「……一つ、確認しておきたい」
幻影旅団の団員たちが集まる部屋。
クロロは手元の本を閉じ、向かいに座るシューレを見た。
「先ほどの話だ。君は、私たち全員を五秒で『念能力者として再起不能』にできると言ったな」
「ええ。申し上げましたわね」
「その意味を、もう少し具体的に聞きたい」
「具体的に、ですの?」
「そうだ。単に気絶させる、骨を折る、動けなくする。それらとは違うのだろう?」
シューレは紅茶のカップを置いた。
「もちろんですわ」
「では、説明してくれ」
「よろしいですわよ〜」
あまりにも軽い返事だった。
フィンクスが腕を組む。
「まあ、どうせ大げさに言ってるだけだろ。念が使えなくなるって言っても、せいぜい何日か寝込む程度じゃねえの?」
「いいえ?」
シューレは微笑んだ。
「治療して、休んで、また念を使えるようになる。そういうお話ではありませんわ」
「……どういうことだ?」
マチが尋ねる。
シューレは、自分の右手を軽く開いた。
「まず、念を使うには、オーラを扱うための身体と、オーラを制御するための神経系が必要でしょう?」
「まあ、そうだな」
「ワタクシが本気で手加減をしない場合、その両方を壊します」
沈黙。
「……両方?」
「ええ」
シューレは指を一本立てた。
「一つ目。オーラを練るための身体機能を損ないます。纏を維持することも、練でオーラを集中させることも、まともにできなくなるでしょうね」
二本目。
「二つ目。オーラを制御するための神経系を損ないます。どれだけオーラが残っていても、思った場所へ動かせない。出力を調整できない。能力の発動に必要な操作もできない」
三本目。
「三つ目。身体そのものも、戦闘に使えない状態にします。骨格、筋肉、関節、神経。念で補強しようとしても、その念を扱う機能が壊れているのですから、補強することすら難しくなりますわね」
シャルナークが眉をひそめた。
「ちょっと待って。つまり、念を使えなくするだけじゃなくて、念で身体を守ることもできなくするってこと?」
「そうですわ」
「……それ、かなり深刻じゃない?」
「ええ。かなり」
シューレは紅茶を一口飲んだ。
「そして、これは一時的な機能停止ではありません」
「……」
「治療すれば元通り、という保証はありませんわ。念能力者としての活動を再開できる可能性は、ほぼなくなると考えていただいて結構です」
⸻
「待て」
ウボォーギンが口を開いた。
「俺たちの身体を壊すって言ったな」
「はい」
「俺は肉体には自信がある。念で身体を固めることもできる。そんな簡単に壊れると思うか?」
「思いませんわよ?」
シューレはあっさり答えた。
「ですから、簡単ではありませんの」
「だったら――」
「ウボォーギンさん」
シューレは彼を見た。
「あなたの身体が頑丈なのは存じておりますわ。ですが、頑丈な身体と、壊せない身体は別物です」
「……ほう」
「あなたが全身にオーラを巡らせ、全力で防御したとしても、ワタクシがそれを上回る力で攻撃すればよろしいだけですわ」
「それができるって?」
「はい」
ウボォーギンは、しばらくシューレを見つめた。
そして、豪快に笑った。
「ははっ! 面白えじゃねえか!」
「ウボォーギン」
クロロが静かに制止する。
「まだ話の途中だ」
「おう」
シューレは少しだけ首を傾げた。
「ちなみに、ウボォーギンさんの場合は、かなり力を入れる必要がありますわね」
「ほう?」
「他の方より、少しだけ」
「……少しだけ?」
「はい」
ウボォーギンの笑顔が、わずかに引きつった。
⸻
「じゃあさ」
今度はヒソカが口を開いた。
「君は、僕たちを殺さずに、念能力者としてだけ終わらせられるのかい?」
「ええ」
「どうやって?」
「急所を避ければよろしいのですわ」
「……それだけ?」
「それだけですわ」
シューレは人差し指を頬に当てた。
「命を奪う必要はありませんもの。念を扱うための機能を損なうのに、心臓を止める必要はありませんでしょう?」
「なるほどねぇ……」
ヒソカの笑みが少し深くなる。
「ずいぶん器用なことをするんだね」
「そうでもありませんわよ?」
「いや、十分に器用だと思うけどね」
