「はぁ……迂闊だった。私に限ってこんなミスをするだなんてね」
椎名ツムギの監禁に失敗した私はワイルドハントに帰った後、勝手に抜け出したのが寮監隊に見つかってしまい寮の反省部屋に放り込まれてしまった。捕まった時はワンチャン同じく勝手に抜け出したツムギと一緒になれるのではないかと期待もしたが、彼女はしっかり寮監隊の監視を抜けて自分の部屋に帰ったようだった。
「だがまぁ、あれだけのことをしてこの程度の罰というのなら、随分と軽い方だろう。今は捕まってしまったことを憂うよりも、次の作戦について考えなけばな」
実験と同じだ。挑戦して失敗したならば、もう一度挑戦しなおせばいい。とはいえ、同じアプローチでは同じ結果しか出てこない。次はどんなアプローチをするかゆっくり考える。
「……中々思考がまとまらないな」
当然だ。昨日は色々あった。あそこまで最愛の人に接近し演奏を聴くことができたのだ。その上、名前まで呼んでもらえた。今でもあの夜の声は頭の中に響いている。思考が纏まらないのもむべなるかな。
「……とりあえず、一曲演奏するか」
ヴァイオリンを取り出し、一曲演奏する。演奏したのはグリーグのペール・ギュント、第一組曲より『朝』。ヴァイオリンの優しい音も相まって自律神経を整え心を落ち着ける効果がある。
「最近はツムギの演奏に憧れて電子ヴァイオリンでデスメタルの演奏ばかりしていたが、やはり気分を落ち着ける時はクラシックに限るな……演奏に慣れているのもあって気分が落ち着く」
昔から何度も何度も演奏し、聴いてきたクラシックは平常心を取り戻すのにこれ以上ない成果をあげてくれた。さて、すっきりした頭でもう一度何をするべきか考えてみる。まず、今回の件は許されたといっても間違いなく彼女の警戒心は上がっているだろう。それを踏まえて、次は自分の姿がバレないようにしつつ誘導するのがいいだろう。
そんなことが可能かどうかで言えば……一般的には難しいだろうが私の頭脳と彼女の行動パターンが合わされば十分可能だろう。
「彼女が危険に飛び込むタイプで本当によかったよ……もし今回の件を警戒しているならしばらくオカルト関係の活動をやめるかもしれないのはネックだが……その時は別のアプローチを考えよう」
私は反省部屋で名ばかりの反省をした後、また椎名ツムギに関する調査を始めた。といっても、以前の様に後を付ければまた怪しまれるだろう。そこで私は、以前404号室に仕込んでおいた盗聴器メインで情報を集めることにした。
幸い部屋にはいくつか研究に使う機械があるうえ、どれも音関係のものばかりである。盗聴器の受信機など、今更一つ増えたところでルームメイトは怪しんだりはしないし、機械に向かいながらずっと音を聞いていても、いつもと大して変わらない。元々ルームメイト
とはあまり親密な仲では無かったこともあり、今までは全く怪しまれなかったし、これから使う頻度を上げても怪しまれないだろう。
「さて……慎重に情報を集めるとするか」
当然、音だけではあまり重要な情報は手に入らない。それでも、時折聞こえるツムギの声が、彼女の演奏音が、それだけでも私に盗聴を続けさせる元気を与えてくれた。
「最高だ……君という存在が私にもたらす全てが、こんなにも私に力を与えてくれる。君という存在が、私に足りなかった部分を全て埋めてくれるんだ」
実際、彼女という存在を知ってから私の芸術の幅は大きく広がり、芸術の練度という点では跳ね上がったと確信している。もし彼女の全てが自分のモノになった際は、どれだけの芸術的躍進が得られるだろうか。楽しみで仕方がない。
私は盗聴と創作活動を続けながら、その日は上機嫌で一人、お気に入りの店である『コット・ピッツァ』でピザを食べていた。注文したのは水牛のモッツアレラと牛肉のブレザオラ(塩漬け)のピザである。二種の牛が織りなす旨味の突撃が口の中に広がる超攻撃的なピザである。最近盗聴に作品作りにと疲れた体に強烈な旨味が染みわたり、思わず目を閉じて自分だけの世界に入り込む。もし私とピザだけのこの世界に入ってこられる存在がいるとすれば、ツムギぐらいのものである。
「こんにちは、ヨウさん。相席失礼しますね」
