名門千葉家の剣士である彼女は、世界的な剣聖の実力を自分の目で確かめようとする。
一方、剣也にとっても、同年代の剣士との交流は高校生活の楽しみの一つだった。
四月七日。
第一高校では、新入部員勧誘週間が続いていた。
昨日に比べれば、生徒たちも少しずつ落ち着きを取り戻している。
とはいえ、各部活動の勧誘活動は依然として活発だった。
そんな日の昼休み。
「剣也!」
一年A組の教室に、元気な声が響いた。
剣也が顔を上げる。
入口には千葉エリカが立っていた。
「よう、エリカ」
「ちょっと時間ある?」
「昼休みならあるけど」
「じゃあ、来て!」
「……どこに?」
「いいから!」
エリカは楽しそうに笑った。
剣也は隣の雫へ視線を向ける。
「ちょっと行ってくる」
「うん」
雫は頷いた。
そして、エリカを見る。
「千葉さん」
「ん?」
「剣也、午後も風紀委員の仕事があるから」
「分かってるわよ。長くは取らないから」
「なら、いい」
剣也は思わず笑った。
「雫、俺の予定管理してるみたいだな」
「約束を忘れそうだから」
「忘れないって」
「本当?」
「……たぶん」
「ほら」
雫は小さく頷いた。
エリカが吹き出す。
「あはは! 何それ、もう夫婦みたいじゃない!」
「は?」
剣也が目を丸くする。
雫も僅かに動きを止めた。
「……違う」
「分かってるわよ、冗談!」
エリカは笑いながら剣也を連れ出した。
◇◇◇
剣道場。
そこには、何人かの生徒が集まっていた。
達也、レオ、美月。
そして剣道部の上級生たちだった。
「……なるほど」
剣也は周囲を見渡した。
「こういうことか」
エリカが胸を張る。
「そういうこと!」
「手合わせの約束、今日だったか?」
「今日がいいかなって」
「随分急だな」
「嫌?」
「いや、別に」
剣也は笑った。
「場所の使用許可は?」
「取ってあるわよ」
「なら問題ないな」
達也が近づいてくる。
「九條」
「よう、司波」
「エリカに頼まれて立会人をすることになった」
「そうなのか」
「ああ」
達也はエリカへ視線を向けた。
「ただ、無理はするなよ」
「分かってるって!」
エリカは少し不満そうに答えた。
剣也は苦笑する。
「大丈夫だよ。危ないことはしない」
「お前がそう言うなら安心だが」
「信用されてるな」
「少なくとも、技量についてはな」
剣也は笑った。
◇◇◇
道場の中央。
剣也とエリカが向かい合う。
二人の手には木刀が握られていた。
魔法は使用しない。
純粋な剣術による手合わせである。
「準備はいい?」
エリカが尋ねた。
「ああ」
「じゃあ、遠慮なくいくわよ!」
「どうぞ」
剣也は自然体で立っていた。
構えらしい構えはない。
木刀を片手で軽く保持し、相手を見ている。
エリカは目を細めた。
(……隙だらけ?)
