ONE PIECE IF ~天災の副船長~   作:ななみん@サメメイド

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第3話『黒鬼の家』

一、海の向こうへ

船が港を離れたのは、まだ夜も明けきらない頃だった。

甲板には潮風が吹き、白い帆がゆっくり膨らんでいく。

カイル・D・ヴェインは、船縁に手を置いて海を眺めていた。

五歳。

つい先日まで、ベルナード島で父と母に囲まれて暮らしていた少年。

しかし、今は何も持っていない。

家も。

故郷も。

父親が作ってくれた木剣も。

すべて、炎の中へ消えてしまった。

「……寒ィか?」

背後から声がした。

ゲンザ・クロガネ。

黒い外套を羽織った大男が、湯気の立つ器を持って立っている。

カイルは首を振った。

「……別に」

「そうか」

ゲンザは隣に腰を下ろした。

船が、わずかに傾く。

「ほれ」

器を差し出された。

「……何?」

「スープだ」

カイルは中身を覗いた。

茶色い液体。

見慣れない具材。

何より、妙に焦げ臭い。

「……親父が作ったの?」

ゲンザの手が止まった。

「……ん?」

カイル自身も、気づいていなかった。

考えるより先に、その言葉が出ていた。

親父。

ベルナード島では、レオンをそう呼ぶこともあった。

目の前の男は、レオンではない。

まだ知り合って数日しか経っていない。

それでも。

カイルは、慌てて言い直そうとした。

「……あ、いや」

だが、ゲンザが突然笑った。

「ガハハハハ!!」

大きな笑い声が甲板へ響く。

「そうか、親父か!」

カイルの顔が熱くなる。

「……間違えた」

「間違いじゃねェだろ!」

ゲンザは胸を張った。

「今日から俺がお前の親父なんだからよ!」

「……勝手に決めんな」

「ガハハ! 生意気な息子だ!」

カイルは顔を背けた。

けれど。

ほんの少しだけ。

胸の奥が温かかった。

 

二、元大将の住む島

数日後。

船は小さな島へ到着した。

名前は、クロガネ島。

世界政府に加盟していない、静かな島だった。

港には漁船が数隻。

背後には深い森。

島の中央には高い山がそびえ、その麓に小さな集落がある。

ゲンザは、船から大きな荷物を担ぎ上げた。

「着いたぞ!」

カイルは港を見回した。

「……ここ?」

「おう!」

「……何もないな」

「ガハハ! いい島だろ!」

「今、何もないって言ったんだけど」

ゲンザは豪快に笑った。

「うるせェ町より、よっぽど住みやすいぞ!」

二人は山道を歩き始めた。

途中、村人たちがゲンザへ声をかける。

「おう、ゲンザさん!」

「帰ってきたのか!」

「今度は何を壊してきたんだい?」

「ガハハ! 何も壊してねェよ!」

最後の言葉に、村人たちが一斉に笑った。

どうやら、信用されていないらしい。

カイルは横目でゲンザを見た。

(……この人、本当に元大将なのか?)

前世の記憶にある海軍大将といえば、世界屈指の戦闘力を持つ怪物だ。

赤犬。

青雉。

黄猿。

藤虎。

緑牛。

その座に、この男もいたという。

(……いや、どう見てもただの豪快なおっさんだろ)

もっとも。

彼の腰には、一本の刀があった。

漆黒の鞘。

飾り気のない鍔。

そして、その男自身と同じくらい強烈な存在感を放つ刀。

カイルは、何となくその刀を見つめた。

ゲンザが気づく。

「……何だ?」

「その刀」

「ん?」

「……強いの?」

ゲンザは、少しだけ目を細めた。

そして笑った。

「ガハハ!」

「強ェぞ!」

カイルは眉を上げた。

「……どれくらい?」

ゲンザは、しばらく考えた。

そして。

「そうだなァ……」

大きな手で刀の柄を叩いた。

「俺が若ェ頃から、一緒に海を渡ってきた相棒だ」

その答えに、カイルは少しだけ黙った。

(……刀にも、思い入れがあるのか)

ゲンザは続けた。

「名前は、天哭」

「……てんこく?」

「ああ」

男は、少しだけ笑った。

「俺の自慢の刀だ」

 

