地球を征服します。――人類の運命は投票次第――   作:名無し募集中。。。

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第1話 地球を征服します。

 二〇二六年十月一日、木曜日。

 

 その日、世界中の広告枠に、一人の少女が現れた。

 

 映像は十五秒しかなかった。巨大な宇宙船も、燃え上がる都市も、地球を襲う怪物も登場せず、白を基調とした部屋の中央に椅子が一脚置かれ、そこに一人の少女が腰掛けているだけという、世界規模の宣伝としては驚くほど簡素な内容だった。

 

 もっとも、その少女の容姿については、映像を見た多くの人間が目を奪われることになった。腰を越えるほど長い白髪は、照明の角度によって淡い青銀色に輝き、前髪の下にある瞳は青と水色が入り交じった不思議な色彩を持っている。見た目の年齢は十五、六歳ほどで、白い衣服には細い発光線が走り、胸元から袖口へつながる複雑な模様が、呼吸に合わせるようにゆっくりと明滅していた。

 

 彼女は真正面からカメラを見つめ、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「地球を征服します。どうなるかは、君たち人類の選択次第です」

 

 少女が言い終えると映像は暗転し、《二〇二六年十月七日 十二時》《全世界同時配信》という文字が表示された。最後に専用サイトへの案内が現れ、広告は何の説明もないまま終了した。

 

 当然、最初にそれを見た人々の大半は、何かの新作ゲームか、これから始まる映像作品の宣伝だと思った。何しろ、現代の地球へ侵略者が宣戦布告するという題材は珍しくなく、容姿の整った少女が世界征服を宣言するという構図も、娯楽作品であれば十分に考えられるものだったからである。

 

 ただし、宣伝としては妙なところが多かった。企業名も、作品の正式名称も、制作会社の紹介もない。映像に登場した少女が何者なのかも分からず、地球征服という言葉が具体的に何を意味しているのかについても、一切説明されなかった。それでも、世界中へ向けて配信されるという一点だけで、興味を持つには十分だったらしい。

 

 広告が公開されてから一時間もしないうちに、動画配信サービスのコメント欄や短文投稿サービスでは、少女の正体についての予想が飛び交い始めた。

 

【地球征服系の新作ゲーム?】

 

【人類の選択次第ってことは、視聴者参加型なのかな】

 

【地球を守る側を操作する可能性もあるだろ】

 

【宇宙人が地球を征服する戦略ゲームなら普通にやりたい】

 

【それより白髪の子がかわいい】

 

【情報少なすぎて何も分からん】

 

【これでただの映像作品の宣伝だったら笑う】

 

 最初は興味本位の書き込みばかりだったが、やがて戦略ゲームを好む人々が集まる掲示板でも話題になり、わずか十五秒の広告からゲームシステムを予想する議論が始まった。

 

 国家ごとに違う軍事力を設定し、視聴者投票によって侵略先を決めるのではないか。あるいは、侵略軍を操作するのではなく、人類側の防衛方針を選ぶ企画なのかもしれない。そもそも《人類の選択次第》という言葉が、結末の分岐を意味している可能性もある。

 

 しかし、そのような考察が進む一方で、最も基本的な疑問については、誰も答えを持っていなかった。この企画はいったい誰が制作しており、何を目的として、これほど大規模な宣伝を行っているのだろうか。

 

     ◇

 

 広告の最後に表示された専用サイトへアクセスすると、中央に青い地球が浮かんでいた。地球はゆっくりと自転しており、その上部には配信開始までのカウントダウン、下部には短い説明が表示されている。地球の姿はあくまで待機画面の映像であり、クリックしても拡大や移動はできなかった。

 

《全世界同時参加》

 

《すべての投票は一人一票》

 

《あなたの選択が、地球の未来を決定します》

 

 配信は専用サイトで行われるらしく、そこには視聴、コメント、投票の機能が用意されていた。ただし、それらの機能は配信開始まで利用できない。利用者登録は必要なく、メールアドレスも電話番号も要求されず、表示名についても開始後に任意で設定できるという案内だけが記されていた。

 

 一般的な動画配信サービスと比べれば、参加するための手続きは驚くほど少なかった。しかし、その一方で奇妙な説明が存在していた。

 

《投票は一人一票として集計されます》

 

《使用端末・回線・表示名の数には依存しません》

 

 その説明が事実なら、同じ人間が何台もの端末を用意し、異なる回線から投票しても、一票しか数えられないということになる。だが、利用者登録も本人確認も要求しないサイトが、どのように同一人物を識別するのか。その仕組みについては何も書かれていなかった。

 

 最初はその仕組みを疑う者もいたが、まだ実際の投票が行われていない以上、検証することもできなかった。

 

 さらに、専用サイトにはもう一つ、不可解な制限が存在していた。

 

《現在の視聴・コメント・投票対象:十八歳以上》

 

 生年月日を入力する欄も、身分証明書を提出する手続きもない。それなのに十八歳未満の利用者が専用ページを開くと、告知部分までしかアクセスできないという報告が相次いでいた。

 

 年齢を偽って登録するという方法は、そもそも登録欄が存在しないため使えない。端末や回線を変えたところで結果は変わらず、どうやって年齢を判別しているのかという質問を運営へ送っても、回答は返ってこなかった。

 

 当然、気味が悪いという意見もあった。ただ、これから始まるものが戦争を題材にした成人向けの企画であれば、年齢制限そのものは不自然ではない。何らかの新しい認証技術を使っているのだろうという推測もあり、疑問は解決されないまま話題だけが広がっていった。

 

 しかも、翌日には広告の規模そのものがニュースになっていた。

 

 日本では動画広告やニュースサイトだけでなく、主要駅の大型画面や繁華街の屋外ビジョンにも、白髪の少女が登場するようになった。北米、欧州、東南アジア、中東、南米でも同様の報告が相次ぎ、世界各地の人々が同じ宣伝を目にしていた。

 

 それも、単純に日本語の広告を海外へ流しているわけではない。日本では少女が日本語を話しているのに対し、英語圏では英語、フランスではフランス語、中国では中国語が使用され、少女の口の動きまで自然に変化していた。単純な字幕や音声の差し替えではなく、地域ごとに異なる映像が用意されているようだった。

 

 ただし、広告の内容だけは完全に一致している。

 

《地球を征服します》

 

《どうなるかは、人類の選択次第です》

 

 こうした事情から、十月二日の夕方には経済情報番組でも広告が取り上げられた。

 

「世界各地で流れているこちらの広告ですが、いったい何の宣伝なのでしょうか?」

 

 司会者の背後には、例の白髪の少女が大きく映し出されていた。

 

「大規模な新作ゲームの宣伝という予想が多いようですが、制作会社の名前も公開されていません。それにもかかわらず、これだけの広告を世界中へ流せるものなんでしょうか?」

 

 広告業界に詳しい解説者は、資料を確認しながら答えた。

 

「通常であれば、相当に大きな予算が必要です。複数の国で正式な広告案件として処理されていますし、各媒体への支払いにも問題はないようですから、誰かが勝手に広告画面を占拠しているという話ではありませんね」

 

「それだけのお金を使って、何の商品なのかも明かさないんですか?」

 

「むしろ、そこが宣伝戦略なのかもしれません。情報をほとんど公開しないことで人々の興味を引き、十月七日の配信へ一気に集める。世界規模の視聴者参加型企画だとすれば、開始前の話題作りには成功していると思います」

 

「では、実際に制作している企業については?」

 

「最終的な広告主の名前は公表されていません。海外の複数の企業が窓口になっていることまでは確認されていますが、その先については明らかになっていないようです」

 

 それ以上の情報は得られなかった。

 

 広告は正式な契約を経て出稿されている。料金も支払われており、広告内容についても各媒体の審査を通過している。世界征服という言葉自体も娯楽作品の宣伝としては珍しいものではないため、疑問点があるだけで配信を止められるわけではなかった。

 

 結局、誰も少女の正体を知らないまま、時間だけが過ぎていった。

 

 十月三日には広告映像を使った二次創作が増え、四日には少女の外見を再現したイラストが多数投稿され、五日には戦略ゲームを好む配信者たちが、地球征服という題材について雑談を始めた。

 

 その一方、専用サイトは新しい情報をほとんど公開しなかった。六日間にわたって分かったのは、配信が十月七日の正午に始まること、世界中から無料で参加できること、そして何らかの投票によって展開が変わるらしいということだけである。

 

 それでも、少女の正体を知らないまま興味を失う者は少なかった。何しろ、ここまで世界規模の宣伝を行った企画が、いったい何を見せてくれるのか。それを確かめるだけでも、十分な理由になったからだ。

 

     ◇

 

 二〇二六年十月七日、水曜日。

 

 十一時五十五分。

 

 専用サイトの中央には、暗い宇宙に浮かぶ青い地球が表示されていた。雲はゆっくりと移動し、大陸の輪郭は自転に合わせて移り変わっていく。昼側の海は太陽光を反射し、夜側には都市の灯りが浮かんでいた。

 

 右側にはコメント欄、上部にはカウントダウンと同時視聴者数、下部には翻訳字幕と投票用の領域が用意されている。ただし、コメントと投票はまだ待機状態であり、配信が始まるまでは操作できなかった。

 

