魔法科高校の剣聖   作:1番道路

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西暦2095年4月5日。

第一高校での生活を始めた九條剣也は、司波達也という異質な魔法師と出会った。

一方、生徒会長・七草真由美と風紀委員長・渡辺摩利は、新入生の人選を進めていた。

世界的に知られる『剣聖』と、実技評価によって二科生となった規格外の少年。

二人を風紀委員に迎えるため、生徒会室で新たな騒動が始まる。



第三話 入学編Ⅲ 風紀委員への推薦

西暦二〇九五年四月五日。

入学式から二日後の火曜日である。

国立魔法大学付属第一高校。

朝の教室には、新学期特有の落ち着かない空気が漂っていた。

入学式から二日。

新入生たちは少しずつ学校生活に慣れ始めているものの、まだ互いの距離を測っている段階である。

そんな一年A組で、九條剣也は自分の席に腰掛けていた。

「……なあ、雫」

「何」

隣の席で端末を操作していた北山雫が顔を上げる。

「さっきから何を見てるんだ」

「魔法の論文」

「朝から熱心だな」

「面白いから」

「どんな内容」

「振動系魔法の干渉制御について」

「ああ、それか」

剣也は少し身を乗り出した。

画面には、複数の振動現象を同時に制御する際の演算負荷について記述されている。

「これ、理論そのものは間違ってないけど、ちょっと回りくどいな」

「……分かるの」

「一応な」

「また一応」

雫は僅かに目を細めた。

剣也が笑う。

「いや、ほんとに。複数の対象へ同時に干渉するとき、対象ごとに処理を完全に分けてるだろ」

「うん」

「だから演算負荷が増える。共通する部分をまとめれば、もう少し効率化できるはずだ」

雫は端末へ視線を戻した。

数秒。

それから、再び剣也を見る。

「……なるほど」

「ただし、精度を優先するなら今の方式にも意味はある。どっちがいいかは状況次第だな」

「剣也」

「ん」

「今度、詳しく教えて」

「いいよ。俺も振動系は色々試してみたいし」

「約束」

「ああ、約束」

雫は満足したように頷いた。

そこへ。

「おはよう、二人とも」

光井ほのかが教室へ入ってきた。

「おはよう、ほのか」

「おう、おはよう」

ほのかは二人の様子を見て、少し首を傾げた。

「また魔法の話」

「うん」

雫が即答する。

「剣也が面白いことを言ってた」

「へえ どんな」

「振動系魔法の演算負荷について」

「……朝から難しい話してるね」

剣也は苦笑した。

「ほのかも魔法は好きだろ」

「好きだけど、まだ頭が起きてないよ」

「それは仕方ないな」

三人が笑い合う。

その光景を、教室の何人かの生徒が興味深そうに眺めていた。

世界的に知られる剣聖。

その肩書きを持つ少年が、入学からわずか数日で女子生徒二人と親しく話している。

もっとも、当の本人は周囲の視線など気にしていなかった。

剣也にとって重要なのは、話していて楽しい相手かどうか。

それだけである。

│││

昼休み。

生徒会室では、第一高校の運営に関わる面々が集まっていた。

生徒会長、七草真由美。

風紀委員長、渡辺摩利。

会計、市原鈴音。

書記、中条あずさ。

そして、生徒会副会長の服部刑部少丞範蔵。

第一高校の生徒自治組織を支える中心人物たちである。

「それで、摩利」

真由美が端末を閉じた。

「九條君の件だけど」

「ああ」

