魔法科高校の剣聖   作:1番道路

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世界的に知られる『剣聖』、九條剣也。

第一高校に入学した彼は、北山雫や光井ほのかと知り合い、高校生活を始めた。

そして、この学校にはもう一人、常識では測れない魔法師がいた。

その名は司波達也。

やがて親友となる二人の、本格的な交流が始まる。



第二話 入学編Ⅱ 二人の規格外

西暦二〇九五年四月四日。

国立魔法大学付属第一高校。

入学式から一夜が明け、校内には新入生たちの活気が満ちていた。

「剣也、おはよう」

教室に入った途端、声をかけられた。

窓際の席に座っていた北山雫だった。

「おはよう、雫。早いな」

「剣也も」

「俺はちょっと早く着きすぎただけ」

「私も」

「……また同じか」

「うん」

二人は小さく笑った。

入学式でたまたま隣り合わせになり、昨日は光井ほのかも交えてしばらく話をした。

それだけの関係ではあるが、剣也には雫が不思議と話しやすかった。

何より、こちらの肩書きを気にしない。

世界的に知られる剣聖。

古式魔法界の盟主である九條家の後継者。

そんな肩書きは剣也にとって日常の一部でしかない。

だが、世間ではそうはいかない。

魔法師の関係者に会えば大仰に挨拶され、武術家に会えば試合を申し込まれ、政治家に会えば妙に丁寧な態度を取られる。

その点、雫の反応は新鮮だった。

「ところで剣也」

「ん」

「昨日の話」

「ああ、魔法の」

雫が頷く。

「剣也は、CADを使わなくても魔法を発動できるって本当」

「できるよ」

「現代魔法も」

「うん」

「……すごい」

雫の表情は相変わらず静かだったが、瞳には明らかな興味が浮かんでいた。

「でも、使わない方がいい場面もあるからな」

「どうして」

「CADの方が楽な場合がある。起動式を使った方が、特定の処理を効率化できることもあるし」

「無補助で発動できるのに」

「できることと、いつもそうするべきかは別だろ」

雫は少し考え込んだ。

「……なるほど」

「便利な道具は使った方がいい。魔法師だって人間なんだし」

「合理的」

「そう言ってもらえると嬉しいね」

そこで教室の扉が開いた。

「おはよう、雫」

光井ほのかが元気よく入ってくる。

「おはよう、ほのか」

「おう、おはよう」

「あ、もう名前で呼んでる」

「昨日そういう話になったからな」

「私も剣也って呼んでいい」

「もちろん」

「じゃあ、剣也」

ほのかは嬉しそうに笑った。

雫はそんな幼馴染を見つめ、ぽつりと言った。

「ほのか、声が大きい」

「えっ そんなに」

「少し」

「うう……」

剣也は思わず笑ってしまった。

高校生活二日目。

どうやら、悪くない滑り出しになりそうだった。

│││

昼休み。

剣也は食堂へ向かう途中、校舎の中庭に目を向けた。

そこには、昨日見かけた男子生徒がいた。

入学式の会場近くで、妙に異質な魔法の気配を感じた少年だ。

男子生徒は数人の新入生と話している。

赤い髪の少女。

体格のいい金髪の少年。

眼鏡をかけた、おとなしそうな少女。

その中心にいる男子生徒の態度は、驚くほど自然だった。

(……やっぱり気になるな)

剣也は足を止めた。

すると、相手もこちらに気づいた。

二人の視線が合う。

今度は剣也から歩み寄った。

「よう」

「……君は」

「九條剣也。同じ新入生だ」

男子生徒はほんの一瞬、目を細めた。

「司波達也だ」

「司波……ああ、もしかして」

「何だ」

「昨日の新入生総代の兄さんか」

「そうだ」

「なるほど。妹さん、すごかったな。挨拶も魔法師としての能力も」

達也は少しだけ表情を和らげた。

「妹を褒めてもらえるのは嬉しいな」

「本心だよ。同年代であれだけ精密な魔法制御ができる人間は珍しい」

その言葉に、達也の目つきがわずかに変わった。

「……そこまで分かるのか」

「一応、魔法師だからな」

「一応、か」

達也の口元に薄い笑みが浮かんだ。

「世界的な剣聖が、随分と控えめな言い方をするんだな」

「知ってたのか」

「もちろん。九條剣也の名前を知らない魔法師は、そう多くないだろう」

「それは買い被りじゃないか」

「少なくとも、俺は知っている」

剣也は肩をすくめた。

「まあ、よろしく。司波」

「ああ。よろしく、九條」

二人が握手を交わす。

その瞬間。

達也は、わずかな違和感を覚えた。

(……何だ)

