俺は魔法使いじゃ無い〝パティシエ〟だ 作:ルナ・クリア・エアル
「お、お菓子なんて、大嫌いだ……!」
少年の口から飛び出したその言葉を聞いた瞬間、リオの脳内で何かが激しく弾けた。
(……は?)
お菓子作りに魂を込め、誰よりもパティシエ見習いとしての誇りを持っているリオである。一生懸命お留守番をして店を守っているところで、面と向かって「大嫌いだ」などと言われて、黙っていられるはずがなかった。ピカリオの額に、明確な怒りの青筋がピキッと浮かび上がる。
「おい、ちびすけ。今なんつった? お菓子が大嫌いだぁ?」
リオは思わず一歩踏み込み、鋭い目をさらに尖らせて少年を睨みつけた。だが、その迫力に怯えて泣き叫ぶかと思われた少年は、ただその場に立ち尽くし、まるで「そんなこと言いたくないのに!」と心が叫んでいるかのように、今にも涙が溢れそうな瞳でリオを見上げていた。
少年の首元で、ギラギラと安っぽく輝くペンダント。そして、その嘘に呼応するようにじわりと色を濃くした、指先の忌々しい黒ずみ。
(なんなんだこの違和感は…やっぱり何かがおかしいよな? これは、ちょっと話を聞いてみるか……)
リオは、ぐっと拳を握り込んで怒りを強引に静め、深く息を吐き出した。本当にパティスリーのお菓子が大嫌いな人間が、わざわざCLAUSEの看板が出ている店の扉を開けて、こんなに泣きそうな顔をして入ってくるはずがない。口では「大嫌いだ」と言い張らせられながらも、少年の全身からは、誰にも助けてもらえない深い「事件」の気配が痛いほど伝わってきた。
「……フン、お菓子が大嫌い、ねえ。だったら、僕の作ったお菓子を食べても、同じことが言えるかな? ……ねえ、おちび君」
言葉を飾り立てて本音を隠す少年を前に、リオは「それなら、こっちもお菓子を食わせて、本当のところを喋らせてやる」と心に決めた。ただ「本当に美味しいと思わせたい」という、嘘のない純粋な気持ちをその胸に灯して、リオは厨房へと背を向けた。
「……そこでだと疲れるでしょ? 中で待ってなよ」
ピカリオは、すごい不安そうな男の子をイートインスペースの椅子に座らせ、一人で静かな厨房へと足を踏み入れた。一人にされたからしょうがないが、少年はそわそわと怯えている。リオは棚からボウルや器具を取り出し、手際よく作業を開始した。
今から作るのは、シエルのような華やかで贅沢なケーキではない。お休みの日で材料が限られていることもあるが、何より今のあの少年に必要なのは、飾り立てた見栄え(虚飾)ではなく、サクッとした食感と温かい甘さで心を芯から解きほぐすような、そんなお菓子だ。
ピカリオが選んだのは、サクサクのパイ生地を筒状に巻いて焼き上げ、その中に濃厚なクリームをたっぷり詰めるお菓子——『コルネ』だった。
コンロに火をつけ、地元の新鮮な卵と牛乳、砂糖を丁寧に混ぜ合わせてカスタードクリームを炊いていく。バニラビーンズの甘く優しい香りが、静かな厨房にふわりと立ち込めた。
(お菓子を食べてるときくらいは幸せにならないとな。お菓子が大嫌いだなんて嘘を吐くあいつの口から、本物の『美味しい』って言葉を引っ張り出してやる……!)
そのお菓子を作っている最中、リオの頭の中に、なぜか、あのどうしようもなくまっすぐで、お菓子作りが大好きの女の子の笑顔が、鮮明に浮かび上がっていた。
かつて心を闇に染め、世界を忌々しむことしかできなかった自分に、ただ「美味しいと楽しいを届けたい」という嘘のない真心(キラキラル)だけで向き合い、救い出してくれたのがあの子たちだった。
リオは焼きたて・冷めたてのサクサクとしたパイの筒の中に、濃厚なカスタードクリームを、たっぷりと注ぎ込んでいく。トングでお皿に盛り付け、粉サトウで仕上げを施して、完成したコルネをじっと見つめた。
「……ふん。まぁまあまあかな」
誰もいない厨房で、リオは小さく笑って自画自賛した。お休みの日で限られた材料しか使えなかったが、我ながらなかなかな出来栄えだった。
いちかから受け取った本物の想いをその胸に灯し、リオはコルネのお皿を手に、少年が待つイートインスペースへと力強く歩みを進めた。
「お待たせしましたお客様」
リオが厨房からイートインスペースへ戻ると、そこには小さな椅子の上で、体を小さく縮こまらせた少年が座っていた。広い店内に一人きりにされて、よほど心細かったのだろう。少年はものものしく不安そうな表情で自分の小さな膝をじっと見つめていた。
だが、ピカリオがトレイをお皿の上に置いた瞬間、甘く香ばしいバニラと焼き立てのパイの香りが、少年の鼻腔を優しくくくぐった。
「ボナペティ(召し上がれ)」