SSランク冒険者の異世界フルコースの旅 作:ヴァレリー
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あの黒いゲートに飲み込まれ、バロン諸島のマングローブ林に降り立ってから、この世界に来て早くも数日が経とうとしていた。
「この世界では『魔法』がないのだな……。魔法の代わりに『エネルギー』というものらしいぞ」
ヴァレリーは隣に寝そべる白銀の頭を、愛おしそうに撫でながら呟いた。
『最初は魔法を使うだけで周囲に驚かれたな。……そして、我の姿にも驚ていたぞ。なんせこの世界では、我らフェンリル一族を見たことがないらしいからな』
白銀はヴァレリーに撫でられているのが気持ちいいのか、目を細めて嬉しそうにガルルと喉を鳴らし、低く深い声で言った。
「あぁ……。それにしても、私が戦った後は決まって、みんな顔を引き
ヴァレリーは納得がいかないといった様子で、不満そうに口元をぷくっと膨らませた。
『それは当然だろう。戦いの最中にあんな風に笑いながら戦っていたら、誰だって引くに決まっている。それに
白銀は呆れたように言いながらも、撫でられる心地よさに再び目をトロンとさせていく。
「しょうがないだろう。竜人の国ではそれが教えなのだ。――戦うときは笑え、とな。なんでも初代の竜王様が戦いながら笑っていたので、いつの間にかそれが我が種族のルールになったそうだぞ」
ヴァレリーはかつての故郷を思い出すように、少し目を遠くにして言った。
『なに!? そうだったのか……! だから竜人族はみんな笑いながら戦うのだな……。あっちの世界では、影で言われているぞ、「竜人族は戦闘狂だ」とな。強い奴ほど燃え上がり、今まで以上に大きな声を出しながら笑うから、トラウマを植え付けられた者の数は知れん……。我らフェンリル一族の間でも、竜人族を見かけたときは大人しく逃げろと言われていたくらいだぞ?』
白銀は今になって明かされた真実に、大きな目を丸くして驚きながら言った。
「え? それなのに白銀は私の相棒になってくれたのか。嬉しいぞ」
ヴァレリーはもの凄く美しい笑顔を浮かべると、愛おしさが爆発したように白銀のお腹をこれでもかと撫でまくった。
『ふん……。他の奴らが怖がりすぎなだけだ。我はお前のそういうところも気に入っている』
最初は強がっていた白銀だったが、お腹を撫でられるのが気持ちよすぎて、次第に「ゴロゴロ、ガルル……」と喉を鳴らしてとろけていく。
だが、ひとしきり相棒とのスキンシップを楽しんだ後、ヴァレリーはふと真剣な表情に戻って声を落とした。
「……それよりもさ、白銀。魔法やスキルがこの世界でも使えたことは良かったのだが……問題は、ここへ飛ばされたのが『私たちだけではない』って事だ」
『む……』
主の真剣なトーンを察し、白銀もゴロゴロと喉を鳴らすのをやめて耳を立てる。
「私たちの世界の魔物――ゴブリンやオーク、他にも色々な奴らがここに落ちてきている。それを見つけた時は本当に驚いた。しかも、最初は『この世界にも元からこういう奴らがいるのか』と思ったが、こっちの住人の男に聞けば、そんな生き物は見たことも聞いたこともないらしいな……」
アルカニアの魔物たちが、自分たちと同じように黒いゲートからこの世界へ流れ着いているという事実。
それはつまり、この美食の時代に、本来交わるはずのない二つの世界の生態系が混ざり合い始めていることを意味していた。
『ふん……。この世界の人間達は、強い奴も結構たくさんいるって言ってたな。この世界の人間達なら、我らの世界の魔物たちが多少紛れ込んでいようが大丈夫だろう』
白銀はふぁぁ、と大きな
「お前はいつもそれだな、全く……。その投げやりな言い方は相変わらずか。……まあ、一理はあるか。信じよう、この世界の人間たちの強さを。それに、私たちの国へ帰れる方法が見つかるまではこの世界にいるわけだしな、見つけた魔物は私たちで討伐してしまえばいいだけの話だ」
そこまで言うと、ヴァレリーは何か素晴らしいことを思いついたかのように、パッと表情を輝かせた。
「それにさ、白銀! 聞けばこの世界には、『食べられる
ごくり、と喉を鳴らし、戦いと美味への期待で目をキラキラに輝かせるヴァレリー。
『……やれやれ、主は相変わらずだな』
強者との戦いと美味い飯のことになると途端に子供のようになってしまう我が主に、白銀は完全に呆れた様子でため息をつくのだった。
「そういえば……私自身、鑑定を見ていなかったな。――『鑑定』」
ヴァレリーが小さく呟くと、彼女の目の前の空間に、半透明の光るプレートが出現した。
この世界に来てから数日、生きることに夢中で自分のステータスをじっくり見直す機会がなかったのだ。
目の前に浮かび上がった、彼女自身の『鑑定』結果は以下のようなものだった。
【名前】 ヴァレリー・レイヴンウッド
【種族】 竜人族(ハイ・ドラゴニュート)
【年齢】 1000歳 (外見年齢:20歳)
【職業】 魔法剣士
【階級】アルカニア世界・冒険者ギルド総本部公認:SSランク冒険者
【身体ステータス】
・筋力:規格外(測定不能)
・耐久:規格外(竜の逆鱗による絶対防御)
・敏捷:規格外(神速・空中歩行可能)
・魔力:極大(世界の壁を越えた影響によりさらに高純度化)
【固有スキル】
・『竜王の
(※これにより、普段は服の下の逆鱗以外、完璧に20歳の人間の姿を維持しています。本気になると翼や角が出ます!)