三、黒鬼の家

ゲンザの家は、山の中腹に建っていた。

大きな丸太で組まれた二階建て。

家の前には広い庭。

裏には小さな畑。

そして、家の横には巨大な木製の訓練人形が置かれていた。

カイルは、それを見上げた。

「……何だ、あれ」

ゲンザは笑った。

「修行用だ!」

「……誰の?」

「俺の!」

カイルは木製人形を見つめた。

高さは、少なくとも五メートル。

丸太のように太い腕。

胴体には、無数の斬り傷。

(……何と戦ってんだよ)

ゲンザは玄関を開けた。

「入れ!」

カイルは、恐る恐る中へ入った。

広い居間。

巨大な食卓。

壁には古い海図。

棚には酒瓶。

そして、隅には積み上げられた本。

思ったより、ちゃんとした家だった。

「……意外」

ゲンザが振り返る。

「何が?」

「もっと汚いと思ってた」

「失礼なガキだな!」

だが。

カイルは、台所を見て立ち止まった。

そこには、黒く焦げた鍋。

焦げ跡のついた壁。

そして、妙な色の液体が入った瓶が並んでいた。

「…………」

ゲンザは、胸を張った。

「そこが台所だ!」

カイルは、ゆっくり顔を上げた。

「……爆発した?」

ゲンザは笑った。

「ガハハ! 昔ちょっとな!」

「……何があったの?」

「料理してた!」

カイルは、深くため息をついた。

(……この人、絶対に料理させちゃ駄目だ)

 

四、最初の夕食

その夜。

ゲンザは、張り切って夕食を作った。

「ガハハハ! 任せろ!」

カイルは、不安そうに台所を見ていた。

「……俺、手伝おうか?」

「いらん!」

「……本当に?」

「親父の料理を食わせてやる!」

数分後。

台所から煙が上がった。

「…………」

さらに数分後。

何かが爆発した。

どごんっ!!

「……っ!?」

カイルが立ち上がる。

「おい!!」

台所から、ゲンザの笑い声が響いた。

「ガハハ! 失敗した!」

「何を!?」

「火加減だ!」

「火加減で爆発すんな!!」

その後。

食卓へ並べられたのは、真っ黒に焦げた肉。

妙に粘り気のあるスープ。

そして、炭になったパンだった。

カイルは、皿を見つめた。

「…………」

ゲンザは、誇らしげに言った。

「食え!」

カイルは、ゆっくり顔を上げた。

「……これ、食い物?」

「当たり前だろ!」

「……炭じゃね?」

「焼いたんだよ!」

カイルは、恐る恐る肉を一口食べた。

数秒。

沈黙。

そして。

「…………」

ゲンザが尋ねる。

「どうだ?」

カイルは、静かに答えた。

「……まずい」

ゲンザは、少しだけ目を見開いた。

そして。

「ガハハハハ!!」

腹を抱えて笑った。

「正直な息子だ!」

「笑ってる場合かよ!!」

その日。

カイルは、心に決めた。

(……明日から俺が料理しよう)

五歳の少年が、元海軍大将の食生活を管理することになる。

まったく予想外の新生活だった。

 

五、黒鬼の素顔

翌朝。

カイルは、庭で木の枝を振っていた。

ベルナード島で使っていた木剣は、もうない。

代わりに、地面へ落ちていた枝を拾った。

一回。

二回。

三回。

ゲンザは、家の入口からその様子を眺めていた。

「……何してんだ?」

カイルは振り返らない。

「……剣の練習」

「ほう?」

ゲンザは近づいてきた。

「誰に習った?」

「……誰にも」

「何?」

「自分でやってる」

ゲンザは、しばらく黙った。

そして。

「……見せてみろ」

カイルは枝を構えた。

正面。

踏み込み。

振り下ろし。

だが、身体がついてこない。

足がもつれ、重心が崩れる。

ゲンザは、黙って見ていた。

やがて。

「……やめろ」

カイルの手が止まった。

「……何?」

ゲンザは、静かに言った。

「その振り方じゃ、身体を壊す」

カイルは、少しだけ眉をひそめた。

「……じゃあ、どうすりゃいいの?」

ゲンザは、枝を一本拾った。

「こうだ」

そして。

ゆっくり振った。

ただの一振りだった。

だが。

カイルは、息を呑んだ。

(……何だ、今の)

