百合を背後から見守る──そんな存在に、俺はなりたい(叶わぬ願い) 作:百合の間に男を挟めたい男
───今は昔……
耳を劈く絶叫が響き渡った。咄嗟に振り返ると、断崖を縫う細道から、鎧武者の一団が鬨の声を轟かせながら雪崩れ込んでくる。百か、二百か。もはや数える意味すらない。
───では、なくて。
長年愛用しているブレードを投げ放つ。刃鳴りを轟かせながら、中空と共に鎧武者を一閃した。
───超未来だったり。
『あわわ、やばいやばい!』
焦燥に染まった仲間の声が、イヤホンを通して鼓膜を揺らす。
しかし、全てお見通しである。伊達に数年単位でプレイしていないのだ。
───いやいや、大昔でも超未来でもなくて。
───今とあまり変わらない、少しだけ未来の世界。
『さっすが彩葉。相変わらずエイムえげつねー』
『さすいろ!さすいろ!』
「いぇーい」
出来て当然という自負と、ちょっとばかしの照れ隠しも含めて、二人からの賞賛を軽く受け流す。
……この場に
───ゲームしている普通の女子高生ありけり。
───名をば、酒寄彩葉となむいいける。
───彩葉って呼ぶべし♪
ピンポーン♪
噂をすれば何とやら。
気付けば夕暮れ時となったこの時間帯に、堂々と乙女の巣へ訪問してくる輩など、私は一人しかしらない。
「あいつ来たからもう落ちるね。また明日ー」
『おっ、もしかして
『ですなー』
「うっさい。そんなんじゃないっての」
野次馬精神丸出しの友人たちから送られる喧しいコールをぶつ切りし、スマコンを眼球から外す。
友人たちは度々、というより、もはや毎度のごとく私たちの関係を勘繰ってくるが、そんな事実は一切ないと声を大にして主張したい。
私たちはただの友達で、ただの幼馴染で、ただの腐れ縁だ。
一度背伸びして、念の為部屋が散らかっていないか確認した後、ゆっくりと玄関の戸を開けた。
扉の向こう側には、予想した通りのやつが、予想した通りの顔をして、月光を背に立っていた。
高い鼻梁に、薄く結ばれた唇。氷細工を思わせる、冷ややかに整った面差し。切れ長の瞳は薄い氷のように澄み、感情の揺らぎひとつ見せない。
長い間一緒にいる私ですら、思わず見惚れてしまうほどの美貌。まるでゲームの世界から、そのまま現実へと現れたかのような男だと、友人たちはそう彼を評す。
しかし、そんなことが言えるのも、こいつの表層しか見えていないからに過ぎない。
そんな高貴な存在でないことを知っている身からすれば、まさに抱腹絶倒ものの評価だといえよう。
───彩葉のお隣には、若き男の子住みけり。
───名をば……
「やぁ、こんばんは。ところで電柱から拾い上げた赤ん坊ともう
「は???」
───名をば十六夜
◇◆
俺が『超かぐや姫!』の世界に転生したのだと知ったのは、幼い頃、京都に引っ越してきて、隣に住むご家族に挨拶をしたときだった。
初めは俺と同年代の子がいることにちょっとした安心感を覚え、お隣同士仲良く出来たらいいなと淡い期待を抱いていた。
しかし、彼女が名を告げた瞬間、魂の奥底で眠っていた記憶が掘り起こされたのだ。
───ここ『超かぐや姫!』の世界ですやん。
しかし、俺はこの世界の知識と前世の記憶の他に、もう一つ呼び起こしてしまったものがある。
それは──『百合を愛でる』という性的嗜好であった。
百合とは、あの白い花のことではない。女性同士が慈しみ合い、愛し合う──そちらの意味での百合である。
水ではなく百合を摂取する観葉植物になることを夢見ていた俺は、この世界でもその夢を追い求めることにした。しかも、この世界なら、その夢も決して実現不可能ではないと知っていた。
『超かぐや姫!』──流星の如く現れた台風の目。誰もが知る『竹取物語』を現代風に解釈した映画は、見る人すべてを魅了した。
ドパガキも歓喜な激しい戦闘シーンあり、思わず涙を誘う劇伴あり、熱い友情あり。何より、最高峰の映像美と共に繰り出される高純度の百合、あり。
これが一目惚れなのかと、この映画を見て新たな感情を知った。
何度も映画を観た。何度も百合を摂取した。そして思う──もしこの
それが叶った今、俺がやることはただ一つ。この空間に漂う窒素のように、背後で百合を眺める男となる。
そのために、酒寄彩葉──主人公の一人である彼女の幼馴染という唯一無二の立場をフルに使い、これから起こる史上最高の百合を間近で見ようと画策するのであった。
「……あのさ。言いたいことあんだけど」
「ん?どしたん?」
「……もうちょっと隠す努力したら?」
「???」
そろそろ
どうしたのだろうか。俺には、何かした覚えがない。夜中に部屋に上がり込むなんて、一度や二度のことではないし……ただ、今朝買った『やがて◯になる』を読んでいるだけなのに、どうしてそんなに不機嫌そうなんだ。
「…………没収ッ!!」
「あぁっ!?俺の
「燃やされないだけマシだと思って」
燃やす!?今燃やすと言ったか!?それが俺の命よりも遥かに重いものだと知った上での愚行か!?
