マブラヴ Alternative Plus   作:MK60ff

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アニオリの咲良ちゃんいいよね。




紫のバーベナ

 

「じゃあ、ボクがなるよ!」

 

「ベータなんか全部やっつけてボクが英雄になる!」

 

 それはどれほど昔だったのだろうかもう覚えていない。まだBETAが日本帝国本土まで侵攻する前、自分も多くの日本人もBETAとの戦争なんて対岸の火事。どれだけニュースで戦況の悪化を耳にしても何処か遠い世界の出来事でどこまでも現実味がなくってフィクションのようなものにしか捉えられていなかった。

 だから自分も祖父との話の中でこんなことを口走ったんだろう。まだ世間を知らない幼稚さもあった。ただ祖父に喜んで欲しくって好きだった絵本の主役のような英雄になると口走った。

 

「......」

 

 祖父は少し驚いた顔を浮かべていつもの優しい笑みを浮かべて自分の頭を撫でた。

 畑仕事でゴツゴツして豆だらけの土の匂いが残った大きな手。捨てられた自分を引き取ってくれた男として家族を守る立派で大好きな手。

 ワシャワシャと雑な撫で方。

 でも心地よくて温もりを感じる感触に頬が緩むのを覚えている。

 

「……そうか、うん青羽ならきっとなれる。青羽は優しくていい子だからな」

 

「うん!」

 

 月明かりの元縁側で祖父と夏風を感じながらしばらくその時間を楽しんだ。けれどふと頭から手が離れる感覚を覚えて細めていた目を開けて祖父を見る。

 

「けどな青羽…」

 

 祖父は顔を上げて月を見ながら憂いを帯びた瞳で何処か遠くを見つめて言葉を途中で止める。

 風の音だけが鳴って沈黙が続く。

 祖父のこんな様子は珍しくて次にどんな言葉が続くのかわからなくって少し怖かった。沈黙に耐えかねたのはまだ幼子の自分。

 恐る恐る口を開いて言葉を紡ぐ。

 

「どうしたのおじいちゃん?」

 

「わしはな…」

 

 その後の言葉は覚えてない。

 とても大切なことだった気がするけど何故だか思い出せない。それだけ昔だったからなのか?それとも本当は大したものではなかったのか、いつもそこから先が霞がかかったように不鮮明で何も思い出せない。あの日祖父は最後自分になんと言ったんだろう?

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「…………」

 

 1998年9月25日。

 澄み切った青い空。

 灰乃青羽は背中に伝わる草原のくすぐったい感覚を味わいながら空に手をかざす。そこに空をキャンバスにするように戦術機が飛行機雲を描きながら軌跡を作っていく。

 乾いた風が頬を撫でる。

 

 近くに草原を踏みながらこちらに近づく足音が聞こえてくる。顔を向けると見知った幼馴染がそこに立っていた。

 

「…青羽またここに居た…」

 

 臼杵咲良。

 自分を引き取って育ててくれた父親、年齢的には祖父と呼べる男の孫で自分にとっては幼馴染の少女。

 体を起こし少し興奮気味に空の軌跡に指を刺して少し早口になりながら言葉を続けた。

 

「…咲良!ちょうど良かった。見てよあれ!」

 

 咲良は少し呆れ気味になりつつもいつものことかと言われるがまま指がさし示した空を見上げる。

 すでに戦術機は遠くへ飛び去り白い尾の軌跡と跳躍ユニットのエンジン音だけがそこに何があったかを示していた。

 

「戦術機?」

 

「そう、撃震!アメリカ製のF4を日本仕様にした第一世代の機体、第三世代の配備が進んでいる中でもまだ第一線で戦い続ける名機だよ!」

 

 凄いだろ!と我がことかのように興奮気味に言葉を紡いでいく様子に青羽らしいとため息をこぼす咲良。

 昔から青羽が戦術機が好きなことは知っている。これもいつもの光景だ。祖父はそんな青羽を将来優秀な衛士になれると笑って見ている。

 正直それは咲良から見て不安だった。

 今の時代、年端の行かない男子は珍しい。戦争による人口激減でただでさえ子供が減っている。1人でも多くの兵士を世界が国が必要としている実情を理解しながらも幼馴染が戦地へと赴く事になる事が咲良の心を締め付けた。