無駄がない。

身体の軸がぶれない。

足。

腰。

肩。

腕。

すべてが、一つの動きとしてつながっている。

しかも。

ただの枝なのに。

目の前を通り過ぎた瞬間、空気が鋭く鳴った。

ひゅっ。

カイルは、目を見開いた。

ゲンザは笑った。

「ガハハ!」

「剣ってのはな、腕だけで振るもんじゃねェ!」

そして、カイルの背後へ回った。

「足をこうして……」

身体の向きを直す。

「腰はこう!」

姿勢を整える。

「肩に力を入れすぎるな!」

カイルは、言われたとおりに構えた。

「……こう?」

「おう!」

そして。

「振ってみろ!」

カイルは枝を振った。

ひゅっ。

先ほどより、ずっと自然に動いた。

カイルの目が輝いた。

「……おお!」

ゲンザは笑った。

「ガハハ!」

「できるじゃねェか!」

カイルは、もう一度振った。

今度は、少しだけ速い。

(……すげェ)

たった数分。

それだけで、明らかに違った。

カイルは、ゲンザを見上げた。

「……親父」

ゲンザが顔を上げる。

「ん?」

「剣、教えてくれ!」

その言葉に、ゲンザは少しだけ黙った。

そして。

「……本気か?」

カイルは頷いた。

「ああ!」

ゲンザは、しばらくカイルを見つめていた。

やがて。

「……ガハハ!」

豪快に笑った。

「いいぜ!」

そして。

「ただし、泣いても知らねェぞ!」

カイルは、歯を見せて笑った。

「……望むところだ!」

 

六、元海軍大将の実力

その日の午後。

ゲンザは、カイルを森の奥へ連れていった。

「……何するんだ?」

「剣を教える」

「……ここで?」

「ああ」

ゲンザは、広い空き地へ立った。

周囲には、巨大な岩。

木々。

そして、遠くに見える山。

カイルは、少しだけ不安になった。

「……親父」

「何だ?」

「まさか、俺と戦うの?」

ゲンザは笑った。

「ガハハ! 今日は違う!」

そして。

「まず、強ェ剣士ってのがどんなもんか見せてやる」

カイルは、目を細めた。

(……来た)

元海軍大将。

黒鬼。

ゲンザ・クロガネ。

その実力を、初めて見る。

ゲンザは、腰の刀へ手を置いた。

天哭。

漆黒の鞘から、ゆっくり刃が抜かれる。

その瞬間。

カイルの呼吸が止まった。

(……黒い)

刀身そのものが、深い黒色だった。

覇気を纏わせているわけではない。

最初から、黒い。

(……黒刀!?)

前世の記憶が、警鐘を鳴らした。

ONE PIECEの世界において、永久黒刀は極めて希少な存在。

剣豪たちが長い年月をかけて鍛え上げる、特別な刀。

しかも。

目の前の刀は、ただの黒刀ではない。

ゲンザは、静かに言った。

「……天哭」

そして、刀を構える。

「最上大業物十二工の一振りだ」

カイルの目が見開かれた。

(……マジかよ)

最上大業物。

世界でも、最高峰の名刀。

それを、この男は当たり前のように腰へ差している。

ゲンザは笑った。

「……よく見とけ」

カイルは頷いた。

「……ああ」

次の瞬間。

ゲンザが、刀を振った。

ただの一振り。

派手な技名もない。

雷も炎も出ない。

だが。

ずんっ。

空気が、震えた。

数百メートル先。

巨大な岩山に、細い線が入った。

カイルは、息を呑んだ。

「……え?」

次の瞬間。

ずずずず……。

岩山の上半分が、ゆっくり滑り落ちた。

どごおおおん!!

地響き。

砂煙。

周囲の木々が揺れる。

カイルは、呆然と立っていた。

「…………」

ゲンザは刀を納めた。

そして、豪快に笑った。

「ガハハハ!」

「こんなもんだ!」

カイルは、しばらく口を開けたままだった。

やがて。

「……は?」

小さく呟いた。

「……いや」

そして。

「規模おかしいだろ!!」

ゲンザは大笑いした。

「ガハハハハ!!」

「まだまだだぞ!」

カイルは、頭を抱えた。

(……やべェ)

(この人、マジで大将クラスだ)

そして。

(……俺)

(こんな人に、剣を教わるのか?)

