「そういえば、シューレってさ」
昼食後の休憩時間。
ゴンが、ふと思い出したように尋ねた。
「まだ見せてない念能力とかあるの?」
「ありますわよ〜」
「えっ、あるの!?」
ゴンが身を乗り出した。
キルアも、手元のお菓子を食べる手を止める。
「まだ隠してんのかよ。あれだけ色々できるのに?」
「まあ、隠しているというより……使う機会がない、と申しますか」
シューレは紅茶を飲んだ。
「一応、隠し球のようなものですわね」
「隠し球!」
ゴンの目が輝いた。
「どんな能力なの?」
「ん〜……」
シューレは少しだけ考え込んだ。
「制約と誓約が、とても極端なものですわ」
その言葉に、ビスケの表情が変わった。
「……極端?」
「ええ」
「どんな制約なの?」
シューレは、まるで天気の話でもするように答えた。
「制約は――」
カップを置く。
「『人としての未来を全て捨てて、ここで終わってもいい』」
一瞬。
誰も反応しなかった。
「……え?」
ゴンが聞き返す。
シューレは続けた。
「そして誓約が――」
「『この一撃に、命を含めた【文字通りの全て】を賭ける』」
沈黙。
カップを置く音だけが、妙にはっきり響いた。
「…………おい」
キルアが低い声を出した。
「それ、どういう意味だよ」
「そのままの意味ですわよ?」
「そのままって……」
「命も、肉体も、オーラも、念能力も、これまで積み重ねたものも。自分に残されているものを、何もかも賭けるということですわね」
レオリオが眉を寄せる。
「おいおい、待て待て。命を賭けるってのは分かる。だが『人としての未来を全部捨てる』って何だ?」
「文字通りですわ」
「文字通りって……!」
「その一撃を放った後に、ワタクシがどうなるか。生きているのか、死んでいるのか。身体が残るのか、念が残るのか。そういうことも含めて、何も保証されません」
シューレは淡々と説明した。
「そもそも、無事に生き残ることを前提にしていませんもの」
「……っ」
レオリオが言葉を失った。
⸻
「それって、どれくらい強くなるの?」
ゴンが尋ねた。
好奇心が消えたわけではない。
ただ、先ほどまでの目の輝きとは違う。
「さあ?」
「さあって……」
「実際に使ったことがありませんもの。正確な威力は分かりませんわね〜」
「使ったことがないのか?」
クラピカが確認する。
「ありませんわ」
「ならば、能力として成立しているのか?」
「少なくとも、制約と誓約としては成立するように組んでありますわ」
「どういう仕組みなんだ?」
キルアが尋ねた。
シューレは指先でカップの縁をなぞる。
「普段のワタクシは、オーラを使って攻撃しますでしょう?」
「そりゃそうだろ」
「この能力では、その攻撃に使うオーラだけではなく、ワタクシという存在そのものを一撃に変換するようなものですわ」
「存在そのもの……?」
「ええ。命を含めた全て。失敗した時に失うものも、成功した時に得られるものも、何もかもです」
ビスケが静かに尋ねた。
「その一撃を撃ったら、どうなるの?」
「分かりませんわ」
「……分からない?」
「はい。死ぬかもしれませんし、死ぬより酷いことになるかもしれません。能力の構造上、そういう結果を受け入れる必要がありますもの」
「それを、あんたは作ったの?」
「ええ」
「いつ?」
「ずいぶん前ですわね〜」
ビスケは目を閉じた。
そして、ゆっくり息を吐いた。
「……まったく」
⸻
「でもさ」
ゴンが口を開く。
「それって、シューレは使うつもりなの?」
「いいえ?」
あっさりした返事だった。
「使うつもりがないなら、どうしてそんな能力を?」
「使わずに済ませるためですわ」
「……え?」
シューレは笑った。
「まあ、極端に最悪な場合のやつですわね〜。ある種、死にたくなければ使わずに対処できるうちに済ませろ、という『自分への脅し』のような物ですわ」
「自分への……脅し?」
「ええ」
シューレは人差し指を立てた。
「たとえば、目の前にどうにもならない相手がいるとしますでしょう?」
「うん」
「逃げられない。交渉もできない。仲間も守れない。普段の能力も、他の手段も、何もかも通用しない。そういう状況になった時に、最後の最後に使えるものがある」
「それが、その能力?」
「そうですわ」
「でも、それを使ったら……」
「自分の未来がなくなるかもしれませんわね」
シューレは微笑んだ。
「だから、そこまで追い詰められる前に何とかしなさい、ということです」
キルアは呆れたように額を押さえた。
