ONE PIECE IF ~天災の副船長~ 作:ななみん@サメメイド
一、七歳の誕生日
「カイル! 起きろォ!」
どんどんどんっ!
寝室の扉が叩かれる。
「……うるせェ」
カイル・D・ヴェインは、毛布を頭まで引き上げた。
「今日は休みだろ……」
「おう! だから起きろ!」
「意味分かんねェよ!」
「誕生日だぞ!」
その言葉に、カイルは目を開けた。
「……あ」
七歳。
ベルナード島で生まれてから、七度目の誕生日。
この家へ来てからは、二度目だった。
「……もう七歳か」
小さく呟く。
前世の記憶が戻ったのは四歳。
そして五歳で、故郷を失った。
あれから二年。
たった二年。
けれど、随分と長い時間が過ぎたように感じられた。
「カイル!」
扉の向こうから、再び声が響く。
「起きてるかァ!」
「起きてるよ!」
「なら降りてこい!」
「分かったって!」
カイルは、ベッドから起き上がった。
そして、壁に立て掛けた木剣を見る。
握りの部分は、何度も修理されていた。
今では、初めて持った頃よりずっと手に馴染む。
(……七歳、か)
カイルは小さく笑った。
(もうちょい、強くなっててもいいんじゃねェかな)
そう思いながら、階段を下りた。
そして。
「……何だ、これ」
食卓を見て、固まった。
巨大な肉。
山盛りのパン。
魚料理。
野菜。
そして、見慣れない大きなケーキ。
ゲンザは、満面の笑みで立っていた。
「ガハハハ!」
「誕生日おめでとう、カイル!」
カイルは、ケーキを見つめた。
「……親父が作ったの?」
「おう!」
「……食える?」
「ガハハ! 今回は村の菓子屋に教わった!」
「……そこまでしたのか」
ゲンザは、胸を張った。
「息子の誕生日だからな!」
カイルは、少しだけ目を細めた。
そして。
「……ありがとな、親父」
ゲンザは、嬉しそうに笑った。
「ガハハハハ!!」
二、誕生日の贈り物
食事が終わる頃。
ゲンザは、机の下から細長い木箱を取り出した。
「……ほれ」
カイルが眉を上げる。
「……何?」
「誕生日の贈り物だ」
カイルは、少しだけ驚いた。
「……俺に?」
「当たり前だろ!」
ゲンザは笑った。
「開けてみろ!」
カイルは、木箱の蓋を持ち上げた。
中には、一振りの木剣が収められていた。
だが、今まで使っていたものとは違う。
握りやすく整えられた柄。
きれいに削られた刃。
そして、鍔には小さな模様が刻まれている。
「……おお」
カイルは、ゆっくり持ち上げた。
軽い。
だが、しっかりとした重さがある。
(……すげェ)
ゲンザは、少しだけ笑った。
「前のやつは、もうボロボロだろ」
カイルは頷いた。
「……ああ」
「だから新しく作った」
カイルは、木剣を握った。
そして、ゆっくり振ってみる。
ひゅっ。
以前より、ずっと自然に動いた。
「……いいな、これ」
ゲンザは、豪快に笑った。
「ガハハ!」
「だろ!」
カイルは、何度も木剣を眺めた。
そして。
「……大事にする」
ゲンザの表情が、少しだけ柔らかくなった。
「おう」
三、鍛冶場の音
数日後。
カイルは、港町の外れにある鍛冶場を訪れていた。
以前から、ずっと気になっていた場所だった。
朝から晩まで、金属を打つ音が響いている。
かんっ。
かんっ。
かんっ。
炉の中には、赤く燃える鉄。
大きな金床。
そして、無数の道具。
カイルは、入口から中を覗き込んだ。
「……すげェ」
そのとき。
「おい、坊主!」
奥から声が響いた。
「何してる!」
カイルは、びくりと肩を揺らした。
振り返る。
そこには、背の低い老人が立っていた。
白い髭。
太い腕。
そして、片目には古い傷。
名前は、バルド。
クロガネ島で長年鍛冶屋を営んでいる男だった。
「……すみません」
カイルが頭を下げる。