目を開けると、そこにいたのは向かいの席にいつの間にか座っている椎名ツムギであった。あまりの衝撃に口の中から零れそうになったピザを咄嗟に両手で抑えて防ぎきる。
「んぐっ!?し、椎名ツムギ!?なぜ君がここに!?」
よっぽどのことが無ければ彼女の方から私に接近してはこないだろう。まさか盗聴がバレて直接話をしにきたのかと思い身構える。
「いえ、最近全然姿を見ないので、どうしているのか気になってしまって、街中で見かけたのでこっそり後をつけてきたんですよ」
「つけてきた!?」
「ヨウさんがそこに関して何か言えるのでしょうか?」
もちろんそこに関しては何か言える立場ではない。盗聴がバレていなかろうと、以前私は彼女をつけ回し、監禁しようとしたのだ。何をされても文句を言える立場ではないのは理解している。理解してはいるが、まさかストーカー返しされるとは夢にも思っていなかった。
「そ、そんな気軽に私に接触してもいいのかな?宣言するが、私は君を諦めるつもりなどないよ」
「おや、素直なんですねあなたは。直球で求められるなんて、嬉しいものですね」
「何を言っているんだい……?君にとって私は敵(ヴィラン)なんだぞ?」
「例え敵(ヴィラン)であったとしても、それがキャラに魅力そのものを損ねる理由にはなりません。むしろ、傲慢で直情的な台詞は敵(ヴィラン)の魅力を引き上げる要素(エッセンス)でしょう?」
「……君はまるで他人事のように語るんだね。被害にあうのは君なんだよ?」
「逆です。私が被害にあうと確信しているから、物語のように楽しむことができるのです」
「ふむ?」
「ヨウさんが私に釘を刺してくれたならば、私も刺し返しましょう。私以外の人、特にオカルト研究会のみんなに手を出してはいけませんからね?」
「もし、手を出したらどうなるんだい?」
私は純粋な興味から聞いてみる。彼女が怒っている姿なぞ想像もつかない。だから、ここで少し意地悪な言い方で彼女を揺さぶってみることにしたのだ。彼女からの返答は────
「さぁ……?どうなってしまうのでしょう。私でもわかりませんね。しかし、知らないでいいことを調べようと踏み込んだ結果、既に帰れない領域に足を踏み入れているというケースもあるのですよ────『未知』、は警鐘の一つですから」
笑顔で、落ち着いた声で、醸し出すのは本能的に恐怖させるオーラ。まるで本物の人喰い鬼にでもあったかのような、オカルト的恐怖に体が自然と震えあがる。
(なぜこんな落ち着いた声が。こんなにも恐ろしいんだ……?やはり彼女は私に未知を与えてくれる……だが、一応この警鐘には従っておくことにしようか。彼女の機嫌を損ねてもいいことは何もない)
「あ、ああ。理解したよ」
「ふふ、素直な人は好きですよ」
「さて、私も注文するとしましょう。おススメのピザはありますか?」
ツムギはメニュー表を広げて、私の方に見せてくる。恐らく以前私がピザにうるさいと言っていたのを覚えているのだろう。完全に私の舌を信用しているようだ。
「……この店での一番のおススメは今私が食べているものだが」
「じゃあ二番目は?」
「悩むが……カプリチョーザはどうだい?」
「カプリチョーザ……意味は『気まぐれ』でしたね」
「今日のカプリチョーザが何かは知らないが……この店の日に合わせた厳選食材なら相当信頼できる。私も何度も頼んだことがあるよ」
「では、そちらにしましょうか」
程なくして提供されたカプリチョーザは、サラミとマッシュルームにトマトのシンプルなトッピングだった。サラミはカリッと焼かれて脂で光っており、トマトは皮に焦げ目がついてできた萎んでおり、それだけで上手さが凝縮されているのが伝わってくる。何よりたっぷり乗せられたチーズはジュクジュクとまだ音を立てており、早く食べろとせがんできている。
「なんともまぁ美味しそうですね」
「さぁ、ぜひ熱いうちに食べてみてくれ」
店員でも、ましてやシェフでもないのに私は得意げにツムギに勧める。ツムギは一切れ手に取って、上のチーズや具材がとろりと零れないように左右から折り畳み、頬張る。
「これは……サクサクの薄い生地がシンプルな具材の旨味を包んだ状態でこれでもかと押し出してきて……ふむ、流石ピザ好きのヨウさんが認める店なだけはありますね」
「ここの店のピザはローマピザだからね。クリスピー感が強い。その分具材の旨味がダイレクトに伝わってくるから、具材にはよく拘っているんだ」
