「それで?」
ビスケがテーブルに頬杖をついた。
「その念能力、試し打ちはしたの?」
「してませんわ〜」
シューレは、あっさりと答えた。
「……してない?」
「ええ」
「威力の確認も?」
「しておりませんわね」
ビスケは眉を寄せた。
「ちょっと待ちなさい。あんた、自分の念能力でしょう? どの程度の威力があるのか、どんな結果になるのか、確認していないってこと?」
「そういうことですわ〜」
「どうして?」
シューレは一度、口を閉じた。
それから、口の端だけを歪めた。
笑っている。
けれど、目はまったく笑っていなかった。
「理由は単純で、能力の成立条件そのものが『文字通りの全てを賭けること』だからですわね」
一拍。
「……少しだけ試す?」
小さく繰り返したシューレの声に、乾いた笑いが混じる。
「ふっ」
そして、吐き捨てるように言った。
「そんな都合のいい抜け道、最初からありませんわよ」
その笑みは、いつもの人を食ったようなものとは違っていた。
まるで、あまりにも馬鹿げた提案を聞かされた時のような。
「少しだけ試す、ですって?」
もう一度、今度はさらに低く。
「文字通りの全てを賭ける、と決めた能力に? 何を少しだけ残して試すおつもりなのかしら」
「……」
誰もすぐには返事をしなかった。
シューレは、何事もなかったかのようにカップへ手を伸ばした。
「できるものなら、ワタクシだってそうしておりますわ〜」
⸻
「つまり、試し打ちをしようと思ったら?」
クラピカが確認する。
「その時点で、全てを賭ける必要がありますわね」
「一発撃って、威力を測って、次に活かす……ということは?」
「できませんわ」
「出力を少しだけ抑えて撃つことは?」
「できません」
「対象を限定することは?」
「それも無理でしょうね」
シューレは指を一本ずつ折りながら答えた。
「威力を測るための一撃。安全な場所での試験。出力を調整した試射。そういったものは、そもそも能力の成立条件に含まれておりませんもの」
「……能力の全容を把握する手段がないのか」
クラピカが呟く。
「そうですわね〜」
「じゃあ、発動したらどうなるかも分からないんだな?」
キルアが尋ねた。
「ええ。どの程度の威力になるのか、何をどこまで破壊するのか。対象にどんな影響を与えるのか。ワタクシ自身に何が残るのか」
シューレは指先を組んだ。
「何一つ、確かめておりませんわ」
「楽しそうに言うなよ……」
レオリオが眉間を押さえた。
「いや、待て。お前、それじゃあ能力を作った時点で、実験も検証もできないってことじゃねえか」
「はい」
「念能力ってのは、普通は制約や誓約を決めて、実際に使ってみて、そこから自分に合う形に調整していくもんだろ?」
「そうですわね〜」
「それを全部放棄してるってことか?」
「放棄というより、最初から用意していない、と申し上げた方が正確ですわね」
レオリオは言葉を失った。
⸻
「シューレ」
ビスケが、少し低い声で呼んだ。
「はい?」
「その能力、使うつもりはあるの?」
「必要なら」
「必要なら、って……」
ビスケは一度目を閉じた。
「試し打ちもできない。威力も分からない。自分に何が起きるかも分からない。それでも使う可能性は残しているのね?」
「ええ」
「怖くないの?」
「怖いですわよ〜」
あまりにも自然な返答だった。
「死ぬかもしれませんし、身体が残らないかもしれませんし、記憶がなくなるかもしれませんもの」
「だったら!」
ビスケの声が強くなる。
「そんなもの、作らなければよかったでしょう!」
シューレは少しだけ目を丸くした。
そして、今度は先ほどのような笑みを浮かべなかった。
「ですから、使わずに済ませるためのものですわ」
「……」
「自分への脅し、と申し上げましたでしょう?」
「脅しにしては、あまりにも危険すぎるわよ」
「そうですわね」
ビスケは笑わなかった。
「ねえ。あんた、自分がどれだけ危ないことをしているか分かってる?」
「分かっておりますわ」