 あまつさえそんな自分の内心を知る由もなく自分から戦場へ行く事に心を躍らせている幼馴染に少し苛立ちを募らせてもいる。

 

「ほんと…好きだね戦術機」

 

 少しだけ棘の含んだ低いトーンで言葉を返した。

 幼馴染は変わらず上擦った声を出しながら口を動かしている。こちらの気持ちなど知ろうともせず。

 握り拳に力がこもった。

 馬鹿、心の中で静かに行うはしゃぐ幼馴染への罵倒。

 当然届きはしない。

 

「うん!だってBETAの侵攻に立ち向かう僕たち人類の剣だよ!僕もあれに乗ってBETAと戦うんだ!」

 

「…そうだね、青羽ももう直ぐで…」

 

 そうなって欲しくない。

 出来るならこの島でこのまま一緒にいてほしい。

 幼い頃に両親を亡くした咲良にとってもうこれ以上大切な身近な人を亡くす事など考えられない、考えたくもなかった。

 俯きながら言葉を漏らす咲良に気づいた青羽が近くに寄り添って咲良の手をとった。

 安心させるように優しく大丈夫と説き伏せる。

 

「…そんな顔しないでよ、戦いに行くって言っても絶対に死ぬわけじゃないんだしさ」

 

「……」

 

 そんな簡単な話ではない事は咲良も理解していた。

 今までどれだけの人がBETAによって命を奪われたか。

 青羽だけが特別そうならないなんて言えるはずがない。

 けれど青羽は自信満々に約束すると小指を絡めてゆびきりげんまんを行った。

 幼子達が行う子供同士の約束事の証。

 BETAによって多くのものが失われている中まだ失っていない子供の契約。

 されるがまま仕方ないなと不安を拭いきれないまま青羽と契りを交わした。

 

「絶対にまたここに帰ってくる…それにさ…」

 

「?何、青羽…」

 

 何処か悪戯っぽい笑みを浮かべる青羽。

 次に続く言葉に咲良は思わず頬を膨らませた。

 

「泣き虫咲良は僕が面倒見てあげなきゃね」

 

「ッもう!人が心配してるのに…バカ青羽…」

 

 昔から本当に変わらない。その笑顔を見て咲良の抱いていた苛立ちは段々と霧散していく。気づけばお互いに笑い合っていた。

 BETAと戦争しているなど嘘のような少年少女の青春。それがどれだけ貴重なものか2人がそんな事を考えることもなくただ無邪気に笑いあう。

 ふと青羽が咲良に疑問を投げた。

 

「そういえば咲良はどうしてここに?何かあって呼びに来たんじゃないの?」

 

 青羽の問いに、あ!と忘れていたと青羽に要件を伝え出す咲良。祖父から青羽に仕事を手伝ってもらうため呼んできてほしいと言われた事に今になって思い出した。

 

「!そうだった。おじいちゃんが呼んでたよ畑仕事手伝ってだって」

 

 相変わらず抜けているなと微笑む青羽に咲良がうるさいと小さな手で拳を作って胸を軽くこづいた。

 青羽のペースに飲まれてしまっていたとは言え自分のことながら青羽の言うとおり抜けてしまっていると内省する。

 

「わかった。直ぐ行くよ」

 

 幼馴染は相変わらず自分のペースでこちらの気も知らないでまた勝手に駆け出した。待ってとせっかちな少年を追う少女。

 この日この後に起こる地獄を知ることもなく2人は変わらない日常を過ごしていく。浜辺の波がこの日少し荒れていた。

 

 荒っぽく玄関を開けて勝手知ったる我が家へと青羽は足を進めた。心が落ち着く天然木の香りを感じながら玄関で靴を脱ぎ祖父がいるであろうリビングへ急ぐ。本人は未だ現役だと歳を感じさせない活発ぶりであるが体にガタがき始めているのは青羽や咲良から見ても感じていた。

 出来ることなら無理をしないでほしい。

 2人とも同じ気持ちだった。

 もっとも本人は止める気は無いらしい。

 だから少しでも祖父が楽できるようにと2人で手伝うことはなんでもやっている。畑仕事もその一つ。

 

「……」

 

「おじいちゃん!ごめん遅れて、撃震が空飛んでてそれを見てたらつい遅くなっちゃって……」

 

