「……で、結局のところ」
ヒソカがトランプを弄びながら、シューレを眺めていた。
「君はどのくらい強いんだい?」
「どのくらい、と申されましても」
シューレは紅茶を一口飲む。
「普通ですわよ?」
「その『普通』が信用できないんだよねぇ」
向かい側では、幻影旅団の面々がそれぞれ好き勝手に過ごしていた。
クロロは本を閉じ、少し興味を示す。
「以前、君がウボォーギンの攻撃を真似たという話は聞いた。だが、君の近接戦闘能力については、まだ詳しく知らない」
「ああ、ステゴロのことですわね」
シューレは軽く頷いた。
「撃てば済みますもの。わざわざ殴り合う必要がありませんでしょう?」
「つまり、不得手ということか?」
フィンクスが口を挟む。
「いいえ?」
シューレはにこりと笑った。
「得意ですわよ?」
「……じゃあ、どれくらいだ?」
「そうですわねぇ」
少し考える。
それから、何でもないことのように答えた。
「本気で手加減しなければ、皆さん全員を五秒で、念能力者として再起できなくするくらいには」
沈黙。
「…………は?」
最初に声を出したのはフィンクスだった。
「おい、今なんつった?」
「五秒ですわ」
「いや、そこじゃねえ!」
「全員、ですわね」
「だからそこでもねえ!」
マチが眉を寄せる。
「念能力者として再起できなくするって……殺すって意味かい?」
「いいえ。命を奪う必要はありませんわ」
シューレは人差し指を立てた。
「念能力を扱うための身体機能や、戦闘を継続するための能力を、まとめて潰してしまえばよろしいのですもの」
「……随分と物騒な言い方をするな」
クロロの声が低くなる。
「ちなみに、どうやって?」
「普通に殴りますわ」
「普通に……?」
「ええ」
シューレは微笑んだ。
「殴って、崩して、倒して、動けなくする。それだけですわ」
フェイタンが小さく笑った。
「大きく出たね。私たち全員を五秒?」
「はい」
「試す?」
「構いませんわよ?」
即答だった。
⸻
結局、場所を移して模擬戦を行うことになった。
もちろん、シューレは銃を使わない。
念弾も使わない。
純粋な肉弾戦。
対する旅団側も、念能力の使用は認められた。ただし、シューレを殺すことを目的とした攻撃は禁止。あくまで実力を確かめるためのものだ。
クロロが全員を見回す。
「一斉に行く。互いの邪魔をするな。五秒という数字を確かめる」
「了解」
「いいね」
「面白そうじゃん」
シューレは少し離れた位置で、両手を軽く下げていた。
構えらしい構えはない。
「準備はよろしいですか?」
「いつでもいいぜ」
フィンクスが答える。
「では」
シューレの目が、わずかに細くなった。
「どうぞ?」
開始の合図。
⸻
一秒目。
最初に動いたのはフィンクスとフェイタン。
左右から同時に踏み込む。
シューレは、ほんの少しだけ身体を傾けた。
フィンクスの拳が頬の横を通過する。
その腕に手を添え、進行方向をわずかに変える。
同時に、フェイタンの踏み込みに合わせて足を滑らせた。
二人の進路が交差する。
衝突する寸前、シューレの肘がフィンクスの胸元に入った。
フィンクスの身体が浮く。
フェイタンの足元には、すでにシューレの足が置かれていた。
二人が崩れる。
二秒目。
ノブナガが刀を抜く。
刃を当てるつもりはない。
しかし、間合いに入れば十分な圧力になる。
シューレは刀の軌道を避けるのではなく、ノブナガの腕の動きを利用して懐へ入った。
手首を押さえる。
肩をずらす。
重心を崩す。
ノブナガの身体が前へ流れた瞬間、腹部に一撃。
呼吸が止まる。
同時に、背後から飛び込んできたシャルナークの攻撃を、振り向きもせずに半歩の移動でかわす。
シャルナークの腕を取る。
そのまま地面へ叩きつける。
三秒目。
クロロが動いた。
正面からではない。
