俺は魔法使いじゃ無い〝パティシエ〟だ 作:ルナ・クリア・エアル
冷たい感覚に拒絶されるようにして、リオはハッと意識を取り戻した。しかしそこは路地裏ではなく、上下左右も分からない、果てしない漆黒の精神世界だった。
(ここは……? ちびすけはどこに……)
周囲を見回しようとしたリオの視界に、突如として禍々しい光の幕が浮かび上がる。そこに映し出されたのは、仮面をつけたかつての自分——ジュリオの姿だった。
「ノワール様……。私に、もっと強い闇の力を……!」
「やめろ……! 見せるな!!」
リオは叫び、光の幕へと飛びかかった。しかし、その手は虚しく空間をすり抜ける。何を言っても、どれだけ叫んでも、それはただの過去の記憶の再生に過ぎない。ノワールにも、当時の自分(ジュリオ)にも、今のリオの声は一ミリも届かなかった。
目の前で、自分の犯した凄惨な過ち——黒歴史が、容赦なく、克明に上映され続ける。
「見よ、ピカリオ。貴様はただ見栄えだけの偽りの力『虚飾』に惑わされ、大切な者を傷つけることしかできなかった、闇の残滓に過ぎん」
自分の届かない声。変えられない過去。それらが濁流のように押し寄せ、リオの心を深い「憂鬱」の底へと引きずり込んでいく。
だが突然、漆黒の精神世界がぐにゃりと大きく反転した。
次に気づいた時には、少年の路地裏の過去の記憶の中に放り込まれていた。
少年が路地裏の片隅に落ちていた、奇妙にギラギラと光る綺麗なペンダントを拾い上げる。
ただ少年は落とし主が困っているかもと交番に届けようと……ただの善意、正義感だったのだ。
しかし、突然ペンダントが首に巻き付きとれなくなってしまった。
その日を境に日常も大きく変わってしまう。本当は母親に「大好き」と言いたいのに、口を開けばペンダントのせいで「お母さんなんて大嫌いだ!」と真逆の嘘が飛び出してしまう。友達からも「嘘つきの悪い子」と孤立し、誰もいない部屋で、黒ずんでいく自分の指先を見つめながら泣きじゃくる少年の真実。
(あいつ……こんなに苦しんでたのか……)
「嘘」を強制され、誰にも本音を分かってもらえない孤独のなかで、胃の底からヘドを吐き出すような泥沼の憂鬱に塗れ、「もう嫌だ」と闇に飲まれそうになって……
次の場面に切り替わる
——チリン、と。
脳裏の暗闇のなかで、あのパティスリーのドアベルの音が、透き通った音色で鳴り響いた。闇を強烈に切り裂いて弾けたのは、ついさっき二人がお店で分かち合った、真実の記憶の光だった。
サクッ、と響いたパイ生地の小気味いい音。涙をポロポロと流しながら少年の口からこぼれ落ちた「美味しい」という本当の言葉。そして「だろ?」とニカッと笑って頭を撫でてくれた温もり。
あの瞬間に生まれた純粋な光(キラキラル)が闇を眩しく切り裂き、少年のあの純粋な問いかけが、今度はピカリオの魂を呼び覚ますように力強くリフレインした。
『お兄さん……お兄さんは、魔法使いなの? ……助けて!』
「——違うな、ちびすけ。僕は魔法使いなんかじゃない。……だけど!!」
その確信の瞬間、ガラスが割れるように精神世界が激しく崩壊し、ピカリオの意識は現実の、夕暮れの路地裏へと一気に引き戻された。