「さて、それじゃあ一切れ交換しましょうか」
「……は?へ?」
「ん?複数人出来たら、やっぱりシェアしたいじゃないですか。ピザなんて」
「……特に気にしてなかったが、もしかして二番目のおススメを聞いた理由って」
「シェアするなら別の味の方がいいでしょう?」
「は、はぁぁ!?」
衝撃の提案に私は素っ頓狂な声をあげる。監禁犯と相席までなら監視としてわかるが(いややっぱりこれも分からない気がするが)、これではまるで友人ではないか。
「……もしかして、ピザをシェアとかしたことありませんか?」
「ば、バカにしないでくれたまえ!いくら友人関係が狭かろうとそれぐらいの経験はある!」
といっても最後にしたのは中学時代にマキと一緒にピザを頼んだ時以来なのだが。
「じゃあ一切れそちらの皿に乗せますね」
「むぅ……何を考えているんだい君は本当に」
「おや?不満ですか。あーんしてあげないと嫌ですかね?」
「そ、そういう問題じゃない!私をからかうだなんてどんな神経しているんだい!?」
結局、彼女のペースに乗せられてピザを交換して食べることになったのだった。
「そういえば以前から気になっていたんですが、ヨウさんは私のどういった点が気に入ったのでしょうか?」
交換したカプリチョーザを食べている私に、ツムギは唐突な質問をぶつけてきた。
「難しいことを聞いてくるんだね……語るだけで論文ができてしまいそうだが、簡潔にまとめるとすれば君が私の知らない世界を教えてくれる存在だからだよ」
ツムギは興味深そうに、ふんふんと相槌を打つ。あまり自分のことを語るのは得意ではないが、彼女が所望しているというのならば、仕方ない。
「私の家は音楽家の中でも伝統を重んじる家でね。クラシック以外は音楽じゃないと子どもに教えるような古臭い考えだったのさ。その古臭い考え自体は嫌いだったが私はクラシックそのものは溺愛していてね。確かにそんな古臭い考え方を人に染みつかせるだけの魅力があるのは事実だ。だからこそ私は、新しい観点でクラシックの価値を証明するためにワイルドハントに入り研究をすることにしたんだ。クラシックの価値を証明することは、それを演奏する私自身の価値の証明にも繋がるしね」
「道理で。ワイルドハントの制服の上に白衣を羽織っている特徴的なファッションの真意が理解できました」
「この白衣は全てを解き明かす覚悟の表れとも言えるのさ。ただ……君は私の研究してきた全てにおいて真反対にいる存在だ。それなのに、強烈に惹かれた。その理由を突き詰めるために、私は君が欲しい」
「ふふ、情熱的ですね。そうですか、それがあなたの情熱の元────『覚悟』、は人に熱を与えてくれますから」
「もう一度宣言しよう。私は君を諦めない。さて、君とのおしゃべりは楽しいが、冷える前にピザを食べようか」
その後、私とツムギは美味しいピザを食べながら他愛のない話をして、とても悪人(ヴィラン)とお姫様(ヒロイン)とは思えない調子で別れたのだった。完全にツムギのペースに乗せられてしまったが、不思議と気分は悪くなかった。
ある日の夕方、いつも通り盗聴していた結果、私は待望の情報を手に入れることができた。
「ツムギ先輩。荷物まとめてあったけどまたどこかに出かける気?」
「ええ、夜こっそり出て、トリニティにある悪魔の館の調査に向かおうかと」
「また一人で調査って……変なことして怪我したりしないでよ?」
「心配してくださりありがとうございます……レナちゃんもついてきます?」
「絶対にやだ!というか外出許可とってないのに勝手に出るの本当はダメなんだからね!?」
「まぁ、面白いものが見つかったらみなさんに報告しますよ」
話している相手は後輩の衣斐レナだろう。
「トリニティの悪魔の館……確か以前盗聴している時に名前が出ていて調べたな。場所もわかるし、あそこなら何かあっても誰かに知られるようなことは早々ないだろう……あそこで捕らえて、ルームメイトたちが来る前に別の場所に移動……が妥当かな」
私は大急ぎで荷物を抱えて学園から(あくまでも寮監隊に見つからないように)飛び出し、ツムギが訪れる前に館の内部で準備を始めることにした。