摩利は頷いた。

「本人と話してから判断したいが、風紀委員としての適性は相当に高いと思う」

「世界的な剣聖ですからね」

あずさが少し緊張した様子で言った。

「あの……本当に、あの九條剣也君なんですよね」

「間違いないわ」

真由美は微笑む。

「九條家の御曹司。しかも、入試総合第二位。魔法実技の記録も申し分ないわね」

「ただし」

鈴音が口を挟んだ。

「戦闘能力の高さと、風紀委員としての適性は同一ではありません」

「分かっている」

摩利は当然のように答えた。

「風紀委員に必要なのは、相手を叩き伏せる力だけではない。状況判断と自制心が重要だ」

「その点は、資料から一定の評価ができます」

鈴音が画面を切り替える。

「九條君はこれまで複数の公式演武や模擬戦に参加していますが、対戦相手に重大な負傷を与えた記録はありません」

「手加減ができるってことか」

「少なくとも、圧倒的な実力差がある状況でも制御を失っていないことは確認できます」

摩利は感心したように息を吐いた。

「ますます会ってみたくなったな」

真由美は楽しそうに笑う。

「でしょう」

「ただ、問題が一つある」

「何」

「本人が引き受けるかどうかだ」

「そうねえ」

世界的な剣聖ともなれば、校外の活動もあるだろう。

九條家そのものも、普通の魔法師の家系とは違う。

古式魔法界の盟主。

国家中枢にまで影響力を持つ名門。

七草家の娘である真由美は、その重みをよく理解していた。

ただし、剣也本人がどういう少年なのかは、まだ直接確かめていない。

「まあ、声をかけるだけなら問題ないでしょう」

真由美はそう結論づけた。

そのとき。

生徒会室の通信端末が、小さな通知音を鳴らした。

差出人を確認した鈴音が口を開く。

「九條君の件とは別に、新入生の推薦について連絡が来ています」

「誰から」

「担当教員です。風紀委員会への推薦候補として、九條君の名前が挙がっています」

摩利が笑った。

「考えることは同じらしいな」

「推薦理由は、戦闘能力だけではありません。魔法の精密制御、危険回避能力、そして校則への理解度です」

「なら、なおさら本人の意思を聞く必要があるわね」

真由美は頷いた。

「私から呼び出してみるわ」

│││

同じ頃。

剣也は一年A組の教室で昼食を終えたところだった。

「九條君」

クラスメイトに声をかけられる。

「ん」

「生徒会長から連絡が来てるよ」

「生徒会長」

端末を確認する。

そこには、昼休み中に生徒会室へ来てほしいという簡潔な依頼が表示されていた。

「……何だろうな」

雫が顔を上げる。

「何かした」

「してない。たぶん」

「たぶん」

「いや、何もしてないって」

ほのかが笑った。

「剣也、まだ入学したばっかりだもんね」

「そうそう。問題を起こすには早すぎる」

「その言い方だと、そのうち起こしそう」

雫の指摘に、剣也は肩をすくめた。

「信用ないなあ」

もっとも、心当たりが全くないわけではない。

生徒会。

九條家の名前。

そして自分の剣聖という異名。

何かの役職に勧誘される可能性くらいは考えられる。

「ちょっと行ってくる」

「うん」

雫は頷いた。

「帰ってきたら、さっきの話の続き」

「了解」

剣也は教室を後にした。

│││

生徒会室の前。

扉に近づくと、室内から複数の声が聞こえてきた。

「……だから、お兄様の方が……」

聞き覚えのある声だった。

(司波深雪か)