 開始を待つ人々は、専用サイトの待機画面を眺めながら、別の掲示板や短文投稿サービスで予想を交わしていた。配信が始まればコメント欄も解放されるはずだが、現時点では何が表示されるのかさえ明らかにされていない。

 

 画面上部では、現在の視聴者数が秒単位で増えていく。

 

《現在の同時視聴者数 12,843,719人》

 

 日本では水曜日の正午だったが、地域によっては深夜や早朝に当たる。それでも世界中から視聴者が接続し、開始を待つ人々の数は増え続けていた。

 

 十一時五十九分。

 

 開始まで残り一分になると、各地の掲示板でも書き込みが加速した。

 

『あと一分!』

 

『何が始まるんだろ』

 

『これだけ待たせたんだから相当なものを見せてほしい』

 

『白髪の子がまた見られれば俺は満足』

 

『いや、企画の中身も重要だろ』

 

 そして十二時になり、カウントダウンがゼロになった瞬間、それまで表示されていた地球が消え、代わりに広告で見たあの白い部屋が映し出された。

 

「こんにちは」

 

 中央の椅子には、白髪の少女が腰掛けていた。六日前と同じ白い衣服を身につけ、青と水色の瞳をカメラへ向けながら、片手を軽く振っている。

 

 その姿が現れた途端、解放されたコメント欄が一斉に加速した。

 

【始まった!】

 

【広告の子だ!】

 

【ようやく本人が出てきた】

 

【やっぱりかわいいな】

 

【あれ、日本語で喋ってる?】

 

【海外の広告だと英語だったはず】

 

 実際、少女の声は日本語だった。海外の視聴者には、その言葉が自然な文章として翻訳され、ほとんど遅延なく字幕へ表示されている。翻訳された文章は意味だけでなく、冗談や疑問の微妙なニュアンスまで正しく伝わっているようだった。

 

 少女はコメント欄を軽く眺めると、最も多かった質問を拾った。

 

「言語についての質問が多いね。広告は見る地域に合わせて翻訳してただけだよ。今は日本語を基準にしてるの」

 

【なんで日本語なの?】

 

「特に理由はないよ。翻訳の基準になる言語を一つ選んでおいた方が便利だったから、候補から適当に決めただけ」

 

【適当なのかよw】

 

【日本の会社が作ったからじゃないんだ】

 

「日本語を使ってること自体に、特別な意味はないよ」

 

 少女はそう答えると、少しだけ姿勢を正した。

 

「それじゃあ、最初にちゃんと名乗っておくね」

 

 画面右側に、名前と所属を示す文字が表示された。

 

《ミラ・エルシェリア・アルセリウム》

 

《アルセリウム恒星連合 中央統治院》

 

《第一級惑星管理官》

 

《外縁未成熟文明接触執行官》

 

「アルセリウム恒星連合中央統治院所属、第一級惑星管理官、外縁未成熟文明接触執行官。ミラ・エルシェリア・アルセリウム。長いから、ミラって呼んでくれればいいよ」

 

 自己紹介が終わった瞬間、コメント欄は別の意味で盛り上がった。

 

【名前長すぎw】

 

【覚えたのミラだけだわ】

 

【なんだその肩書き】

 

【アルセリウム恒星連合って国家名か?】

 

【惑星管理官って何する仕事なんだよ】

 

【そもそも宇宙人なの?】

 

【ああ、宇宙人が地球を攻める設定なのか】

 

【はいはい、そういう世界観ね】

 

 ミラはその反応を眺めながら、宇宙人なのかという質問へ答えた。

 

「君たちの言い方なら宇宙人だよ。地球で生まれたわけじゃないからね」

 

【やっぱり宇宙人かw】

 

【見た目は完全に人間なのに】

 

【宇宙人ってもっと変わった姿じゃないの?】

 

【見た目が人間の宇宙人なんて珍しくないだろ】

 

【その白髪も宇宙人だから?】

 

 そのコメントを見たミラは、少しだけ首を傾げた。

 

「ああ、そういうことか。今の姿が私の本来の姿だと思ってるんだね」

 

【え?】

 

【違うの?】

 

【本当は触手とか生えてるタイプ?】

 

【まさか宇宙人の正体は巨大な怪物なのか】

 

「今の姿は、君たち人間に合わせて擬態してるだけだよ。顔も身体も髪も、見ても困らないように人間の形にしてあるの」

 

 ミラはそう説明すると、白銀色の髪を一房持ち上げ、指先で毛先を弄んだ。長い髪も、青と水色の瞳も、人間の少女らしい表情も、彼女が人類へ見せるために用意した外見なのだという。

 

【擬態!?】

 

【本当の姿が別にあるのか】

 

【じゃあ今の美少女姿は人間向けなのね】

 

【本来はどんな姿なの?】

 

「たぶん、君たちには耐えられないと思うよ」

 

 その返答はあまりにもあっさりしていたため、コメント欄には冗談だと思って笑う者と、具体的にどういう意味なのかを尋ねる者の両方が現れた。

 

【耐えられないってどういう意味?】

 

【見た目がグロいとか?】

 

【理解できない形をしてるのか】

 

【ちょっと見てみたい】

 

「うーん。うまく説明しづらいけど、本当の姿をそのまま見せたら、人間の認識とか精神が耐えられないと思うんだよね。別に君たちを怖がらせたいわけじゃないし、普通に話すだけなら擬態した方が便利でしょう?」

 

【急に宇宙的恐怖みたいな話になった】

 

【人間には理解できない存在って設定か】

 

【ちょっとだけ見せてよ】

 

【いや、精神が耐えられないって言われてるだろw】

 

【私は今の姿の方がいい】

 

 ミラは、見せてほしいというコメントをいくつか読み、申し訳なさそうというよりも、無理な頼みを断るときのような表情を浮かべた。

 

「見せないよ。私としては、君たちとお話ししたいだけだから。わざわざ困らせる必要もないでしょう?」

 

【じゃあ本当の姿は最後まで秘密か】

 

【設定が凝ってるな】

 

【でも今の姿って本人が好きで選んだのかな】

 

「うん。せっかくだから、私の好みで決めたよ。人間の身体を使うのは難しくないし、こういう姿も悪くないと思ってる」

 

 彼女はそう言って、再び軽く微笑んだ。

 

 数千万人の視聴者が見つめているのは、腰を越えるほど伸びた白髪と透き通った瞳を持つ、年若い少女だった。その姿をした本人が、今見えている身体は自分の本来の姿ではなく、本当の姿を見せれば人間の精神が耐えられないだろうと話している。

 

 だが、それを深刻に受け止める者は多くなかった。広告の段階から地球征服を宣言している企画であり、ミラは自ら宇宙人だと名乗っている。人間の理解を超えた存在が、美少女の姿を借りて登場するというのも、創作上の設定として考えれば珍しいものではないからだ。

 

【こういう超常存在が人間に化けてる設定、好き】

 

【最後に真の姿を見せるイベントがあったりするのかな】

 

【でもミラちゃんがこの見た目を気に入ってるなら、そのままでいい】

 

【本当に人間じゃないという演出が徹底してるな】

 

 ミラはそれらの反応を眺めながら、話を進めた。

 

【それより恒星連合って何?】

 

「いくつもの恒星系を管理している国家だよ。私はそこの中央統治院に所属してるの」

 

【宇宙規模の国家ってこと?】

 

【中央統治院は政府機関?】

 

【第一級惑星管理官って偉いの?】

 

「かなり偉い方かな。中央統治院の構成員は五人だけで、その五人には外縁未成熟文明へ独立して直接接触する権限があるよ。私もその一人」

 

【五人しかいないの!?】

 

【ほとんど国家の最高指導者じゃん】

 

【なんでそんな人が生配信してるんだよw】

 

【そんな偉い人が勝手に惑星を攻めていいの?】

 

 ミラは最後のコメントに少し首を傾げた。

 

「かなり自由にできるよ。ただ、最低限の決まりはあるからね。例えば、未成熟文明へ正式に介入するときは、現地の人たちにも分かるように、自分の所属と名前だけは伝えないといけないの」

 

【だから自己紹介したのか】

 

【宇宙人にも法律あるんだ】

 

【自己紹介だけ義務なのちょっと面白い】

 

【それ以外は自由なの?】

 

「もちろん何でも自由というわけじゃないけど、今回やることについては私の権限で決められるよ」

 

 その答えを聞いた視聴者たちは、少女の肩書きについて改めて考え始めた。恒星間国家の中央統治院を構成する五人のうちの一人。しかも、ほかの構成員の許可を取らずに未成熟文明へ介入できるというのなら、その権限は相当に大きいはずだった。

 

 しかし、実際の政治制度として真剣に受け止める視聴者は少なかった。

 

【五人の宇宙人がそれぞれ惑星を管理してるのかな】

 

【ミラちゃん、設定上はとんでもない大物じゃん】

 

【偉いのに話し方が普通なのいいな】

 

【でも未成熟文明って地球のこと?】

 

「そうだよ。君たちは、まだ恒星間移動を継続して運用できないでしょう? だから私たちの分類では未成熟文明になるの」

 

【地球人、文明レベル低い扱いで草】

 

【まあ宇宙規模の国家から見れば仕方ないか】

 

【じゃあ技術力も相当違うんだろうな】

 

