ONE PIECE IF ~天災の副船長~   作:ななみん@サメメイド

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第8話『鬼の試練』

一、一本の条件

「今日から、修行のやり方を変えるぞ」

朝食の席で、ゲンザ・クロガネが突然そう言った。

カイルはパンをかじる手を止めた。

「……また?」

「おう!」

「先週も変えたばっかだろ」

「強くなってんだから当然だ!」

ゲンザは豪快に笑った。

「ガハハハ!」

カイルは、嫌な予感がしていた。

この男が楽しそうに修行の話をするとき、大抵ろくなことにならない。

「……で、何するんだ?」

「一本取れ」

「いつもやってるだろ」

「今日は違う」

ゲンザはパンを丸ごと口へ放り込み、飲み込んでから続けた。

「俺から一本取るまで、昼飯はお預けだ!」

カイルは、しばらく固まった。

「…………は?」

「聞こえなかったか?」

「聞こえたから困ってんだよ!」

「ガハハハ!」

「親父から一本って、無理難題にもほどがあるだろ!」

ゲンザは椅子へ深く腰掛け、にやりと笑った。

「だったら考えろ」

カイルは口を閉じた。

「力で勝てねェ。速さでも勝てねェ。剣の腕もまだまだだ」

「……ああ」

「なら、どうする?」

カイルは少し考えた。

正面から打ち合えば、間違いなく負ける。

足運びを工夫しても、ゲンザは簡単に対応する。

フェイントなど、何度試したか分からない。

「……何でもあり?」

ゲンザの口元が、さらに吊り上がった。

「おう」

「本当に?」

「一本取れりゃ、何でもいい」

カイルは、ゆっくり笑った。

「……言ったな?」

「ガハハ! 言ったぞ!」

その瞬間。

カイルの頭には、いくつもの作戦が浮かんでいた。

前世のゲームで散々やってきたことだ。

強敵を正面から倒せないなら、別の方法を探せばいい。

もっとも。

相手が元海軍大将だという問題は、まったく解決していなかった。

 

二、最初の敗北

訓練場。

ゲンザは木剣を肩へ担ぎ、悠々と立っていた。

カイルは正面で構える。

「準備はいいか?」

「……ああ」

「来い!」

カイルは踏み込んだ。

右からの斬撃。

ゲンザが木剣を合わせる。

こつんっ。

次の瞬間、額に軽い一撃が入った。

「いってェ!」

「一本!」

「まだ始まって三秒だぞ!」

「三秒もあったじゃねェか!」

「基準がおかしいんだよ!」

ゲンザは腹を抱えて笑った。

「ガハハハ!」

再戦。

カイルは正面から近づき、直前で左へ跳んだ。

だが、着地する前に木剣を肩へ当てられた。

「一本!」

「くそ!」

三戦目。

四戦目。

五戦目。

結果は変わらない。

カイルは地面へ座り込んだ。

「……なあ、親父」

「何だ?」

「本当に一本取らせる気ある?」

「あるぞ」

「全然そう見えねェ」

ゲンザは、木剣で地面に小さな円を描いた。

「お前、さっきから俺しか見てねェな」

カイルが顔を上げる。

「……そりゃ、親父が相手だから」

「だから負ける」

ゲンザは訓練場を見渡した。

「地面を見ろ。木を見ろ。風を見ろ」

カイルは周囲へ目を向けた。

柔らかい土。

朝露で湿った草。

木々の影。

訓練用の丸太。

「剣士ってのは、相手だけ見て戦うもんじゃねェ」

ゲンザは言った。

「戦ってる場所も、全部使え」

カイルは、ゆっくり頷いた。

「……なるほど」

ゲンザが笑う。

「分かったか?」

「ああ」

カイルは立ち上がった。

「次は勝つ」

「ガハハ! 言うじゃねェか!」

 

三、悪知恵

十戦目。

カイルは、開始と同時に大きく後退した。

ゲンザが眉を上げる。

「お?」

カイルは訓練場の端まで走り、木製の標的の陰へ回り込んだ。

「隠れてどうする!」

「作戦だ!」

「ガハハ! 面白ェ!」

ゲンザが歩いて近づいてくる。

カイルは、標的の陰から勢いよく飛び出した。

だが、狙いはゲンザではない。

足元の土を木剣で跳ね上げた。

ばさっ!

