風紀委員としての活動、友人たちとの交流、雫との魔法研究。
平穏な日常が続く一方、校内では一科生と二科生の対立が徐々に表面化し始めていた。
そして、その背後では別の思惑も動き始めていた。
西暦二〇九五年四月十一日。
国立魔法大学付属第一高校。
週明けの校内は、普段どおりの賑わいを見せていた。
新入部員勧誘週間が終わり、生徒たちは本格的な授業へと意識を向け始めている。
そんな一年A組で、九條剣也は端末を操作していた。
「剣也」
隣から声がした。
北山雫だった。
「ん?」
「昨日の資料、見てくれた?」
「ああ。かなりよくなってたな」
「本当?」
「うん。特に、対象ごとの微調整を独立させたところ」
雫は小さく頷いた。
「そこ、考え直した」
「いいと思う。共通処理の効率を維持しながら、個別制御の精度も確保できる」
「でも、まだ問題がある」
「演算負荷?」
「うん」
剣也は笑った。
「そこは実際に試してみないと分からないな」
「試したい」
「だろうな」
雫は少し首を傾げた。
「どうして分かったの?」
「顔に書いてある」
「……書いてない」
「書いてるって」
二人は小さく笑った。
そこへ、ほのかがやってきた。
「おはよう、二人とも!」
「おはよう」
「おう」
ほのかは二人の端末を覗き込んだ。
「また研究?」
「うん」
雫が答えた。
「剣也と昨日の続きを話してた」
「本当に仲いいね、二人とも」
「そうか?」
剣也が首を傾げる。
雫も同じように首を傾げた。
ほのかは苦笑した。
「……そういうところも似てるよね」
◇◇◇
昼休み。
剣也は達也と一緒に食堂へ向かっていた。
「司波」
「何だ?」
「最近、校内の雰囲気が少し変わったと思わないか?」
達也は僅かに目を細めた。
「一科生と二科生のことか」
「ああ」
剣也は頷いた。
入学当初から存在していた区別。
一科生と二科生。
それ自体は学校制度として定められているものだった。
しかし、最近はその区別を理由にした対立が目立ち始めていた。
「昨日も、二科生の生徒が一科生に絡まれたって報告があった」
剣也が言った。
「知っている」
達也は淡々と答えた。
「風紀委員会にも記録が残っている」
「そうだな」
剣也は少し考えた。
「制度そのものと、人間の優劣は別なんだけどな」
「そう考えない者もいる」
「まあな」
達也は剣也を見た。
「お前は本当に気にしないんだな」
「何を?」
「一科生と二科生の違いを」
剣也は肩をすくめた。
「前にも言っただろ。制服のエンブレムで実力を判断する趣味はないって」
「ああ」
「それに、司波みたいな奴が二科生にいる時点で、単純な優劣じゃないのは明らかだろ」
達也は僅かに笑った。
「買い被りだ」
「そうかな」
「少なくとも、俺はそう思っている」
「じゃあ、そういうことにしとくよ」
剣也は笑った。
◇◇◇
放課後。
風紀委員会の詰所。
摩利は端末に表示された報告書を眺めていた。
「……増えているな」
「一科生と二科生の対立に関する報告ですね」
鈴音が答えた。
「ああ」
摩利は頷いた。
「小さな口論から、魔法使用寸前の事案まである」
真由美も同席していた。
「困ったものね」
「単なる新入生同士の対立なら、まだいいんだが」
摩利は腕を組んだ。
「妙に煽るような言動をする生徒がいる」
剣也はその言葉に反応した。
「煽る?」
「ああ」
摩利は資料を示した。
「特定の生徒が、一科生と二科生の差別を強調する発言を繰り返しているらしい」
達也が画面を確認する。
「……なるほど」
剣也は少し考えた。
「思想そのものを取り締まるわけにはいきませんけど、実際に騒動を起こしているなら別ですね」
「そのとおりだ」
摩利は頷いた。
「風紀委員会の仕事は、校内の秩序を守ることだ。考え方を強制することではない」
「分かりました」
「二人とも、しばらく注意してくれ」
「了解です」
「承知しました」
◇◇◇
同じ頃。
校舎の一角。
数人の生徒が集まっていた。
「……やはり、この学校はおかしい」
一人の男子生徒が言った。
「一科生だけが優遇され、二科生は不当に扱われている」
周囲の生徒たちが頷く。
「そうだ」
「実力があるのに、評価されない生徒もいる」
男子生徒は続けた。
「この制度を変えなければならない」
その言葉には、確かな不満が込められていた。
しかし。
その場にいる全員が、純粋に学校制度の改善だけを望んでいるわけではなかった。
中には、別の目的を持って近づいている者もいる。
もっとも、その事実を知る生徒はまだ少ない。
◇◇◇
夕方。
剣也は校内の共有学習スペースで、雫と向かい合っていた。
「ここを変えたらどうかな」
剣也が画面を指す。
雫は真剣に見つめた。
「……なるほど」
「ただ、これだと別の問題が出る」
「演算負荷?」
「ああ」
雫は少し考えた。
「じゃあ、ここを分ける?」
「それもありだな」
二人はしばらく議論を続けた。
やがて、雫が端末を閉じる。
「……今日はここまで」
「そうだな」
剣也は笑った。
「結構進んだな」
「うん」
雫は小さく頷いた。
「楽しかった」
「俺も」
二人は並んで立ち上がった。
廊下へ出ると、夕日が窓から差し込んでいた。
「剣也」
「ん?」
「最近、忙しそう」
「風紀委員の仕事?」
「うん」
「まあ、ちょっとな」
雫は少し考えた。
「無理しないでね」
剣也は笑った。
「ありがとな。でも、大丈夫だよ」
「本当?」
「ああ」
雫はじっと剣也を見た。
そして。
「……なら、いい」
小さく頷いた。
剣也はその様子を見て、少しだけ表情を和らげた。
「心配してくれてありがとな」
「うん」
二人は再び歩き始めた。
◇◇◇
同日夜。
京都。
九條家本邸。
剣也は自室で、風紀委員会から共有された報告資料を確認していた。
一科生と二科生の対立。
校内での不満。
そして、特定の生徒による扇動的な言動。
「……ふむ」
剣也は考え込んだ。
(単なる不満だけなら、ここまで急に広がるものか?)
もちろん、入学当初から存在していた問題ではある。
だが、最近の動きには少し不自然な部分があった。
特定の話題が、妙に効率よく広まっている。
同じような主張が、複数の場所で繰り返されている。
(……誰かが意図的に広めてる可能性もあるか)
剣也は端末を閉じた。
ただし、現時点では証拠がない。
憶測だけで誰かを疑うつもりはなかった。
「明日、司波にも話してみるか」
剣也は小さく呟いた。
彼はまだ知らない。
この校内の対立が、やがて外部の組織とも関わる事件へ発展していくことを。
そして。
その事件を通じて、司波達也という少年の異質さを、さらに深く知ることになることを。
春の夜。
九條家本邸は静けさに包まれていた。
だが、第一高校では既に、平穏な日常を揺るがす小さな歯車が動き始めていた。
第十話では、原作入学編の重要な要素である一科生・二科生の対立と、その背後にある不穏な動きを描きました。
剣也は高い知覚能力と判断力を持ちますが、証拠がない段階で事件の全容を見抜くことはありません。
次回以降は、壬生紗耶香たちの動きや、校内で広がる対立に少しずつ踏み込んでいきます。