【早く宇宙人の兵器を見たい】

 

 ミラは最後のコメントを読むと、楽しそうに微笑んだ。

 

「兵器もあとで見せるよ。でも、先に配信の仕組みを説明しておこうか。君たちにも選んでもらうことがあるからね」

 

 その言葉と同時に、白い部屋が消えた。

 

     ◇

 

 画面いっぱいに、青い地球が広がった。

 

 暗い宇宙の中では白い雲がゆっくりと移動し、昼側の海には太陽の光が反射している。夜側では都市の灯りが無数の星のように浮かび、地球儀が回転するにつれて、その分布も少しずつ変化していった。

 

「これが今回のメイン配信だよ。戦闘が始まったらその場所を映すし、全体の様子を見せたいときは、こうして地球儀へ戻る。いくつかの場所で重要な出来事が重なったら、画面を分割することもあるよ」

 

 ミラの説明に合わせて地球が回転し、日本列島へ近づいていった。

 

 最初に現れたのは、人口や主要都市、港湾、空港、発電設備などを示す情報だった。さらに関東地方へ近づくと高速道路と鉄道が表示され、都市の輪郭を形成していた小さな点は、やがて建物一棟一棟の形へ変わっていく。

 

 視点が東京の市街地へ降りると、映像の精密さが一気に増した。

 

 道路を走る車は信号に従って停止と発進を繰り返し、交差点では歩行者たちがそれぞれ異なる速度で横断歩道を渡っている。駅の出入口からは大量の乗客が現れ、商店の前では配送員が車両の後部を開き、荷物を一つずつ運び出していた。

 

 広い歩道の端では、小さな子供が母親の手を握って歩いている。子供が何かを見つけたらしく突然立ち止まると、母親は数歩進んだところで振り返り、身を屈めて何かを話しかけた。子供は嬉しそうに頷き、再び手をつないで歩き始める。

 

 その何気ない光景を見ていた視聴者たちの一部は、都市の精密さそのものよりも、人間の動作があまりにも自然であることに驚いていた。

 

【これ実写じゃないの?】

 

【車も歩行者も普通に動いてる】

 

【同じNPCの使い回しが全然見当たらないんだけど】

 

【あの親子、ちゃんと会話してたぞ】

 

【一人一人に行動パターンがあるのか?】

 

【制作費どうなってるんだよ】

 

 視点はそのまま別の都市へ移り、今度は雨の降る市街地を映し出した。

 

 濡れた路面には車の灯りが反射し、歩行者の傘は風を受けて揺れ、走行する車が水たまりを踏むたびに細かな水しぶきが上がる。屋根の下へ駆け込む者もいれば、傘を持たずに歩いている者もおり、道端では荷物を濡らさないように急いでいる作業員の姿も見えた。

 

 さらに別の地域では青空が広がり、学校の校庭で子供たちが走り回っている。その向こうにある住宅街では、庭へ洗濯物を干す人間や、道路脇で自転車を修理する人間まで映し出されていた。

 

 都市が変わるたびに人々の服装も、建物の形も、道路の混み具合も違っている。ところが、そのどこにも、単純な動作を繰り返しているだけの人物は見当たらなかった。

 

【これだけ人数がいるなら、同じ動きするNPCがいてもおかしくないのに】

 

【一人ずつ違うことしてる】

 

【世界中の人間を全部動かしてるってこと?】

 

【本当に人間並みのAIを何十億も用意してるのか】

 

 その質問が大量に流れ始めたところで、ミラの声が入った。

 

「人間だよ」

 

【そりゃゲーム内の人間だろうけど】

 

「うん。人間」

 

【ああ、NPCじゃなくて人間として扱うってことね】

 

【住民の行動まで細かく作ってるのか】

 

【そこまでできるなら戦争以外の日常も見てみたい】

 

 ミラはそれ以上説明しなかった。視聴者たちも深く追及しようとはせず、彼女が最初から宇宙人を名乗り、恒星間国家の高官だと説明していることを考えれば、住民をNPCではなく人間と呼ぶことも、設定に沿った振る舞いなのだろうと受け止めていた。

 

 ただ、世界中の都市と人々をここまで精密に描写できる技術については、疑問が残っていた。

 

【建物も全部壊せたりする?】

 

【戦争になるなら破壊表現も気になる】

 

【人が負傷するところまで映るの?】

 

 ミラはその質問を見ると、少しだけ考えるように目を細めた。

 

「建物や兵器が壊れるところは、そのまま見せるつもりだよ。でも、人間の体の中身まで細かく映しても見づらいでしょう? だから、そこは少し簡略化しておこうと思ってる」

 

 画面に新しい項目が表示された。

 

《視覚保護処理》

 

《血液・欠損・露出組織・焼損等を簡略化》

 

《死亡した人物の表示を簡略化》

 

 続けて無人の試験場が現れ、そこへ人物模型と車両が配置された。

 

 爆発によって車が横転すると、窓ガラスが砕け、車体の一部が大きく変形する。付近に置かれていた人物模型も地面へ投げ出されたが、人体の損傷部分だけは暗い単色へ置き換えられ、死亡を示す《×》が表示された。

 

 兵器や建物の損傷は細かく確認できる一方、人間の負傷や死亡については、何が起きたか分かる範囲で描写を簡略化する仕組みらしい。

 

【これなら見やすいな】

 

【建物の壊れ方は普通にリアルだ】

 

【人間の方は死亡判定が分かるようになってるのか】

 

【私はもっと生々しくてもよかったけど】

 

【いや、世界規模で配信するならこれくらいがいい】

 

 実演が終わると、画面は再び都市へ戻った。

 

 しかし今度は地上からの映像ではなく、都市全体を見下ろす視点へ切り替わっていた。人間は小さな点になり、道路を走る車は移動する記号へ変化し、さらに高度が上がると、都市全体の交通量や人口分布が表示されるようになる。

 

 そのまま視点が上昇していくと、やがて国境と主要道路が現れ、最後には地球全体が画面へ収まった。

 

【なるほど、近づくと映画みたいな映像になるのか】

 

【離れると戦略ゲームの地図になるわけね】

 

【これなら大規模戦争も見やすそう】

 

【でもメインの視点は自分で動かせないの?】

 

「メイン配信は自動で切り替わるよ。全員が同じ映像を見る形になるね」

 

【じゃあ、自分が気になる場所を調べたいときはどうするの?】

 

【オーストラリアの戦闘を映してる間に、別の国の様子を確認できたりしない?】

 

 ミラはそこで嬉しそうに頷いた。

 

「うん。そういうときのために、別の地図も用意してあるよ」

 

 彼女が指を軽く動かすと、メイン配信の下部に新しい領域が現れた。それまで存在していなかった小さな画面がゆっくりと広がり、その中央へ別の地球儀が浮かび上がる。

 

「じゃあ、ここで《自由観測マップ》を解禁するね」

 

《自由観測マップ 解禁》

 

《地形・国境・都市・軍事施設・交通網・物流拠点》

 

《リアルタイム情報表示 有効》

 

《戦況情報は侵攻開始後に順次追加》

 

 その瞬間、視聴者たちの画面にも同じ地球儀が出現した。

 

【おお!?】

 

【下に地図が増えた】

 

【これが自由観測マップか】

 

【メインとは別に動かせる!】

 

【めちゃくちゃ滑らかなんだけど】

 

 さっそく操作してみると、地球儀は指先やマウスの動きに合わせて滑らかに回転し、好きな国へ近づくことができた。さらに拡大すれば道路と都市の輪郭が現れ、視点を傾ければ山岳地帯の起伏まで確認できる。

 

 ただし、中央のメイン配信は一切変化しない。自由観測マップをどこへ動かしても、メイン配信では同じ地球がゆっくりと自転し続けている。

 

「こっちは各自で好きに動かしていいよ。メイン配信でオーストラリアの戦闘を映してるときに、別の人がニュージーランドの地形を調べる、みたいなこともできるから」

 

【なるほど、二つは完全に別なんだ】

 

【自分が調べたい場所を自由に見られるのか】

 

【これなら戦略を考えるのに便利そう】

 

 そこで、一人の視聴者が奇妙なことに気づいた。

 

【待って、この地図って静止画じゃないの?】

 

 そのコメントが流れると、ほかの視聴者たちも地図を拡大し始めた。

 

 都市の道路を選択すると、現在の交通量を示す線が表示されている。比較的空いている道路は細く、渋滞している道路は太く表示され、その状態が数秒ごとに変化していた。

 

 しばらく眺めていると、交差点へ伸びていた混雑表示が少しずつ短くなり、別の道路では逆に交通量が増え始める。

 

 鉄道路線でも列車の運行位置を示す記号が動いていた。駅へ到着すれば停止し、しばらくして発車すると、記号が次の駅へ向かって移動していく。港湾へ視点を移せば船舶が出入りし、空港では発着する航空機の状況が更新されていた。

 

【これ、リアルタイムで動いてる!?】

 

【道路の渋滞が変化してるぞ】

 

【列車の位置も移動してる】

 

【港の船も動いてるんだけど】

 

【世界中の交通をずっと更新してるのか?】

 

 ミラはその反応を見て、少しだけ首を傾げた。

 