クッ……聖典が人質にされた以上、俺には何もできない。ここは大人しく言うことを聞くしかない。
「幼馴染の部屋に来てまでやることがこれって……というか、いつも言ってるよね?私の部屋に趣味本持ちこまないでって」
「だって……」
「だってもへちまもないが?あ?」
言い縋ろうとした瞬間、背後に般若が見えたので、すぐに喉奥へ引っ込んだ。
彩葉は何故か俺が趣味を享受するのを許さない。幼い頃はよく話を聞いてくれていたんだが、最近は拒絶レベルまできている。これでは百合の布教ができないではないか。
「それより、次回の定期試験の予想問題作ってよ。凛廻ならできるでしょ?」
「えぇー、めんどいー」
「この本、どうなってもいいの?」
「やります!やらせて下さい!やらなきゃダメだ!(使命感)」
「よろしい」
所詮俺は百合の傀儡さ。百合が朽ち果てるぐらいなら、コンマ数秒なく俺の命も人権も捧げる。
とにかく、原作開始はもうすぐなはずだ。
見ての通り、ここ十数年、彩葉とは程よい距離感を保ってきた。あとは、これから待ち受ける彩葉&かぐやの高純度百合を享受するだけだ。
「あぁ神様、どうか世界中に百合が広まりますように」
「くだらないことヤチヨに祈るのやめてくれる?」
月見ヤチヨ──主人公の一人兼ヒロインの一人であり、彩葉の現推しキャラである。
どれくらい推しなのかというと、月見ヤチヨのアクリルスタンドを神棚にスタンドさせるぐらいには夢中とだけ。いろんな種類のヲタク見てきたけど、神棚に奉る人は見たことないかも、なっ。
くふふ、後に彼女の真実を知り、その後の彩葉とヤチヨの濃厚な百合を見れると思うと……ご飯八杯はいけるね。
「そういえば、今度ミニライブあるんだっけ?」
「え?ある、けど……?」
「俺も行くわ」
「???」
何だね、その理解し難いものを見るような目は。
もしかして百合以外興味ないと思ってる?……よく分かってんじゃねぇか。
「いや、ただヤチヨと彩葉の百合──オホンッ、ヤチヨの歌を久しぶりに聞きたいと思っただけだよ。ほんとほんと、ウソジャナイヨ」
「あぁ、えっと、それはいいんだけど……」
「……何だね?言いたいことがあるならハッキリ言いたまえ」
何を今更遠慮しているというのか。
下心あり(健全)の関係性とはいえ、我らは唯一無二の幼馴染ではないか。
これまで通り、売り言葉に百倍の買い言葉で返す関係でいようではないか。
しかし、彩葉が語る衝撃の真実は、予想だにしないもので。
「いや、だって──作ってないでしょ?アバター」
「──え?何のアバターだって?」
「《ツクヨミ》のアバター。なきゃそもそも入れないよ」
「あぁ……」
……そうやん。俺はバカか?何で『超かぐや姫!』の世界に来て《ツクヨミ》のアバター作ってないん?…………百合本ばっか見てたからですね完全に自業自得^^
予想問題作ってる場合じゃねぇ!《ツクヨミ》のアバター作るぞ!
まずは──スマコンの購入からだ!
◇◆
「…………どっか行っちゃった」
急に周囲を見渡したかと思えば、何かを思い出したかのように部屋から出て行ってしまった。
おい、予想問題はどうした?──と詰め寄る手は使えない。だって、あいつちゃっかり作り終えていたから。なんでこういうところはちゃんとしてんだよ……!
「本置いてってるし……」
凛廻にとって、この本は命より大事な物のはず。それを置いていくなんて、よっぽどのことがあったのだろう。
「…………」
手に取ろうとして──止めた。
普段は色々鈍いくせに、こと
「……スマコン買いにでも行ったとか?ヤチヨのライブ見るために?……ないない。どうせ新刊買い忘れたとかでしょ。我が幼馴染ながらぶれないやつめ」
そう悪態を吐きながら、絢爛と輝く月を見上げる。
窓ガラスにぼんやりと浮かぶ自分の顔。その口元には、ほんのわずかな笑みが滲んでいるように見えた。
主人公も例に漏れず超人です。ただし百合狂い。プラマイで相殺してるので問題ありません。