剣也が扉の前で立ち止まると、ちょうど中から入室を促す声がかかった。

「失礼します」

扉を開く。

室内にいたのは、見知った二人だった。

司波達也。

司波深雪。

そして、生徒会の役員たち。

「おや」

達也が剣也を見た。

「九條も呼ばれたのか」

「ああ。お前たちも」

「そういうことらしい」

深雪は丁寧に一礼した。

「九條さん。こんにちは」

「こんにちは、司波さん」

剣也も軽く頭を下げる。

すると、奥に座っていた少女が立ち上がった。

「初めまして。生徒会長の七草真由美です」

「九條剣也です。よろしくお願いします、七草先輩」

「ふふっ。そんなに畏まらなくてもいいのよ」

「そうですか」

「ええ。ここは学校ですもの」

その返答に、剣也は少し笑った。

「それなら助かります」

真由美も微笑みを返した。

少なくとも、普通に話のできる少年らしい。

続いて、摩利が名乗った。

「風紀委員長の渡辺摩利だ」

「九條剣也です。よろしくお願いします」

「名前は知っている」

「でしょうね」

あまりにも自然な返事だった。

摩利は一瞬目を丸くした後、笑い出した。

「ははっ いいな、お前」

「ありがとうございます」

「褒めているつもりだ」

「俺も素直に受け取ってますよ」

真由美は口元に手を当てた。

「摩利と相性が良さそうね」

「そうかもしれんな」

鈴音とあずさも簡単に自己紹介を済ませる。

そして話題は、深雪の生徒会入りへと戻った。

新入生総代を務めた深雪を、書記として迎えたい。

それが真由美の提案だった。

しかし深雪は、兄である達也の能力こそ評価されるべきだと考えていた。

「兄は、筆記試験で第一位の成績を収めています」

深雪の言葉に、剣也は少し驚いた。

(へえ。そうだったのか)

入試総合成績では深雪が第一位、剣也が第二位。

だが、筆記試験だけなら達也が一位だったらしい。

(やっぱり面白い奴だな)

