ONE PIECE IF ~天災の副船長~ 作:ななみん@サメメイド
一、八歳の誕生日
「親父、煙出てる」
「おう!」
「台所から」
「おう!」
「……何で平然としてんだよ!」
カイル・D・ヴェインが台所へ駆け込むと、そこには黒い煙を上げる鍋と、腕を組んだゲンザ・クロガネがいた。
「ガハハハ! 少し失敗した!」
「少しじゃねェ!」
カイルは濡れ布巾で鍋の蓋を押さえ、火を弱めた。
中身は、原形を失った何かだった。
「……これ、何作ってたんだ?」
「ケーキだ!」
「どこにケーキの要素があるんだよ!」
「誕生日だからな!」
その言葉に、カイルは手を止めた。
八歳。
今日は、カイルの誕生日だった。
ゲンザは、少しだけ照れくさそうに頭をかいた。
「去年は菓子屋に教わったんだがなァ」
「……うん」
「今年は、一人で作ってみようと思ってよ」
カイルは黒い鍋を見た。
何かが、ぶくりと泡を立てた。
「……親父」
「何だ?」
「来年は二人で作ろうぜ」
ゲンザは一瞬きょとんとした。
そして。
「ガハハハ!」
大きな声で笑った。
「そりゃいい!」
カイルも笑った。
その日のケーキは、結局、村の菓子屋で買うことになった。
二、斬撃を飛ばす
誕生日から数日後。
ゲンザは、カイルを山奥へ連れていった。
訓練場ではない。
さらに奥深い、岩壁に囲まれた谷だった。
「……何すんだ、ここで」
カイルが尋ねる。
ゲンザは、腰の天哭へ手を置いた。
「今日は、少し違う剣を見せてやる」
「……違う剣?」
「おう」
ゲンザは、谷の向こう側を指差した。
そこには、巨大な岩壁があった。
距離は、およそ百メートル。
カイルは、目を細めた。
「……あれ?」
「ああ」
「まさか、斬るの?」
ゲンザは笑った。
「ガハハ! よく分かったな!」
カイルは、少しだけ顔を引きつらせた。
「……何となく」
ゲンザは天哭を抜いた。
漆黒の刀身。
太陽の光を受けても、その黒は揺らがない。
ゲンザは、静かに構えた。
そして。
「よく見とけ」
カイルは頷いた。
「ああ」
次の瞬間。
ゲンザが刀を振った。
ひゅっ。
それだけだった。
だが。
空気が、鋭く裂けた。
白い線のようなものが、谷を走る。
次の瞬間。
ずばあああん!!
百メートル先の岩壁に、巨大な斬撃が刻まれた。
岩が砕ける。
石片が飛び散る。
地響きが、谷全体へ広がった。
カイルは、口を開けたまま固まっていた。
「…………」
ゲンザは、刀を納めた。
「ガハハ!」
「どうだ!」
カイルは、ゆっくり顔を上げた。
「……いや」
そして。
「遠距離攻撃までできんのかよ!!」
ゲンザは豪快に笑った。
「ガハハハハ!!」
三、飛ぶ斬撃
「……どうやったんだ?」
カイルは、岩壁を見つめながら尋ねた。
ゲンザは、少しだけ笑った。
「斬撃を飛ばした」
「それは見りゃ分かる!」
「ガハハ!」
カイルは、真剣な顔で続けた。
「……俺にもできる?」
ゲンザは、少しだけ考えた。
「今は無理だな」
「……即答かよ」
「お前の剣じゃ、まだ力が足りねェ」
カイルは、少しだけ眉をひそめた。
「……力?」
ゲンザは、木剣を一本手に取った。
そして、ゆっくり振った。
ひゅっ。
風が鳴る。
「剣を振れば、空気が動く」
「……ああ」
「だが、それだけじゃ遠くの物は斬れねェ」
ゲンザは続けた。
「刀の軌道、振り抜く速さ、力の伝え方」
「……」
「それらが噛み合って、初めて斬撃になる」
カイルは、静かに聞いていた。
ゲンザは、少しだけ笑った。
