『The pain』
その日の鍛練も、いつも通りだった。
山の麓を二時間。
基礎訓練。
実践訓練。
そして最後の鬼ごっこ。
「リボルバー!」
――バンッ!
「うわっ!」
キルアが横へ跳ぶ。
「ショットガン!」
――バンッ!
ゴンが木の幹を蹴って方向を変える。
「危なっ!」
クラピカも回避。
レオリオは必死に走る。
ビスケは涼しい顔でかわしている。
「はぁ……はぁ……」
「今日もキツかった……」
そんなときだった。
森の向こうから――
ガサッ。
「……?」
キルアが振り返る。
シューレも足を止めた。
「…………」
木々の間。
そこから数人の男たちが姿を現した。
「見つけたぞ」
「獲物が五人……いや、六人か」
「ガキまでいやがる」
一行の表情が変わる。
ビスケが低く言った。
「……賞金首?」
「どうやら、そうみたいですわね〜。バウンティハントのつもりはなかったのですけれど・・・」
シューレはいつもの調子だった。
男の一人が武器を構える。
「動くな!」
シューレはため息をついた。
「…………」
そして。
少しだけ、眉を寄せた。
「せっかく鍛練をしていましたのに」
「邪魔されましたわね〜」
その声には、普段の軽さがなかった。
キルアがシューレを見る。
「……シューレ?」
シューレは答えない。
ただ、男たちを見ている。
「まったく……」
そして。
ゆっくりと。
いつも閉じている――
左目に指を添えた。
「……そういえば」
ゴンが目を瞬く。
「シューレ、その目……」
シューレが指を離す。
左目は、まだ閉じている。
「皆さんには、まだお見せしていませんでしたわね〜」
「…………?」
次の瞬間。
シューレの左目が――
開いた。
ただの赤い瞳ではなかった。
瞳孔がある。
その奥にも、瞳がある。
さらにその奥にも。
無数の極小の「目」。
一つ一つがこちらを見ている。
それらが、互いに微妙に異なる方向へ動きながら――
一斉に男たちを捉えた。
「…………」
空気が変わった。
森の音が遠くなる。
風の音すら消えたように感じる。
そして。
左目の奥から、
紅い光が滲み出した。
赤い。
ただ赤いだけではない。
血のような赤。
火のような赤。
そのどちらでもない。
見ているだけで、
「近づいてはいけない」
と身体の奥が理解してしまうような赤。
シューレが静かに言った。
「――The pain」
男の一人と目が合った。
その瞬間。
「…………え?」
男の顔から血の気が引いた。
「な、なんだ……?」
一歩下がる。
「なんだ、これ……?」
さらに一歩。
「痛い……」
胸を押さえる。
「痛い……痛い……!」
傷なんてない。
どこにも。
なのに。
痛い。
身体ではない。
もっと奥。
逃げようとすればするほど、その痛みから逃れられない。
男は突然、理解した。
――逃げられない。
――この苦痛から逃れる方法はない。
――なら。
――死ぬしかない。
それは理屈ではなかった。
考えて導き出した結論でもない。
脊髄反射。
生き物としての、本能そのものだった。
「……がっ……」
男の膝が崩れる。
「…ぐっ……が、ぁ…!?」
「お、おい!?」
仲間が駆け寄る。
だが、その仲間とも目が合う。
紅い光。
「――っ」
同じだった。
「痛い」
「いやだ」
「逃げたい」
「でも逃げられない」
「だったら――」
次々と男たちが膝をついていく。
シューレは無表情だった。
普段の飄々とした笑顔もない。
ただ、左目だけが。
無数の小さな目を蠢かせながら、彼らを見ている。
「…………」
数秒。
それだけだった。
シューレが左目を閉じる。
紅い光が消える。
森に音が戻ってきた。
風。
木々のざわめき。
鳥の声。
そして――
ドサッ。
男たちが次々と倒れた。
気絶している。
ゴンたちはしばらく、何も言えなかった。
キルアがようやく口を開く。
「……今の、何?」
シューレは左目を閉じたまま答える。
「生まれ持った能力ですわ〜」
「能力……?」
「ええ」
シューレは男たちを見る。
「名前は――」
一拍。
「『苦痛ヲ与エシ紅キ光ノ左目』」
クラピカが息を呑む。
「……The pain、か」
「はい〜」
レオリオが恐る恐る尋ねる。
「……あの目を見たら、どうなるんだ?」
シューレは少し考える。
「ひどく痛くなりますわ」
「いや、見た感じそんな簡単な話じゃねえだろ……」
シューレは首を傾げる。
「そうですか〜?」
ビスケだけは、シューレの左目をじっと見ていた。
「……アンタ」
「はい?」
「それ、今まで隠してたのね」
「使う必要がありませんでしたから〜」
「…………」
ビスケは少し黙る。
そして倒れている賞金首を見る。
「……なるほどね」
キルアがシューレを見る。
「じゃあ、あの目を開くときって――」
シューレはいつもの顔に戻っていた。
「本当にイラついたときくらいですわね〜」
「…………」
キルアは黙った。
ゴンも黙った。
クラピカも。
レオリオも。
ビスケも。
全員、同じことを考えていた。
普段のシューレを怒らせないようにしよう。
シューレはそんな一行を見て、きょとんとする。
「?」
「どうしましたの?」
誰も答えなかった。