俺は魔法使いじゃ無い〝パティシエ〟だ 作:ルナ・クリア・エアル
差し出された黄金色のコルネを前にして、少年の動きがピタリと止まる。俯いていた少年がゆっくりと顔を上げたその瞬間、少年の瞳は先ほどまでの不安な暗闇を弾き飛ばすように、まるで夜空の星のようにキラキラと、嘘偽りのない純粋な輝きを放ち始めた。
どんなに「大嫌いだ」と言い張っていても、美味しいお菓子を前にした子どもの心だけは、決して嘘をつくことができなかった。
少年はコルネを両手で掴むと、思い切りその口へと運んだ。
サクッ……。
静かな店内に、パイ生地の小気味いい音が響く。濃厚で優しいカスタードクリームの甘みが、少年の口いっぱいに、そして凍りついていた心の奥底にまでじんわりと広がっていった。
「……あ……」
咀嚼する少年の大きな瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ出し、小さな頬を伝って床へとこぼれ落ちていく。
それは嘘で飾り立てられた冷たい闇の中から、ようやく温かい本物の光に触れることができた、救いの涙だった。
「……っ……美味しい……っ……!」
泣きじゃくりながら、少年の口からぽつりとこぼれ落ちた、嘘偽りのない本当の言葉。
その一言を聞いた瞬間、リオのどこか緊張していた顔が、一気にパッと晴れ渡った。パティシエとしてのこれ以上ない誇らしさと喜びが、彼の口元を大きく歪める。
「——だろ?」
リオはニカッと眩しい笑顔を浮かべると、席に座る少年の元へ歩み寄り、その小さな頭を大きな手でくしゃりと優しく撫で回した。
その手の温もりに触れて、少年の首元のペンダントの光が一時的に和らぎ、指先を蝕んでいた忌々しい黒ずみが、嘘のようにじわりと薄れていった。
少年は頭を撫でられながら、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、自分を絶望から救ってくれた目の前のパティシエを真っ直ぐに見上げた。
「お兄さん……お兄さんは、魔法使いなの? ……助けて!」
涙ながらに差し伸べられた、小さな少年のSOS。
しかし、そのあまりにも純粋な問いかけに対し、ピカリオは息を詰め、ゆっくりとその手を下ろした。かつて闇に染まり、誰かを傷つけた過去を持つ自分が、そんな奇跡のヒーローのような名前を名乗れるはずがなかった。
「……いや。お兄さんは、魔法使いは名乗れないかな……」
少し寂しそうに、けれど嘘のない誠実さで答えたリオ。だが、その言葉を聞いた瞬間、少年の小さな肩がシュン……と目に見えて落ち込んでしまった。
魔法にすがりたかった少年の心に生まれた一瞬の失望と落胆。その心の隙間に、首元のペンダントがここぞとばかりにギラリと禍々しく、最悪の光を明滅させた。少年の目が、みるみるうちに光を失って虚ろに曇っていく。
「……なんだ、魔法使いじゃないんだ……。魔法使いじゃないなら、いいや……」
「えっ? なにをって待てよ」
少年は感情の消えた虚ろな声でポツリと呟くと、椅子から力なく立ち上がり、まるで自ら闇に飛び込んでいくかのように、パティスリーの扉を勢いよく開けて、午前中の明るい光が差し込む街へと走り去ってしまった。これが、少年の心に残された、〝何か〟に対する最後の、そして一番悲しい抵抗だった。