館はトリニティ自治区の端にあり、周囲に人の気配はなく想定よりも大きい建物であった。外壁の欠損から侵入も容易く、玄関から中に入れば蜘蛛の巣と埃だらけの想定通りの景色だ。
「さて、ツムギが来るまでにできる限り罠を仕掛けることにしよう」
私は持ち込んだロープやナイフを使い、姿を見せずにツムギを捕まえられるような罠を可能な限り用意した。深夜になれば想定通り彼女は正門に現れ、外壁の穴から侵入して玄関を開ける。その様子を私は二階から双眼鏡で覗き、急いで配置につくのだった。
「ふふ、さぁて。どのような物語が私を待ち受けているのでしょうか?」
ツムギはウキウキでまずは玄関から一歩踏み出す。
「さて、まず玄関にはロープを使った捕獲用の罠を用意したが、引っかかるかどうか……」
作ったのはロープに引っかかれば足を絡めとる簡易的なトラップである。とはいえ、深夜で屋内ともなれば足元は暗く屋敷の中は散らかっているため気づくのは難しい。自分だったらすぐに引っかかるような場所に設置したつもりだ。
「これであっさり捕まるならいいのだが……」
暗闇の中、玄関を凝視する私の目線にツムギは気づかず、一歩、また一歩とロープへと近づき……
「おや、ロープが張っていますね。避けて通りましょう」
……まさかの一瞬で見破られてしまった。
「むむ……そうか。深夜の暗闇の中を移動してきたから、この館に入って来たばかりの時の私と違って暗い中でも目が慣れているのか……?それとも感が鋭いのか。まぁいい。次のポイントに先回りするとしよう」
ツムギにバレないように食堂に入り、ガタガタと録音しておいた音を立てる。
「おや……向こうで何か新しい出会いが私を待っている気がしますね」
音の発生源が気になったツムギは想定通り次の罠が仕掛けてある食堂に入ってきた。音と人間の感受性の研究をしている私にとって、音で好奇心の強い人の誘導など朝飯前である。
「さて……ここではシャンデリアに網を仕掛けてあったな。下を通ったタイミングで網を落として彼女を確保しよう」
私は食器棚の上からシャンデリアの上に飛び乗って待機しておき、ツムギの様子を伺う。
「さて……先ほどの音の正体はどこからでしょうか……特に物が倒れていたりはしませんね……となると、本物の怪異でしょうか?」
ツムギは部屋に入ってぐるりと周囲を見渡すが、暗闇も相まってさすがにシャンデリアの上は死角であり見つからない。
(さぁ……早くシャンデリアの下に来るといい……その時こそ、君が私だけのモノとなる時だ……ん?)
入口辺りでツムギが何やらごそごそしている。双眼鏡を使って覗いてみるが、暗くていまいち何をしているかわからない。突如、耳をつんざくような銃声が、大きな食堂中を震わせ支配した。
「姿を現せェェェェーー!!クソ悪魔がよォォォォォォ!!!みみっちく隠れてるんじゃねぇぞヒャッハァァァァァ!!!」
デスボイスと銃声の二重奏が部屋を駆け巡る。というか銃弾は部屋中を跳弾し跳ねまわっている。
「ヒィィィィィィィ!?な、何が起きてるんだいこれは!?」
突然のことにパニックを起こした私は必死にシャンデリアにしがみつき、丸くなる。背中には何発か銃弾が命中して、鈍い痛みと熱が全身に広がっていく。食器棚は倒れ、机はひっくり返され、そして最終的にはシャンデリアは自分ごと落下し、硝煙と埃の渦の中、床に激突した。私はシャンデリアと網の下敷きとなって黒一色から白黒になってチカチカする世界を見上げた。
「ふむ……ここまでやっても出てこない以上、気のせいだったかネズミ辺りの仕業だったか……ここまで住処を荒らされても怒らない辺り悪魔では無さそうですね?次の場所に向かうとしましょうか」
そのまま彼女はどこかへと向かってしまった。ぐるぐる回る世界の中、私は必死に網とシャンデリアから這い出て、精一杯の笑みを浮かべる。
「ふ、ふふふ……さすがオカルト研究会副会長。なんとダイナミックな捜索方法。完全に流れを奪われてしまったが、まだこれからだよ……私の用意した罠はまだまだあるんだからね……さて次の配置に移動を……ふぎゃっ!」
立ち上がって移動しようとするが、シャンデリアに足が引っかかって転んでしまった。自分でも情けない声を出してしまったが、なんとか気を取り直して立ち上がり次の場所に移動をする。
