体育館付近で起きた騒動へ向かった剣也と達也は、風紀委員としての判断を試される。
そして、剣也の剣術に強い興味を持つ人物も現れる。
第一高校、体育館前。
「だから、魔法を使うなと言っているだろう!」
風紀委員の怒声が響いていた。
その周囲には、十数人の生徒が集まっている。
剣也と達也が到着したとき、騒動は既にかなり大きくなっていた。
「……結構な騒ぎだな」
剣也が呟く。
「そうだな」
達也は周囲を見渡した。
問題の中心にいるのは、二つの部活動の上級生らしい。
片方は剣術系の部活動。
もう片方は魔法競技系の部活動だった。
互いの実演内容をめぐって口論になり、片方が威嚇目的で魔法を発動しようとしたらしい。
「止めるか」
「まず状況確認だな」
二人は人垣を抜けた。
「風紀委員です」
剣也が声をかける。
すると、近くにいた上級生が振り返った。
「九條君!」
「こんにちは。何があったんですか?」
「それが……」
説明を聞く限り、問題は単純だった。
魔法競技部の実演が、隣の剣術系部活動の勧誘区域へ影響を及ぼした。
それを注意された側が反発。
口論が激しくなり、魔法を使おうとしたという。
「なるほど」
剣也は頷いた。
「とりあえず、双方とも魔法の発動を止めてください」
「しかし、こいつらが!」
「事情は聞きます。ですが、今ここで魔法を使う必要はありませんよね?」
剣也の声は穏やかだった。
だが、反論を許さない明確さがあった。
一人の上級生が口を閉じる。
しかし、もう一人は興奮が収まらないらしい。
「風紀委員だからって、偉そうに……!」
その生徒の手元で、CADが作動した。
周囲の想子が動く。
達也の目が細くなった。
剣也も同時に反応する。
(……まずいな)
魔法の発動先は、目の前の相手。
ただし、周囲には多数の生徒がいる。
このままでは巻き添えが出る可能性があった。
剣也は一歩踏み出した。
「やめてください」
その声と同時に、空間の位置関係へごく小さな干渉が生じた。
発動しかけた魔法が対象へ作用する前に、その作用先が安全な方向へずらされる。
《空間干渉》。
剣也固有の魔法だった。
ただし、周囲から見れば何が起きたのか分からない。
魔法を発動した生徒自身も、目標へ作用しなかったことに戸惑っていた。
「……え?」
「危険ですから、もうやめましょう」
剣也は相手の手首を軽く押さえた。
抵抗できないほど強く握ったわけではない。
しかし、相手は動きを止められた。
身体の重心と関節の向きを、極めて合理的に制御されている。
「っ……!」
「CADを下ろしてください」
生徒は観念したように手を下げた。
剣也はすぐに拘束を解く。
「ありがとうございます」
それから周囲へ視線を向けた。
「怪我人はいませんか?」
返事はなかった。
少なくとも、目立った負傷者はいないようだ。
達也が近づいてくる。
「九條」
「ん?」
「今の、空間系か?」
「まあ、そんなところ」
「……なるほど」
達也はそれ以上尋ねなかった。
剣也も説明を続けない。
互いに、相手がすべてを明かしているわけではないことを理解していた。
◇◇◇
騒動が収まった後。
剣也と達也は、関係者を風紀委員会の詰所へ引き継いだ。
そこには摩利が待っていた。
「ご苦労だったな」
「いえ」
「報告は確認した。魔法の不正使用を未然に防いだそうだな」
剣也は頷いた。
「発動自体は始まっていましたけど、被害は出ていません」
「そうか」
摩利は剣也を見た。
「空間干渉を使ったのか?」
「はい。ごく小規模ですけど」
「……お前にとっての小規模は、少々信用しづらいな」
「本当に小規模ですよ」
「分かっている」
摩利は苦笑した。
「それより、判断は適切だった。周囲に被害を出さず、相手も傷つけていない」
「ありがとうございます」
「司波もよく補助してくれた」
「いえ。今回は九條の対応が早かったので」
「お前も周囲の安全確認をしていただろう」
摩利の指摘に、達也は軽く頷いた。
剣也は横目で達也を見る。
(やっぱりよく見てるな)
自分が相手を止めた瞬間、達也は周囲の生徒たちの位置を確認していた。
必要なら、別方向から対処できるように。
そういう動きだった。
「二人とも、今日はこの調子で頼む」
「了解です」
◇◇◇
午後。
剣也は巡回中、剣道場の近くで見知った人物に出会った。
「おっ、剣也じゃない!」
千葉エリカだった。
「よう、エリカ」
「風紀委員の仕事?」
「ああ。そっちは?」
