百合を背後から見守る──そんな存在に、俺はなりたい(叶わぬ願い) 作:百合の間に男を挟めたい男
「ふぅー、今日も働いたなぁ。平日だったから客少なかったけど、そんな日もたまには───ん?なんだあれ?」
「────ぁぁぁぁぁぁい」
「ありゃ……人、か?何であんな必死に走って……ってか、こっちに向かってきてる?」
「────くださぁぁぁぁぁぁい!!」
「え!?うわっ、は!?ちょっ、なに!?イケメンがとんでもねぇ形相でこっち走ってきてるんですけど!?」
「ちょっと待ってくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいいいいいい!!!!!!」
「ぎゃああああああああ!!?!!?」
───
「とったどぉおおおおおおお!!!」
片手サイズの黒色ケースを天に掲げ、公道で勝利宣言を謳う。
はたから見たら完全に不審者だ。しかし、見る者がいなければ不審者にはならないのだよ。
つい先ほど、彩葉から衝撃の事実を報された俺は、まだ営業中であった近場の家電製品店にカチコミし、この世界における重要なアイテムを
いつ原作開始になるか分からないから、なるべく今日入手したかったのだが、どうやら運が向いていたらしい。閉店間近に滑り込みしても対応してくれた店長に感謝だな。
このいかにもワイヤレスイヤホンのケースといった見た目のそれが、この物語の扉を開く重要なキーアイテム。
スマコン──通称スマートコンタクト。コンタクトレンズ型のデバイスで、これがないと仮想空間ツクヨミに入れない。また、ツクヨミだけでなく、現実世界でも様々な用途で利用できる点から、世界で爆発的に売れてる商品である。ほんとよくここまで買わずに生きてこれたな。
スマコンの性能の凄まじさは……それは自分で確かめてくれ。ただ本当にすごいので、それなりに値は張る。しかし、これも百合を享受するための必要経費。たとえバイトでせこせこ貯めた数ヶ月分の給料が一瞬でパーになろうと、痛くも痒くもない。
というわけで帰宅now!
早速アバター設定するために起動しちゃうよーん。
どれどれ……あっ、本当につけるだけでいいんだ。……おぉ、ジャストフィット。目に違和感もないし、結構いいかも。
何気に目に入れるの怖かったんだよね。でも、痛くも痒くもないし、取りたいと思ったら簡単に取れる。これなら目にコンタクト入れたくない系男子にもオススメできるかも。
そうして俺は静かに目を閉じ、記念すべきツクヨミ初ログインを果たすのだった。
◇◆
気づけば、宇宙を模したモーショングラフィックスが視界一面に広がっていた。
夜天を駆ける流星、月光を砕く水飛沫、闇に朱を差す鳥居、幽玄な光を湛える灯籠。
その幻想的な光景に見惚れていた俺は、やがて、その奥に人影が佇んでいることに気づいた。
そこに佇んでいたのは、月光をそのまま紡ぎ上げたかのような銀白色の長髪を持つ少女だった。
腰元を越えて流れる髪は、光を受けるたびに淡い輝きを放ち、繊細な髪飾りとともに優雅に揺れている。
身に纏うのは、伝統的な和装と華麗なドレスを融合させた、色彩豊かな衣装。大きく広がる袖と幾重にも重なった裾が、彼女の一挙手一投足に幻想的な華やかさを添えていた。
悠久の時を生きる者だけが持つような、不思議な気高さと、思わず目を奪われるほどの存在感。
彼女こそ、仮想空間ツクヨミを統べる管理人にして、誰もが憧れるトップライバー──月見ヤチヨだ。
………ふつく、しいです(涙)。
なんか、今日まで生きてきてよかったよ、俺……。
こうやって実物を見ると、改めてここが『超かぐや姫!』の世界なのだと実感できる。
………?、………??、………ん?あれ?
なんか……俺の姿を目にした瞬間、フリーズしてしまったんだが。バグ?バグかこれ?
どうしよ、何気にこのセリフ楽しみにしてたのに。このままでは永遠に夜が訪れないではないか。
「…………あぁ、やっと」
「???」
ヤチヨが何かを呟いた……ように見えた。何を言ったのか。そもそも、本当に何かを口にしたのか。それすらも、今の俺には確かめようがなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
満面の笑みとは程遠い、静かで、妖艶で、それでいてどこか儚げな微笑み。その面影が、どうにも脳裏から離れなかった。
おぉ、何事もなかったかのように進行しだした。
でも、いい。それでいい。やっぱこの言葉がないとツクヨミには入れねぇぜ!
さて、次はアバター作成かな。そう思いながらヤチヨの案内を待つと、瞬きひとつせず、ヤチヨは俺の姿をねっとりとした視線でなぞりながら、静かに歩み寄ってくる。
そして、目の前まで来たかと思えば──次の瞬間、俺は
───は??????
「───仮想空間ツクヨミへようこそ!管理人の月見ヤチヨでーす!このもふもふは、FUSHI!」
「ヤチヨがツクヨミとボクを作ったんだ♪」
おぉ!映画で見た通りだ!
………でも、こんな距離感近かったっけ?何故か一瞬気を失ってたんだけど(記憶喪失)、なんか普通に手ぇ握られちゃってるんですけど?