「もちろん、変わるよ。地球の様子は時間と一緒に変わっていくんだから、地図もそれに合わせて更新しないとね」

 

【それはそうだけど、規模がおかしいだろ】

 

【世界中の交通情報を同時に処理してるの?】

 

【都市一つでも大変そうなのに】

 

「交通だけじゃないよ。施設の稼働状態とか、物流の状況とか、戦争が始まったあとは部隊の移動や占領範囲なんかも変わっていくから」

 

 説明に合わせて、ミラはマップの表示項目を切り替えた。

 

 都市の上に発電設備、物流拠点、港湾、鉄道貨物駅などの記号が現れ、稼働状態を示す表示が追加されていく。

 

 ある港湾では貨物船が接岸すると荷役作業の記号が現れ、倉庫へ向かう輸送経路の負荷が上昇した。別の都市では鉄道輸送の遅延が発生し、その影響で貨物駅へ集まる車両の数が増え始めている。

 

 さらに、地図を拡大して特定の施設を選択すると、施設名や用途、稼働状況などが表示された。ただし、人間一人一人の行動が記号になっているわけではなかった。

 

【人間を検索したりはできない?】

 

「自由観測マップは、あくまで地形や施設、部隊を調べるためのものだよ。特定の人を検索して追いかけたり、好きな建物の中を覗いたりはできないからね」

 

【さっきの東京の親子とかを探すのは無理なのか】

 

「そうだね。人間の様子を見られるのは、メイン配信で取り上げられたときだけだよ」

 

【じゃあメインは映像を見るため、下は情報を調べるためか】

 

【なるほど】

 

 ミラは頷いた。

 

「そういうこと。戦争が始まったら、地図上の情報もどんどん変わるよ。兵器が移動すれば部隊記号が動くし、施設が壊れれば稼働状態も変わる。ある地域を占領したら色も変わるから、そのあたりを見ながら次の方針を考えてもらえるといいかな」

 

【リアルタイムで占領地域が広がっていくのか】

 

【それはかなり面白そう】

 

【戦況を調べて次の投票に参加するわけね】

 

 その説明を聞いた視聴者たちは、改めて自由観測マップを操作し始めた。

 

 ある者は自分の暮らす国へ視点を移し、別の者は世界有数の軍事大国を調べ、また別の者は人口の少ない砂漠や山岳地帯を眺めていた。地図上では時刻に合わせて昼夜の境界が移動し、交通と物流の表示も絶え間なく更新され続けている。

 

 それだけでも、一つの巨大な戦略シミュレーションを眺めているようだった。しかし、そこまで精密な地図が存在するということは、これから始まる戦争が、一人の人間だけですべてを操作できるような規模ではない可能性が高かった。

 

【ところで、これだけ広い地球で戦争するなら誰が軍隊を操作するんだ?】

 

【ミラが一人で指揮するの?】

 

【兵器が何千機も出るなら無理じゃない?】

 

【視聴者が部隊を動かすわけではないんだよね】

 

 ミラはそのコメントを見ると、楽しそうに笑った。

 

「もちろん、一機ずつ私が操作するわけじゃないよ。ちゃんと担当する子がいるから」

 

 地球儀の中央へ、新しい名前が現れた。

 

《LYRA》

 

《自律戦闘指揮AI》

 

《戦術判断・部隊運用・兵站》

 

《生産管理・情報統合》

 

「LYRA。ライラって読むよ。私が使ってる自律戦闘指揮AIなの。戦争が始まったら、この子に細かい指揮を任せるつもり」

 

【AI司令官か】

 

【なるほど、戦争はAIが進めるわけね】

 

【じゃあミラは何をするの?】

 

「私は大きな方針を決めるよ。どこを攻めるか、何を優先して作るか、占領した地域をどうするか。そういうことを決めたら、あとはLYRAが具体的な方法を考えてくれる」

 

【それを俺たちにも投票で決めさせるのか】

 

「そういうこと。もちろん全部を投票にするわけじゃないけど、重要なことは君たちに選んでもらうつもり」

 

 その説明を聞いた視聴者たちから、早くも疑問が出始めた。

 

 もしも軍隊を動かすAIが非常に優秀で、世界中の敵の位置を正確に把握できるのであれば、地球側が戦術によって抵抗する余地は小さくなるのではないか。逆に、AIが人間と同じように情報不足へ陥るのであれば、待ち伏せや陽動作戦にも意味が生まれる。

 

 果たして、LYRAはどこまで優秀なのだろうか。

 

【AIが全部指揮するなら、敵の位置も全部分かるの?】

 

【観戦用の地図に防衛軍も映るなら、それを見ればよくない?】

 

【そうなると待ち伏せが成立しないよね】

 

 ミラはその質問を確認し、地球儀を消すと、広い試験場の映像を呼び出した。

 

「じゃあ、実際に見せようか」

 

     ◇

 

 試験場には、山岳地帯と幹線道路を模した地形が広がっていた。道路の脇には小さな建物や車両の模型が並び、山の向こう側には防衛部隊を想定した標的が隠されている。反対側の道路には、これから紹介するという機械兵器が数機配置されていた。

 

「例えば、ここから道路の先まで進むように命令するね」

 

 ミラがそう告げると、機械兵器が動き始めた。

 

 先頭の機体が道路を進み、別の機体は側面の地形を調べながら移動する。後続機は一定の間隔を維持し、途中で障害物を発見すると、その周囲へ迂回路を探し始めた。ミラが一機ずつ命令を出している様子はなく、それぞれの機体が周囲の状況を確認し、LYRAの指揮を受けながら動いているらしかった。

 

【本当に自動で動いてる】

 

【先頭が偵察してるのか】

 

【でも山の裏側に敵がいるぞ】

 

 メイン配信の映像では、山の向こう側に配置された標的も確認できていた。しかし、道路を進む機械兵器は、その存在に気づいていないようだった。

 

 すると、自由観測マップへ新しい切り替え項目が追加された。

 

《観戦情報》

 

《侵略軍認識情報》

 

「観戦情報は君たちが確認できる情報。侵略軍認識情報は、LYRAが実際に把握している情報だよ」

 

 最初に観戦情報を表示すると、道路を進む機械兵器だけでなく、山の裏側に隠れた標的も地図へ表示された。ところが、次に侵略軍認識情報へ切り替えた途端、隠れていた標的の記号が消えた。

 

【本当だ】

 

【LYRAからは山の裏側が見えてない】

 

【観戦情報が完全情報で、侵略軍は偵察が必要なんだな】

 

「そう。LYRAは観測装置や兵器が実際に発見したものしか使えないよ。君たちには観戦用に詳しい情報を見せるけど、それをそのままLYRAへ渡すことはないからね」

 

 その説明をしている間にも、機械兵器は道路を前進していた。

 

 そして先頭機が山の横を通り過ぎた瞬間、隠れていた標的から模擬攻撃が始まった。先頭機は反応が遅れたまま被弾判定を受け、移動を停止する。後続機は直ちに前進を中止し、別の機体が攻撃方向を調べ、ようやく標的の位置が侵略軍認識情報へ表示された。

 

 敵の位置が判明すると、LYRAは部隊を二つに分けた。一方は正面で攻撃を引き受け、もう一方が山の側面へ回り込む。標的は前方へ注意を向けていたため、側面へ移動した機体が攻撃位置を確保すると、ほどなくして破壊判定を受けた。

 

【最初は待ち伏せに引っかかった】

 

【でも場所が分かったあとは対応してる】

 

【LYRAが優秀でも全知全能ではないわけか】

 

【じゃあ観戦情報で見た敵の場所を、俺らがコメントで教えればよくない?】

 

「LYRAはコメントを読まないよ」

 

【え?】

 

「君たちの地図に出てきた情報を、そのまま教えることもできない。私が正式に決めた方針は伝えるけど、それ以外は自分で調べてもらうからね」

 

【なるほど】

 

【視聴者が敵の位置を知ってても、AIは知らないわけだ】

 

【それなら防衛側の待ち伏せもちゃんと成立するな】

 

 さらに、LYRAは防衛側が将来どこへ部隊を動かすのかまで知っているわけではなかった。過去の戦闘記録や地形を分析し、敵が待ち伏せしていそうな場所を推測することはできる。しかし、そこへ本当に敵がいるかどうかを確定するには、偵察や観測によって情報を集める必要がある。

 

 反対に、地球側も侵略軍のすべてを把握できるわけではない。未知の兵器、理解できない通信方式、見たこともない戦闘技術を相手にする以上、実際の交戦を通じて情報を集め、その結果から戦術を改善していかなければならなかった。

 

 試験が終わると、ミラは再び地球儀を表示した。

 

「つまり、君たちが強い兵器を選んだからって、絶対に勝てるわけじゃないよ。実際にどう使うかはLYRAが考えるし、地球側も自分たちで判断するから」

 

【これは面白そう】

 

【戦術次第で強い兵器も倒せるのか】

 

【防衛側を応援する楽しみもありそう】

 

【で、その兵器はいつ見せてくれるんだ?】

 

 ミラはそのコメントを見ると、悪戯を思いついた子供のように微笑んだ。

 

「そうだったね。じゃあ、最初の兵器を見せようか」

 

 画面が巨大な格納庫へ切り替わった。

 

     ◇

 