「……お?」

土埃が、ゲンザの顔へ飛ぶ。

カイルはその隙に踏み込んだ。

(……もらった!)

木剣を振る。

しかし。

こつんっ。

額を叩かれた。

「いってェ!!」

ゲンザは、片目を閉じながら笑っていた。

「ガハハハ!」

「悪くねェ!」

カイルは目を丸くした。

「……見えてたのかよ」

「見えなくても、お前の足音は聞こえる」

「……あ」

「それにな」

ゲンザは自分の耳を指差した。

「土を蹴る前から、お前は音を立てすぎだ」

カイルは悔しそうに唸った。

「……くそ」

ゲンザは笑った。

「だが、考え方はいい」

「……本当か?」

「おう。自分の有利な状況を作ろうとした」

そして、少しだけ声を低くした。

「ただし、相手がもっと強ェ奴なら、そんな小細工は通じねェ」

カイルは頷いた。

「……ああ」

「だから、次を考えろ」

カイルは、口元を吊り上げた。

「……分かった」

その目は、まだ諦めていなかった。

 

四、昼飯を懸けた戦い

昼が近づいた。

太陽が高く昇り、訓練場には暖かな光が差し込んでいる。

カイルは、すでに何十回も倒されていた。

腕が痛い。

足が重い。

腹が減った。

何より、悔しかった。

「……親父」

「何だ?」

「一回だけ確認する」

「おう」

「一本取れたら、昼飯なんだよな?」

ゲンザは笑った。

「もちろんだ!」

カイルは、ゆっくり頷いた。

「……よし」

木剣を握り直す。

そして、構えた。

今度は、すぐに攻撃しなかった。

ゲンザを見つめる。

足。

肩。

腰。

呼吸。

そして、木剣の位置。

(……よく見ろ)

ゲンザは、ほとんど動いていない。

だが、隙がない。

どこから踏み込んでも、先に打たれる。

(……なら)

カイルは、一歩だけ前へ出た。

ゲンザは動かない。

もう一歩。

その瞬間。

カイルは、木剣を大きく振り上げた。

「うおおお!」

ゲンザが笑う。

「正面からか!」

木剣が交差する。

だが、カイルは斬らなかった。

木剣を途中で止め、そのまま身体を沈める。

そして、ゲンザの足元へ滑り込もうとした。

「……ほう!」

ゲンザの目が細くなる。

カイルは、足元から木剣を突き上げた。

しかし。

ぱしっ。

ゲンザが、片手で木剣の先を押さえた。

「……っ!」

カイルは目を見開いた。

(……止められた!?)

次の瞬間。

ゲンザの木剣が、カイルの額へ向けて動く。

また、いつもの一撃。

だが。

カイルは、それを待っていた。

(……今だ!)

木剣を手放す。

そのまま地面へ転がった。

ゲンザの一撃が空を切る。

そして、カイルは立ち上がると同時に、ゲンザの足元へ飛び込んだ。

狙いは、剣ではない。

ゲンザの腰に下げられた、小さな布袋。

昼飯用に持ってきた干し肉が入っている。

「……お?」

ゲンザが眉を上げた。

カイルは、布袋を掴んで勢いよく引っ張った。

びりっ。

紐が切れる。

布袋がカイルの手に収まった。

「……取った!!」

カイルは、満面の笑みで叫んだ。

ゲンザは、しばらく黙っていた。

そして。

「……ガハハハハ!!」

腹を抱えて笑い始めた。

「お前、そう来たか!!」

カイルは、勝ち誇った顔をした。

「何でもありって言っただろ!」

「ガハハ!」

「一本取れって言ったぞ!」

「……」

カイルの笑顔が固まった。

「……あ」

ゲンザは、ゆっくり木剣を持ち上げた。

「干し肉取れとは言ってねェ」

「……」

「続きだな!」

カイルは、天を仰いだ。

「そういうとこだぞ親父ィィ!!」

 