しかし、ツムギの快進撃は止まらず罠だらけの館はどんどん彼女に踏破されていくある罠は普通に見破られ、ある罠は罠ごと踏みつぶされ、ある罠は偶然回避され、悉く失敗。結局最後の寝室まで来られてしまった。
だが、この寝室は特別だ。なにしろ、ありったけの爆弾をこの部屋に持ち込んでおいたのだから。そう、キヴォトスで最後に頼れるのはやはり火薬。爆破で気絶させてしまうという最も単純であり、最終手段である。
「本当は彼女を傷つけるような行為はあまりしたくないのだが……私のものにならない彼女への罰だ。仕方ない」
爆弾を設置した床下の位置を確認して、上からもう一度カーペットを被せる。体重をかければ爆弾の海に落ち、無事では済まない。強引すぎる方法だが、罠自体は綺麗に隠せている。私は今度こそ成功を確信していた。
その時、私も設定していないガサガサという音が鳴り、立てかけてあった古びた銃が独りでに倒れた。不思議に思った私は、近づいて確認してみる。
「……?おや?こんな誘導は設置してないのだが」
まぁ自分が動いたせいで倒れたのかと思った矢先、ずるりと毛布がベッドから落ちるではないか。
「な、なんだい……?まさか、悪魔が出たってわけじゃないだろう?」
トリニティの悪魔の館。以前調べた時に書いてあったのは、この館は他の名家を没落させ、自分たちをトリニティの支配者とするために悪魔召喚を試みたが、人間が好物の悪魔に全員喰われてしまったと。それ以来、この館に迷い込んだ人は悪魔に喰い殺されるというのが、噂の全容だ。
私はツムギを手に入れられる可能性に浮かれてそのような話など忘れていたが、ふと一度疑ってしまうと、全身が強張る。そういえば準備をしていた時も、不穏な影を見たような気がしたと今まで微塵も気にしなかった小さな部分が、巨大な影と化して私の心を暗闇に染めていく。
「おいおい、私は何を気にしすぎているんだい?」
口先だけは強気で、しかし一度意識してしまった以上どうしても気になってしまい、私は毛布をめくって覗き込んでしまった。
「なんだ!やっぱり悪魔なんていないじゃないか!」
ライトで中を照らしても悪魔の姿なぞ見当たらない。そうして私が安堵した瞬間だった。私の顔に20cmほどの影が跳びかかったのは。
「チュー」
「いやぁぁぁぁぁ!!?悪魔ァァァァァ!!?」
私は恐怖のあまり床を転がりまわり、必死に顔に引っ付いた何モノかを引きはがそうともがく。顔についた謎の存在は幸いすぐに離れたが、パニックに陥った私はそれでも恐ろしくてもがくのをやめられなかった。その時私はドボンと穴に落ちた。余計に混乱は加速し、情けない悲鳴をあげる。
「いやぁ!!いやああああぁぁ!!?たすけてぇ!!?」
次の瞬間、悪魔の館には相応しくないない光が寝室中を満たし、巨大な爆発音が私の鼓膜を破壊して体は熱に包まれる。私の意識があったのはそこまでだった。
なんとか爆発から意識を取り戻しワイルドハントに帰った私は自室のベッドに横たわり、ミイラのような姿で盗聴をすることになった。
「ですからレナちゃん。唐突に館が爆発したんです。これは立派なオカルトですよ」
「嘘ばっかり!そもそも急に爆発するオカルトって何よ!?騙すにしてももっとマシなエピソードを考えてきてよ!」
「そうは言われましても……実際に女性の悲鳴が館中に響いたあと館が爆発したのは事実ですし」
「きっとあれよ!ツムギ先輩がうっかり落とした手榴弾か何かが、館に保存してあった火薬が引火したのよ!悲鳴は最初の爆発音と聞き間違えたの!」
「確かに怪異をあぶり出すためにちょっとめちゃくちゃに銃を撃ったりはしましたが……」
「なんてことしてるのよ!?本当に意味わかんない!!だから爆発したのよ!バカ!本当にバカ!!」
「絶対に何者かがいる気配を感じたんですがねぇ。しかし、残念ながら今回の爆破騒ぎでしばらくあの館の調査はできなさそうなのが残念です。ですが、おかげで────『インスピレーション』、は得ることができました」
全てを知っている私は、完全に悪魔というワードがトラウマになってしまったものの、ツムギのインスピレーションの一助になったことには満足し、傷を治しながら次の機会を虎視眈々と狙うことにするのだった。
気が向いたら評価お願いします!