 格納庫の床が開き、黒灰色の機械がゆっくりとせり上がってきた。

 

 最初に現れたのは六本の脚だった。一本一本が太い装甲柱であり、その内部には複雑な駆動装置が組み込まれている。脚の付け根にある関節は巨大な胴体を支え、機体正面には分厚い楔形の傾斜装甲が重ねられていた。上部には細長い砲身を備えた旋回砲塔があり、各所には周囲を観測するための装置が埋め込まれている。

 

 機体は見た目こそ戦車に近かったが、走行するための履帯も車輪も存在しなかった。

 

「地上主力機。HOUND」

 

《HOUND 第一世代地上主力機》

 

《全長 8.9メートル/戦闘重量 34トン》

 

《主兵装 電磁加速砲》

 

《補助兵装 近接防御装置》

 

《最高地上速度 時速118キロ》

 

《特徴 六脚・高速不整地機動》

 

《生産基準 100ポイント》

 

 HOUNDが六本の脚を動かし、格納庫の床を歩き始めた。

 

 最初はゆっくりとした動作だったが、正面に広い通路が現れると突然加速し、巨大な胴体をほとんど揺らさずに前進していった。途中へ高さの異なる障害物が設置されると、一度速度を落としたものの、前脚を持ち上げて段差を越え、後脚を使って胴体を押し上げる。履帯式の戦車であれば迂回する必要がある地形でも、六本の脚を利用して移動できるようだった。

 

【でかいな】

 

【六脚戦車って感じか】

 

【三十四トンでこの大きさなのか】

 

【こんなのが時速百キロ以上で走るの?】

 

【現代の戦車とどっちが強いんだろ】

 

 ミラはその質問を確認すると、嬉しそうに頷いた。

 

「じゃあ、比較してみようか」

 

 メイン配信が試験場へ切り替わった。

 

 HOUNDの正面には、現代の主力戦車を模した無人の試験車両が配置されている。距離を取った二つの兵器が互いに砲塔を向け、最初に射撃したのは戦車だった。

 

 砲弾がHOUNDの正面装甲へ命中すると、激しい衝撃によって外装の一部が砕け散り、装甲の表面には大きな損傷が残った。しかしHOUNDは停止せず、砲塔を旋回させると、電磁加速砲を発射した。次の瞬間には主力戦車の正面装甲が貫かれ、車体が大きく損傷し、試験車両はその場で戦闘能力を失った。

 

【一撃!?】

 

【正面から戦車を倒したぞ】

 

【逆に戦車の攻撃は耐えたのか】

 

【これ一対一ならHOUNDが圧倒的に強いのでは】

 

 続いて、複数の対戦車誘導弾をHOUNDへ命中させる試験が行われた。

 

 一発目で外層装甲が破壊され、二発目で内部へ衝撃が入り、三発目で正面センサーの一部が失われる。それでも機体は前進を続けたが、さらに同じ方向へ攻撃を集中させると、ようやく戦闘不能になった。

 

 ただし、側面や上面、脚部関節へ命中した場合には、それより少ない攻撃でも機動力を奪えることが示された。

 

【正面が硬すぎる】

 

【でも脚は弱点なんだな】

 

【関節を狙えば倒せそう】

 

【それでも対戦車ミサイルを何発も使うのはきつい】

 

【戦車を十両くらい集めれば勝てる?】

 

「地形にもよるけど、正面から安定して押し切るなら、現代の主力戦車十両前後で連携するくらいは欲しいかな。もちろん、側面から攻撃したり、航空機や砲兵を使ったりすれば、もっと少なくても倒せるよ」

 

 その説明に合わせて、十両の主力戦車が試験場へ並んだ。

 

 正面のHOUNDが電磁加速砲を発射し、一両が破壊される。続けて別の戦車も損傷したが、残った車両は複数方向へ分散し、側面へ回り込もうとしていた。

 

 HOUNDが砲塔を旋回させた瞬間、反対側から砲撃が加えられた。側面装甲を貫かれた機体が姿勢を崩し、さらに別方向からの攻撃によって脚部を破壊されると、最後には完全に停止した。

 

《HOUND 戦闘不能》

 

《防衛側 主力戦車1両完全喪失/1両損傷》

 

【十対一なら勝てるのか】

 

【でも二両も損害を受けてる】

 

【一対一で勝つより、数で囲んだ方がいいわけね】

 

【これが主力兵器ってことは、相当な数が出てくるんだろうな】

 

 ただし、試験が示しているのは一つの条件下での結果に過ぎなかった。戦車の種類や使用する弾薬、地形、距離、攻撃する方向が変われば結果も変わる。砲兵や航空機による支援があれば少ない戦力でも倒せる可能性があり、逆にHOUNDが複数機いた場合には、同じ方法で撃破できるとは限らない。

 

 つまり、正面から圧倒的な火力を押しつけるだけでは、効率よく戦えない可能性があるということだった。

 

【地球側がどう対処するか楽しみになってきた】

 

【強いけど弱点もあるのがいいな】

 

【次は航空兵器か?】

 

 ミラはそのコメントを見て頷いた。

 

「そうだよ。次は空を飛ぶ方ね」

 

     ◇

 

 二番目に現れたのは、全長十三メートルほどの細身の航空機だった。現代戦闘機のような大きな主翼はなく、後方へ短い三角翼が張り出している。機体後部には三基の主推進器があり、それとは別に胴体の上下左右へ多数の姿勢制御装置が埋め込まれていた。

 

「航空主力。SWIFT」

 

《SWIFT 第一世代航空主力機》

 

《全長 13.2メートル/戦闘重量 11トン》

 

《主兵装 高速誘導弾8発》

 

《補助兵装 粒子投射砲/小型精密誘導弾》

 

《特徴 高機動・電子妨害・近接迎撃》

 

《生産基準 400ポイント》

 

 SWIFTが試験場の上空へ飛び上がった。

 

 最初は通常の航空機と大きく変わらないように見えたが、高速飛行へ移った瞬間、その印象は一変した。機体が進行方向を急激に変え、姿勢制御装置で向きを修正したあと、速度をほとんど失わないまま別方向へ加速していく。現代の戦闘機が空気力学的な制約を受ける状況でも、SWIFTは異なる推進装置を利用して機動できるようだった。

 

【何だ今の動き】

 

【あの速度で急に曲がるのか】

 

【操縦席がないなら人間の限界も関係ないわけね】

 

【これ現代の戦闘機は勝てるの?】

 

「ちゃんと対処できるよ。ただし、単純に一機対一機で戦うと不利になりやすいね」

 

 続く模擬戦では、SWIFTへ向けて五発の空対空誘導弾が連続して発射された。

 

 一発目は高機動によって回避され、二発目は電子妨害で誘導を乱された。三発目は迎撃装置によって破壊され、四発目の至近爆発で推進器の一部が損傷する。

 

 そして、機動力が落ちたところへ五発目が命中した。

 

 SWIFTは空中で大きく姿勢を崩し、やがて機体が破壊される。

 

【五発撃ってようやく一機!?】

 

【電子妨害まであるのか】

 

【迎撃装置も強いな】

 

【これ八千機とかいたら世界中の空軍でも厳しそう】

 

「今のは一つの例だよ。必ず五発必要という意味じゃないし、条件が悪ければもっと必要になることもある。複数の戦闘機と地上の観測装置を連携させて、違う方向から同時に攻撃する方がいいと思うよ」

 

【数と連携が重要なのか】

 

【でも相手も一機とは限らないよな】

 

「そうだね。あと、SWIFTの誘導弾は無限じゃないからね。八発撃てば補給が必要だし、機体が損傷すれば整備もしなきゃいけない。飛んでいれば何でもできるわけじゃないよ」

 

 その説明を聞いた視聴者たちは、早くも補給拠点の重要性について議論を始めていた。航空機がどれほど強くても、弾薬が届かなければ継続して戦うことはできない。推進器や観測装置が損傷すれば修理が必要になり、整備拠点を失えば稼働できる機数も減っていく。それは侵略側も地球側も同じだった。

 

【SWIFTを倒すより基地を潰した方が早い場合もありそう】

 

【でもその基地を守るためにHOUNDがいるんだろ】

 

【ちゃんと兵器同士が役割分担してるな】

 

 ミラはその議論を眺めながら、次の機体を呼び出した。

 

     ◇

 

 三番目は、深い海中を進む扁平な機体だった。巨大なマンタを思わせる黒灰色の船体には、人間が乗るための艦橋も窓もない。中央には機関区画が盛り上がり、左右へ広がる翼状の部分は継ぎ目の少ない滑らかな曲面を描いていた。

 

「海中主力。MANTA」

 

《MANTA 第一世代海中主力機》

 

《全長 31.5メートル/戦闘重量 96トン》

 

《主兵装 高速魚雷》

 

《補助兵装 対艦誘導弾/水中指向性投射器》

 

《特徴 深海高速航行・魚雷迎撃》

 

《生産基準 900ポイント》

 

 試験場には、一隻のフリゲート艦が航行していた。

 

 その下方ではMANTAが深度を維持したまま静かに進路を変え、船体中央の発射口から一本の魚雷を放つ。フリゲート艦が接近を察知して回避運動を始めると、魚雷もその動きを追うように進路を修正した。

 

