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「美しい……」
その日、私の中の世界が、ガシャンと激しく音を立ててひっくり返る音がした。
私の名前はヨウ。二階堂ヨウだ。ワイルドハントの一年生。専門は実践音楽でヴァイオリンの演奏をしている他、音と人間の感受性に関する研究も趣味でしている。自分で言うのもなんだが、趣味の分野でもミレニアムでやっていける天才である。見た目だって自信がある。肩口程度まで伸ばした白髪に、琥珀色の鋭い目、すらっとした高身長のシルエットは白衣と合わさり魅力的なできる女の理想像だと思っている。
そんな私には悪癖がある。音楽や研究のためになると周りが見えなくなるところだ。気になったことはどうしてもとことん調べたくなるタイプであり、それに関わるものはどんなものでも手に入れたくなってしまう。最も、その悪癖のおかげで技術が向上した面もあるため今までそこまで気にしたことはなかった。そう、あの日までは────
それはある晴れた日のことであった。大好きなピザをたまには取り寄せではなく店に食べにいこうとした時、公園を立ち寄った。突っ切った方が単純に早いからという理由だったが、その選択は私の人生を大きく変えることになってしまった。
「キェェェェェ!!人間の死が社会の福祉だァァァァァァァ!!」
それは、一瞬のうちに私の意識を奪った。人間から出ているとは思えない声、ギターの重低音、湧き立つ観客。全てが異質で、全てが新鮮で、全てが────ひっくり返った。今まで懐いていた価値観を根底から覆された時、人は何を思うのだろうか。少なくとも私は逆さまにされてごちゃまぜになった世界で、一人、ぽつりと呟いた。
「美しい……」
要するに……一目惚れならぬ一聴惚れである。その日、結局私はピザどころか食事が一口も喉を通らなかった。
自分が研究していたのは、リラックスとか安眠とか、主にそういう方面の音楽であったのだが、その日以来激しい音楽による心身の機能の向上について研究を始めた。
「あの輝きを……もう一度!!」
しかし、研究は遅々として進まなかった。今までもそういったことは何度かあったが、今回は違う。明確な形としてモデルになったものがあるのに、進まないのだ。焦りはミスを生み、ミスは更なる焦りを生んだ。自身で演奏してみようにも、どうにも違和感がある。
「……なぜだ?なぜ上手くいかない?」
ずっと頭の中に響くのはあの音楽。調べたところデスメタルというものらしい。私が全く触れてこなかった音楽分野だ。
「……やはり、彼女が欲しい。彼女の音楽だけじゃない、彼女の存在そのものが欲しい……!そうすれば何かわかる気がするんだ!私の心に残るこの言い表せない感情が!」
それは、研究にひたむきになることによって心の奥底にしまい込んでいた想い。研究材料としてだけでない、初めて人間関係においても自分から強く求める対象。あの人が、欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!!
「……マキに頼んでみようか」
それは芸術に通じる研究者として知り合った友人。グラフィティアートの趣味を持ちハッカーとしてミレニアムで活躍している友人だ。元々は互いに道を分かつ前からの友人だったこともあり、今でもよく一緒にゲームをしたりする仲だ。
私は早速マキに電話をかけることにした。四コールほどした後、マキは電話にでた。
「はいは~い、今ゲーム中だから要件は手短にね~」
「マキ、ちょっといいかい?調べて欲しい人がいるんだけど」
「え?何?ヨウから誰か調べて欲しいって頼むとか珍しいじゃん?」
「いやぁ……同じ学校の生徒についてなんだがね」
「……それ普通に知り合いとかに聞けばよくない?結構生徒が多いといっても全寮制でしょそっち」
「う、うるさい!まだあんまり仲のいい友達がいないんだ!正直、その、ルームメイトともあんまり上手くいってないし……」
「まぁ明らかに研究者気質だもんね……ワイルドハントじゃあ浮いちゃうかもね」
