「……ところで、シューレさん」
訓練後の休憩時間。
キルアが、ずっと気になっていたことを口にした。
「この前の、あの左目。あれって、使うとどうなるんだ?」
「どうなる、とは?」
「いや、あれだけ凄い能力なら、何か反動があるんじゃないかと思ってさ」
シューレは手元の飲み物を傾けた。
「ありますわよ〜」
あまりにも軽い返事だった。
ゴンが身を乗り出す。
「どんな反動なの?」
「頭痛ですわね」
「頭痛?」
「ええ。とってもひどい頭痛」
シューレは、いつもの調子で微笑んだ。
「イバラのツタが脳みそを締め上げているような、としか表現できない感じですわ〜」
沈黙。
「…………は?」
キルアの声が裏返った。
「いや待て。何だその表現」
「そのままですわよ?」
「そのままって……!」
「頭蓋骨の内側から、棘の生えた蔓が何重にも巻き付いて、じわじわ締め上げてくるような感じですわね。もちろん、本当に蔓が生えているわけではありませんけれど」
「説明が具体的になっただけで、全然安心できないんだけど!?」
レオリオが頭を抱えた。
「おい! それ、普通に医者に診せるべき症状じゃねえのか!?」
「診てもらっても、原因がワタクシの生まれつきの念能力ですもの。治しようがありませんわ〜」
「そういう問題じゃねえ!!」
シューレは、困ったように首を傾げた。
「しかも、頭痛だけではありませんの」
「まだあんのかよ……」
「吐き気もございますわね。頭痛がひどいせいなのか、吐き気がひどいせいで頭痛が悪化するのか、よく分かりませんけれど」
「どっちも地獄じゃねえか!」
「ええ。なかなかに」
なかなかに。
まるで、少々値の張る菓子でも評価するような言い方だった。
クラピカが眉間を押さえながら尋ねる。
「……どれくらい続く?」
「三日ほど」
今度こそ、全員が黙った。
「三日!?」
ゴンが叫んだ。
「三日間ずっと痛いの!?」
「ええ。ずうっと」
「吐き気も!?」
「ええ。ずうっと」
「寝られるのか!?」
「眠れませんわね〜」
「何でそんなに平然としてんだよ!!」
レオリオの絶叫が休憩所に響いた。
シューレは飲み物を置き、指を一本立てた。
「正確には、眠ろうとすると頭痛と吐き気が気になって、眠りに落ちられないんですの。少し意識が遠のいても、痛みで目が覚めてしまいますし」
「……三日間、まともに眠れない?」
「はい」
「その間、ずっと?」
「はい」
「お前、それでまた使おうと思うのか……?」
キルアの問いに、シューレはきょとんとした。
「ですから、必要がなければ絶対に使いませんわよ?」
「最初からそう言え!!」
「だって、キルアさんが反動を聞いてきたんですもの〜」
「その口調で言われると、こっちの感覚がおかしくなるんだよ!」
⸻
「……では、先日の賞金稼ぎたちを相手に使った時も?」
クラピカが、声を落として尋ねた。
「三日間、あの状態になると分かっていて使ったのか?」
「ええ」
シューレは、あっさり頷いた。
「訓練を邪魔されたのが、とっても不愉快でしたので」
「待て待て待て」
キルアが額を押さえる。
「三日間眠れなくなるほどの反動を受けてまで、あいつらを黙らせたかったのか?」
「だって、皆さんの訓練中でしたもの」
「理由が軽い!!」
「軽くありませんわよ〜。せっかく良いところだったのに」
「そこ!?」
ゴンは困惑した顔でシューレを見た。
「でも……三日も眠れないのは、つらいよね」
「ええ。とっても」
「じゃあ、やっぱり使わない方がいいんじゃない?」
「ワタクシもそう思いますわ」
「……自分でも?」
「もちろんですわ〜」
あまりにも迷いがない。
ビスケは、しばらく黙ってシューレを観察していたが、やがて深々とため息をついた。
「つまり、あの能力は使えば強いけれど、使った本人が三日間まともに機能しなくなるってことね?」
「そうですわね。頭痛と吐き気で、細かい作業も難しくなりますし、普段のように動き回るのも無理ですわ」
「……それ、戦闘が終わってから敵がもう一度来たらどうするのよ」
「困りますわね〜」
「困りますわね〜、じゃないわよ!」
ビスケの拳が震えた。
「自分が三日間、ほぼ無防備になる可能性がある能力を、簡単に使っちゃ駄目でしょう!?」
「ですから、必要なければ使いませんの」
「必要があるかどうかの判断基準を、もっと厳しくしなさい!」
「ええ〜……」
シューレは心底不満そうだった。
「でも、あの時は本当に不愉快でしたのよ?」
「不愉快と命の危険を天秤にかけるな!!」
レオリオが叫ぶ。
⸻
その日の夜。
シューレは、自室のベッドに腰掛けていた。
左目を覆う髪に、そっと触れる。
あの目は、生まれつきのものだ。
使えば強力だ。相手を瞬く間に無力化できる。自分の射撃を何度も繰り返すより、手っ取り早い場面もある。
けれど。
「…………嫌ですわねえ」
ぽつりと呟く。
思い出すだけで、こめかみの奥が嫌な感じに疼く気がした。
脳を締め上げるイバラ。
止まらない吐き気。
どんな姿勢を取っても逃げ場のない痛み。
眠りたいのに眠れず、時間だけが過ぎていく三日間。
「アレを好き好んで使う方がいらっしゃったら、ぜひ一度お話ししてみたいですわ……」
もちろん、そんな物好きがいるとは思っていない。
シューレは髪を整え、左目を覆い直した。
「……次に使うのは、本当にどうしようもない時だけですわね」
珍しく、明確な決意だった。
そして翌朝。
「シューレさん! 今日も訓練、お願いします!」
元気よくやってきたゴンに、シューレはにっこり微笑んだ。
「ええ、もちろんですわ〜!」
「よかった!」
「それでは今日は、皆さんが自分の限界を超えたと思ったところから、もう一段階頑張っていただきましょうか」
「えっ」
「大丈夫ですわ。左目は使いませんもの」
「いや、そういう話じゃなくて!!」
キルアの悲鳴が響く。
シューレは楽しそうに笑った。
左目は、使わない。
あの三日間を、もう一度味わうのは御免だから。
――ただし、他人が自分の限界に挑む姿を眺めることについては、話が別だった。