で、これは短い」

カイルは、思わず頭を抱えた。

「……全然終わんねェ!」

バルドは、鼻を鳴らした。

「だから言っただろ」

カイルは歯を食いしばり、再び槌を握った。

前世では、ものを作るゲームが好きだった。

素材を集め、装備を鍛え、強い武器を完成させる。

画面の中では、数秒で終わる作業。

だが。

現実は、違った。

火の熱さ。

槌の重さ。

鉄の硬さ。

そして、何度失敗しても、同じ工程からやり直す根気。

(……ゲームみてェにはいかねェな)

カイルは、苦笑した。

それでも。

一つずつ、形を整えていく。

かんっ。

かんっ。

かんっ。

十一本。

二十本。

三十八本。

五十二本。

気が遠くなるほど地味な作業だった。

だが、不思議と嫌ではない。

鉄が少しずつ、思った形へ近づいていく。

その感覚が、楽しかった。

そして十日目の夕方。

「……百本」

カイルは、最後の釘を作業台へ置いた。

バルドが、一本ずつ確かめる。

長さ。

太さ。

先端。

そして、頭の形。

すべてを見終えたあと。

「……まあ、合格だ」

カイルは、顔を上げた。

「……本当!?」

「おう」

「よっしゃああ!!」

両手を上げる。

だが。

バルドは、すぐに次の鉄材を取り出した。

「じゃあ次は、同じものを二百本だ」

カイルは固まった。

「…………」

そして、天を仰いだ。

「この島、師匠が二人とも鬼なんだけど!!」

バルドは、初めて声を出して笑った。

 

五、港の少年

数日後。

カイルは買い出しのため、港へ下りていた。

市場には、いつもどおり多くの人々が集まっている。

その中で、カイルは一人の少年に気づいた。

年齢は、十歳ほど。

細い身体。

日に焼けた肌。

そして、背中には古びた鞄。

少年は、港の掲示板を眺めていた。

そこには、商船の乗組員募集が貼り出されている。

カイルは、少しだけ足を止めた。

(……船乗りになりてェのか?)

少年は、何度も掲示板を見上げている。

だが、声をかける勇気がないらしい。

カイルは、隣へ立った。

「……乗りたいの?」

少年が振り返る。

「……え?」

「船」

カイルは掲示板を指差した。

少年は、少しだけ頷いた。

「……ああ」

そして、苦笑した。

「でも、俺みてェなガキを乗せてくれる船なんてねェよ」

カイルは、しばらく掲示板を見た。

確かに、募集条件には成人男性と書かれている。

「……そうだな」

少年は、顔をしかめた。

「慰めてくれねェのかよ」

カイルは、肩をすくめた。

「嘘ついても仕方ねェだろ」

少年は、少しだけ笑った。

「……変な奴」

カイルも笑った。

「よく言われる」

二人は、しばらく港を眺めていた。

やがて少年が尋ねた。

「……お前は、海へ出たいのか?」

カイルは頷いた。

「ああ」

「何になりたい?」

カイルは、少し考えた。

剣士。

船乗り。

鍛冶師。

海賊。

いくつもの言葉が浮かんだ。

だが。

今の自分には、まだ答えがない。

「……自由に旅したい」

少年は、少しだけ驚いた。

「……自由?」

「ああ」

カイルは海を見た。

「行きたい島へ行って、会いたい奴に会って、強い奴と戦う」

少年は、黙って聞いていた。

「それができりゃ、何でもいいかな」

カイルは、少しだけ笑った。

少年は、しばらく海を眺めていた。

そして。

「……いいな、それ」

小さく呟いた。

 

六、風を読む

その日の夕方。

カイルは、ゲンザとともに小型帆船『鬼丸』へ乗っていた。

島の近海で、操船の練習をするためだった。

ゲンザは、甲板に座って海を眺めている。

カイルは舵輪を握っていた。

「……親父」

「何だ?」

「今日、港で船乗りになりたい奴と会った」

ゲンザは眉を上げた。

「ほう?」

「でも、まだ子供だから乗せてもらえねェんだって」

ゲンザは頷いた。

「そりゃそうだろ」

カイルは、少しだけ考えた。

「……俺も、今すぐ海へ出たって何もできねェよな」

ゲンザは笑った。

「ガハハ!」

「分かってるじゃねェか!」

カイルは、少しだけ眉をひそめた。

「……褒められてる気がしねェ」

ゲンザは、海を指差した。

「じゃあ、一つ聞くぞ」

「……ん?」

「今、風はどっちから吹いてる?」

カイルは、帆を見た。

そして、海面の波紋を確認する。

「……南西」

「おう」

「合ってる?」

「合ってる」

ゲンザは頷いた。

「じゃあ、三十分後は?」

カイルは、目を丸くした。

「……分かるわけねェだろ」

「分かる手掛かりはあるぞ」

「……どこに?」

ゲンザは、空を指差した。

カイルは顔を上げた。

雲が、ゆっくり動いている。

海鳥が、島へ向かって飛んでいた。

遠くでは、波の形が少しずつ変わっている。

(……なるほど)

