「……ちょっと待って」
ビスケが、シューレの話を遮った。
「さっきの制約と誓約。もう一度確認させて」
「はい?」
「制約が『人としての未来を全て捨てて、ここで終わってもいい』。誓約が『この一撃に、命を含めた文字通りの全てを賭ける』。そう言ったわね?」
「ええ」
「その一撃を放ったら、あんたは死ぬの?」
「分かりませんわ」
「……生き残る可能性は?」
「分かりませんわね〜」
「身体は?」
「残るかもしれませんし、残らないかもしれません」
「念能力は?」
「なくなるかもしれませんわね」
「記憶は?」
「どうでしょう?」
ビスケの眉が、ぴくりと動いた。
「……記憶も?」
「ワタクシの能力の構造上、賭けるものを細かく選んでおりませんもの」
「細かく選んでないって……」
シューレは、指を折って数え始めた。
「命、身体、オーラ、念能力、記憶、意識、これまでの経験。それから、今後の可能性でしょうか」
「待て。今後の可能性って何だ?」
クラピカが尋ねる。
「たとえば、今後誰かと知り合うこと。何かを好きになること。何かを覚えること。そういう、まだ起きていないことですわね」
「……」
「それも含めて、全部ですわ」
ゴンが小さく息を呑んだ。
「未来に起こることまで?」
「ええ」
シューレは笑った。
「だから『人としての未来を全て捨てる』なのですわ」
⸻
「……それ、もう一撃を撃つための能力じゃないだろ」
キルアが呟いた。
「どういうことですの?」
「自分が何を失うか分からないんだろ。だったら、攻撃の代償として何かを失うんじゃなくて、自分そのものを全部賭けてるだけじゃねえか」
「そうですわね」
「そうですわね、じゃねえよ……」
レオリオが頭を抱えた。
「そんなもん、どうやって作ったんだよ」
「念の制約と誓約ですもの。自分が何を差し出すのか、どれほど本気で差し出す覚悟があるのか。それが重要なのでしょう?」
「だからって限度があるだろ!」
「ふふ。そうですわね〜」
シューレは悪びれなかった。
ビスケは、そんな彼女をじっと見ている。
「シューレ。もう一つ聞くわ」
「はい」
「その能力を使った時、相手はどうなるの?」
「一撃を受けた相手がどうなるか、ということですの?」
「そうよ」
「……それも、正確には分かりませんわ」
「威力も分からない?」
「ええ。普段の能力の延長線上で考えられるものではありませんもの」
「じゃあ、何を基準に作ったの?」
シューレは少し考えた。
「少なくとも、ワタクシが普段使っている攻撃では届かない相手に届くように、ですわね」
「……」
「ただし、それがどこまで届くのかは分かりません」
⸻
「つまりさ」
ゴンがゆっくり口を開いた。
「その能力って、相手を倒せるかどうかも分からないんだよね?」
「ええ」
「シューレがどうなるかも分からない」
「ええ」
「それでも使うの?」
「必要なら」
その返答に、キルアが顔をしかめた。
「お前さ……」
「はい?」
「その『必要なら』って、簡単に言うなよ」
「簡単には考えておりませんわよ?」
「でも、使うんだろ」
「他に方法がなければ」
「……」
「皆さんを守るために、ワタクシが使うしかないのであれば」
シューレの声は穏やかだった。
そこには、勇ましさも、悲壮感もなかった。
ただ、そういう選択肢が存在するという事実を述べているだけだった。
それが、余計に怖かった。
⸻
「……その能力、発動条件は?」
クラピカが尋ねた。
「特別な条件はありませんわ」
「何も?」
「ええ。自分が制約を受け入れて、誓約を果たす覚悟を決めれば」
「では、発動を止めることはできるのか?」
「発動前なら」
「発動後は?」
「止まりませんわ」
「途中で取り消すことは?」
「できません」
「対象を変えることは?」
「できませんわね」