剣也は内心で感心していた。

ただし、生徒会役員には一科生から選ぶという規則が存在する。

そのため、達也をそのまま生徒会へ迎えることはできなかった。

「それなら」

摩利が口を開いた。

「風紀委員会はどうだ」

真由美が振り返る。

「摩利」

「風紀委員なら、二科生を排除する規定はないはずだ」

鈴音が頷いた。

「規則上は可能です」

達也が僅かに眉を寄せた。

「……俺を風紀委員に、ですか」

「そうだ」

摩利は真っ直ぐに答えた。

「もちろん、本人の適性は確認する必要がある。だが、二科生だからという理由だけで候補から外すつもりはない」

剣也は黙って話を聞いていた。

この風紀委員長は、少なくとも筋の通った人物らしい。

「それで、九條君」

今度は真由美がこちらを向いた。

「あなたにもお願いがあるの」

「風紀委員ですか」

真由美が目を丸くした。

「あら。分かっちゃった」

「この流れですから」

「ふふっ。そうよね」

摩利が説明を引き継ぐ。

「九條。お前の能力なら、風紀委員として十分に役立ってくれると思っている」

「ありがとうございます」

「ただし、ここでは剣聖という肩書きは関係ない」

「はい」

「上級生の指示に従い、必要な範囲で力を使う。相手が弱いからといって、過剰な手段を取ることは許されん」

剣也の表情が、少しだけ真面目になった。

「当然です」

摩利はその目を見た。

「……引き受けてくれるか」

「ええ。俺でよければ」

即答だった。

「いいのか」

「別に断る理由もありませんし。学校の役に立つなら、それはそれで面白そうですから」

「面白そう、か」

摩利は苦笑した。

「まあ、そのくらいの余裕はあった方がいいかもしれんな」

こうして剣也は、風紀委員への就任を内諾した。

もっとも、推薦手続きは正式に進めなければならない。

九條家の後継者だからという理由で、その手順を省略することはしなかった。

一方、達也の推薦については、まだ問題が残っていた。

│││

放課後。

再び生徒会室へ集まった面々の間には、昼休みとは異なる緊張が漂っていた。

原因は、生徒会副会長の服部刑部少丞範蔵だった。

「二科生を風紀委員に推薦するというのは、納得できません」

服部は真由美と摩利を前に、はっきりと異議を述べた。

「風紀委員会には、校内の魔法不正使用を取り締まる責任があります。それだけの実力を持たない者を採用するのは危険で

す」

剣也は黙って服部を見ていた。

彼の主張には、正しい部分もある。

風紀委員に実力が必要なのは事実だ。

問題は、その能力を何によって判断するかである。

「服部先輩」

剣也が口を開いた。

「何だ、九條君」

「司波が実力不足だという根拠は、二科生だからということだけですか」

服部の表情が僅かに変わった。

「入学試験の評価は、魔法師としての適性を測定した結果だ」

「それは分かります」

剣也は頷いた。

「ただ、学校の実技試験で測れる能力と、実戦で必要になる能力は同じじゃありませんよね」

「……何が言いたい」

「司波が風紀委員に向いていないと判断するなら、実際の能力を確認した方がいいんじゃないかと思いまして」

服部は眉をひそめた。

しかし、すぐには反論できなかった。

世界的な剣聖として知られる剣也が、実技試験だけで実戦能力を判断できないと言っている。

その言葉には相応の重みがあった。

「九條君」

真由美が少し楽しそうに声をかける。

「あなたは司波君の実力を高く評価しているの」

「ええ」

剣也は即答した。

「ただ、本人が何をできるのかまでは知りませんよ」

「それなのに」

「強いことと、どう強いかは別ですから」

摩利が腕を組んだ。

「なるほどな」

達也は剣也を一瞥した。

「……買い被りじゃないか」

「それなら、それでいいさ」

剣也は笑った。

「俺の見立てが外れただけだろ」

達也は僅かに口元を緩めた。

「気楽な奴だな」

「よく言われる」

そんな二人の様子を見て、服部の表情が険しくなる。

深雪は既に兄への不当な評価に強い不満を抱いていた。

達也の方も、その感情を見逃してはいなかった。

自分への評価には頓着しなくとも、深雪の言葉まで根拠なく退けられたままにはしたくないのだろう。

このままでは、感情的な対立に発展する。

そう判断したのか、達也が静かに口を開いた。

「では、実力を確認していただければよろしいのではないでしょうか」

服部が達也を見た。

「どういう意味だ」

「模擬戦です」

室内が静まり返った。

「俺が風紀委員にふさわしい実力を持っているか、先輩に判断していただきます」

「……私と戦うというのか」

「はい」

剣也は二人を見比べた。

(そう来たか)

悪くない判断だった。

少なくとも、二科生という肩書きだけで結論を出されるよりはよほどいい。

真由美が摩利へ視線を向ける。

摩利も頷いた。

「正式な模擬戦として実施するなら、判断材料にはなるな」

鈴音が冷静に補足した。

「ただし、勝敗のみで風紀委員としての適性がすべて証明されるわけではありません」

「承知している」

摩利が答えた。

「だが、基本的な戦闘能力を示すには十分だ」

こうして、司波達也と服部刑部少丞範蔵の模擬戦が決まった。

│││

第三演習室。

放課後の演習施設には、生徒会関係者と風紀委員会の関係者が集まっていた。

演習場の中央には、達也と服部が向かい合っている。

剣也は観戦位置から二人を見ていた。

隣には摩利がいる。

「九條」

「はい」

「どう見る」

「服部先輩は優秀な魔法師ですね」

剣也は素直に答えた。

「魔法発動速度も高いですし、実技試験で高く評価されるのも納得できます」

「司波は」

「……そうですね」

剣也は僅かに考えた。

「普通の勝負にはならない気がします」

摩利が眉を上げた。

「ほう」

「服部先輩が弱いという意味じゃありませんよ」

「ああ」

「ただ、司波は相手の動きをよく見ています。あの立ち方も、無駄がない」

摩利は演習場へ視線を戻した。

「確かにな」

達也は、緊張している様子がほとんどなかった。

姿勢は自然体。

相手の動きだけでなく、周囲の環境や距離まで正確に把握しているように見える。

剣也は静かに目を細めた。

(さて……見せてもらおうか)