「お前、それを自分に言い聞かせるために作ったのかよ……」
「はい」
「普通、そんな脅しを用意するか?」
「普通は用意しないのでしょうね〜」
「分かってんなら作るなよ!」
⸻
「一つ、聞かせてちょうだい」
ビスケが、今度は少し厳しい声で尋ねた。
「その能力を使う時、あんたは迷わないの?」
「……どうでしょう」
シューレは、ほんの少しだけ視線を落とした。
「迷う余地がない状況でしょうからね」
「そういう意味じゃないわ」
ビスケは譲らなかった。
「自分が死ぬかもしれない。人としての未来を全部失うかもしれない。それでも使うって決めているの?」
「ええ」
「本当に?」
「必要なら」
その答えは軽くなかった。
いつもの柔らかな口調のままなのに、そこには揺らぎがない。
「ワタクシがそれを使う時は、もう他の方法では守れないものがある時でしょう。でしたら、迷っている場合ではありませんわ」
「……」
「ただし」
シューレはそこで、いつもの調子に戻った。
「そんな状況にしないために、普段から頑張っているわけですけれど」
⸻
「シューレ」
レオリオが、珍しく真剣な顔で呼んだ。
「その能力を使わなきゃいけない状況になったら、俺たちはどうすりゃいい?」
「そうですわね〜」
「止める方法はあるのか?」
「発動前なら、止められる可能性はありますわよ」
「発動した後は?」
「……止められませんわね」
「だったら、発動させない」
レオリオは即答した。
「俺たちがいる時は、そんなもん使わせねえよ」
「レオリオさん」
「俺だけじゃねえ。ゴンもキルアもクラピカも、ビスケさんもいる。お前一人で全部背負うな」
「そうだよ!」
ゴンが強く頷く。
「ぼくたちだって一緒に戦えるよ!」
「お前が何でもできるのは分かってる。でも、だからって全部お前がやる必要はねえだろ」
キルアも続けた。
クラピカは静かに言った。
「その能力を使うことが、最後の手段であるならば、我々はそこに至らせないための手段になろう」
ビスケは腕を組んだ。
「そうね。あんたが自分を脅すために作った能力なら、周りにいる人間にも止める責任があるわ」
「……皆さん」
シューレは少し目を丸くした。
そして、ふわりと笑った。
「ありがとうございますわ〜」
「笑って済ませるなよ」
キルアが釘を刺す。
「分かっていますわ」
「本当か?」
「ええ。使わずに済ませる努力は、ちゃんといたします」
「『努力』じゃなくて、約束しろ」
「ふふ。厳しいですわね〜」
「当たり前だ!」
⸻
その後。
ゴンが、少しだけ考えてから尋ねた。
「ねえ、シューレ」
「はい?」
「その能力って、相手を倒すためのものなんだよね?」
「そうですわね」
「じゃあ、もし相手がすごく強くても?」
「ええ」
「どんな相手でも?」
「……どんな相手でも、とは言い切れませんわね」
シューレは少し考えた。
「ただ、ワタクシが持っているものを全部賭ける以上、普段の攻撃とは比べものにならない一撃にはなるでしょう」
「そっか……」
ゴンは頷いた。
「でも、ぼくはその一撃を見たくないな」
「まあ」
「だって、シューレがいなくなっちゃうかもしれないんでしょ?」
シューレは返事をしなかった。
ゴンはまっすぐ彼女を見ている。
「だったら、そんなの使わなくていいようにしたい」
「……そうですわね」
シューレは目を細めた。
「ワタクシも、その方がよろしいですわ」
その言葉を聞いて、ビスケはようやく少しだけ表情を緩めた。
ただし、心の中では別のことを考えていた。
(この子、自分の命を賭ける能力を『自分への脅し』なんて言ったわね……)
制約と誓約は、念能力者にとって極めて重いものだ。
それを、ここまで極端に設定している。
しかも本人は、それを使うためではなく、使わずに済ませるために用意したと言う。
(本当に……どこまで自分を追い込むつもりだったのかしら)
ビスケは、シューレの横顔を見た。
「シューレ」
「はい?」
「今度、その能力の設計について詳しく聞かせなさい」
「ええ〜?」
「ええ〜、じゃないわよ。危険なものを作ったなら、せめて周りに把握させておきなさい」
「はぁい」
軽い返事。
いつもの笑顔。
けれど、その場にいた全員が理解していた。
シューレが隠していたのは、単に威力の大きな念能力ではない。
自分自身を最後の弾丸にするような、あまりにも極端な切り札だった。
そして彼女は、それを使うことよりも、使わずに済ませることを望んでいる。
――だからこそ。
誰も、その能力を実際に見る日が来ないことを願っていた。