 リビングで祖父は海の方角を見ていた。BETA大戦が始まり早くから防衛拠点として要塞化され巨大な防壁が築かれ昔の自然豊かな風景は無骨な鋼の塊に塗りつぶされた。その方角を何か感じ取っているかのようにただ祖父は見つめている。

 普段見せない様子に訝しむ。

 こちらの声にも反応を返さない。

 活発な祖父のそれとは違う姿に何処か鳥肌が立つ。

 

「……」

 

「……おじいちゃん?」

 

 祖父を呼ぶ。

 変わらず壁が築かれた海の方角を見て動かない。

 咲良も遅れながら家の中へと入ってきた。

 置いていかれた事に文句を言いながら咲良も祖父の普段と違う雰囲気に言葉を止める。

 

「もう青羽、置いていかないでよ……」

 

 静寂が部屋を包んだ。

 青羽も咲良も祖父が言葉を返してくるのを待った。

 それほど時間がかかることもなく祖父は口を開く。

 酷く真剣で少し急かすように、先ほどまでの静寂がより祖父の言葉を響かせる。

 想像もしていなかった言葉が2人の鼓膜を揺らした。

 

「青羽、咲良…いつでも避難できるよう準備しなさい」

 

 その言葉に2人は困惑の表情を浮かべ聞き返した。

 祖父の目には嘘もこちらを脅かそうという意図もなくいつになく真剣そのものだ。

 それが余計に2人を戸惑わせる。

 不吉な予感、いつになく2人の第六感が警告を鳴らす。

 

「?避難って何言ってるのさ、警報も出てなのに」

 

「…そうだよおじいちゃん、どうしたのいきなり?」

 

 祖父は譲らなかった。

 

「…いいから準備しなさい、急いで」

 

 有無を言わさないと言うように祖父は2人に言い聞かせる。青羽はその目を見てその言葉に従う事を決めた。

 祖父の目には確信めいた物を感じた。

 理屈ではなく経験を重ねたものからくる何か。昔からあの目をする祖父が間違う事は無い。

 疑問は尽きないながらも飲み込み返答をして準備を始めた。咲良は不安げに青羽の名前を呼んだ。

 

「…わかった」

 

「青羽?」

 

「咲良、おじいちゃんがこう言う時は大体当たるから…急ごう」

 

 咲良はまだ何処か納得しきっていない様子でちゃんと説明してくれとせがむ。

 1人だけ置いてけぼりになり咲良は不機嫌だった。

 準備をしようとする青羽の手を握って説明を求めようとした。

 

「もう、どういうこと?ちゃんと説明し…」

 

 その時だった。

 本能的な恐怖を刺激する不協和音が島に響く。

 この世界の人間ならよく知っている。BETA襲来を知らせる警報音。

 死の恐怖を煽り生存本能を刺激するそれが激しく島全体に鳴り響く。2人は祖父が避難の準備をしろと言った意味が理解できた。

 もうその猶予も無いことも。

 すぐさまシェルターに逃げ込まなければならない事はBETAの恐怖を知る人間なら誰しも理解できた。

 

「来たか…急げ2人とも」

 

 余計な荷物は置いて行けと祖父は青羽と咲良の手をとって玄関へと急ぐ。

 予想だにしない結果に咲良は表情を強張らせたまま祖父に引っ張られていく。両親が事故で死んだ日がフラッシュバックする。自身にも迫った死の恐怖も。

 呼吸が乱れて心臓がうるさいほど激しく鼓動を続ける。

 

「!嘘、この警報って」

 

「…BETAが来た」

 

 BETA大戦が始まり20年以上。

 青羽と咲良にとって当たり前だった日常は終わった。

 世界の日常が2人を飲み込んでBETAという巨大な理不尽が島を覆い尽くそうと迫る。けれど2人はまだなんの力もないただの非力な子供。

 ただ怯え逃げるしか無かった。

 

 それでもきっと。

 仕方なかったと誰に慰められても。

 2人はこの日の後悔を忘れない。

 何もできないでただ生き延びた自分を恨み続ける。

 

 

「上の住民はこれで全部か!」

 

 帝国軍兵士が住民のシェルターへの退避を確認すると同時に防護扉が重たい音を立てて閉め始めた。

 中の住民は皆一様に不安を隠せないでいる。

 皆、俯き声を発さない。

 空調のファンの音だけが重く鳴り渡る。

 シェルターは決して広いとは言えず閉鎖空間での息苦しさで窒息してしまうような錯覚を覚えるほど。

 