あっ、今すぐ腕削ぎ落としていいかな?ヤチヨの綺麗なお手てが汚れる前に。
……いや待て。そういや、今目の前にいるヤチヨは本物のヤチヨじゃなくて、プログラムされたヤチヨだったな。
ふー、危なかった。危うく女の子に触れるためだけに存在するこの神聖な手が、
「さぁ!出かける前に、その恰好じゃあつまらない!」
ポンっ、とキャラメイク画面が表示される。
ほうほう、犬耳、猫耳、狐、狸、蜘蛛、雷神、風神、鬼……本当に何にでもなれるようだ。
さて、そんな豊富な選択肢の中で俺が選んだキャラとは───
「………うん、いつもの俺だな」
鏡を見て確認する。シンプルに
猫耳?ないない。狐の尻尾?ないない。あるわけないだろんなもん。
いいか?俺は百合を見守る空気になりたいの。観葉植物になりたいの。それなのに、んな目立つもん着て場の雰囲気壊したくないの。分かる?
個性を極限まで希釈し、自我を遥か彼方へと放逐した存在──それが今の俺である。うん、なかなかの出来栄えだ。自画自賛してやろう。
「……うん、やっぱりリンネはこうでなくちゃ。すっごく似合ってるよ」
「ふふっ。そう言われると照れ、る……?」
思わぬ賞賛に鼻の下を伸ばしかけたが、さも普段の俺を知っているかのような言い回しが妙に引っかかった。
「これで準備は整ったね。さぁ、いってらっしゃ〜い!」
問いかける暇も与えられぬまま、俺はヤチヨに手を引かれ、朱塗りの門をくぐった。
その刹那、ふと横目に映った彼女の横顔は──まるで幸福そのものを手中に収めたかのような、妖しくも艶やかな微笑みを携えていた。
◇◆
「きたあああヴェエエ!?」
俺のツクヨミ世界の第一歩は顔面からでした。
周囲に誰もいなくてよかった。もし一人でも誰かがいたら、おそらく生涯のトラウマとなり、デジタルタトゥーまで刻まれていたことだろう。
『初ログインおめでとう!ツクヨミではみんなが表現者!君も何かをして人の心を動かしたら、運営から『ふじゅ〜』がもらえるよ☆』
頭上にFUSHIが現れ、この世界の通貨、通称『ふじゅ〜』の説明をする。
この『ふじゅ〜』のすごいところは、ここで貯めた『ふじゅ〜』をそのまま現実のお金に換金できるといったところか。投げ銭と同じシステムだと思ってくれて構わない。
そのため、ほとんど現実世界に戻らず、ツクヨミでお金を稼ぐ人も多いと聞く。素晴らしいことなのかどうかはさて置いてな。
さて、チュートリアルも終わったことだし、改めて今回この世界に来た目的を振り返ろうか。
今回の目的はアバターを作ることと、初ログインを済ませておくこと。
その目標はすでに達してしまった。つまり、もうこのツクヨミに留まる理由はない。
……ない、が。
「ここでは誰もが
「もちろんあるよ〜。でもでも〜、ヤッチョは別のとこがいいかな〜」
ほう!それはいいことを聞いた。やはりここは百合の
というか行きたくないとは何事かね。そのような愚行が俺の前で為せると思ったら大間違い……
「………えっ、誰???」
「みんなのアイドル兼案内人の月見ヤチヨで〜す♪」
「!!?!!?ww!?!w」
俺の背後には、つい先ほど邂逅したヤチヨが、満面の笑みでダブルピースを掲げていた。
what!?why!?OMG……うわ笑顔眩しっ。
しかし、何故ヤチヨがここに……
「なんとなんと、あなたはこの仮想空間ツクヨミにログインした、記念すべき一億人目なのです!」
「えっ、マジ?ラッキー」
「そうなのですそうなのです!というわけで、今回は!今回だけ!特別に!ヤチヨと一緒にツクヨミを回れるのです♪さぁ、冒険の準備はいいか──」
「あっ、結構です」
「……………」
「………えっ、と。結構、です」
断ったらすんごい怪訝そうな顔されたんだが。
いや、彼女が親切心から提案してくれているのは分かっている。分かっているのだが、いかんせんこちらは厄介も厄介なカプ厨原作至上主義者。たとえ案内のためとはいえ、ヤチヨが彩葉以外の人間の隣を歩いているなど、解釈違いも程があるのだ。それが男であるなら、なおさら。
「…………へぇ、そっか。なら私にも考えがあるよ」
ということで、さらば〜い───
「………あれ?ログアウトどこ?」
おかしいな、さっきまで右上にログアウトボタンがあったはずなんだが……
「──リンネ」
名を呼ばれ、反射的に顔を向ける。
ヤチヨは笑っていた。いつものように、朗らかに、力みなく。
しかし、そこには、天使のようだと評される笑顔など、どこにもなくて。
「できないんだ?ログアウト」
「え?そう、っぽいですね……」
「もしかしたら、時間が経てば直るかもね」
「……?いや、ヤチヨなら───」
「それまで暇だね。じゃ、ヤッチョと一緒に回ろっか?」
「…………(絶望)」
有無を言う暇もなくヤチヨに引っ張り出される俺は、自分でも驚くほど無抵抗だった。
基本的にクソボケは難聴