五、本当の一本

午後。

結局、ゲンザは昼飯を食べさせてくれた。

「ガハハ! 六歳児を飢えさせるほど鬼じゃねェよ!」

というのが、本人の言い分だった。

カイルは干し肉をかじりながら、じっとゲンザを睨んだ。

「……自分で鬼じゃねェって言う奴、信用できねェ」

「ガハハハ!」

食後、修行は再開された。

カイルは、再び木剣を構えた。

だが、今度は考え方を変えていた。

(……親父は強い)

それは、分かっている。

剣術。

体術。

覇気。

経験。

すべてで負けている。

ならば、自分の勝てる部分を探すしかない。

(……俺にあって、親父にないもの)

考える。

だが、すぐには思いつかない。

ゲンザは、目の前で笑っている。

「どうした!」

「……考えてる」

「ガハハ! いいぞ!」

カイルは、ふと足元を見た。

そして。

(……あ)

一つのことに気づいた。

ゲンザは、今日ずっと同じ場所へ立っている。

訓練場の中央。

その地面には、何十回も踏み込んだ跡が残っていた。

土が柔らかくなっている。

特に、右足の周囲。

(……これなら)

カイルは、ゆっくり笑った。

「……親父」

「何だ?」

「次で最後にする」

ゲンザが眉を上げる。

「ほう?」

「勝っても負けても」

カイルは、木剣を構えた。

「今日は終わりだ」

ゲンザは、少しだけ目を細めた。

そして。

「……いいぜ」

木剣を構える。

「来い!」

カイルは踏み込んだ。

正面からの斬撃。

ゲンザが受ける。

こつんっ。

木剣が交差した。

カイルは、そのまま身体を回転させた。

左へ。

ゲンザも身体を向ける。

だが、その瞬間。

カイルは、わざと木剣を大きく振り抜いた。

ゲンザの防御が、わずかに上へ動く。

カイルは、その隙に足元へ踏み込んだ。

ただし、狙いは剣ではない。

ゲンザの右足の横。

柔らかくなった土。

そこへ、木剣の先を突き立てた。

ばっ!

土が跳ねる。

ゲンザの右足が、ほんのわずかに滑った。

(……今!)

カイルは、木剣を引き抜く。

だが、その瞬間。

ゲンザが笑った。

「……甘ェ!」

木剣が振り下ろされる。

カイルは、避けられなかった。

こつんっ。

額へ軽い一撃。

「……っ!」

また、負けた。

そう思った。

だが。

ゲンザは、少しだけ目を見開いていた。

カイルの木剣の先が、ゲンザの袖へ触れていた。

ほんのわずか。

斬撃ですらない。

ただ、触れただけ。

それでも。

今日初めて、木剣がゲンザへ届いた。

カイルは、荒い息を吐きながら顔を上げた。

「……どうだ?」

ゲンザは、自分の袖を見た。

そして。

「……ガハハハ!」

笑った。

「惜しかったな!」

カイルの表情が固まる。

「……一本じゃない?」

「違ェな!」

「……くそぉ!」

カイルは、その場へ座り込んだ。

ゲンザは、木剣を下ろした。

そして、カイルの頭へ手を置いた。

「……だが」

その声は、少しだけ優しかった。

「今日のお前は、よく考えた」

カイルが顔を上げる。

ゲンザは続けた。

「最初は、ただ突っ込んでくるだけだった」

「……」

「途中から、地形を使い始めた」

「……」

「最後は、俺の足元まで見てた」

カイルは、静かに聞いていた。

ゲンザは、少しだけ笑った。

「それが修行だ」

カイルは、ゆっくり頷いた。

「……ああ」

ゲンザは、豪快に笑った。

「ガハハ!」

「明日もやるぞ!」

カイルは、即答した。

「嫌だ」

「何ィ!?」

「明日は休み!」

「ガハハハ!」

 