マチは眉間に皺を寄せていた。
「……あんた、それを五秒でやるって言ったんだよね?」
「はい」
「全員に?」
「はい」
「一人ずつ、身体のどこを壊すか判断して?」
「ええ」
「それを五秒で?」
「ええ」
マチは黙った。
シューレは、特別なことを説明しているつもりがないらしい。
むしろ、どうしてそこまで驚かれるのか分からない、という顔をしていた。
⸻
「……クロロ」
シャルナークが小声で言った。
「これ、かなりまずい話じゃない?」
「そうだな」
クロロはシューレから目を離さない。
「念能力者として再起不能というのは、単に念が使えなくなるという話ではない。身体も含めて、念能力者として生きてきた基盤を失うということだ」
「そうですわね」
シューレが頷く。
「もう一度、念を使えるようになる可能性は?」
クロロが尋ねた。
「ゼロとは申しませんわ」
「だが?」
「ワタクシが本気で手加減をしなかった場合、普通の治療や訓練で戻るとは思わない方がよろしいでしょうね」
「……」
「念能力を失うだけなら、まだ幸運な方ですわ」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
「身体を動かすことすら難しくなる方もいらっしゃるでしょう。日常生活に介助が必要になる方も。場合によっては、意識が戻っても以前と同じ生活ができない可能性があります」
「……それは、もう再起不能というより」
ノブナガが呟く。
「人生そのものが変わっちまうな」
「そうですわね」
シューレは否定しなかった。
「だからこそ、普段はしませんの」
⸻
しばらくして、フィンクスが口を開いた。
「……なあ」
「はい?」
「じゃあ、さっきの五秒ってのは、俺たち全員を気絶させる時間じゃねえんだな」
「ええ」
「全員を、念能力者として終わらせる時間か」
「そういうことですわ」
「……冗談じゃねえな」
「冗談ではありませんわよ?」
フィンクスは顔をしかめた。
「いや、分かってる。分かってるけどよ……」
フェイタンは黙っていた。
先ほどまでの薄い笑みは消えている。
マチも、シャルナークも、シズクも、誰も軽口を叩かなかった。
ウボォーギンだけは、まだ面白そうにしていたが、さすがに先ほどのような大笑いではなかった。
クロロは最後に、もう一つだけ尋ねた。
「シューレ。君は、それを本当に実行できるのか?」
「できますわ」
即答。
「五秒で?」
「はい」
「私たち全員を?」
「はい」
「殺さずに?」
「ええ」
クロロは目を伏せた。
「……そうか」
そして、ゆっくり顔を上げる。
「ならば、先ほどの模擬戦は、君の本気ではなかったわけだ」
「もちろんですわ」
「どの程度、手加減していた?」
シューレは少し考えた。
「皆さんが、後遺症なく帰れる程度には」
「……」
「本当に手加減をしなければ、先ほど申し上げた通りですわ」
彼女はにこりと笑った。
「五秒で、皆さんの念能力者としての人生を終わらせられます」
⸻
その日の帰り際。
ヒソカがシューレの隣に並んだ。
「ねえ、シューレ」
「なんですの?」
「君、普段はどうしてそんなに楽しそうにしていられるんだい?」
「どうして、と申されましても」
「人を壊せる力を持っているのに、ずいぶん気軽だなと思ってね」
シューレは少し考えた。
「……別に、壊したいわけではありませんもの」
「ふうん?」
「ワタクシは、皆さんに元気でいていただきたいですわよ?」
そう言って、彼女は笑った。
「元気でいてくださった方が、殴り合いも、訓練も、ずっと楽しいでしょう?」
ヒソカは一瞬だけ黙った。
「……なるほどねぇ」
彼は笑った。
「君も、なかなか怖い人だ」
「まあ。褒め言葉として受け取っておきますわ〜」
シューレは、いつもの軽い足取りで歩いていった。
その背中を見送りながら、ヒソカは思う。
あの女は、誰かを壊すことを望んでいない。
けれど、必要と判断すれば、相手の人生を変えてしまうことに躊躇しない。
そして何より恐ろしいのは。
それほどの力を持ちながら、本人にとっては、それが特別なことではないらしいということだった。