相手の手から、特殊な魔法が発動した気配はない。

しかし、目の前の少年が纏う情報の状態には、通常の魔法師とは異なる特徴があった。

想子の流れが、恐ろしく自然なのだ。

魔法演算領域の処理によって生じる不均衡や無駄が、ほとんど見受けられない。

まるで、呼吸するのと同じ感覚で魔法を扱えるかのようだった。

一方、剣也もまた、達也の異質さを改めて感じ取っていた。

(普通の魔法師とは、明らかに違う)

だが、その違和感を口にはしなかった。

他人の能力を初対面で詮索するのは、礼儀に反する。

ましてや、相手が何かを隠しているのであれば尚更だ。

「ところで司波」

「何だ」

「飯、もう食った」

「いや、これからだが」

「なら一緒にどうだ ちょうど食堂に行くところだったんだ」

達也は少し意外そうな顔をした。

「構わないが……一科生の君が、俺たちと一緒でいいのか」

「ん」

剣也は首を傾げた。

「どういう意味だ」

「俺は二科生だ」

「それが」

あまりにもあっさりした返事だった。

達也は一瞬、言葉に詰まった。

赤毛の少女が、面白そうに笑った。

「あはは いいじゃない、この人」

「おい、エリカ……」

「だって、達也君が珍しく困ってるんだもん」

少女は剣也に向き直った。

「千葉エリカ。よろしくね、剣聖君」

「九條剣也。よろしく、千葉さん」

「エリカでいいわよ」

「じゃあ、エリカ」

「うん、よろしい」

その隣で、金髪の少年が笑う。

「西城レオンハルト。レオって呼んでくれ」

「よろしく、レオ」

「いやあ、まさか入学二日目で本物の剣聖と知り合うとはな」

「そんな珍獣みたいに言うなよ」

「珍獣より珍しいだろ」

「否定しづらいな……」

最後に、眼鏡の少女が控えめに頭を下げた。

「柴田美月です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。柴田さん」

そんなやり取りをしているうちに、自然と全員で食堂へ向かうことになった。

達也は横を歩く剣也に視線を向ける。

「九條」

「ん」

「君は一科生と二科生の区別を気にしないのか」

「学校の制度としては知ってるよ」

「そういう意味じゃない」

「分かってる」

剣也は少し笑った。

「俺は人間の実力を、制服のエンブレムで判断する趣味はないんだ」

達也は黙った。

「魔法が得意な奴もいれば、武術が得意な奴もいる。頭の回転が速い奴もいるし、発想力が優れた奴もいる」

そこで剣也は、達也を見た。

「それに司波。お前、本当にただの二科生か」

空気が、一瞬だけ変わった。

達也の目が鋭くなる。

しかし剣也は、すぐに続けた。

「まあ、言いたくなければいいけど」

「……随分と物分かりがいいんだな」

「人にだって事情はあるだろ」

達也はしばらく剣也を見つめていたが、やがて小さく笑った。

「君とは、話が合いそうだ」

「奇遇だな。俺もそう思ってた」

二人は再び歩き始めた。

│││

その頃。

生徒会室では、一枚の新入生資料が話題になっていた。

「九條剣也君……」

生徒会長、七草真由美。

その隣に立つ風紀委員長、渡辺摩利。

そして会計担当の市原鈴音。

第一高校の三巨頭と呼ばれる三人である。

「改めて資料を見ても、とんでもない新入生ね」

真由美が苦笑した。

「世界的に知られる剣聖。それでいて入試総合二位、実技も筆記も最高水準」

「確かにな」

摩利が頷く。

「ただ、私は別のところが気になる」

「別のところ」

「九條家だ」

鈴音が端末から顔を上げた。

「古式魔法界の盟主ですね」

「ああ。それだけじゃない。旧公家の名門で、国家中枢にもかなりの影響力がある」

真由美の表情から、普段の悪戯っぽさが薄れた。

七草家の娘である彼女は、九條家について一般の生徒よりも多くを知っていた。