摩利が試合の注意事項を確認し、開始を告げた。

服部の意識がCADの操作と魔法の発動に向く。

その一瞬を、達也は見逃さなかった。

踏み込みは鋭い。正面から仕掛けると見せて相手の視線を誘い、体さばきだけで服部の背後へ回る。

服部が振り向こうとしたときには、既に間合いを取られていた。

直後、想子の揺らぎが幾重にも重なった。

剣也の《万象把握》が捉えたのは、単純な衝撃や身体への直接的な破壊ではない。複数の想子波を組み合わせ、相手の感覚を乱すような、緻密で特殊な無系統の攻撃だった。

服部の膝が折れる。平衡感覚を奪われたように姿勢が崩れ、そのまま床へ倒れ込んだ。

それ以上の追撃はない。

達也は静かに距離を取り、判定を待っていた。

静寂。

誰もが一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

ただ一人。

剣也は、楽しそうに笑っていた。

「……なるほど」

その声に、摩利が振り返る。

「見えたのか」

「ええ」

剣也は頷いた。

「綺麗な勝ち方でしたね」

「綺麗、か」

「相手の魔法発動を待たずに背後を取り、感覚を乱して戦闘不能にした。必要以上に傷つけることもない。無駄がありません」

演習場では、達也が勝利を確認されていた。

剣也は内心で感心していた。

(やっぱり、ただ者じゃない)

先日の第一印象は間違っていなかった。

達也は、一般的な魔法師とは異なる方向に極めて高度な能力を発揮する。

しかも、今の勝負でそのすべてを見せたとは考えられない。

(面白いな、本当に)

剣也の口元に、自然と笑みが浮かんだ。

一方、達也も観戦位置へ目を向けていた。

そこに立つ剣也と、一瞬だけ視線が合う。

(……九條剣也)

世界的な剣聖。

達也はその名を以前から知っていた。

だが、実際に接してみると、世間の評判だけでは説明できないものを感じる。

何より、彼はこちらの力を過大にも過小にも評価しない。

そして、気づいていても不用意に踏み込まない。

(厄介な相手になりそうだ)

達也はそう考えた。

同時に。

(……だが、友人としてなら悪くない)

そんな感想も抱いていた。

│││

模擬戦終了後。

生徒会室では、達也の風紀委員への推薦を承認する方向で話が進んでいた。

服部が実力を理由に反対していた以上、模擬戦の結果は大きな意味を持っていた。

もっとも、前例のない二科生の採用には、今後も反発が予想される。

「それでも、推薦する価値はある」

摩利は断言した。

「司波の判断力と実力は、風紀委員会にとって十分な戦力になる」

真由美も頷いた。

「そうね」

そして、もう一人。

「九條君についても異論はないわ」

鈴音が補足する。

「本人の同意も得られています。担当教員からの推薦も正式に提出されました。所定の確認を経れば、九條君の就任にも支障はありません」

真由美が学校側からの回答を確認した。

「九條君の手続きは承認済み。司波君についても、模擬戦の結果を踏まえた選任について了承が取れたわ」

「ああ」

摩利は満足そうに頷いた。

「二人とも、歓迎するぞ」

剣也は軽く頭を下げた。

「よろしくお願いします、渡辺先輩」

達也も続く。

「……よろしくお願いします」

摩利は二人を交互に見た。

世界的に知られる剣聖。

そして、二科生でありながら、生徒会副会長を一瞬で倒した少年。

今年の風紀委員会は、例年以上に強力な人材を迎えることになる。

ただし。

(……強力すぎる気もするがな)

摩利は心の中で苦笑した。

何しろ、片方は世界中に名の知られた魔法剣士。

もう片方も、その実力の底が知れない。

二人が問題を起こすとは思わないが、周囲が騒がしくなることは容易に想像できた。

「それと」

摩利が声をかける。

「九條」

「はい」

「お前の剣術には興味がある。いずれ一度、手合わせしてもらいたい」

剣也は少し驚いた後、笑った。

「もちろん。俺も渡辺先輩の腕を見てみたいですし」

「言ったな」

「ええ」

摩利は楽しそうに笑った。

その様子を見て、真由美が肩をすくめる。

「摩利ったら。新入生相手にそんなに張り切らなくても」

「何を言う。相手は剣聖だぞ」

「ふふっ。それもそうね」

剣也は苦笑した。

「……あんまり期待されても困るんですけど」

「無理な相談だな」

摩利は即答した。

達也が隣で小さく呟く。

「人気者は大変だな」

「他人事みたいに言うなよ」

「他人事だからな」

「お前も十分目立っただろ」

「不本意だ」

「俺だって不本意だよ」

二人は顔を見合わせた。

そして、同時に小さく笑った。

それを見ていた真由美は、興味深そうに目を細める。

(……思っていた以上に、仲がいいのね)