胸が、少しだけ高鳴った。

 

七、修行の始まり

翌朝。

まだ日が昇る前。

「起きろォォ!!」

どごんっ!!

カイルは、ベッドから転げ落ちた。

「うわっ!?」

扉の前には、ゲンザ。

満面の笑み。

「ガハハ!」

「朝だぞ!」

カイルは、窓を見た。

真っ暗だった。

「……朝?」

「おう!」

「……まだ夜じゃねェか!!」

「日が昇る前が一番いいんだ!」

「何に!?」

「修行に決まってんだろ!」

カイルは、ゆっくり顔を覆った。

(……俺、とんでもねェ家に来たかもしれん)

その日から、修行が始まった。

最初は、体力づくり。

山道を走る。

薪を運ぶ。

川で泳ぐ。

木剣を振る。

そして、飯を食う。

とにかく、食う。

「ガハハ!」

ゲンザは、毎食大量の料理を用意した。

ただし。

その料理は、相変わらず致命的にまずかった。

結局。

カイルは、ゲンザの横で料理を覚えることになった。

「……親父」

「何だ?」

「塩、入れすぎ」

「そうか?」

「……あと、砂糖と間違えてる」

「ガハハ!」

「笑うな!!」

修行と家事。

二つの意味で、忙しい毎日だった。

しかし。

不思議と、嫌ではなかった。

 

八、初めての敗北

一か月後。

カイルは、庭でゲンザと向かい合っていた。

互いに木剣。

「……行くぞ!」

カイルが叫ぶ。

ゲンザは笑った。

「おう!」

カイルは踏み込んだ。

正面からの振り下ろし。

しかし。

こつんっ。

ゲンザの木剣が、額を叩いた。

「いってェ!」

「ガハハ!」

「遅ェ!」

カイルは歯を食いしばった。

「……もう一回!」

「来い!」

次は横薙ぎ。

だが。

こつんっ。

再び、額。

「……っ!」

「遅ェ!」

「……くそ!」

さらに踏み込む。

フェイント。

切り返し。

全力の一撃。

しかし。

こつんっ。

また、額。

カイルは、ゆっくり地面へ座り込んだ。

「…………」

ゲンザが笑う。

「ガハハハ!」

「どうした!」

カイルは、額を押さえた。

「……親父」

「何だ?」

「……強すぎ」

ゲンザは、少しだけ目を細めた。

そして。

「……当たり前だろ」

木剣を肩へ担いだ。

「俺は、お前より何十年も剣を振ってんだ」

カイルは、顔を上げた。

ゲンザは続ける。

「剣ってのはな、腕力だけじゃねェ」

「……ああ」

「見て、考えて、覚えて」

そして。

「何万回も振って、ようやく少しずつ強くなる」

カイルは、静かに頷いた。

「……うん」

ゲンザは、しゃがみ込んだ。

そして、カイルの頭へ手を置いた。

「焦るな」

その声は、少しだけ優しかった。

「お前は、まだ五歳だ」

カイルは、しばらく黙っていた。

そして。

「……でも」

「ん?」

「早く強くなりたい」

ゲンザの目が細くなる。

「……何でだ?」

カイルは、木剣を握り締めた。

「……もう」

言葉が、詰まる。

ベルナード島。

燃える家。

父親の背中。

母親の笑顔。

そして、銃声。

カイルは、ゆっくり息を吐いた。

「……もう、誰も失いたくねェ」

ゲンザは、黙っていた。

そして。

「……そうか」

短く答えた。

 

九、黒鬼の約束

その夜。

家の前の大きな木の下。

カイルは、一人で座っていた。

月明かりが、庭を照らしている。

その隣に、ゲンザが腰を下ろした。

「……よう」

「……親父」

ゲンザは、酒瓶を持ち上げた。

「飲むか?」

カイルが睨む。

「五歳だぞ」

「ガハハ!」

「冗談だ!」

カイルは、少しだけ笑った。

ゲンザは、しばらく夜空を眺めていた。

やがて。

「……カイル」

「……ん?」

「強くなりてェって言ったな」

カイルは頷いた。

「……ああ」

ゲンザは、静かに続けた。

「なら、俺が教えてやる」

カイルが顔を上げる。

「……本当に?」

「おう」

ゲンザは笑った。

「剣も、体術も、覇気もな」

カイルの目が見開かれた。

「……覇気!?」

ゲンザが眉を上げる。

「知ってんのか?」

カイルは、一瞬だけ固まった。

(……しまった)