「……」

 

 咲良は恐怖を拭いきれず両手で自信を抱き込むようにして軽く震えていた。

 それを見た青羽は不安を和らげるように優しく咲良を宥める。大丈夫だと、助かると。

 本当は自分も恐怖で震えている事を誤魔化すように咲良の肩に手を置いた。

 

「…大丈夫だよ咲良。きっと基地の人達が僕らを守ってくれる…BETAなんかみんなやっつけてくれるって」

 

「そうだね…死なないよね、私達…」

 

 当たり前だと、無理矢理作り笑いを浮かべて精一杯の強がりを見せる。咲良のよく知る自分の前では見栄を張る少年のそれに少し胸が暖かくなった。

 肩に乗せられた青羽の手に自分の手を重ねる。

 いつにも増してその温もりが愛おしく感じた。

 

「当たり前だろ。そうでしょおじいちゃん」

 

「……ああ、そうだな。みんなその為に戦うんだ……今は信じて待とう」

 

 それしか出来ない。

 この場にいる全員がそれをわかっていた。

 それでも信じるしかない。

 全員がただ祈った。今も必死になって戦う衛士達の勝利と自分達の生存を。

 

「うん……信じて」

 

「……」

 

 咲良も青羽も、シェルターにいる住民全員が静かにその時を祈り待った。

 薄暗いシェルター。

 1秒が永遠にも感じるほどに強い緊張に支配される。

 酷く空気が冷え切っている。

 誰のものかもわからない汗が地面にほんの少しのシミを作った。

 

 

 佐渡島は地獄と化していた。

 BETAの第一波。突撃級の先鋒は海中を進んだ影響により自慢の装甲を用いた突破力を失い防壁に阻まれ尽く戦術機の餌食になり戦局は佐渡島防衛部隊に優位に見えた。

 けれど要塞級の索敵漏れによる戦術機部隊への打撃。

 圧倒的な物量で波状攻撃を仕掛けるBETA。

 光線級の排出により戦局は決定的になった。

 まして戦術こそ単純なものの黒い波と化して迫る物量は簡単に覆せるものではない。

 米国の派遣部隊は日本本土から動く事はなく帝国軍の増援は望めずベテランを本土に引き抜かれ実戦経験のない新人が中心の佐渡島の防衛部隊では勝敗の行く末は目に見えていた。戦術機が一機落ちるたびに1人の衛士の命が消える。

 一瞬で無慈悲に、呆気もなく。

 1人、また1人と無常に黒い波に飲まれ消える。

 どれだけ必死に争っても。

 どれだけ強く願い叫んでも。

 残酷な現実の残骸が広がるだけだった。

 BETAの死骸と戦術機の残骸。血に濡れ瓦礫の山とかした町。

 佐渡島がBETAの勢力圏に落ちるのにそう時間はかからない。生き延びた衛士が1人でも多くの命を生かす作戦へと切り替えた。

 無念を抱え置き去りにした仲間だった物を背に跳躍ユニットに火を入れた。

 機体を動かす操縦桿の握る手に力がこもる。

 1人でも多く生きていてと願って機体を加速させた。

 

「CP!聞こえるか!街にBETAどもが入り込んでる!もうシェルターのすぐそこまで来てるだ!早く増援を!」

 

「クソ!コイツら!これ以上はー」

 

 シェルター付近。

 BETA小型種。闘志級などの動きの素早い個体を中心にした群れが我先にと群がる。

 小銃を携帯する兵士が応戦するも素早い動作の闘志級に照準が定まらず倒しても倒しても湧いて出てくる怪物達に一人また一人と殺されていく。

 少し前まで共に笑いあっていた戦友は気づけば物言わぬ骸となり赤い血飛沫を飛び散らせる。

 CPに増援要請を必死に行うも回せる人員に余裕はなく帰ってくるのは全力死守のみ。

 全滅。

 最悪の結果を告げる2文字が兵士達の頭に浮かぶ。

 

「誰か弾をよこせ!早く!」

 

 必死に武器をくれと叫ぶ声。

 叫んだ兵士はその2秒後に無惨に頭を背骨ごと引き抜かれて死んだ。

 