「威力を調整することは?」
「できません」
クラピカは黙った。
シューレは、いつもの調子で紅茶を飲んでいる。
「一度決めたら、最後まで一撃を通すだけですわ」
「……それは、攻撃を止められないということか」
「そうですわ」
「自分自身も?」
「もちろん」
その一言で、全員が黙った。
⸻
「ねえ、シューレ」
ビスケが静かに言った。
「その能力を作った時、あんたは何を考えていたの?」
「何を、と申されましても」
「どうしてそこまで極端な制約にしたのかって聞いているの」
シューレはしばらく考えた。
それから、少しだけ首を傾けた。
「……使う必要がある状況になったら、もうワタクシの未来に価値はないのでしょう?」
「何ですって?」
「ワタクシが生きていても、守りたいものが全部なくなっている。あるいは、ワタクシが生き残ることよりも、今この一撃を放つことの方が大切になっている」
シューレは淡々と続けた。
「そういう時に使うものですわ」
「……」
「ですから、普段は使わずに済ませる。そういう能力ですの」
レオリオが椅子から身を乗り出した。
「お前、自分の未来に価値がないって、そんな簡単に言うな!」
「簡単に言ったつもりはありませんわよ?」
「だったら!」
「レオリオさん」
シューレは微笑んだ。
「ワタクシは、今の生活を気に入っておりますわよ」
「……だったら」
「だからこそ、失いたくないのです」
その言葉に、レオリオは続けられなくなった。
⸻
「……ねえ」
キルアが、ふと気づいたように言った。
「その能力ってさ。使わずに済ませるための脅しなんだよな?」
「ええ」
「だったら、普段から使うつもりはないんだよな?」
「もちろんですわ」
「じゃあ、何で今、そんなに詳しく話せるんだよ」
シューレは目を瞬かせた。
「聞かれましたので」
「そういうことじゃねえ」
キルアは眉間に皺を寄せた。
「自分がどうなるか分からない能力を、そんなに平然と説明できるのが変だって言ってんだよ」
「……そうですの?」
「そうだよ」
シューレは少しだけ考えた。
そして、いつもの笑顔を浮かべた。
「まあ、使わずに済ませるつもりですから」
「……」
「使わないものについて、必要以上に怖がっても仕方ありませんでしょう?」
ビスケは、その言葉に何も返せなかった。
⸻
その日の休憩が終わる頃。
ゴンがシューレの袖をつまんだ。
「ねえ」
「はい?」
「その能力、使わないでね」
「ええ」
「絶対?」
「できる限り」
「できる限りじゃなくて」
ゴンは真剣な顔をしていた。
「使わないで」
シューレは少し困ったように笑った。
「……善処いたしますわ」
「シューレ!」
「ふふ。分かりました。使わずに済むようにいたします」
ゴンは、まだ納得していない顔だった。
キルアも、クラピカも、レオリオも同じだった。
ビスケだけは、別のことを考えていた。
(この子は、命を賭ける覚悟があるんじゃない)
(命だけでは足りないものまで、賭ける覚悟をしているんだわ)
そして、もう一つ。
(それを使うことが、本人にとっては『最悪の場合の対処法』なのね)
シューレは立ち上がり、カップを片付け始めた。
「さて。休憩は終わりですわね〜」
いつもの声。
いつもの笑顔。
いつもの軽い足取り。
「皆さん、午後も頑張りましょうね」
誰もすぐには返事をしなかった。
彼女の隠し球は、まだ一度も使われていない。
けれど、その能力について聞いてしまった全員が、ひとつだけ理解していた。
シューレが本当に追い詰められた時。
彼女は、敵を倒すために自分の命を差し出すのではない。
自分という存在が、この先も続いていく可能性そのものを、たった一度の攻撃に差し出すのだ。
そして、その一撃を放つことを、彼女は最後まで「使わずに済ませたい」と言っていた。