「まぁ、マキならあの人が何者か分かると思ってな……その辺ちょいちょいとやってしまえるだろう?」
「はいはい。それじゃあ特徴教えてよ。今セーブしたからさ」
「ああ、わかった」
私は知っている情報を全てマキに伝えると、数分してマキからデータが送られてきた。他校のデータだというのに相変わらずとんでもないスピードで個人情報を特定するものだと感心する。
「はい。デスメタルバンドのギターやってて緑の長髪ってなるとほぼこの人だと思うけど……というかヨウと同じ専攻じゃん!」
「椎名ツムギ……この人が私の探し求めた人なのか」
見た目は大人しそうな雰囲気でとてもじゃないがワイルドハント内ですれ違っても同一人物だとは気づけないだろう。
「あんまりピンときてない?」
「それがな……ゲリラライブをしていた時ペイントをしていたせいでどんな人かわからなくてな……ワイルドハントの生徒であることまでは突き止めたんだが」
「あ、一応ヨウなりに調べてはいたんだ」
「感謝しようマキ。君のおかげで私の研究が一歩先に進みそうだ」
「……そういう言い方がいまいち馴染めない原因な気がするけどなぁ」
「?」
私はマキに感謝の思いを伝え、電話を切る。最後何か言われたが、まぁ気にするようなことではないだろう。
「椎名ツムギ、椎名ツムギ、椎名ツムギ!!」
電話を切った後、私は歓喜のあまり名前を連呼していた。
「さて、まずはどう接触すべきだろうか。マキの送ってくれたデータによると、オカルトに興味があるようだな。それに、一人で行動することも多いようだ。接触にはそんなに困らないだろう。となれば……彼女の確保は容易いか」
友人からもらったデータを犯罪に利用するのは少し気が引けたが、よく考えたらマキも普段から犯罪に手を出していることを思えば気は楽になった。さっそく彼女について身辺調査を開始することにした。
彼女の身辺調査はそう難しいことではなかった。学年こそ違うが同じ学校で同じ専攻。そして私のことについて詳しい人はあまりいないというのもあって、知り合いだと思われたのだろう。露骨に後を追っていてもあまり気にされていなかった。調査の結果、椎名ツムギはどうやら頻繁に寮監隊から見つからないようにワイルドハントを抜け出しては野宿なんかをしているらしい。そうとなれば、接触はその時が吉だろう。
私は椎名ツムギの行動を監視し、ワイルドハントから抜け出すタイミングを伺った。その時は思ったよりも早く訪れ、彼女は黄昏時、慣れた様子でワイルドハントの中からするりと抜け出した。
「まさかこんな抜け道があったとはな……特殊交易部なるものもあると聞くし、ワイルドハントのセキュリティは思ったよりも甘いのか?」
その後、町に出た後もしばらく後ろをつけ、周囲がすっかり暗くなったころ話しかけることにした。
「やぁ、お初にお目にかかるね。椎名ツムギさん?」
「おや、あなたは……最近私の後をずっとつけていた方ですね?」
「ふむ、バレていたか。てっきりそっちから話しかけてこないから気づかれてないものだと思っていたよ」
「私のことをつけ回す割に話しかけてこないから、てっきり以前訪れたオカルトスポットから幽霊を引っ張って来たかと思いまして……それだったら話しかけるのは基本悪手だと心得ておりますので」
「全く失礼なことを言ってくれるね。私は二階堂ヨウ。あなたの後輩だよ」
「なるほど。それでヒロイン、あなたは何を求め私の後をつけていたのですか?不思議の国の脱出の仕方ならもうお見せしたでしょう?」
「いやなに。それにはもちろん興味はあったが、君にだけ伝えたい情報があってね」
「ふむ……?」
「オカルトに興味があるようだね。私だけが知っているオカルトスポットがあるんだ。案内するよ」
「おや、これは不気味なお誘いですね。それならオカルト研究会全員に教えてくれればいいのに」
「悪いが、二人っきりじゃないとダメなんだ。伝える時も、連れていく時もね。君と私だけというのが大事なんだよ」
「なるほど。確かに儀式において────『ルール』、は大事ですからね。絶対に破ってはいけないものです」
「それじゃあ、ついてきてもらえるかな?」
「ええ、喜んで」
