百合を背後から見守る──そんな存在に、俺はなりたい(叶わぬ願い) 作:百合の間に男を挟めたい男
百合の守護者の一日は、百合アニメのOPから始まる。
アラームに設定している曲数は、およそ数百曲。広く知られた名曲から作品の世界観に合った楽曲まで幅広く厳選しており、曲が流れた瞬間、その作品の情景が脳裏を埋め尽くす仕様となっている。
朝食はパン派である。食パンを二切れほど焼き、いちごジャムとバターをたっぷりと塗りたくる。最後に牛乳を一気飲みし、朝食を締めくくる。
歯を磨き、顔を洗い、最低限の身だしなみを整える。
俺は、鏡越しに自分の顔を見るこの時間が嫌いだ。何故なら、モブとは程遠い顔が、鏡いっぱいに映し出されるからである。
この顔のせいでどれだけの百合チャレンジが失敗に終わったことか……
さぁ登校する時間だ。
制服に着替え、スクールバックを肩に掛けた後、玄関で靴を履き替えたところで───そっと、扉に耳を押し当てる。
はたから見たら異常者そのものだろう。しかし、これにはマリアナ海溝よりも深い理由があるのだ。
───ガチャン………トットット。
たった今、隣の部屋から扉の開く音が聞こえた。続いて、俺の部屋の前で一度止まり、しばらくしてから階段を下りていく足音が鼓膜を揺らした。
……よし、行ったか。
何をしているのかというと、幼馴染の酒寄彩葉と登校時間が重ならないよう、俺が編み出した必勝法を実践しているのだ。(必ず勝てるとは言ってない)
以前ヤチヨに対する厄介ヲタクを見せたと思うが、それは彩葉にも同じことが言える。彩葉の隣に男など不要、それは古事記にも書かれている。
何故か彩葉は俺と一緒に行きたがっているが、俺からしたらまさに血涙を流すような行為なのである。だから、最近は時間をズラして登校しているのだ。
……よし、気配はない。完全に行ったな。
さぁ、優雅な登校といこうではないか。イヤホンから百合アニメのOPを垂れ流し、帰宅後に読む百合本の妄想を膨らませようではないか。あぁ、お天道様も今日という日を祝福しているかのように、空は真っ青───
「おはよ」
「…………っす」
死角からの刺客だZE☆
角待ちは反則っすよね。親から教わらなかったん?
俺は……よ゛わい……!!
「じゃ、また後で」
俺と彩葉はクラスが違う。そのため、ここで一度お別れだ。
(あまりの屈辱に)道中ずっと泣き出しそうになったが耐えに耐えて、ようやく解放された。その安心感は計り知れない。
───ガラリ。
扉を開くと、男女問わず一斉に視線が注がれる。
いい気分ではないが、悪い気分でもない。つまり普通ということ。
「ようよう凛廻!今日も酒寄さんと
「酒寄さんは高嶺の花だからなぁ。お近づきになることすら烏滸がましいっていうか……まぁそれはお前にも言えることだが」
「いいな〜、俺もあんな美少女と一緒に学校に行きたいもんだ」
「というより、酒寄さんと堂々とタメ張れるの凛廻ぐらいしかいないだろ」
「果報者め!」
「……スゾ……コロスゾ……」
「こわっ!?」
クラスの男子どもが、彩葉と一緒に登校してきたことを冗談交じりにいじってくる。
……気をつけろ。今の俺は、冗談を笑って聞き流せるほど冷静ではないぞ。
そんなこんなで授業が始まる。
転生特典ともいうべきか、俺は異常に頭が良かった。
身体能力も凄まじく、世界記録も狙えるぐらいだと思う。狙わんけど。
とにかく、俺は彩葉と同じく超人扱いされてしまっている。
午前の授業を終え、昼食。
女子は女子と、男子は男子と、なかには一人でご飯を食べる人もいるが、各々が思うままに昼時を過ごしている。
「そういや聞いたか?ツクヨミにとんでもねぇイケメンが現れて、ヤチヨと一緒に歩いてたって噂!」
「あぁ、『NEWS TSUKUYOMI!!』でも取り上げていたな」
「俺たちのヤチヨが……」
「イケメン死ね」
「お前がそれ言っちゃうんだ???」
俺はこの世で一番誰が嫌いか尋ねられたら、真っ先に俺を挙げるほど自己嫌悪に満ちているぞ。
「でもなー、そのイケメン、お前にそっくりなんだよなー」
「俺も思った。真っ先に凛廻だと思ったもん」
「いやいや、流石の凛廻もリアルの顔をそっくりそのままアバターにするわけないって。だろ?」
「…………ソウダナ」
……やはりリアル顔をアバターにしたのは失策だったか?アバターなんていくらでも変更できるし、あの段階では何も思い浮かばなかったから、とりあえず感覚でやってしまったのがダメだったのか?
つーかなに?そんな噂になってんの?というかニュースになってたら噂でもなんでもなくね?
ここではない第三次元世界の噂に恐怖していると、ガラリと、教室に突然の訪問者を告げる音が響いた。
教室にいた者たちは反射的に、音のした方へと目を向けた。すると──その場にいた誰もが、思わず息を呑んだ。
「失礼いたします。十六夜凛廻さんはいらっしゃいますか?」
現れたのは、気品という言葉をそのまま人の形にしたような淑女だった。背筋の伸びた立ち姿、淀みのない足取り、そして誰に対しても柔らかな笑みを向ける余裕。その姿は、まさしく非の打ち所がない。
酒寄彩葉──俺の
クラスメイトたちの視線が彼女に注がれる。そんな周囲の反応にも慣れたものなのか、彩葉は動じることなく教室を見渡し。
そして、俺を見つけると、花が綻ぶように微笑んだ。
誰もが見惚れる天使のような微笑み。あぁ、確かに、あの笑顔は反則だ。百合の守護者と自負する俺ですら、思わず見惚れそうになってしまった。
「ちょっとお話ししたいことがあって……今お時間よろしいですか?」
──こめかみに浮かぶ血管さえ見なければよぉ!