五歳の子供が、当然のように知っている言葉ではない。

カイルは、慌てて答えた。

「……港で聞いた!」

ゲンザは、しばらくカイルを見つめた。

そして。

「……そうか!」

豪快に笑った。

「ガハハハ!」

カイルは、内心で息を吐いた。

(……危ねェ)

ゲンザは、夜空を見上げた。

「……だがな」

その声が、少しだけ低くなる。

「一つだけ、約束しろ」

カイルが顔を上げる。

「……何?」

ゲンザは、まっすぐカイルを見た。

「強くなっても、弱ェ奴を踏みつけるな」

「……」

「力ってのは、持ってるだけで偉いわけじゃねェ」

カイルは、静かに頷いた。

「……ああ」

ゲンザは続けた。

「何のために使うか。それを、自分で決めろ」

カイルは、しばらく考えた。

そして。

「……分かった」

ゲンザは、少しだけ笑った。

「……よし」

そして。

「もう一つ!」

カイルが眉を上げる。

「……まだあるの?」

ゲンザは、豪快に笑った。

「ガハハ!」

「俺より強くなれ!」

カイルの目が見開かれた。

「……親父より?」

「ああ!」

「……無理じゃね?」

「ガハハハハ!!」

ゲンザは腹を抱えて笑った。

「今はな!」

そして、大きな手でカイルの頭を撫でた。

「だが、いつか超えろ」

カイルは、しばらく黙った。

やがて。

「……分かった」

小さく頷いた。

そして。

「絶対、超えてやる」

ゲンザは、歯を見せて笑った。

「……上等だ!」

 

十、家族のかたち

数か月後。

クロガネ島。

朝。

「親父ィィ!!」

カイルの叫び声が、家中に響いた。

ゲンザが台所から顔を出す。

「何だ!?」

「俺の包丁どこやった!?」

「知らん!」

「昨日、親父が使ってただろ!」

「ああ、そうだった!」

「どこ置いた!?」

ゲンザは、少し考えた。

そして。

「……庭だ!」

カイルは、ゆっくり顔を覆った。

「……何で包丁が庭にあんだよ」

「木を切ろうと思ってな!」

「斧使えよ!!」

ゲンザは大笑いした。

「ガハハハハ!!」

カイルは、深くため息をついた。

それでも。

笑っていた。

ベルナード島を失ってから、数か月。

悲しみが消えたわけではない。

両親を忘れたわけでもない。

ミーナのことも、今でも思い出す。

だが。

この島には、帰る家があった。

食卓には、少しずつまともになってきた料理が並ぶ。

そして。

「カイル!」

ゲンザが叫ぶ。

「今日も修行するぞ!」

カイルは、木剣を手に取った。

「……おう!」

庭へ出る。

朝日が、二人を照らしていた。

大きな男。

小さな少年。

血のつながらない二人。

それでも。

確かに、親子だった。

 

終章 黒刀の未来

その夜。

カイルが眠ったあと。

ゲンザは、一人で居間に座っていた。

机には、一本の刀。

永久黒刀『天哭』。

ゲンザは、その漆黒の刃を静かに見つめた。

「……カイル、か」

小さく呟く。

あの少年は、まだ五歳。

だが、目の奥にあるものは、普通の子供とは違った。

何かを失った者の目。

それでも、前へ進もうとする者の目。

ゲンザは、少しだけ笑った。

「……ガハハ」

そして、刀を鞘へ納めた。

「面白ェ息子ができたもんだ」

窓の外。

月が、静かに輝いていた。

かつて、海軍大将として世界の海を渡った男。

その男が、今。

一人の少年へ剣を教えている。

世界政府は、まだ知らない。

ベルナード島から生き延びた少年が、この島で何を学び始めたのかを。

そして。

この少年がやがて、最凶の海賊団の副船長となり、世界を震わせる存在になることを。

その夜。

ゲンザは、静かに呟いた。

「……強くなれよ、カイル」

そして。

「俺なんか、あっという間に超えていけ」

黒刀『天哭』は、月明かりの中で静かに眠っていた。

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