「ちょっと見学。まあ、暇つぶしみたいなものだけど」
エリカは剣也の腕章を眺めた。
「それにしても、剣聖が風紀委員ねえ」
「そんなに変か?」
「変っていうか、贅沢?」
「贅沢?」
「だって、世界的な剣士を校内の見回りに使ってるんでしょ?」
剣也は笑った。
「別にいいだろ。俺もここの生徒なんだし」
「それはそうだけど」
エリカは少し考えた後、にやりと笑った。
「ねえ、剣也」
「ん?」
「今度、手合わせしない?」
「……やっぱり来たか」
「何よ、その反応」
「いや、剣術関係者からはよく言われるからさ」
「私は本気よ」
エリカの目が真剣になる。
剣也は彼女を見た。
千葉家。
日本でも有数の剣術の名門。
その娘であるエリカが、剣聖に興味を持つのは自然なことだった。
「いいよ」
「本当!」
「ああ。ただし、学校の規則に従って、ちゃんと場所を借りてからな」
「分かってるわよ」
エリカは嬉しそうに笑った。
「約束だからね!」
「了解」
そこへ達也がやってきた。
「九條、次の巡回区域へ行く時間だ」
「おう」
エリカが達也を見る。
「あら、達也君も一緒だったの」
「ああ」
「ふうん。剣聖と達也君が組んでるなんて、風紀委員会も随分豪華ね」
「何が豪華なのか分からんが」
達也は淡々と答えた。
剣也が笑う。
「まあ、そういうことだから。またな、エリカ」
「うん。またね!」
二人は歩き出した。
◇◇◇
放課後。
風紀委員会の詰所では、初日の報告が行われていた。
「大きな負傷者はなし。魔法の不正使用については数件の注意と、正式な報告が必要な事案が一件」
鈴音が資料を確認しながら説明していた。
真由美も同席している。
「初日にしては、まずまずかしら」
「毎年こんなものだ」
摩利が答える。
「むしろ、今年は対応が早かった」
「九條君と司波君のおかげ?」
「それもある」
摩利は二人へ視線を向けた。
「特に九條。お前は想像以上に落ち着いているな」
「そうですか?」
「ああ。もっと派手に動くかと思っていた」
「俺、そんなに派手な印象ですか?」
真由美が楽しそうに笑った。
「だって、剣聖ですもの」
「それ、理由になってます?」
「十分だと思うわ」
剣也は苦笑した。
達也は隣で黙っている。
しかし、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
◇◇◇
帰り道。
剣也は校門の近くで雫と合流した。
「お疲れさま」
「おう。待たせたな」
「大丈夫」
「ほのかは?」
「先に帰った」
「そっか」
二人は並んで歩き始めた。
「今日、魔法の話をする約束だったけど……」
剣也が言うと、雫は頷いた。
「うん。でも、今日は疲れてる?」
「いや、全然」
「本当?」
「ああ。これくらいなら大丈夫だよ」
雫は少し考えた。
「じゃあ、少しだけ」
「いいよ」
二人は校内の共有スペースへ向かった。
雫が端末を取り出す。
「この前の振動系魔法の論文なんだけど」
「うん」
「剣也が言ってた、演算処理の共通化」
「ああ」
「少し考えてみた」
画面には、雫が自分で作成した簡単な演算モデルが表示されていた。
剣也は目を細めた。
「……へえ」
「どう?」
「面白いな」
雫の表情が僅かに明るくなる。
「本当?」
「ああ。俺が言ったことをそのまま使うんじゃなくて、自分なりに組み直してる」
「その方がいいと思ったから」
「正解だと思う」
剣也は端末を覗き込んだ。
「ただ、ここは少し気になるな」
「どこ?」
「この処理をまとめると、対象ごとの微調整が難しくなるだろ」
「……うん」
「だから、共通部分と個別部分を分けて考えた方がいい」
雫は真剣に聞いていた。
「なるほど」
「まあ、実際に試さないと分からないけどな」
「試したい」
即答だった。
剣也は笑った。
「じゃあ、今度ちゃんと実験しようか」
「うん」
雫は小さく微笑んだ。
剣也にとって、それは単なる魔法研究の約束だった。
しかし、雫にとっても剣也にとっても、こうして一緒に考える時間は少しずつ特別なものになり始めていた。
まだ、恋愛と呼べるほどのものではない。
ただ、同じものに興味を持ち、同じ時間を楽しむ。
その積み重ねが、二人の距離をゆっくりと縮めていた。
第五話では、剣也の《空間干渉》を学校内で限定的に使用しました。
エリカとの手合わせの約束、雫との共同研究も今後の展開につながります。
次回は風紀委員会の日常と、剣也の剣術を知る人物たちの反応を描きます。