バルドは、眉をひそめた。
「ここは子供の遊び場じゃねェぞ」
「……分かってる」
「なら、帰れ」
カイルは、少しだけ迷った。
そして。
「……刀を作るところ、見たかったんだ」
バルドの手が止まった。
「……何?」
カイルは、まっすぐ老人を見た。
「俺、いつか自分の刀を作りたい」
バルドは、しばらく黙った。
そして。
「……ほう」
少しだけ目を細めた。
「何でだ?」
カイルは、静かに答えた。
「自分で作った刀で、海へ出たいから」
バルドは、じっと少年を見つめた。
やがて。
「……ふん」
鼻を鳴らす。
「夢だけなら、誰でも語れる」
カイルは、少しだけ眉をひそめた。
「……そうだな」
バルドは、鍛冶場の奥を指差した。
「本気なら、まず掃除しろ」
カイルの目が見開かれた。
「……え?」
「床に落ちてる鉄屑を片付けろ」
「……いいの?」
バルドは、ぶっきらぼうに答えた。
「邪魔しねェならな」
カイルは、少しだけ笑った。
「……ありがとう!」
そして、掃除道具を手に取った。
その日。
カイルは、初めて鍛冶場へ足を踏み入れた。
四、鉄は嘘をつかない
鍛冶場での仕事は、想像以上に厳しかった。
床掃除。
道具の整理。
炭の運搬。
水汲み。
そして、炉の温度管理。
当然ながら、七歳のカイルに鉄を打たせてはもらえない。
「……バルドさん」
「何だ」
「いつになったら、刀作れる?」
バルドは、作業の手を止めなかった。
「十年早ェ」
カイルの表情が固まった。
「……十年?」
「おう」
「長すぎねェ?」
「嫌なら帰れ」
カイルは、唇を尖らせた。
「……嫌じゃねェよ」
バルドは、少しだけ口元を緩めた。
「なら、働け」
カイルは、再び掃除を始めた。
かんっ。
かんっ。
かんっ。
金床を叩く音が響く。
カイルは、時々手を止めて、その光景を眺めた。
赤く熱せられた鉄。
何度も打たれ、形を変えていく。
(……すげェな)
一本の刀を作るために、これほど多くの工程が必要なのか。
ただ鉄を叩くだけではない。
熱する。
打つ。
冷ます。
研ぐ。
また熱する。
その繰り返し。
バルドは、カイルの視線に気づいた。
「……坊主」
「……ん?」
「鉄はな、嘘をつかねェ」
カイルが眉を上げる。
「……どういう意味?」
バルドは、熱い鉄を金床へ置いた。
「雑に打てば、雑な形になる」
かんっ。
「手を抜けば、折れる」
かんっ。
「急ぎゃ、歪む」
かんっ。
カイルは、静かに聞いていた。
バルドは続けた。
「いい刀ってのは、時間をかけて作るもんだ」
カイルは、ゆっくり頷いた。
「……分かった」
バルドは、鼻を鳴らした。
「なら、掃除に戻れ」
「……はい」
カイルは、少しだけ笑った。
(……親父と同じこと言うな)
強さも。
刀も。
一日で手に入るものではない。
そのことを、改めて実感していた。
五、最初の鉄
それから数週間。
カイルは、毎日の修行が終わると鍛冶場へ通った。
最初は掃除だけだった。
次第に、道具の名前を覚えた。
金床。
火箸。
槌。
砥石。
そして、鉄の種類。
バルドは、厳しい男だった。
間違えれば怒鳴る。
手を抜けば、すぐに見抜かれる。
だが。
カイルが真剣に取り組んでいるときは、何も言わなかった。
ある日。
バルドは、小さな鉄片を取り出した。
「……坊主」
カイルが振り返る。
「……はい?」
「こっち来い」
カイルは、作業台へ近づいた。
バルドは、鉄片を指差した。
「これを打ってみろ」
カイルの目が見開かれた。
「……いいの?」
バルドは、眉をひそめた。
「嫌ならやめろ」
「やる!」
カイルは、即答した。
バルドは、少しだけ笑った。
「……ふん」
そして、小さな槌を渡した。
「まずは、これだ」
カイルは、槌を握った。
思ったより重い。
バルドは、低い声で言った。