入学してまだ数日。

それなのに、二人の間には奇妙な信頼関係が芽生え始めているようだった。

│││

帰り道。

剣也は校門の近くで雫とほのかに出会った。

「あ、剣也」

ほのかが手を振る。

「おう。二人とも、まだ残ってたのか」

「ちょっと用事があって」

雫が答えた。

そして、剣也の隣にいる達也を見る。

「司波君も」

「ああ。こんにちは」

達也が会釈した。

雫も小さく頭を下げる。

「こんにちは」

ほのかは興味津々といった様子で剣也を見た。

「ねえ、生徒会室に呼ばれたって聞いたけど、何だったの」

「風紀委員に誘われた」

「えっ」

ほのかが目を丸くする。

「剣也が」

「うん」

「すごい やっぱり剣聖だから」

「いや、そういうわけじゃないと思うけど」

雫が首を傾げた。

「引き受けたの」

「ああ」

「そっか」

雫は少し考えた後、頷いた。

「似合ってると思う」

「そうか」

「うん。剣也、強いし」

「強いだけじゃ駄目らしいけどな」

「剣也なら、大丈夫」

何の気負いもない、短い言葉だった。

けれど、その言葉には妙な説得力があった。

剣也は少しだけ笑った。

「ありがとな」

「うん」

そこで雫は、隣にいる達也へ視線を向けた。

「司波君も」

達也は僅かに肩をすくめた。

「そういうことになった」

「……すごいね」

ほのかが目を丸くする。

二科生が風紀委員になる。

それが第一高校でどれほど珍しいことか、彼女にも理解できた。

剣也は達也の肩を軽く叩いた。

「しかも、こいつは生徒会副会長に勝ってるからな」

「ええっ」

ほのかの声が響いた。

雫も珍しく目を見開く。

「……本当に」

「ああ」

達也は淡々と答えた。

「模擬戦だが」

「すごい」

雫は素直に感心した。

剣也は笑う。

「な 面白い奴だろ」

達也がため息をつく。

「九條。お前は少し楽しみすぎだ」

「そうか」

「そうだ」

「でも、せっかくの高校生活だしな」

剣也は校門の向こうを見た。

春の夕日が、街並みを淡く染めている。

「楽しまなきゃ損だろ」

その言葉に、ほのかが笑った。

雫も静かに頷く。

達也はそんな三人を見ながら、僅かに表情を和らげた。

こうして、九條剣也と司波達也は、正式に同じ風紀委員会へ所属することになった。

世界的な剣聖と、二科生の規格外の魔法師。

後に第一高校で数々の事件を解決することになる二人の、最初の一歩だった。

そして翌日。

新入部員勧誘週間が始まる。

風紀委員として初めて本格的な活動に参加する二人の前に、最初の事件が待ち受けていた。




第三話では、九條剣也と司波達也の風紀委員への推薦を描きました。

剣也は世界的な剣聖として知られていますが、家柄によって特別扱いされるのではなく、適性と本人の意思を確認した上で選ばれています。

達也と服部の模擬戦は原作の勝敗を維持しました。

北山雫との交流も、日常会話と魔法研究を通じて少しずつ深まっていきます。

次回、第四話「入学編Ⅳ 剣聖と新入部員勧誘週間」。

風紀委員としての活動が始まり、剣道部と剣術部の騒動をきっかけに、剣也と達也の実力が試されます。
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