とはいえ、元老院の内部事情まで詳しく把握しているわけではない。

それでも、九條宗玄という人物が単なる名誉職の老人ではないことくらいは理解している。

「扱いを間違えると面倒なことになりそうね」

「それは違うだろう、七草」

摩利は即座に否定した。

「何が」

「扱いを間違えれば面倒なのは、九條家に限った話じゃない。名家の子弟だろうと、そうでなかろうと、学校では同じ生徒だ」

「……そうね」

真由美は微笑んだ。

「摩利の言うとおりだわ」

鈴音が資料を切り替える。

「ただし、彼の存在を学校運営に活かすことは可能です」

「例えば」

「風紀委員会です」

摩利が眉を上げた。

「ほう」

「彼の武術能力、魔法制御能力、判断力は極めて高い水準にあります。風紀委員としての適性は高いと推測できます」

「確かに。だが、強いだけでは駄目だぞ」

「承知しています。規律を守る意思と、必要以上の実力行使を避けられるかどうかが重要です」

摩利は満足そうに頷いた。

「その辺りは直接話してみたいな」

真由美は手元の端末を眺めながら考える。

「司波深雪さんに、九條剣也君。それに……」

画面を操作する。

「司波達也君」

摩利が首を傾げた。

「二科生の」

「そう。筆記試験で驚くほど優秀な成績を収めた子よ」

「それで」

「会ってみたいの」

鈴音が静かに口を開く。

「生徒会役員の選出には、一科生に限る規定があります」

「ええ、分かっているわ」

真由美は頷いた。

「でも、会って話すだけなら問題ないでしょう」

摩利は苦笑した。

「お前はまた……」

「ふふっ。今年の新入生は、面白い子が多いもの」

真由美は楽しそうに笑った。

九條剣也。

司波達也。

二人がどのような少年なのか。

彼女たちはまだ、ほんの一部しか知らない。

│││

放課後。

剣也は校門へ向かう途中で、雫とほのかに出会った。

「剣也」

「おう。二人とも今帰り」

「うん」

雫が答える。

ほのかは剣也の隣にいる達也を見て、一瞬だけ目を丸くした。

「あ、司波君……」

「ああ。光井さんと北山さんか」

達也は軽く会釈する。

雫も同じように頷いた。

「こんにちは」

「こんにちは」

少しぎこちない挨拶だった。

入学早々、一科生と二科生の間には微妙な空気が生まれている。

しかし、剣也にはそれを気にする理由がなかった。

「そうだ。雫」

「何」

「朝の魔法の話だけどさ」

「うん」

「興味あるなら、今度もう少し詳しく話そうか。無補助発動の理論とか」

雫の表情が変わった。

「いいの」

「もちろん。公開できる範囲だけどな」

「十分」

雫は即答した。

ほのかが笑う。

「雫、魔法の話になると本当に反応が早いよね」

「ほのかもでしょ」

「それはそうだけど」

剣也も笑った。

その様子を見ていた達也が、ふと口を開く。

「九條」

「ん」

「無補助で現代魔法を発動できるというのは、本当なのか」

「本当だよ」

「CADを使わずに」

「ああ。ただ、CADを使った方が便利な場合もあるけどな」

達也は考え込んだ。

「……興味深いな」

「司波も魔法理論には詳しそうだし、今度一緒に話さないか」

「俺でよければ」

「決まりだな」

雫が小さく頷く。

「私も参加する」

「もちろん」

「じゃあ、私も」

ほのかが勢いよく手を上げる。

こうして、特に何かを計画したわけでもなく、四人で魔法理論について話す約束ができた。

剣也にとって、それは高校生活のささやかな楽しみの一つだった。

しかし、彼らが後に日本の魔法師社会を大きく揺るがす人物たちになることなど、今は誰も考えていなかった。

│││

同日夜。

剣也は下校後、東京側の管理施設を経由して《空間干渉》で京都へ戻っていた。

九條家本邸。

「ほう。司波達也、とな」