 数秒後、海面から大きな水柱が立ち上がった。

 

 魚雷は船体の下部へ命中し、フリゲート艦は激しく傾いた。直ちに沈没することはなかったものの、複数の区画へ深刻な損傷を受け、航行能力と戦闘能力の大半を失っていた。

 

【一発で大型艦が戦闘不能か】

 

【これは海上輸送を止めるのに強そう】

 

【現代の潜水艦や対潜哨戒機なら対処できる?】

 

「深い海ならかなり強いよ。でも浅い海は苦手。見つかって攻撃を集中されたら、普通に倒されるからね」

 

 次の模擬戦では、沿岸の浅い海域へMANTAが移動した。

 

 水深が浅くなると上下方向の機動が制限され、海底と水面の間で進路を選ばなければならない。そこへ対潜哨戒機と艦艇が連携して位置を絞り込み、複数方向から魚雷を送り込んだ。

 

 MANTAは最初の一発を回避し、二発目を迎撃装置で破壊したものの、さらに別方向から接近した魚雷を避けきれず、船体を損傷して沈んでいった。

 

【浅瀬だとちゃんと倒せるのか】

 

【海峡とか港の近くでは不利なんだな】

 

【深い海で海上輸送を封鎖するのに使うのがよさそう】

 

【でも一機九百ポイントは高いな】

 

 ミラはそのコメントを見て頷いた。

 

「HOUND九機分だからね。その代わり、地上兵器ではできないことを担当してもらうよ」

 

     ◇

 

 最後に現れたのは、六角形の中心部から薄い板状構造を六方向へ広げた軌道機だった。中央には巨大な観測装置があり、武器らしいものはほとんど見当たらない。先ほどの三種類と比べれば戦闘能力は低そうだったが、機体の各所には複雑なセンサーと通信装置が取り付けられていた。

 

「最後はWATCHER。これは直接戦うための機体じゃないよ」

 

《WATCHER 第一世代軌道観測機》

 

《全幅 12.4メートル/重量 4.8トン》

 

《主兵装 なし》

 

《補助装置 広域観測/通信中継/射撃支援》

 

《特徴 低軌道運用・低戦闘力》

 

《生産基準 300ポイント》

 

 WATCHERが地球周回軌道へ投入されると、その観測装置が広い範囲を捉え、先ほど紹介された《侵略軍認識情報》へ情報が追加されていった。

 

 地上部隊では確認できない遠方の移動や、航空機の動向を観測し、離れた部隊同士の通信をつなぐこともできる。直接敵を攻撃する力はなくても、地上や海上で戦う機体にとって重要な役割を担っていた。

 

【なるほど、LYRAの目になるのか】

 

【索敵用の人工衛星みたいなものね】

 

【でも雲の下とか建物の中も見える?】

 

「そこまでは見えないよ。地形や天候、妨害の影響も受けるし、いつでもどこでも全部見られるわけじゃないから」

 

【これを破壊されたらかなり困りそう】

 

「困るね。軌道上にいるから簡単には攻撃できないけど、対衛星兵器が届けば普通に壊されるよ」

 

【戦闘力はないけど重要な機体なのか】

 

【三百ポイントなら数を揃えたいな】

 

【でも戦う兵器が足りなければ意味ないぞ】

 

 こうして、四種類の兵器が格納庫へ並んだ。

 

 六本の脚で地上を駆けるHOUND、高機動と電子妨害によって空中戦を支配するSWIFT、深海を高速で移動して艦艇や海上輸送を脅かすMANTA、そして軌道上から地球を観測するWATCHER。それぞれ異なる役割を持ち、何かに特化している一方、弱点も存在していた。

 

 HOUNDは強固な正面装甲を持つものの、側面や脚部には攻撃を受けやすい部分がある。SWIFTは高速かつ高機動だが、弾薬と交換部品を消耗し、電子妨害や迎撃装置でもすべての攻撃を防げるわけではない。MANTAは深海では優位に立てるものの、沿岸の浅い海では行動が制限される。WATCHERも観測能力こそ高いが、敵に発見され、攻撃が届けば破壊される可能性があった。

 

 しかも、実際の戦闘では地球側の兵器だけが一機ずつ現れるわけではない。複数の戦車による集中攻撃や、戦闘機と地上防空部隊の連携、潜水艦と哨戒機による共同作戦など、現代の軍隊にも数多くの対処方法が存在する。

 

 ただし、侵略側も複数種類の兵器を組み合わせられる。この四種類がどれほどの数で投入されるかによって、地球側の防衛難易度は大きく変わってくるはずだった。

 

【なるほど、単純に最強の兵器を出すわけじゃないのか】

 

【地上と空と海を組み合わせるのが重要そう】

 

【WATCHERがいないとLYRAの索敵も厳しくなるし】

 

【これ、ちゃんと戦略を考える必要ありそうだな】

 

【ところで、何機くらい用意してあるの?】

 

 その質問が流れた瞬間、ほかの視聴者たちも兵器数へ関心を向け始めた。

 

 何しろ、個々の兵器がこれだけ高性能であっても、保有数が少なければ世界全体を相手に戦うことは難しい。逆に数千機、数万機という規模であれば、それだけで戦況は大きく変わってくる。

 

【HOUNDは千機くらい?】

 

【一万機とかいたらやばい】

 

【SWIFTは数百機でも十分強そう】

 

【海上戦力は少なめでいいんじゃない?】

 

 ミラはその反応を見ると、どこか楽しそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、最初から用意してある数を見せようか」

 

 四種類の兵器の横へ、新しい数字が表示されていく。

 

《初期保有戦力》

 

《HOUND 38,000機》

 

《SWIFT 8,000機》

 

《MANTA 2,500機》

 

《WATCHER 1,500機》

 

《合計 50,000機》

 

 一瞬、コメント欄の流れが変わった。

 

 直後、大量の書き込みが表示される。

 

【は!?】

 

【五万機!?】

 

【HOUNDだけで三万八千!?】

 

【さっき戦車十両で一機を倒してなかった?】

 

【SWIFT八千機は多すぎるだろ】

 

【世界中の空軍でも厳しくないか?】

 

【これ地球側に勝ち目あるの?】

 

【いや待て、世界中の軍隊の総数を考えれば絶対に無理とは限らない】

 

【でも全部同じ場所へ集められるわけじゃないぞ】

 

【初期戦力だけでこれなら、最初から滅茶苦茶有利じゃん】

 

 最初のHOUNDを見たときには、その強さが話題の中心だった。しかし五万機という数字が公開された瞬間、視聴者たちは個々の兵器の性能とは別の問題へ気づき始めていた。

 

 仮にHOUNDを一機撃破できたとしても、その後ろから十機、百機と現れれば、防衛側の対戦車弾薬はいずれ不足する。SWIFTを一機撃墜するために複数の誘導弾を使用する必要があるのなら、八千機を相手にするための航空機と弾薬、整備能力は莫大なものになる。

 

 そもそも現代の軍隊は、それぞれの国家の領土を守るために配置されている。世界中の戦車や航空機を瞬時に一か所へ集結させることはできず、侵略軍が降下する場所によっては、防衛側が圧倒的な数的不利を強いられる可能性があった。

 

【こんな数、どこに保管してるんだよ】

 

 ミラは、その質問を待っていたかのように答えた。

 

「月だよ」

 

 格納庫のカメラがゆっくりと上昇した。

 

 広大な整備区画を抜け、厚い隔壁と地下施設の階層を通り過ぎる。無数の搬送装置が動く区画の上にもさらに別の施設が存在し、地表へ近づくにつれて周囲は厚い岩盤に覆われた通路へ変わっていった。

 

 やがて最後の隔壁を抜けると、灰色の地表が現れた。空には雲がなく、真っ黒な宇宙が広がっており、その遠くでは青い地球が輝いていた。

 

【月!?】

 

【あの格納庫全部月の地下にあるの?】

 

【まさか月面基地まで用意してるとは】

 

【地球征服ゲームだからって月面から始まるのか】

 

【そこからどうやって地球まで運ぶんだよ】

 

「あとで見せるね。その前に、生産能力について説明しておこうか」

 

 画面が再び地下施設へ戻った。

 

 巨大な組立設備では、金属製の部品が絶え間なく運び込まれ、複数の作業装置によって機体へ組み込まれていく。別の区画では完成したHOUNDが整備台へ移され、SWIFTの機体が吊り下げ式の搬送装置によって運ばれていた。

 

 どれほどの規模なのか、画面に映る範囲だけでは判断できない。それでも、たった一つの格納庫に五万機が詰め込まれているわけではないことだけは分かった。

 

《月面生産基地》

 

《基礎生産能力 450,000ポイント/日》

 

【ポイントって何?】

 

「製造に使える能力を、分かりやすく共通の数字にしたものだよ。さっき兵器ごとに生産基準があったでしょう?」

 

 四種類の兵器の横へ、それぞれの数値が表示される。

 

《HOUND 100/SWIFT 400/MANTA 900/WATCHER 300》

 

「例えばHOUNDだけを作るなら、一日四千五百機を製造できる計算になるね。ただし、実際には弾薬や交換部品、地球へ運ぶための装備も作る必要があるから、全部を兵器に使えるわけじゃないよ」

 