「覇気を使えば、さらに威力は上がる」
カイルが顔を上げる。
「……覇気も?」
「ああ」
ゲンザは頷いた。
「だが、今のお前には、まだ早ェ」
カイルは、少しだけがっかりした。
「……そっか」
ゲンザは、少年の頭へ手を置いた。
「焦るな」
そして。
「まずは、まっすぐ斬れるようになれ」
カイルは、静かに頷いた。
「……分かった」
四、剣の軌道
その日から、修行に新しい課題が加わった。
狙った場所へ、正確に剣を振ること。
ゲンザは、木の枝から小さな木片を吊るした。
風が吹くたび、木片は揺れる。
「……これを斬れ」
カイルは、木剣を構えた。
「……簡単そう」
ゲンザは、にやりと笑った。
「そうか?」
カイルは踏み込んだ。
ぶんっ。
木剣が、木片へ当たる。
だが、木片は大きく揺れただけだった。
「……あれ?」
ゲンザは笑った。
「ガハハ!」
「もう一回!」
カイルは、再び振った。
ぶんっ。
木片が揺れる。
三回目。
四回目。
五回目。
結果は同じ。
カイルは、少しだけ眉をひそめた。
「……これ、どうすりゃいいんだよ」
ゲンザは、木剣を手に取った。
「こうだ」
そして。
ひゅっ。
一振り。
次の瞬間。
木片が、真っ二つになった。
カイルは目を見開いた。
「……おお」
ゲンザは、少しだけ笑った。
「力任せに叩くな」
「……」
「刃筋を通せ」
カイルは、静かに頷いた。
(……刃筋)
前世で聞いたことのある言葉。
刃を向けた方向と、剣の動きが一致していなければ、切れ味は落ちる。
木剣でも、その違いは分かるらしい。
カイルは、もう一度構えた。
今度は、速く振ろうとしない。
ゆっくり。
正確に。
木片へ向けて、剣を振る。
ぱこんっ。
まだ、斬れない。
それでも。
先ほどより、手応えが違った。
「……お」
ゲンザが笑った。
「ガハハ!」
「今のはいいぞ!」
カイルは、少しだけ笑った。
「……よし!」
五、一本の名前
数日後。
カイルは、鍛冶場で作業をしていた。
バルドは、赤く熱した鉄を打っている。
かんっ。
かんっ。
かんっ。
カイルは、道具を整理しながら尋ねた。
「……バルドさん」
「何だ」
「刀の名前って、誰が決めるんだ?」
バルドは、槌を止めた。
「……何でだ?」
カイルは、少しだけ笑った。
「いつか作る刀の名前、考えててさ」
バルドは、鼻を鳴らした。
「まだ釘しか打てねェくせに」
「……ぐぬ」
バルドは、少しだけ笑った。
そして。
「刀の名前は、作った奴が決めることもあれば、使い手が決めることもある」
カイルは頷いた。
「……へえ」
「長い年月を経て、自然と呼ばれるようになることもある」
「……なるほど」
バルドは、カイルを見た。
「で、お前は何て名前にする気だ?」
カイルは、少しだけ迷った。
そして。
「……まだ決めてない」
バルドは、呆れたように鼻を鳴らした。
「何だそりゃ」
カイルは、歯を見せて笑った。
「いいだろ、これから考えるんだから!」
バルドは、再び槌を握った。
「なら、まずは刀を作れるようになれ」
「……はい」
かんっ。
かんっ。
かんっ。
鍛冶場に、鉄を打つ音が響いた。
六、雷の夜
その夜。
クロガネ島には、激しい雷雨が訪れていた。
轟ッ!!
空が光る。
雨が、屋根を叩く。
カイルは、窓際に立って外を見ていた。
(……すげェ雷)
前世でも、雷雨は珍しくなかった。
だが、この世界の雷は、どこか迫力が違う。
大気そのものが震えているようだった。
轟ッ!!