「CP!繰り返す!早く増援をー」

 

 懇願するように叫ぶ。

 期待した返答は来ない。

 今更来たところで手遅れだとわかっていながらもせめてシェルターにいる住民だけはと。

 最後まで諦めず1人でも多く生き残る選択を続けた。

 ふと自分を覆う影に気づく。

 兵士級。

 人に似たパーツを持つ2mの怪物が見下ろしていた。

 

「兵士級ー」

 

 首にかけたペンダントに手を当てる。

 今年で徴兵を迎えるまだ幼い息子。

 まだ教えたいことが多くあった。戦争が支配する世界でまだ父親らしい事を何も出来ていない。

 これまでの一生が子供の頃からリプレイされる。

 走馬灯とはこんなものかと様々な記憶と思いが一瞬で湧き上がっては消えていく。

 せめて息子は自分みたいな最後は迎えないよう幸せを願って目を閉じた。

 ほんの数秒。

 頭蓋を砕かれ惨たらしく呆気なく。

 1人の兵士が一生を終えた。

 

「…!」

 

 鉄が歪む重低音がシェルター内に響く。

 人間のものとは思えない力で鉄塊の防壁が打撃を受け歪んでいく。

 BETAが扉の向こういる。

 絶望的な状況。

 死神が自分達の首に鎌をかけた。

 住民の祈りは届かず恐怖が空間を支配していく。

 シェルターという閉鎖空間がより絶望を助長する。

 扉が歪み変形していく。

 

「!…青羽…」

 

 咲良は青羽の腕を強く掴んだ。

 恐怖で顔が青く染まる。

 心臓が今までにないほど脈打つ。

 縋るように決して側を離れまいと腕に力を込める。

 過去にも感じた恐怖。命を奪おうと迫る理不尽の力。

 それが争うすべもなく迫る。

 

「……2人ともこっちに……」

 

 祖父が2人の手を引いて近くのカプセルまで歩く。

 

「おじいちゃん?何を……」

 

「この中に入りなさい」

 

 有無を言わさずカプセルを開き無理矢理に青羽と咲良を押し込めた。突然のことに抵抗するまもなく2人の体はカプセルの中に閉じ込められる。

 祖父に向けて青羽は手を伸ばす。

 祖父も一緒にと。

 けれど。

 

「待っておじいちゃんは!」

 

 何も返さなかった。

 いつもと変わらず優しく微笑んで。

 自分の最後を察したかのように穏やかだった。

 その目を見て青羽も咲良も理解した。

 とても受け入れたくない現実を。

 けれどそれをどうにかできる力など2人にあるはずが無い。

 

 次の瞬間、シェルターの扉とは反対方向の壁際がその付近の天井ごと崩落した。

 皆そこに視線を集中した。

 息を呑む音が聞こえ誰かの冷や汗が落ちる。

 次に何が現れるか子供でも予想できる。最悪の光景。恐怖で支配された瞳が瓦礫の山から離れない。

 

 腕が見えた。

 

 赤黒い腕。

 一瞬のうちに大量の戦車級や小型BETAがぞろぞろと湧き出てきた。

 

「!、待って…」

 

 祖父は扉を閉じた。

 ゆっくりと閉ざされる視界。

 耳に突き刺さるシェルター内にいた人々の絶叫と虐殺音。

 祖父が最後に口を開いた。

 

「ーーー」

 

 生きろ。

 言葉を脳が理解した時には青羽と咲良の視界は暗闇に閉ざされカプセルの扉の内側しか映さなかった。

 現実を受け入れる暇もなく強い衝撃がカプセルを襲う。

 その衝撃で2人は頭を打った。

 血を流しながら意識が朦朧としていく。

 

 (おじいちゃん……嘘だよね……こんなの全部……)

 

 きっと悪い夢。

 ありえないと現実だと理解しながら、こんな現実認めないとぼやけた頭で必死に逃避する。

 瞼が重くなってくる。意識が遠のく。

 外ではまだ凄惨な光景が広がっていた。そんな事を気にかける余裕もなく青羽も咲良もそのまま意識を沈めていった。

 互いに握った手は離さないまま強く握り合っていた。

 

 

 波の音。

 塩の匂い。

 風の感触。

 青羽は気づいた時には避難船の甲板上だった。

 何があったのか徐々に鮮明になる頭で考える。

 祖父の笑顔が浮かんだ。カプセルに押し込められる前の最後の笑みが。

 

 跳ねるように飛び起きた。

 

「!あなた気がついたのね。駄目よまだ動いちゃ軽傷とはいえ今は無理しないで」

 

 強化装備に身を包んだ女性衛士が近づいてきた。

 話を聞きつつ状況を確認する。あの後何が起きた?何故助かった?