笑顔は仮面だ。その仮面の下でこれでもかとブチギレてるのが目に見えて分かる。「今お時間よろしいですか?」じゃなくて「今時間よこせやこら」って感じだ。
おいおい、あんな喧嘩腰な彩葉久々に見たって。え?なに?俺なんかやっちゃいました?
嫌だなぁ、行きたくないなぁ。って、こんな感じでぐずってると、秒単位で彩葉の機嫌が悪くなっていくので、黙って付き従う他ないのだが。
野次馬どもの冷やかしの声を背に受けながら、彩葉に黙って着いていく。やがて辿り着いた場所は、人っ子一人いない屋上だった。
「彩葉?こんなところに連れて来て一体何をぉぉぉ!?!?」
壁ダアアン!
とても細腕の少女とは思えないほどの怪力で、強引に壁際まで追い詰められた。
彩葉の眼光が、鋭い刃のごとく俺を射抜く。
「あんた、いつアバター作ったの?」
「ア、アバター?とりあえず一回落ち着けって──」
「いつ作ったのかって聞いてんの」
ダメだ、まともに取り合ってくれない。
彼女は頑固だ。それはもうこの十数年イヤというほど味わってきた。その経験を踏まえ、今この状況は……詰みや。死ぬで?俺。
いや、そもそも、どうしてアバター作ったことにそんなキレてんのか。まずそれを聞かなくては。
「確かに昨日アバター作ったよ。言ったろ?ライブ見に行きたいんだって」
「………なんで」
「なんでって、そりゃ───」
「
…………あっ、そこ?そこにキレてたん?
「…………サ、サプライズ、したかったん、だよね……」
「…………他にもあるでしょ」
ぐっ、流石は彩葉。すべて分かってないにせよ、『ツクヨミ世界でも、彩葉たちに気づかれず影から百合を見守る計画』を察知されている……!
「そもそも、なんでヤチヨと……」
「あれはログイン一億人記念みたいなもので……」
「……ヤチヨのこと、そんなに好きだったの?」
そこ詰問されるとこっすか?(困惑)
……彩葉って同担拒否勢だったっけ?
好きかと聞かれれば、答えは当然YES。
だが、今の意固地な彩葉にバカ正直に伝えたところで、暖簾に腕押しだろう。
かといって、百合の守護者は推しに嘘なんか吐けない。
……なんかこの感じ懐かしいな。
朝久さんの事故以来、幼馴染という立場もあって、彩葉が精神的に不安定な時期には、いつもそばにいた。
その頃から幾度となく繰り返されてきた質問の応酬。きっと彩葉は、何かを確かめずにはいられないのだろう。
そんな修羅場を上手く乗り越えてきた、百合の守護者こと俺。今こそ、天才的な百合IQが最高の答えを導き出してくれるはずだ。
「一番は彩葉だよ」
虚偽などではない。本心からくる言葉だ。
だって──推しに順位なんてつけられないよね!
ヤチヨも一位だし、かぐやも一位!そして、彩葉も一位なのさ!
「……っ……あっそ……」
膨らんでいた風船が少しずつ萎れていくのが分かる。
オラの推しパワーが勝ったァ!!
☆★
バイトを終えた夜、頭上に広がる星河をぼんやりと眺めながら、ひとり帰路を辿る。
星の海を見ながら考えるのは、今度行われる模試でなければ、これから控える夏休みの計画でもない。
それは、今日の午前中に起きた、あいつとのひと悶着。
芦花と真実から、ツクヨミでのある噂を聞いて。
実際に激写された写真を見せてもらい、ヤチヨの隣を歩くアバターの正体を一瞬で見抜き。
屋上で問い糺すまで、私の中に溢れたのは──困惑だった。
凛廻は何かあれば、必ず私に相談してくれた。
ゲームのこともそうだし、部活のことだってそう。勉強をするときでさえ、必ず私に一言断りを入れてから、どこかのカフェへ向かうほどだった。それが、あいつにとっても私にとっても、ごく当たり前のことだった。
鬱陶しいなんて、思ったこともなかった。むしろ、それが当然なのだとさえ思っていた。
彼が今、どこにいて、何をしていて、何を見ているのか。そのすべてを把握していいのは……いや、把握できるのは、私だけなのだと。そんな傲慢で歪んだ支配欲が、私の心を満たしていた。
それなのに。
『彩葉これ知ってた?この人多分凛廻くんだよね?』
『ゲームでもリアル顔とは恐れ入った』
……知らないよ。知らない。知るものか。
どうして、ヤチヨの隣を歩いているのかも知らないし。
どうして、私に黙ってアバター作ったのかも知らないし。
どうして、私だけに見せてくれていた表情を、ヤチヨにも見せているのかも。理解できなかった。理解したくもなかった。
不安に駆られ、つい強引な手段に出てしまった。
けれど、結局のところ、それは杞憂に過ぎなかった。
『一番は彩葉だよ』
「……そんなの、言われなくても分かってるし。バッカじゃないの」
さっきよりも晴れやかな気分になり、足も徐々に軽くなってきたところで、気づけばアパートのすぐ目の前まで来ていた。
今日は久しぶりに、こちらからあいつの部屋を訪ねてみようか──そう思ったものの、そう簡単に問屋は卸さないようで。
「……は?」
アパートのすぐ横の電柱が、七色に光っていた。
ちなみに、被告はこのような言動を過去に何度も繰り返しており───(戦犯)