【習得魔法】
・『最上位属性魔法(火・水・風・土)』
・『身体強化魔法』
・『飛行魔法』
『世界の異変察知』
【この世界での換算表示】
・グルメ細胞:未所持(※ただし、竜人族の細胞自体がグルメ細胞を遥かに凌駕するエネルギーを内包・消費可能)
・推定捕獲
自分のステータス画面をまじまじと見つめるヴァレリー。
「ふむ……。ん? この『捕獲
画面を指さしながら小首を傾げるヴァレリーに、白銀は寝そべったまま片目を開けてプレートを覗き込んだ。
『主の鑑定は、いつ見ても規格外だな……。それに主よ、大切なことを忘れているだろう? 主の種族は何だ? それが答えだ。この世界にとっては、主自身も「この世界の
白銀は、我が主の相変わらずの天然っぷりに、深いため息をついた。
「あ……そういう意味か。なるほどな」
ヴァレリーはポンと手を叩き、ようやく納得したように頷いた。
確かに、人間以外にも多様な種族がいた前の世界とは違い、この世界の文明人は基本的に「人間」だけだ。
そんな場所に、圧倒的な巨躯を誇る神話の
システムがヴァレリーを人間ではなく「測定不能の超巨大なエネルギーを持つ新種の猛獣」として処理してしまうのも、言われてみれば当然の話だった。
「ということは……私が街を歩いているだけで、この世界の『美食屋』とかいう連中に、美味そうな獲物として狙われたりするのか?」
ヴァレリーは自分の綺麗な顎に手を当てて、ふふっと楽しそうに笑う。
狙われるということは、向こうから強い奴が勝手に戦いを挑みに来てくれるということだ。
戦闘狂の血が流れる彼女にとって、それは恐怖ではなく、むしろ最高のご褒美に近い。
『……狙いに行ったら、逆に笑いながら返り討ちにされてトラウマを植え付けられるのがオチだな。哀れな美食屋の姿が目に浮かぶぞ』
白銀は、すでに未来の被害者たちに同情するかのように、またしてもやれやれと首を振るのだった。
「でも白銀も忘れてないか? 私は確かに竜人族だが……見た目は人間なのだ。そんな簡単にはわからん。だが……白銀はフェンリル、つまりだ、私より白銀に挑みに来るのではないか」
ヴァレリーの鋭い指摘に、白銀は「しまった」という顔をして大きな耳をぴくりと動かした。
確かに、ヴァレリーは凄まじい身体能力と魔力、そして内に秘めた竜の系譜こそ規格外だが、外見は息を呑むほどに美しい人間の女性そのものだ。
服の下にある逆鱗や、戦闘時にしか現れない竜の兆候を隠していれば、初見の人間にはただの「綺麗な人間のお姉さん」にしか見えない。
しかし、白銀は違う。
どこからどう見ても、この世界には存在しないはずの、神々しくも圧倒的な威圧感を放つ超巨大な白銀の狼なのだ。
美食の時代を生きる血気盛んな美食屋や密猟者たちが、この未知の巨獣を見つければ――「新種の超高級食材だ!」、あるいは「伝説の猛獣を見つけた!」と目を輝かせて、こぞって白銀に挑みかかってくるのは火を見るよりも明らかだった。
『……む、確かにその通りだな。我の方が、この世界の美味に飢えた人間どもに格好の標的として狙われるわけか』
白銀は少し嫌そうに鼻を鳴らした。
誇り高きフェンリル一族として、有象無象の人間たちに「美味そうな獲物」としてヨダレを垂らされるのは、あまり気分の良いものではない。
「ふふっ、良かったな白銀。これであっちの世界と同じように、退屈しない日々が送れそうだぞ?」
相棒が
『主よ、誰か来たらしいぞ?』
不意に、白銀の大きな耳がピクッと揺れた。
寝そべっていた巨体をすっと起こし、気配のする方角へと鋭い視線を向ける。
「ん? 本当か? 何人だ?」
ヴァレリーは手元に魔剣を引き寄せ、いつでも動けるように警戒の構えを取った。
『三人だな……。ニ人はそこまで強さはないが、―― 一人はそれなりに強いな』
白銀は青の目を細め、マングローブの霧の向こうから近づいてくる者たちの実力を正確に測りながら告げた。
「なるほど……。なら、もし襲われるとしたら、『それなりに強いやつ』ってことだな……ふふ、楽しみだな……」
ヴァレリーの形の良い口元が、獰猛かつ美しく吊り上がる。
彼女はそれ以上、言葉を発しなかった。
隣に立つ白銀と視線を交わす。
それだけで、互いの意思は完全に通じ合っていた。
気配の主たちがいる船の方角を見据え、ヴァレリーは白銀の巨体を従えながら、霧の奥へと音もなく足を進めるのだった。