正直、こんなにもあっさりいくものかと内心驚いたが、これも下調べの成果だと思い込むことにした。あくまでも平常心、相手に作戦を悟らせてはいけない。私は事前に決めていたゲヘナ自治区外れの廃屋まで彼女を案内した。
彼女は歩いている最中も何度か話しかけてきたが、正直どんな内容を話したのかいまいち覚えていない。心の中はもうすぐ彼女が手に入るという高揚感と、絶対に失敗できないという緊張感でいっぱいいっぱいだった。
「ここがあなたの言っていたオカルトスポットですか……確かに雰囲気が出ていますね」
「まぁな。いかにも誰も近寄ら無さそうだろう?」
「ええ。オカルトスポットは────『ムード』、が大事ですから。ふふ、柄にもなくテンションが上がってきました」
「では、中に入ろうか。案内するよ」
そのまま階段を下り地下室までツムギを案内した時には、私は成功を確信していた。
「さて、この地下室で何か出るのでしょうか?幽霊?妖怪?はたまた異世界からやって来たもう一人の自分?」
「いいや、この地下室には何も出ないさ。そして、君も一生ここから出られない」
私は地下室の扉を閉め、内側から鍵をかけた。そして、簡単には出られないように荷物で出口を塞ぐ。
「……ふむ?」
「やっとだ。やっとこの状況まで持ち込めた。これで椎名ツムギ。ずっと君と二人っきりだ」
「おや、本当に私を誘い込む怪異だったのですか?私が初めて経験するタイプですね」
「二度も疑うなんて本当に失礼だね君は。最も、私の行動の方が失礼ではあるのだろうがね。私は正真正銘、君の後輩の二階堂ヨウだよ」
「となると……私はさしずめ塔の上のラプンツェルといったところでしょうか?あなたは何を求めて私を捕らえたのでしょうか」
「随分と落ち着いているんだね。ギャーギャーわめくよりもよっぽど魅力的だ。そういうところも素敵なんだね君は」
私は高鳴る鼓動を抑え付けながら、必死に平静を装って近づく。
「言っておくが、銃を取り出さない方がいいよ。君が変な動きをする前に、私のモダンサタンが君を撃ち抜くことになる」
愛銃のモダンサタンを構えたまま、ツムギから決して狙いを逸らさない。
「この密室では既に構えているショットガンである私と折り畳み式の銃である君、どちらが有利かぐらいは戦闘を専門としていなくてもわかるだろう?」
「質問にお答えください。何を求めて、私を捕らえたのでしょうか」
「気丈だね君は本当に……私の研究対象になってもらうために捕らえたのさ」
「研究対象?」
「私は君の音楽と……それを奏でる君自身を非常に気に入っていてね。君と君の音楽を私のモノにしたいんだ。だから、君にはこの地下室でずっと暮らしてもらおうと思ったわけさ。君の言った通り、ここは普通なら絶対に人が来ないような場所だ。安心したまえ、必要なものは全てこちらで用意するさ。君は私のことだけを見て、音楽だけを聴けばいいのさ」
「なるほど……?少なくとも今すぐ危害を加える意思も無ければ、私以外に手を出すつもりも無いと」
「そうだ!私に必要なのは君だけだ!椎名ツムギ!君さえいれば何もいらないのだよ!」
「ふむふむ……では一つ」
「なんだい?」
「お腹が空きました。ご飯が欲しいですと言ったら?」
「……は?」
あまりにも緊張感の欠けた質問。確かに監禁するに当たって色々準備はしてあるが、まさか自分から食事を、こんな状況で要求されるとは思わなかった。
「……そこで待っていてくれたまえ。銃とスマホは預からせてもらうからな」
私はツムギが素直に差し出した銃とスマホを預かり、荷物から食料を取り出す。
「まぁ……ご覧の通りだ」
「ふむふむ。エンジェル24で買ってきたピザとサラダですか。監禁ご飯ってこういうものが出てくるんですね」
「なんだっていいだろう!早く食べたまえよ!」
「焦らせないで下さい。あなたの言う通りならばこれからずっと一緒なんでしょう?ならばゆっくりどっしり構えましょうよ────『余裕』、は大事ですから」
彼女はゆっくり上品に食事を始める。当初の予定とは違うが、こんな間近で彼女の食事を見られるというだけで満足しかけてしまう自分がいるのだから、好きという感情は恐ろしいものだ。