六、港の手紙

その日の夕方。

クロガネ島の港へ、一隻の小さな連絡船が入った。

船には、海軍の旗。

だが、武装した兵士は少ない。

届けられたのは、一通の封書だった。

宛先。

『ゲンザ・クロガネ』

差出人は、海軍本部。

その封書を受け取ったゲンザは、少しだけ眉をひそめた。

「……本部?」

カイルは、隣から覗き込んだ。

「……またガープ?」

ゲンザは首を振った。

「いや」

封蝋には、海軍の正式な印が押されていた。

ゲンザは、ゆっくり封を切った。

中には、短い文章。

『元海軍大将ゲンザ・クロガネ殿』

『貴殿の近況について、確認すべき事項あり』

『近日中に、正式な使者を派遣する』

ゲンザは、しばらく黙っていた。

そして、鼻を鳴らした。

「……面倒くせェ」

カイルが眉を上げる。

「……何?」

ゲンザは、手紙を折り畳んだ。

「昔の職場が、俺に用事らしい」

カイルは、少しだけ表情を曇らせた。

「……海軍?」

「ああ」

ゲンザは、少年の頭へ手を置いた。

「心配すんな」

カイルは、静かに頷いた。

だが、その胸には、小さな不安が残った。

 

七、黒鬼の名

数日後。

クロガネ島の港。

一隻の海軍軍艦が入港した。

先日ガープが乗ってきた船とは違う。

装飾の少ない、実務用の軍艦。

甲板には、整列した海兵たち。

その中央に、一人の男が立っていた。

灰色の髪。

鋭い目つき。

そして、肩には海軍将校の階級章。

男は、静かに島を見渡した。

「……ここか」

隣の海兵が頷いた。

「はい」

「元海軍大将、ゲンザ・クロガネの居住地です」

男は、少しだけ目を細めた。

「……黒鬼」

そして、低く呟いた。

「まさか、あの男がこんな島で暮らしているとはな」

海兵が尋ねる。

「……どうしますか?」

男は、ゆっくり歩き出した。

「会いに行く」

そして。

「本部の意向を伝える」

 

八、使者

ゲンザの家。

夕方。

こんこん。

玄関が叩かれた。

カイルが顔を上げる。

「……誰だ?」

ゲンザは、酒杯を置いた。

「……来たか」

扉を開ける。

そこには、灰色の髪の海軍将校が立っていた。

男は、ゲンザを見ると姿勢を正した。

「……ゲンザ・クロガネ殿」

ゲンザは、眉をひそめた。

「……何だ?」

男は、敬礼した。

「海軍本部より参りました」

「……」

「貴殿へ、正式な通達があります」

ゲンザは、しばらく男を見つめた。

そして。

「……入れ」

短く答えた。

男は頷いた。

「失礼します」

居間へ入る。

カイルは、少し離れた場所から様子を見ていた。

男は、カイルへ目を向けた。

「……その子は?」

ゲンザは、はっきり答えた。

「俺の息子だ」

男の目が細くなる。

「……息子?」

「ああ」

ゲンザは、少年の頭へ手を置いた。

「カイルだ」

男は、しばらくカイルを見つめた。

そして。

「……そうですか」

静かに頷いた。

だが、その視線には、わずかな警戒があった。

 

九、本部の意向

食卓。

海軍将校は、封書を取り出した。

ゲンザは腕を組んでいる。

カイルは、少し離れた椅子へ座っていた。

男は、静かに口を開いた。

「……単刀直入に申し上げます」

ゲンザは頷いた。

「おう」

「海軍本部は、貴殿の復帰を希望しています」

カイルの目が見開かれた。

(……復帰?)

ゲンザは、しばらく黙った。

そして。

「……断る」

即答だった。

将校は、少しだけ眉をひそめた。

「……まだ条件をお伝えしていません」

ゲンザは鼻を鳴らした。

「聞く必要がねェ」

「……しかし」

「俺は、もう海軍じゃねェ」

男は、深く息を吐いた。

「……貴殿ほどの戦力を、海軍が放置しておくわけにはいきません」

ゲンザの目が細くなる。

「……放置?」

男は続けた。

「世界情勢は不安定です」

「……」

「新世界では、危険な海賊たちが勢力を拡大しています」

カイルの指が、わずかに動いた。

(……新世界)