ウボォーギンとボノレノフが左右から圧力をかける。
シズクが後方から退路を塞ぎ、マチが糸を伸ばす。
旅団らしい連携。
だが。
「ふふ」
シューレは笑った。
「良い連携ですわね」
一歩、前へ。
ウボォーギンの拳を腕で受け流す。
その勢いを利用し、彼の身体をボノレノフの進路へ押し出す。
二人の動きが重なった瞬間、シューレはウボォーギンの脇腹へ短い一撃を入れた。
ボノレノフの攻撃は空を切る。
マチの糸は、シューレの身体に触れる直前で軌道を外される。
クロロの手が届くより早く、シューレは彼の懐にいた。
「――っ!」
クロロの防御が間に合う。
だが、その腕を押し上げるようにして、シューレの膝が腹部へ入った。
四秒目。
残る旅団員たちが一斉に動いた。
フィンクスはまだ立ち上がろうとしている。
フェイタンも身体を起こそうとしている。
だが、シューレは既にその二人の間を抜けていた。
一人ずつ、最小限の動作で崩していく。
拳を振るう必要すらない。
掌で押し、肘でずらし、足を引っ掛ける。
相手の力を利用して、次の相手へぶつける。
誰かが攻撃を始めた時には、もうシューレはその攻撃の届かない場所にいる。
五秒目。
最後に残ったのは、クロロだった。
彼は一瞬、シューレの動きを見失った。
次の瞬間。
腹部に衝撃。
身体が折れる。
続けて、首元と肩の動きを制御され、膝が地面についた。
シューレは彼の背後に立っていた。
「はい」
ぱん、と手を払う。
「五秒ですわね」
⸻
静寂。
床には、旅団員が全員倒れていた。
誰も死んでいない。
しかし、誰一人としてすぐに立ち上がれない。
呼吸を整えることすら難しい者もいる。
念を練ろうとしても、身体がそれを許さない。
「…………」
クロロは床に片手をついたまま、ゆっくり息を吐いた。
「今のは……」
「はい?」
「本当に、手加減していなかったのか?」
シューレは首を傾げた。
「ええ。しておりませんわ」
「……殺すつもりなら?」
「もっと簡単ですわね」
さらりと言った。
ウボォーギンが、床に仰向けになったまま笑い始めた。
「……ははっ! おいおい、マジかよ!」
「笑い事じゃないだろ……」
フィンクスが苦しそうに返す。
「俺たちが五秒だぞ……?」
フェイタンは無言だった。
マチはシューレの足元を見ていた。
戦闘中、ほとんど大きな動きがなかった。
あれだけの人数を相手にして、無駄な動作がほとんどない。
しかも、誰か一人を倒すために時間を使っていない。
全員の動きをまとめて制御していた。
「……あんた」
マチが言った。
「本当に、殴り合いが得意なんだね」
「ええ」
「なんで普段使わないんだい?」
「ですから、撃てば済みますもの」
「……そうだったね」
シューレは倒れている一同を見回す。
そして、少し困ったように眉を下げた。
「大丈夫ですか? ちょっと本気を出しすぎましたかしら?」
「ちょっと……?」
フィンクスが呻く。
「お前の『ちょっと』は信用できねえ……」
「まあ。失礼ですわねぇ」
⸻
その後。
クロロはシューレに一つ質問をした。
「君は、今の五秒で何をした?」
「何、と申されましても」
「全員を倒すために、どこを狙った?」
シューレは少し考えた。
「最初に動く方の重心を崩して、その方の動きで次の方の進路を制限して……あとは、各人が念を維持できなくなるよう、身体の動きを止めただけですわ」
「それだけ?」
「はい」
「……それを五秒で?」
「はい」
クロロは目を閉じた。
なるほど。
この女は、殴り合いが強いのではない。
集団戦という状況そのものを、五秒で終わらせる技術を持っている。
そして、それを普段は使わない。
理由はただ一つ。
「撃てば済みますもの」
シューレは、いつもの調子でそう言った。
旅団員たちは、誰も反論しなかった。