再び雷が鳴る。
カイルは、少しだけ目を細めた。
(……雷、か)
ふと。
前世で遊んだゲームの記憶が浮かんだ。
白い古龍。
巨大な翼。
天を覆う雷。
そして、世界を焼くほどの力。
ミラルーツ。
(……あいつ、めちゃくちゃ格好よかったな)
カイルは、少しだけ笑った。
(もし、この世界にいたら……)
だが、すぐに首を横へ振った。
(……いやいや)
モンスターハンターの古龍が、ONE PIECEの世界にいるはずがない。
少なくとも、前世で読んだ原作には登場していなかった。
(……まあ、何があるか分かんねェ世界だけどな)
そのとき。
背後から、ゲンザの声が響いた。
「……カイル」
少年が振り返る。
「……親父?」
ゲンザは、酒杯を持って立っていた。
「雷が怖ェか?」
カイルは、少しだけ笑った。
「……別に」
ゲンザは、豪快に笑った。
「ガハハ!」
「強がりだな!」
「いや、本当に怖くねェよ!」
ゲンザは、窓の外を見た。
そして。
「……雷ってのは、すげェ力だよな」
カイルは、少しだけ驚いた。
「……親父が言う?」
ゲンザは笑った。
「ガハハ!」
「俺だって、雷に打たれりゃ痛ェぞ!」
カイルは、思わず吹き出した。
「……痛ェで済むのかよ」
ゲンザは、胸を張った。
「多分な!」
「多分かよ!!」
二人の笑い声が、雷雨の夜へ響いた。
七、剣の名は
翌朝。
雨は上がっていた。
庭には、濡れた木々。
空には、薄い雲。
カイルは、木剣を振っていた。
一回。
二回。
三回。
剣の軌道を意識する。
刃筋を通す。
力任せにしない。
ただ、正確に。
(……雷)
ふと、昨夜の光景が頭をよぎった。
空を走る、白い光。
一瞬で、遠くの山を照らす稲妻。
(……あんな速さで斬れたら)
カイルは、少しだけ笑った。
(……格好いいだろうな)
そのとき。
ゲンザが庭へ出てきた。
「……おう、カイル!」
「親父!」
「いい動きだな!」
カイルは、少しだけ照れた。
「……本当?」
ゲンザは頷いた。
「おう!」
そして。
「何か考えながら振ってたな?」
カイルは、少しだけ笑った。
「……ああ」
「何だ?」
カイルは、木剣を見つめた。
そして。
「……雷みてェな剣士になりたい」
ゲンザが眉を上げる。
「……雷?」
「ああ」
カイルは笑った。
「速くて、強くて、一瞬で斬る」
ゲンザは、しばらく黙った。
そして。
「……ガハハハ!」
豪快に笑った。
「いいじゃねェか!」
カイルは、目を輝かせた。
「……本当?」
「おう!」
ゲンザは、木剣を構えた。
「なら、雷より速く振ってみろ!」
カイルは、顔をしかめた。
「……無理だろ!」
「ガハハ!」
「最初から諦めんな!」
カイルは、少しだけ笑った。
そして、木剣を構えた。
「……じゃあ、やってやる!」
八、名もなき一閃
それから数週間。
カイルは、毎日同じ動きを繰り返した。
足を踏み込む。
腰を回す。
肩の力を抜く。
そして、剣を振る。
速く。
だが、雑にならないように。
一回。
二回。
三回。
何百回も。
何千回も。
その結果。
ある日の午後。
ひゅっ。
木剣が、いつもより鋭い音を立てた。
カイルは、目を見開いた。
(……今の)
自分でも、違いが分かった。
踏み込み。
重心移動。
腕の動き。
すべてが、今までより自然につながった。
「……親父!」
カイルが叫ぶ。
ゲンザが振り返る。
「何だ?」
「今の見た!?」
ゲンザは、少しだけ笑った。
「……おう」
カイルは、目を輝かせた。
「……どうだった!?」
ゲンザは、ゆっくり頷いた。
「悪くねェ」
その言葉に、カイルの顔が輝いた。
「……よっしゃ!」
ゲンザは、少しだけ笑った。
そして。
「……だが」
カイルが顔を上げる。
「……ん?」
「まだ、雷には遠いな」
カイルは、少しだけ笑った。
「……分かってる」
ゲンザは、木剣を手に取った。
「なら、もう一回だ!」
「……おう!」
二人は、向かい合った。
木剣が交差する。
乾いた音。
そして。
カイルは、今日も負けた。
だが。
その一振りは、昨日よりも鋭くなっていた。
終章 まだ遠い空
夕方。
カイルは、庭の大きな木の下に座っていた。
手には、木剣。
空には、夕焼け。
遠くでは、海が輝いている。
カイルは、ゆっくり木剣を見つめた。
(……雷みてェな剣)
いつか、自分で作る刀。
その刀で、一瞬の斬撃を放つ。
そんな未来を想像して、少しだけ笑った。
(……楽しみだな)
そのとき。
ゲンザが隣へ腰を下ろした。
「……カイル」
「……ん?」
「剣に名前をつけるのもいいがな」
カイルが顔を上げる。
「……ああ」
ゲンザは、静かに続けた。
「名前に負ける剣士になるなよ」
カイルは、少しだけ笑った。
「……分かってる」
ゲンザは、豪快に笑った。
「ガハハ!」
そして、少年の頭を撫でた。
「なら、いい!」
カイルは、空を見上げた。
青い空。
白い雲。
そして、遠い水平線。
この世界には、まだ知らない強者が無数にいる。
自分は、まだ八歳。
覇気も、自在には使えない。
悪魔の実も、食べていない。
本物の刀すら、握っていない。
それでも。
少年は、確かに前へ進んでいた。
いつか。
自分の剣を完成させるために。
そして。
大海原で、自分の名前を轟かせる、その日のために。