男は、真剣な声で続けた。

「ロックス・D・ジーベック」

その名前に。

カイルの呼吸が、わずかに止まった。

ゲンザも、少しだけ眉を上げた。

「……ほう」

男は続けた。

「そして、ゴール・D・ロジャー」

カイルは、黙って聞いていた。

前世で知っている名前。

歴史を変える海賊たち。

その名前が、今。

現実の脅威として語られている。

男は、静かに言った。

「海軍には、より多くの戦力が必要なのです」

ゲンザは、しばらく黙っていた。

そして。

「……知ったことか」

短く答えた。

男の顔が強張る。

「……何ですと?」

ゲンザは、腕を組み直した。

「俺は、もう政府の命令で刀を振る気はねェ」

「……」

「海賊が暴れてるなら、今の海軍が何とかしろ」

男は、唇を噛んだ。

「……貴殿は、本当にそれでよろしいのですか?」

ゲンザは、少しだけ笑った。

「おう」

そして。

「今の俺には、やることがある」

カイルが顔を上げる。

ゲンザは、少年の頭を撫でた。

「……こいつを育てることだ」

カイルの胸が、少しだけ温かくなった。

 

十、黒鬼の選択

将校は、しばらく黙っていた。

やがて。

「……承知しました」

静かに立ち上がる。

「本部へ、そのように報告します」

ゲンザは頷いた。

「おう」

男は、玄関へ向かった。

だが、扉の前で立ち止まる。

「……ゲンザ殿」

ゲンザが顔を上げる。

「何だ?」

男は、振り返らずに言った。

「海軍本部は、貴殿の力を必要としています」

「……」

「ですが、世界政府が同じ考えとは限りません」

ゲンザの目が細くなった。

「……どういう意味だ?」

男は、しばらく黙っていた。

そして。

「……どうか、お気をつけください」

短く言った。

扉が閉まる。

居間に、静寂が戻った。

カイルは、ゲンザを見た。

「……親父」

「ん?」

「大丈夫なのか?」

ゲンザは、少しだけ笑った。

「ガハハ!」

「心配すんな!」

そして、カイルの頭を撫でた。

「俺は、てめェの親父だぞ!」

カイルは、少しだけ笑った。

「……そうだな」

だが。

ゲンザの目の奥には、確かな警戒が宿っていた。

 

終章 選んだ道

その夜。

カイルは、庭で木剣を握っていた。

昼間の修行。

何度も負けたこと。

そして、海軍将校の言葉。

『世界政府が同じ考えとは限りません』

その意味を、カイルは考えていた。

世界政府。

かつて、自分の故郷を滅ぼした組織。

そして、ゲンザが海軍を辞める理由になった存在。

(……また、来るのか?)

小さな不安。

だが。

カイルは、首を横へ振った。

(……今は、強くなるしかねェ)

木剣を構える。

一回。

二回。

三回。

そのとき。

「……カイル」

背後から、ゲンザの声が響いた。

カイルは振り返る。

「……親父?」

ゲンザは、月明かりの下に立っていた。

「……今日はもう終わりだ」

カイルは眉を上げる。

「……珍しいな」

ゲンザは、少しだけ笑った。

「ガハハ」

そして。

「たまには休め」

カイルは、しばらくゲンザを見つめた。

やがて。

「……分かった」

木剣を下ろす。

ゲンザは、少年の頭を撫でた。

「……よし」

二人は、家へ戻っていった。

扉が閉まる。

暖炉には、火が灯っている。

食卓には、夕食の残り。

そして。

帰る場所が、そこにあった。

 

同じ頃。

海軍の軍艦が、クロガネ島から離れていった。

甲板では、灰色の髪の将校が報告書を書いていた。

『ゲンザ・クロガネ』

『海軍復帰の要請を拒否』

『現在、未成年の養子と生活』

男は、筆を止めた。

そして、少しだけ考えたあと。

最後に、一文を書き加えた。

『本人に敵対の意思は見られず』

報告書を閉じる。

男は、夜の海を見つめた。

「……黒鬼」

小さく呟く。

「あなたが選んだ道が、どうか穏やかなものでありますように」

軍艦は、暗い海へ進んでいった。

クロガネ島には、静かな夜が訪れていた。

そして翌朝も、きっと。

「起きろォォ!!」

という、あの豪快な声が響くのだろう。

カイルは、そんなことを考えながら眠りについた。

まだ六歳。

剣の道は、始まったばかりだった。

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