「どうだい……?」
「美味しいですよ」
「そうだろう!なにせピザにはうるさい私がエンジェル24のピザは高く評価しているのだからね!」
「あなたは何か食べないんですか?」
「……君が食べているのを見るだけでお腹いっぱいだ」
緊張なのか充足感からか、食欲が湧かない。結局、ツムギが食べ終わるまで様子をじっと見つめていた。
「さて……では」
ツムギはギターをケースから取り出し、調律を始める。あまりにも自然に取り出したためボーっとしていたが、一気に気が引き締まり食い入るように調律の様子を見る。
「おお……これがツムギ、君のギターか!これを取り出したということは……演奏してくれるということだね!?素晴らしい!」
「ええ。せっかく創作意欲が高まっていますので、ぜひ演奏したいなと」
「ぜひ!ぜひ聴かせてくれたまえ!私に!私のためだけに!君の演奏を!」
あと少しで自分のためだけに、彼女の演奏会が始まる。その事実に胸が高鳴り、平静を保つために必死に我慢していた感情が溢れかえる。もう我慢しなくてもよいのだ。やっと目的が達成できるのだと思わず顔がにやけ、彼女の指先から目を離せなくなる。
「せっかくならば新たなフレーズを試しましょう。あなたがこの世で初めてですよ。これを聴くのは」
「ほ、本当かい!?早く!聴かせておくれ!さぁさぁさぁ!!!」
「それじゃあ……お望み通り連れて行ってやるぜ!地獄まで!!」
ツムギは一瞬のうちに雰囲気が切り替わり、デスボイスを響かせる。
「テメェが誘い込んだのは地雷の塊!ひれ伏せ暴力という名の平和に!!」
そのデスボイスと重低音なギターの演奏に私はいつの間にか涙を流して、その演奏に聴き入ってしまった。
「素晴らしい……私が追い求めていたものはこれだ。これなんだよ、椎名ツムギ」
しかし曲もサビに入り研究のためにノートを取り出し、分析を始めた辺りで違和感に気づく。
「ん……明らかにギター以外の音も混ざってるし臭いも変じゃないか……?」
そう、まだ調査の浅い私は知らなかった。彼女のギターがただのギターでないという情報を。
「キエェェェェェェェェ!!!」
「な、なんだそのギターは!?ギターの先から銃弾が出ているのか!?というより、ギターそのものが銃なのか!?や、やめろ!こんな閉鎖空間でそんなにめちゃくちゃに撃ちまくったら!!」
案の定と言うべきか、デスメタルの大音量と銃の衝撃に耐え切れず地下室は崩落した。その最中もまるでこれは演出だといわんばかりにツムギは演奏をし続けており、崩壊する音すら味方につけて大迫力のライブを遂行してみせた。演奏が終わった後、椎名ツムギは瓦礫の上に堂々と佇んでおり、私は瓦礫に埋まりながらその姿を見て、またあの時と同じ言葉を漏らした。
「美しい……」
激しい音を立てながらひっくり返った世界で、やはり私は彼女に惚れていることを再認識するのだった。
「銃とスマホは回収させていただきますね。それでは、またお会いしましょう」
「ま、待て!?どこに行くんだ!?」
「もう夜も明けますので……学校に帰らないとルームメイトが心配します」
「……私をどうするつもりだい?こんなことをしたんだ。矯正局に突き出される覚悟はしているさ」
「……?どうもしませんよ?私を未知の世界へと案内してくれたウサギさん。あなたのおかげで新しいインスピレーションと巡り合うことができました」
「!!?私が!私が怖くないのか!?」
「今までもっと怖いものをたくさん見てきたので。さようなら……ヨウさん。またお会いしましょう」
去っていく後ろ姿を見て、私は作戦が失敗した悔しさや、通報されなかった安堵などもあったが、自分でも驚くことにそれよりも優先された感情があった。
「よ、ヨウさん……名前を呼んでくれた……ふへへ……うひひ……」
────どうやら私は完全にイカれてしまったらしい。名前を呼んでくれた時のあの声ばかり脳内で繰り返してしまい、結局脳が瓦礫からの脱出に考えを至らせたのは五分ほど経った後だった。
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