「力任せに叩くな」
「……うん」
「狙った場所へ、真っすぐ落とせ」
カイルは頷いた。
「……分かった」
そして。
かんっ。
初めて、自分の手で鉄を打った。
響く音。
手へ伝わる振動。
そして、わずかに変わる鉄の形。
カイルは、目を輝かせた。
「……おお!」
バルドは、鼻を鳴らした。
「まだまだだ」
「……分かってる」
カイルは、もう一度槌を持ち上げた。
かんっ。
かんっ。
かんっ。
小さな鍛冶場に、少年の槌の音が響いた。
六、失敗作
一か月後。
カイルは、初めて小さな金属製の道具を完成させた。
刀ではない。
短い釘抜きだった。
形は歪。
表面には細かな傷。
柄の部分も、少し曲がっている。
カイルは、それを見つめた。
「……ひでェな」
バルドは、横から覗き込んだ。
「ひでェな」
「同じこと言うなよ!」
バルドは、鼻を鳴らした。
「事実だろ」
カイルは、少しだけ笑った。
「……まあな」
だが。
捨てる気にはなれなかった。
初めて、自分で打った鉄。
初めて、自分の手で形にしたもの。
カイルは、それを布で包んだ。
「……持って帰っていい?」
バルドは頷いた。
「好きにしろ」
カイルは、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
その夜。
ゲンザの家。
カイルは、釘抜きを机へ置いた。
「……親父!」
ゲンザが顔を上げる。
「何だ?」
「これ、作った!」
ゲンザは、釘抜きを手に取った。
そして、じっと見つめた。
数秒。
沈黙。
カイルは、少しだけ不安になった。
「……どう?」
ゲンザは、ゆっくり顔を上げた。
そして。
「……ガハハハハ!!」
豪快に笑った。
「下手くそだなァ!」
カイルは、顔をしかめた。
「……分かってるよ!」
だが。
ゲンザは、その釘抜きを丁寧に机へ置いた。
そして、カイルの頭を撫でた。
「……でも、いいじゃねェか」
カイルが顔を上げる。
ゲンザは笑った。
「自分で作ったんだろ?」
「……ああ」
「なら、自慢していい」
カイルは、少しだけ目を細めた。
そして。
「……うん」
笑った。
七、一本の刀
数日後。
カイルは、ゲンザの刀を眺めていた。
永久黒刀『天哭』。
漆黒の刀身。
最上大業物十二工の一振り。
ゲンザは、丁寧に刃を拭っていた。
カイルは、静かに尋ねた。
「……親父」
「何だ?」
「天哭って、誰が作ったの?」
ゲンザは、少しだけ考えた。
「……昔の刀鍛冶だ」
「……名前は?」
ゲンザは首を横へ振った。
「知らねェ」
カイルが目を丸くする。
「……知らないの?」
「ああ」
ゲンザは、少しだけ笑った。
「俺が手に入れたときには、もう古い刀だった」
カイルは、黒刀を見つめた。
「……そうなんだ」
ゲンザは、静かに続けた。
「だが、この刀は強ェ」
「……うん」
「そして、俺が何十年も使ってきた」
カイルは、ゆっくり頷いた。
ゲンザは、刀を鞘へ納めた。
「いつか、お前も自分の刀を持て」
カイルは、笑った。
「……ああ」
そして。
「自分で作る」
ゲンザは、豪快に笑った。
「ガハハ!」
「楽しみにしてるぞ!」
八、嵐の日
ある日の午後。
クロガネ島は、突然の嵐に見舞われた。
轟ッ!!
雷が鳴る。
強い風が木々を揺らす。
雨が、屋根を叩く。
カイルは、鍛冶場で作業をしていた。
バルドは、炉の火を調整している。
「……今日は早く帰れ」
カイルが顔を上げる。
「……え?」
「嵐がひどくなる」
カイルは窓の外を見た。
確かに、風が強い。
「……分かった」
道具を片付け、上着を羽織った。
そのとき。
港の方角から、鐘が鳴った。
カン、カン、カン。
警報。
バルドの表情が変わった。
「……何だ?」
カイルも顔を上げた。
その直後。
どごおおおん!!