 咲良は?他の人は?

 気だるさの残る体を無理矢理動かして辺りを見渡す。

 隣のストレッチャーに寝かされている咲良が見えた。

 心配して見つめて体を起こそうとする。

 その様子を察した女性衛士が青羽の頭に手を置いた。

 

「安心して、あなたと一緒に救助された子も軽いショック症状はあるけど命に別状はないわ。今は眠ってるだけ」

 

「一緒に救助……そうだ、島は?他のみんなは!」

 

 女性は俯いて答えなかった。

 それが明確な答えだった。

 あの戦いの結末の。

 ストレッチャーから体を下ろして甲板に立ち遠くを見つめた。佐渡島があった。いまだ黒煙が立つその島から青羽達を乗せた船が離れていく。

 遠ざかる故郷だったもの。

 ことごとく蹂躙され全て奪われた。

 家も思い出も家族も。

 

 そのどうしようもない理不尽に青羽はただ膝をつくしかなかった。

 涙が頬を伝って甲板に斑点模様を描いていく。

 何も分かっていなかった。

 世界の日常をBETAの脅威を身をもってまざまざと見せつけられる。

 自分がただ無邪気に抱いていた夢がどれだけ無力であるか、最悪な形で青羽はこの日理解する事になった。

 

「……ごめんなさい、私達が無力なせいであなた達の大切なものを守れなかった」

 

 女性衛士が青羽の背中を摩った。

 女性自身の守れなかった後悔が、何より自分達の戦いの結果をそれに涙を流す少年に胸を締め付けられる。

 無力な自分にどうしようもなく怒りが湧いてくる。

 仲間や守るべき市民。

 多くの人が死んだ。

 結局何も守れず後悔と悲しみだけがこうして残っている。

 世界の日常。

 今日の戦いと同じ終わりの見えない悪夢が世界中で繰り広げられている。

 

「……さない」

 

「……え、」

 

 嗚咽に混じって青羽が何かを呟いた。

 先ほどまでの悲しみとは別の明確な怒りと殺意がこもった言葉。

 次ははっきりと響いた。

 小さくなっていく佐渡島を睨み力強く握り拳に力を込めていまだ涙を流したまま少年は叫んだ。

 

「…許さない!絶対に殺してやる!ベータあぁぁーー!」

 

 絶叫が夕日に染まる空に響く。

 虚しく消えていく怨嗟に染まった言霊。

 受け取る相手も返す相手もいない慟哭。

 

 この日、ある子供達の日常は終わった。

 

 ◆◆◆◆

 

「……ッ夢……」

 

 2001年 横浜基地衛士訓練校。

 あれから三年。

 あの日が悪夢として青羽いまだ苦しめている。

 薬や暗示で最近は落ち着いたはずだった。

 だというのに久々に鮮明にあの日の光景が流れた。

 現実を思い知らされた日、戦う理由が明確になったある意味では生まれ変わったとでも言うべき日。忘れようがない後悔と屈辱の日。

 

 呼吸を整え汗を拭う。

 もう直ぐ起床ラッパがなる時間。

 もう少しで卒業を迎え正式に衛士として任官する大事な時期。

 最後まで気を抜かないように、教官からまた要らぬ説教をもらわないように早めに準備を整える。

 着替えを終えて髪を直しいつでも部屋から出れるよう準備万端でその時間を待つ。

 

 残り数分。部屋の机に飾ってある写真の前に立つ。

 昔に撮った祖父と咲良と撮った写真。

 

「……行ってきます……おじいちゃん、咲良……」

 

 帰らぬ人となった祖父、あれから離れ離れになった咲良に向けて挨拶をするのが訓練生になってからの青羽の日常。

 あの日から少年は戦士を目指し鍛え、間も無く衛士として前線へと向かう。

 そこにあるのは昔のような憧れだけでなく明確な決意と覚悟だった。




伊隅ヴァルキリーズの出番は次回。
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