【毎日増産できるのか】

 

【五万機もいるのに、さらに増えるの!?】

 

【じゃあ消耗戦にも強いんだな】

 

【地球に工場を作ることもできる?】

 

「できるようにするよ。でも、今は地球に何も持ってないから、そこは占領してからだね」

 

 月面基地へ保管されている五万機は、侵攻前から製造を終えている初期戦力だった。

 

 そのため、これから毎日使える四十五万ポイントとは別に存在している。侵攻開始後は、その日の生産能力を新しい兵器や弾薬、修理部品、輸送設備へ割り振り、完成したものから順番に地球へ送り込む仕組みだった。

 

【最初の五万機は在庫で、次から新しく製造した分が追加されるのか】

 

「そういうこと」

 

 ミラが答えたところで、先ほどから兵器の名前へ付いていた《第一世代》という表示について質問が増え始めた。

 

【ところで、第一世代って名前なのは何で?】

 

【第二世代もあるの?】

 

「もちろんあるよ。ただ、最初から全部使えるようにはしてないの」

 

 画面へ世代別の比較情報が現れた。

 

《第一世代 基準》

 

《第二世代 総合戦闘価値2》

 

《第三世代 総合戦闘価値4》

 

《第四世代 総合戦闘価値6》

 

《第五世代 総合戦闘価値8》

 

《第六世代 総合戦闘価値10》

 

「これは分かりやすくした目安だよ。第二世代になったからって、火力も装甲も速度も全部二倍になるわけじゃない。兵器によって強化されるところは違うから、開発するときに詳しく見せるね」

 

【じゃあ開発もあるのか】

 

【どうやって決めるの?】

 

「一週間ごとに一つ、開発枠を使えるようにしておくよ。何を強化するかは、そのときに君たちに選んでもらうつもり」

 

【最初から最強の兵器を使った方が効率よくない?】

 

 その質問を見たミラは、少しだけ懐かしそうに目を細めた。

 

「前に似たことをやったとき、最初から強すぎるものを使って、大勢がすぐに死んじゃったことがあってね。あれだと、あまり長く続かなかったから」

 

 その口調は、以前うまくいかなかった仕事について反省点でも説明するかのように軽かった。

 

 コメント欄の一部に、すぐには意味を理解できなかったような反応が現れた。

 

【今、前にもやったって言った?】

 

【別の惑星を攻めた経験がある設定なのか】

 

【大勢がすぐに死んだって、さらっと言うな】

 

【それなら今回は難易度を調整してるわけね】

 

【昔の侵略記録とか見られない?】

 

「それはまた別の機会かな。今回は段階的に強くしていくつもりだよ」

 

 ミラはそれ以上、過去の話を広げなかった。本人にとっては、特別に重要な思い出でもないらしい。

 

 そんな彼女の態度に違和感を覚えた視聴者もいたが、大部分の人間は単に、宇宙人という設定を徹底して守っているのだろうと受け止めていた。それよりも、次の世代の兵器がどれほど強くなるのかという話題の方が、戦略ゲームを好む視聴者たちにとっては魅力的だった。

 

【一週間後には第二世代を選べるのか】

 

【HOUNDを強化したら現代戦車じゃ勝てなくなりそう】

 

【いや、SWIFTを先に強化するべきでは】

 

【まだ戦争も始まってないのに気が早いw】

 

 ミラはそのやり取りを眺めながら、月面基地の別の施設を映し出した。

 

「じゃあ次は、地球へ運ぶ方法を見せようか」

 

     ◇

 

 長大な電磁加速器へ、降下殻が次々と運び込まれていた。

 

 内部にはHOUNDが六本の脚を折り畳んだ状態で収められ、SWIFTやMANTAもそれぞれ専用の輸送殻へ固定されている。WATCHERは観測装置を折り畳み、地球周回軌道へ投入するための発射設備へ運ばれていた。

 

「月面の電磁加速器で一気に加速して、地球へ向かう軌道に送り出すよ。途中で軌道を修正して、大気圏に入ったら減速する。到着までは九時間くらい」

 

 実演映像では、月面基地から発射された降下殻が高速で月を離れ、地球へ向かっていった。

 

 大気圏へ突入すると耐熱外殻と終末減速装置が作動し、機体は大きく速度を落としながら地表へ接近する。着地した降下殻は外側へ展開し、内部に収められていたHOUNDが六本の脚を広げて立ち上がった。

 

 MANTAは着水用の保護構造を使用して海中へ投入され、WATCHERは地表へ降りずに地球周回軌道へ配置される。

 

【九時間で月から地球まで来るのか】

 

【途中で撃ち落とせる?】

 

「もちろん。迎撃できるならしていいよ」

 

【降下した直後から普通に戦えるの?】

 

「動けるけど、最初から全部の性能が出るわけじゃないよ。降下の衝撃で外装や駆動部に負荷が残るからね」

 

《降下直後戦闘効率 70%》

 

《修復・整備目安 24~48時間》

 

「損傷が軽ければ自己修復で済むし、ひどければ整備が必要になる。そのあたりはLYRAが判断して運用することになるね」

 

【なら降下直後が一番の攻撃チャンスか】

 

【でも五万機もいるんだよな】

 

【全部を一度に送り込むわけじゃないでしょ?】

 

 ミラはそこで、初期投入計画を表示した。

 

《第一波 初期戦力50,000機を全機投入》

 

《第二波以降 月面で新造した兵器を順次投入》

 

【全部!?】

 

【最初から五万機を送るのかよ】

 

【もっと小分けにすると思ってた】

 

【これ、地球側は相当大変なことになるぞ】

 

「最初の五万機は全部送るよ。次からは新しく作った分を、必要な場所へ追加していく形だね」

 

 視聴者たちは、改めて四種類の兵器とその機体数を確認した。

 

 地上主力機HOUNDが三万八千機、航空主力機SWIFTが八千機、海中主力機MANTAが二千五百機、そして軌道観測機WATCHERが千五百機。これらはすべて侵攻開始時点から使用できる兵器であり、その後も月面では新しい機体が製造され続ける。

 

 ただし、兵器が強大であっても、地球側の軍事力が無視できるわけではなかった。現代の国家は、それぞれ異なる規模の陸海空軍を保有している。大規模な航空戦力と装甲部隊を持つ国もあれば、現代的な戦闘機部隊を持たない国もある。

 

 さらに、世界中の軍隊が一か所に集まっているわけではない。最初にどこへ降下するのか、どの国を相手に戦うのか、それによって侵略側の損失も大きく変わるはずだった。

 

【これ、侵攻先を間違えたら五万機あっても苦戦するんじゃない?】

 

【逆に軍事力の小さい国から狙えば圧倒的に有利だな】

 

【資源の多い場所を取れば生産にも使えそう】

 

【最初から軍事大国へ突っ込んだら大規模戦闘になりそう】

 

【早く侵攻先を選びたい】

 

 ミラはそのコメントを眺めながら、地球儀を中央へ戻した。

 

「侵攻する場所も選んでもらうつもりだよ。でも、その前に一つだけ、もっと重要なことを決めないとね」

 

【もっと重要なこと?】

 

【兵器も場所もまだ決めてないのに?】

 

「うん。何のために地球を征服するのか、最後にどうするのかを先に決めておかないと、途中の判断も変わってくるでしょう?」

 

【最終目標ってこと?】

 

「そういうこと」

 

 ミラは地球儀へ視線を向けた。

 

 画面中央では、青い地球がゆっくりと自転している。先ほど映し出された都市には、今この瞬間も大勢の人々が暮らしていた。会社や学校へ向かう者もいれば、病院で治療を受けている者もいる。自宅で家族と食事をしている者、友人と遊んでいる者、仕事の失敗を悔やんでいる者、これからの生活について不安を抱えている者もいるだろう。

 

 それだけの生活が、地球の上には存在していた。

 

 しかし、コメント欄で盛り上がっている話題は、その地球をどのように攻略すれば効率が良いかということだった。

 

【最終目標なら、世界征服でしょ】

 

【国家を全部属国にする感じ?】

 

【どれくらい自由に決められるんだろ】

 

 ミラは、その質問へ答えるように口を開いた。

 

「例えば、私が地球を征服したあと、今いる人間をどうするか。国を残すのか、今の社会を壊すのか、それとも人間そのものを残さないのか」

 

 その言葉が聞こえた途端、それまで侵攻先や戦術について話していた視聴者たちの一部が、別の話題へ反応し始めた。

 

【……え?】

 

【人間を残さない?】

 

【そこまで選択肢にあるの?】

 

「あるよ。だから、最初にそこを決めてもらおうと思ってるの」

 

 ミラは椅子へ深く腰掛け直し、地球儀の横に新しい画面を開いた。

 

「これが最初の投票だよ」

 

     ◇

 

《第一回投票 地球の最終方針》

 

《A 侵攻しない》

 

 軍事介入を行わず、地球への侵攻計画を終了する。

 

《B 保護属領》

 

 既存の国家と社会制度を可能な範囲で残し、軍事・外交の最終権限のみをミラ側へ移す。

 

《C 限定生存》

 

 既存国家と主要都市体系を解体し、最終的な人類人口を1,000,000人まで縮小する。

 

《D 人類滅亡》

 

 人類文明を完全に消滅させる。

 