遠くで、大きな音が響いた。
カイルは、思わず外へ飛び出した。
「……何!?」
港の方角。
黒い煙が、上がっていた。
九、燃える船
港には、一隻の商船が座礁していた。
嵐で操舵を失い、岩場へ乗り上げたのだ。
船体の一部が壊れ、積み荷に火が移っている。
港の住民たちが、必死に消火活動をしていた。
「水を持ってこい!」
「積み荷を下ろせ!」
「中に人がいるぞ!」
カイルは、目を見開いた。
(……人が!?)
船の中。
誰かが、助けを求めている。
その声が、風に混じって聞こえた。
「助けてくれ!!」
カイルは、一歩踏み出しかけた。
だが。
止まった。
(……待て)
以前、海賊に襲われた少女を助けようとして、自分も捕まった。
ゲンザに叱られた。
勇気と無謀は違う。
カイルは、周囲を見回した。
そして、港の警備員へ駆け寄った。
「おじさん!」
男が振り返る。
「カイル!?」
「中に人がいる!」
「分かってる!」
「救助用の縄、どこ!?」
男は、少しだけ目を見開いた。
そして、倉庫を指差した。
「あそこだ!」
カイルは、すぐに駆け出した。
倉庫から縄を運ぶ。
他の住民へ渡す。
そして、バルドの鍛冶場から持ってきた金属製の鉤を使い、縄を固定する。
男たちは、船へ渡った。
「よし! 行くぞ!」
カイルは、岸から見守った。
自分が船へ飛び込む必要はない。
今の自分にできることをする。
それだけでいい。
やがて。
「助けたぞ!!」
船から、一人の男が運び出された。
続いて、もう一人。
そして、最後に小さな子供。
住民たちが歓声を上げた。
カイルは、ほっと息を吐いた。
「……よかった」
そのとき。
背後から、大きな手が頭へ置かれた。
「……よくやったな」
カイルが振り返る。
ゲンザだった。
「……親父」
ゲンザは、少しだけ笑った。
「今日は、ちゃんと考えたじゃねェか」
カイルは、静かに頷いた。
「……ああ」
ゲンザは、豪快に笑った。
「ガハハ!」
そして。
「それでいい!」
カイルは、少しだけ笑った。
十、鉄と剣
嵐が過ぎた翌日。
カイルは、再び鍛冶場へ通っていた。
バルドは、いつもどおり鉄を打っている。
かんっ。
かんっ。
かんっ。
カイルは、掃除をしながら尋ねた。
「……バルドさん」
「何だ」
「昨日、俺が使った鉤」
バルドが顔を上げる。
「……ああ」
「役に立ったよ」
バルドは、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
カイルは笑った。
「うん」
バルドは、しばらく黙った。
そして。
「……坊主」
「……はい?」
「刀ってのは、人を斬るためだけにあるもんじゃねェ」
カイルは、顔を上げた。
バルドは続けた。
「道具は、使い方次第だ」
「……」
「何を作るかより、何のために作るかを考えろ」
カイルは、ゆっくり頷いた。
「……分かった」
バルドは、少しだけ笑った。
「なら、今日も仕事だ」
「……はい!」
カイルは、元気よく答えた。
終章 銀色の夢
その夜。
カイルは、自分の机へ紙を広げていた。
そこには、一本の刀の設計図。
まだ子供の落書きに近い。
だが、本人は真剣だった。
細身の刀身。
軽い柄。
そして、鞘には銀色の装飾。
カイルは、鉛筆を握りながら呟いた。
「……いつか」
その刀を、自分の手で作る。
ゲンザから学んだ剣術。
バルドから学ぶ鍛冶。
そして、自分が選んだ生き方。
そのすべてを込めた一本。
まだ、名前は決まっていない。
それでも。
カイルは、少しだけ笑った。
「……楽しみだな」
窓の外では、月が輝いていた。
机の隅には、初めて作った歪な釘抜き。
壁には、ゲンザから贈られた木剣。
そして、開かれた海図。
カイル・D・ヴェイン。
七歳。
少年の夢は、少しずつ形になり始めていた。
やがて彼は、十五歳で一本の刀を完成させることになる。
その名は『銀雷』。
だが、今はまだ。
何度も鉄を打ち損じる、小さな鍛冶屋見習いだった。