カイルは、ゆっくり頷いた。

「……風が変わるのか」

ゲンザは笑った。

「おう!」

「海じゃ、今のことだけ分かってても足りねェ」

カイルは、静かに聞いていた。

ゲンザは続けた。

「少し先を考えろ」

「……」

「何が起きるか、予想しろ」

カイルは、舵輪を握り直した。

(……少し先、か)

その言葉は、剣術にも似ていた。

相手が剣を振ってから動くのでは遅い。

振る前に、何をしようとしているのか考える。

ゲンザは、少しだけ笑った。

「見聞色の修行にもなるぞ」

カイルが顔を上げる。

「……え?」

「周りをよく見る癖をつけろ」

「……うん」

「それが、いつか役に立つ」

カイルは、静かに頷いた。

「……分かった」

 

七、初めての気配

数週間後。

庭での目隠し修行。

ゲンザは、カイルへ木剣を向けていた。

カイルは、目隠しをつけている。

「……行くぞ」

「……ああ」

ひゅっ。

風の音。

カイルは、身体を傾けた。

木剣が、肩の横を通り過ぎる。

「……お?」

ゲンザが、少しだけ目を細めた。

カイルは、目隠しの下で眉をひそめた。

(……今の)

音が聞こえた。

いや。

音だけではなかった気がする。

ゲンザが動く前に、何となくそちらへ意識が向いた。

(……気のせいか?)

次の一撃。

ひゅっ。

カイルは、反射的に身を引いた。

こつんっ。

木剣が胸へ当たる。

「……いってェ!」

ゲンザが笑った。

「ガハハ!」

「今のは惜しかったな!」

カイルは目隠しを外した。

「……親父」

「何だ?」

「今、少しだけ分かった気がした」

ゲンザは、静かに頷いた。

「……そうか」

カイルは、少しだけ興奮していた。

「見聞色か!?」

ゲンザは、すぐには答えなかった。

そして。

「……まだ分からん」

カイルの表情が固まる。

「……え?」

「勘かもしれねェし、音を拾っただけかもしれねェ」

カイルは、少しだけがっかりした。

だが。

ゲンザは続けた。

「でも、いいことだ」

カイルが顔を上げる。

「……本当?」

「ああ」

ゲンザは笑った。

「前より、周りを感じられるようになってる」

カイルは、ゆっくり頷いた。

「……うん」

「その感覚を忘れんな」

「……分かった」

ゲンザは木剣を構えた。

「よし!」

そして。

「もう百回だ!」

カイルは、目を見開いた。

「……百回!?」

ゲンザは豪快に笑った。

「ガハハハ!」

「せっかく掴みかけたんだ! 続けるぞ!」

カイルは、深くため息をついた。

「……分かったよ!」

再び目隠しをつける。

そして、構えた。

 

八、七歳の選択

夜。

ゲンザの家。

カイルは、机へ古い海図を広げていた。

隣には、刀の設計図。

そして、今日作ったばかりの釘。

まだ、完璧ではない。

だが、以前よりずっと形が整っている。

カイルは、ゆっくり鉛筆を置いた。

(……剣術)

(……鍛冶)

(……航海)

どれも、まだ未熟だ。

強い剣士になるには、長い時間が必要だろう。

立派な刀を作るにも、まだ何年もかかる。

船を動かすことだって、一人では難しい。

それでも。

カイルは、少しだけ笑った。

(……面白いな)

前世では、ゲームの中で強くなることが好きだった。

レベルを上げ、装備を作り、強敵へ挑む。

その楽しさに、どこか似ている。

ただし。

今度は、自分の命が懸かっている。

失敗しても、簡単にはやり直せない。

だからこそ。

一歩ずつ、進むしかない。

そのとき。

「……カイル!」

階下からゲンザの声が響いた。

「飯はまだかァ!」

カイルは、椅子から立ち上がった。

「……今行く!」

そして、笑った。

「……親父、今日こそ料理覚えろよ」

返ってきたのは、豪快な笑い声。

「ガハハハハ!」

カイルは、深くため息をついた。

(……そこだけは、一生無理かもしれねェな)

 

終章 少年の剣

翌朝。

クロガネ島。

カイルは、庭で木剣を振っていた。

一回。

二回。

三回。

呼吸。

足運び。

重心。

そして、相手の動きを想像する。

ただ振るのではない。

次の一手を考える。

どこへ踏み込むか。

どこへ逃げるか。

どの角度なら、刃が届くか。

その一つひとつを、意識する。

ゲンザは、家の入口から少年を眺めていた。

「……ガハハ」

小さく笑う。

「少しずつ、剣士になってきたな」

カイルは、木剣を振り続けた。

まだ七歳。

海賊と戦えるほど強くはない。

覇気も、自在には使えない。

本物の刀さえ、持たせてもらえない。

それでも。

カイルは、確かに前へ進んでいた。

そして、その先には。

まだ見ぬ大海原が広がっている。

少年は、今日も剣を振る。

いつか、自分だけの剣を完成させる、その日のために。

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