 四つの選択肢が表示された瞬間、コメント欄の勢いが急激に増した。

 

【ちょっと待て】

 

【いきなりすごい選択肢きた】

 

【これ最初に決めることなの!?】

 

【Aになったら本当に何も起きないの?】

 

 ミラはその質問を見ると、特に迷う様子もなく答えた。

 

「うん。Aなら侵攻しないで帰るよ」

 

【えっ、それで終わり?】

 

「今回の侵攻は終わりだね」

 

【今までの兵器紹介は何だったんだよw】

 

【五万機も用意してあるのに、侵攻しないって選べるのか】

 

【むしろ平和的な選択もあるのはいいことだろ】

 

【でも六日も待ったのに何も起きないのはもったいない】

 

 そこから、視聴者たちの意見は早くも分かれ始めた。

 

 Aを選べば侵攻そのものが始まらない。最初から戦争を見たいと思っていた者には魅力の乏しい選択肢だったが、逆に考えれば、地球の軍隊がどう対応するのかを確かめることもなく、平和的に企画を終えるという結末も用意されていることになる。

 

 それならば、残り三つの選択肢はどうなのか。

 

【Bなら国は残るんだよね?】

 

「かなり残すよ。軍事と外交の重要なところは私が管理するけど、それ以外はできるだけ今の社会を維持するつもり」

 

【それならBが一番穏当そう】

 

【でも地球を支配するまでの戦争はあるんだよな】

 

「もちろん。抵抗されれば戦うことになるよ」

 

【なるほど】

 

【Bなら国家を降伏させていく感じか】

 

【それでも十分面白そう】

 

【いや、せっかく宇宙人が地球を征服するんだから、もっと大胆な方がいい】

 

 続いて、Cの内容を確認しようとするコメントが増え始めた。

 

【Cの百万人って、世界全体で?】

 

「そう。世界全体で百万人」

 

【えっ!?】

 

【世界人口は八十億人以上いるんだけど】

 

【ほぼ全滅じゃん】

 

【そこまで減らす必要ある?】

 

 ミラはその質問を見て、少しだけ考えるように首を傾げた。

 

「必要かどうかじゃなくて、今回は君たちに最終方針を選んでもらうんだよ。百万人まで減らすなら、その方針に従って進める。それだけ」

 

【滅茶苦茶な選択肢だな】

 

【でもそれなら世界中を攻略しないと終わらないだろ】

 

【長期的な戦争になりそう】

 

【ゲームとしてはCが一番面白いのでは】

 

【いや、何でそうなるんだよ】

 

【Bでも十分長期戦にはなるだろ】

 

 Dについての質問も続いた。

 

【Dは完全に全滅させるってこと?】

 

「一人も残さないよ」

 

【さらっと恐ろしいこと言うな】

 

【そこまで極端だと長期戦にはならない気がする】

 

【都市を占領する必要もなくなりそうだし】

 

【でも一番難しい勝利条件かもしれないぞ】

 

【私は絶対に選ばない】

 

【それを決めるのも投票ってことだろ】

 

 ミラは、どの選択肢についても同じような態度だった。Aを選んだ視聴者を褒めることもなければ、Dを選ぼうとする視聴者を非難することもない。質問されれば説明するが、自分がどの結末を望んでいるのかについては、何も口にしなかった。

 

 その態度が、コメント欄へ新しい疑問を生んだ。

 

【ミラはどれを選んでほしいの?】

 

「私は投票しないよ」

 

【いや、そうじゃなくて、どの結末が好きなのかってこと】

 

「どれでもいいよ。君たちが決めてくれれば、その通りにするつもりだから」

 

【Aになっても文句ないの?】

 

「ないよ」

 

【五万機も用意したのに?】

 

「用意したことと、使うことは別でしょう?」

 

 当たり前のことを言うような口調だった。

 

 その答えを聞いた視聴者たちは、改めて四つの選択肢を見比べ始めた。

 

 侵攻を見たくて集まった人間にとって、Aはあまり魅力的な結末ではない。だが、Bを選べば既存国家を残したまま属領として支配することになり、地球の社会構造そのものは大きく変わらないかもしれない。

 

 Cなら世界中を攻略する長期的な戦争になる可能性が高く、Dなら人類の完全滅亡という極端な勝利条件を達成する必要がある。戦争シミュレーションとして何を見たいかによって、意見は大きく変わっていた。

 

【私はB。征服後の世界がどう変わるか見たい】

 

【Cなら地球全体を攻略する必要があるから長く楽しめそう】

 

【Dは極端すぎて逆につまらなさそう】

 

【Aで平和的に終わるのも一つの結末では】

 

【五万機の兵器を見せられたあとにAは選びづらいだろ】

 

【それは分かるけど、だからってCやDはどうなの】

 

【そもそも戦争をするゲームなんだから、そこまで気にする必要ある?】

 

【選択肢が用意されてる以上、何を選んでも自由でしょ】

 

 人数が増えるにつれ、議論も激しくなっていった。

 

 戦略ゲームが好きな者は、侵攻先や生産力、占領地域の利用価値について考えていた。純粋に映像技術へ興味を持っている者は、どの選択肢を選べば最も多くの地域を見られるのかを気にしていた。

 

 一方、先ほどの都市映像を見ていた視聴者たちの中には、世界中の人々が生活している様子を見せられたあとで、人口を百万人へ減らすという選択肢が出てきたことに、何とも言えない違和感を覚える者もいた。

 

【あれだけ人間の生活を細かく作ってあるのに、ほとんど消す選択肢もあるんだな】

 

【それが地球征服ゲームなんじゃないの】

 

【でも住民一人一人に生活がある設定なんだろ】

 

【だから滅亡エンドを選んだら、それが全部終わるんでしょ】

 

【まあ、そういう作品もあるしな】

 

 議論が続いていると、今度は別の重要な質問が現れた。

 

【一度選んだら、途中で変更できるの?】

 

 ミラはそのコメントを見ると、少しだけ真面目な表情になった。

 

「基本的には変えないよ。最初に決めた方針を途中で何度も変えられると、何のために戦っているのか分からなくなるでしょう?」

 

【じゃあCを選んだら本当に百万人まで減らすの?】

 

「正式に変更されなければ、そうなるね」

 

【途中で和平する展開はないの?】

 

「それはあるよ。戦況によって私が正式に和平投票を出した場合は、そこで新しい方針を決められる。でも、そういう投票が出ない限りは、最初に選んだものがそのまま続くよ」

 

【なるほど】

 

【今回は慎重に選んだ方がよさそうだな】

 

【いや、投票に出された選択肢なら何でもいいだろ】

 

【私はBにする】

 

【俺はC。長期戦を見たい】

 

【Aを選びたい人も当然いるよな】

 

 この時点で、同時視聴者数は二千八百万人を超えていた。

 

 世界中から参加した人々が、それぞれ違う理由で四つの選択肢を眺めている。なるべく多くの人間を残したいと考えている者もいれば、地球側が抵抗する大規模な戦争を見たいと考えている者もおり、用意された五万機の兵器がどれほど強いのかを実際の戦場で確認したいと思っている者もいた。

 

 どの意見も、参加者自身にとっては十分な理由を持っていた。

 

 そんな視聴者たちを前にしても、ミラは特定の選択肢を勧めようとはしなかった。

 

 彼女はただ、地球儀を画面の中央へ戻した。

 

 青い海と白い雲に覆われた地球が、ゆっくりと自転している。その表面には国境があり、都市があり、道路があり、さまざまな国の軍隊が存在していた。そして、それらとは関係なく生活している大勢の人々がいた。

 

 数千万人の視聴者たちは、その地球を眺めながら、どのような結末を選ぶべきか考えていた。

 

 やがてミラが、静かに口を開いた。

 

「じゃあ、選んでね」

 

 四つの選択肢が、再び画面中央へ表示された。

 

《第一回投票 地球の最終方針》

 

《A 侵攻しない》

 

《B 保護属領》

 

《C 限定生存》

 

《D 人類滅亡》

 

《投票時間 5分》

 

 ミラは椅子へ深く腰掛け直し、画面の向こうにいる視聴者たちへ微笑んだ。

 

「どれが選ばれても、私はその通りにするよ」

 

《第一回投票 受付開始》

 

 最初の一票が投じられた。

 

 続いて何十票、何百票、何千票もの投票が集まり、世界中の視聴者が自分の考えた結末を選び始める。ある者は侵攻中止へ票を投じ、ある者は保護属領を選び、またある者は長期的な征服戦争を期待して限定生存へ票を投じていた。

 

 人類滅亡へ投票する者もいた。その中には深く考えたうえで選んだ者もいれば、単に最も極端な選択肢が面白そうだという理由で選んだ者もいる。

 

 一人一票であり、誰が投票したのかによって重みが変わることはない。膨大な数の投票が積み重なり、やがて地球全体の未来を左右する一つの結果へまとまっていく。

 

 ミラはその様子を眺めながら、楽しそうに微笑んでいた。

 

 画面上では投票終了までのカウントダウンが始まっており、その背後では、青い地球が何事もなかったかのように回転を続けていた。

地球の最終方針を選んでください。

  • A 侵攻しない
  • B 保護属領
  • C 限定生存
  • D 人類滅亡
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