宗玄は孫の話を聞き、わずかに眉を動かした。

「知ってるのか、爺さん」

「いや。少し聞き覚えがあるだけじゃ」

嘘ではない。

しかし、すべてを話しているわけでもなかった。

司波という姓。

そして、四葉家に関する情報。

宗玄の立場であれば、そのつながりをある程度は認識している。

だが、真夜が秘匿している事情を、孫に不用意に教えるつもりはなかった。

「で、どうじゃった その少年は」

「面白い奴だったよ」

「ほう」

「普通の魔法師とは違う。多分、相当強い」

「お前がそう言うなら、そうなのじゃろうな」

宗玄は静かに笑った。

剣也は続ける。

「別に、無理に実力を聞き出す気はないけどさ。友達になれそうだ」

「それはよかったのう」

「あと、同じクラスにも面白い奴がいてさ」

「女子か」

「……なんで分かるんだよ」

「顔に書いてあるわい」

「書いてないって」

宗玄は愉快そうに笑った。

「名前は」

「北山雫」

宗玄の笑みが、わずかに深くなった。

「北山家の御令嬢か」

「知ってる」

「雅臣が北山家とは仕事をしておる。潮殿とはわしも面識があるぞ」

「へえ」

「それで、どういう娘じゃ」

「魔法に詳しくて、頭がいい。あと、ちょっと変わってる」

「ほほう」

「……何だよ、その顔」

「いやいや。高校生活を楽しんでおるようで何よりじゃ」

剣也は胡散臭そうに祖父を見た。

「変なこと考えてないだろうな」

「何も考えておらんよ」

「絶対嘘だろ」

「祖父を疑うとは、困った孫じゃ」

「爺さんがそういう顔するからだろ」

二人の笑い声が、静かな屋敷に響いた。

│││

その夜。

宗玄の私室。

孫が自室へ戻った後、宗玄は前日に届いた四葉真夜からの通信記録を開いた。

古式魔法関連の共同研究の連絡に、剣也の入学を祝う言葉が添えられていたものだ。

その後、真夜からは共同研究の打ち合わせについて、改めて都合を尋ねる短い追伸も届いていた。

別件と見せかけた探りではない。長年付き合いのある宗玄には、相手が両家の子供たちを案じていることも分かった。

宗玄は目を細めた。

「……真夜殿も、気になっておるか」

無理もない。

剣也と達也が同じ学校に入学した。

それだけで、四葉家にとっては無視できない出来事なのだろう。

もっとも、宗玄は二人の交友関係へ干渉するつもりはなかった。

四葉家と九條家は親密な友好関係にある。

だが、孫たちの人生まで、家同士の政治的な関係で決める必要はない。

宗玄は返信画面を開いた。

『入学祝いのお言葉、痛み入る。剣也も新しい環境を楽しんでおるようじゃ。共同研究の件については、雅臣を通じて日程を調整させよう』

そこまで記し、少し考える。

そして、一文を加えた。

『子供たちのことは、しばらく静かに見守るとしよう』

送信。

宗玄は椅子の背にもたれた。

「さて……面白くなりそうじゃのう」

京都の夜は静かだった。

しかし、東京ではすでに、新しい時代の歯車が動き始めていた。

そして翌日。

四月五日。

第一高校の生徒会室で、一人の二科生を風紀委員に迎えるかどうかをめぐり、小さな騒動が起こることになる。

その場に、世界的な剣聖も居合わせることを、まだ誰も知らなかった。




第二話では、九條剣也と司波達也の正式な出会い、北山雫との日常的な交流、そして九條家と四葉家の親密な関係を描きました。

宗玄は元老院の有力元老として司波兄妹に関する事情をある程度把握していますが、剣也には明かしていません。

次回、第三話「入学編Ⅲ 風紀委員への推薦」。

七草真由美、渡辺摩利、市原鈴音が剣也と達也の能力を評価し、風紀委員の人選を進めます。そして達也と服部の模擬戦へ。
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