「本当に?」
「ええ。分かっているからこそ、試していないのですもの」
その返答に、ビスケは一瞬だけ息を止めた。
シューレは続ける。
「一度でも試してしまえば、何かが分かるかもしれません。威力が分かれば、使えるかどうかの判断材料になるかもしれません。自分に何が起きるか分かれば、覚悟も決めやすくなるかもしれません」
「……」
「でも、それでは意味がありませんのよ」
シューレの表情から、笑みが消えた。
「使うかどうかを考える時に、少しでも『これなら大丈夫』と思える余地を残したくなかったのですわ」
「シューレ……」
「命だけなら、どうにかなると思ってしまうかもしれませんでしょう?」
誰も答えなかった。
「ですから、命も、身体も、念も、記憶も、経験も、これまでの人生も、これから先の可能性も。全部ですわ」
彼女はカップを持ち上げた。
「何が残るか分からない。何を失うか選べない。そういう条件にしてありますの」
⸻
「……それは、あんた自身を信用していないということか?」
クラピカが尋ねた。
「そうかもしれませんわね」
「自分が追い詰められた時、必要だと判断すれば使ってしまう。だから、使うことそのものを恐ろしくした」
「ええ。よくお分かりですわ〜」
「自分を止めるために、自分が最も大切にしているものまで賭けたのか」
「そういうことですわね」
「……」
クラピカは目を伏せた。
ビスケは、まだ納得していない様子だった。
「でも、試していないなら、能力の制御もできないんじゃない?」
「そうですわね」
「狙いを定められるの?」
「それは、発動してみないと分かりませんわ」
「攻撃の軌道は?」
「分かりませんわね」
「着弾した時の範囲は?」
「分かりません」
「自分に返ってくる反動は?」
「それも分かりませんわ〜」
「……もう!」
ビスケが頭を抱えた。
「分からないことだらけじゃないの!」
「ええ。そうですわね」
「笑ってる場合じゃないわよ!」
「ですが、仕方ありませんもの」
シューレはカップを置いた。
「試すために使うような能力ではありませんもの」
⸻
「……ねえ、シューレ」
ゴンが口を開いた。
「その能力って、使ったら絶対に強いの?」
「さあ?」
「え?」
「強いかもしれませんし、そうでもないかもしれませんわね」
「そんなことも分からないの?」
「ええ」
「じゃあ、使っても相手を倒せないかもしれない?」
「もちろんですわ」
ゴンは黙り込んだ。
「自分の全部を賭けて、それでも勝てないかもしれないんだよね?」
「そうですわね〜」
「……それって」
ゴンは、シューレをまっすぐ見た。
「使わない方がいいよ」
シューレは一度だけ瞬きをした。
「ふふ。そうですわね」
「本当に?」
「ええ。使わずに済むなら、それが一番ですわ」
「じゃあ、使わないで」
「努力いたしますわ〜」
「努力じゃなくて!」
キルアが横から口を挟んだ。
「そこは約束しろよ!」
「それは難しいですわね」
「おい!」
「皆さんを守るために必要だと判断した場合、使わないとは申し上げられませんもの」
レオリオが顔をしかめる。
「だったら、必要な状況にさせねえよ」
「……」
「お前一人で全部背負うな。俺たちだっているんだ」
「そうよ」
ビスケも続けた。
「それに、あんたがその能力を使わないで済むようにするのは、あんた一人の仕事じゃないわ」
シューレは、少しだけ目を細めた。
「……困りましたわね〜」
「何がよ」
「そこまで言われてしまうと、本当に使いづらくなってしまいますわ」
「最初から使いづらくしておきなさい!」
ビスケの叱責に、シューレは小さく笑った。
「はいはい。承知しておりますわ〜」
その返事がどこまで本気なのか、誰にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは。
彼女がその能力を試していないのは、単に試す機会がなかったからではない。
試し打ちという逃げ道すら、自分自身に与えなかったからだった。