いや。
違う。
一見すると無防備。
しかし、どこから攻めても対応されるような感覚がある。
(何よ、これ……)
エリカは息を整えた。
そして踏み込む。
鋭い斬撃。
千葉家で鍛えられた剣技だった。
だが。
「……っ!」
木刀が空を切った。
剣也は僅かに身体を動かしただけだった。
大きく避けたわけではない。
ほんの数センチ。
それだけで、エリカの攻撃は完全に外れていた。
「まだまだ!」
エリカは連続して斬り込む。
上段。
袈裟。
横薙ぎ。
突き。
いずれも鋭い。
普通の高校生であれば、最初の一撃すらまともに捉えられないだろう。
しかし剣也は、すべてを最小限の動作で回避していた。
時には木刀で受け流し。
時には足運びだけで間合いを外す。
そして。
「ここ」
剣也の木刀が、エリカの肩口へ軽く触れた。
「……!」
エリカが動きを止める。
一本。
明確な決着だった。
◇◇◇
「……参ったわ」
エリカは大きく息を吐いた。
剣也は木刀を下ろす。
「いい動きだったよ」
「慰め?」
「いや、本心」
剣也は首を振った。
「踏み込みも速いし、連撃のつなぎも上手い。千葉家の剣術って、やっぱりよくできてるな」
エリカは少し驚いた。
「……本当にそう思う?」
「ああ」
剣也は頷いた。
「ただ、攻撃するときに少し重心が前へ出すぎる癖があるな」
「重心?」
「うん。速く踏み込もうとして、次の動作への余裕が少なくなってる」
エリカは考え込んだ。
「……なるほど」
「まあ、エリカの戦い方なら、それを利用する手もあるけど」
「例えば?」
剣也は木刀を構えた。
「こういう感じ」
次の瞬間。
剣也の身体が滑るように前へ進んだ。
踏み込みは鋭い。
しかし、重心は崩れていない。
一撃を放つ直前で動きを止め、そのまま反対方向へ切り返す。
「……すご」
エリカが呟いた。
「これなら、攻撃が外れても次につなげやすいだろ」
「確かに……」
エリカは真剣な表情で頷いた。
「もう一回、お願い!」
「いいよ」
二人は再び向かい合った。
◇◇◇
道場の隅。
レオが呆然と呟いた。
「……何だ、あれ」
美月も驚いていた。
「すごいですね……」
達也は静かに二人を見ていた。
(……なるほど)
九條剣也。
世界的な剣聖。
その異名が単なる誇張ではないことは、既に知っていた。
しかし、実際の剣技を目の当たりにすると、改めて異常さが分かる。
剣也の動きには、無駄がない。
それだけではない。
相手の動作を読み、必要な位置へ必要なだけ移動する。
しかも、その判断が極めて速い。
魔法による補助は一切ない。
純粋な身体操作と剣術。
(……これが剣聖か)
達也は僅かに目を細めた。
エリカの実力も高い。
しかし、剣也との間には明確な差があった。
そして剣也は、その差を見せつけるために戦っているわけではない。
エリカが学べるよう、動きを調整している。
(教えるのも上手いな)
達也はそう評価した。
◇◇◇
手合わせが終わった頃。
剣道場の入口から声がした。
「……随分と楽しそうだな」
渡辺摩利だった。
「渡辺先輩」
剣也が振り返る。
摩利は道場の中央を見た。
「九條。エリカと手合わせしていたのか」
「はい」
「そうか」
摩利の口元に笑みが浮かんだ。
「私との約束も忘れていないだろうな?」
「もちろんですよ」
「なら、近いうちに頼むぞ」
「ええ」
摩利は満足そうに頷いた。
エリカが横から口を挟む。
「渡辺先輩も剣也と手合わせするんですか?」
「ああ」
「……大変ですよ」
「分かっている」
摩利は笑った。
「だからこそ、楽しみなんだ」
剣也は苦笑した。
(……本当に剣士って、こういう人が多いよな)
もっとも。
自分も同類であることは、否定できなかった。
◇◇◇
放課後。
剣也が教室へ戻ると、雫が待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「どうだった?」
「何が?」
「千葉さんとの手合わせ」
「ああ。楽しかったよ」
雫は頷いた。
「そう」
「エリカ、結構強いな」
「剣也がそう言うなら、相当なんだね」
「そうだな」
雫は少し考えた。
「私も見てみたかった」
「俺の剣術?」
「うん」
剣也は笑った。
「なら、今度見せるよ」
「本当?」
「ああ」
「約束」
「了解」
雫は満足そうに微笑んだ。
その表情を見て、剣也も自然と笑みを浮かべる。
高校生活が始まって、まだ数日。
それでも、彼の日常は少しずつ賑やかになっていた。
そして。
それは剣也にとって、決して悪い変化ではなかった。
第六話では、剣也の純粋な剣術を中心に描きました。
剣也は魔法なしでも世界最高峰の剣士であり、相手に合わせて戦い方を変えられる万能型です。
エリカとの交流、摩利との手合わせの約束も今後につながります。