世界的な剣聖と、第一高校屈指の武術家。
二人の模擬戦は、単なる勝敗を超えた技術交流となる。
四月九日。
第一高校。
休日の校内は、平日とは違った静けさに包まれていた。
もっとも、すべての生徒が休んでいるわけではない。
部活動の練習。
自主的な魔法訓練。
そして、風紀委員会の活動。
その一角にある演習施設では、少し変わった集まりが開かれようとしていた。
「……本当にやるんですね」
剣也が言った。
目の前には渡辺摩利が立っている。
「当然だ」
摩利は笑った。
「約束しただろう?」
「しましたけど」
「何だ。不満か?」
「いや、むしろ楽しみですよ」
剣也は肩をすくめた。
「ただ、渡辺先輩も忙しいでしょうに」
「時間は作るものだ」
「なるほど」
剣也は笑った。
「それは正論ですね」
◇◇◇
演習施設には、数人の見学者がいた。
七草真由美。
市原鈴音。
司波達也。
そして千葉エリカ。
「いやあ、楽しみね!」
エリカは明らかに興奮していた。
「渡辺先輩と剣也の手合わせなんて、滅多に見られないわよ!」
達也は静かに頷いた。
「そうだな」
真由美が微笑む。
「摩利ったら、随分張り切っているのよ」
鈴音は端末を操作していた。
「安全管理は確認済みです。双方の実力を考慮し、魔法使用を制限した模擬戦とします」
「ありがとうございます、市原先輩」
剣也が頭を下げた。
鈴音は頷く。
「今回は技術交流が目的です。勝敗にこだわりすぎないようお願いします」
「もちろんです」
摩利も頷いた。
「分かっている」
◇◇◇
演習場中央。
剣也と摩利が向かい合った。
双方の手には、訓練用の武器が握られている。
今回は魔法を使用しない。
純粋な武術による手合わせだった。
「準備はいいか?」
摩利が尋ねる。
「いつでも」
剣也は自然体で立っていた。
摩利はその姿を見て、目を細めた。
(……なるほど)
世界的な剣聖。
その異名は知っている。
だが、実際に向かい合うと、改めて異様さが分かる。
構えに隙がない。
いや。
正確には、構えそのものが定まっていない。
どの方向にも動ける。
どの攻撃にも対応できる。
そんな印象だった。
「……面白い」
摩利は笑った。
「では、行くぞ!」
踏み込み。
鋭い攻撃。
第一高校の風紀委員長にふさわしい、洗練された武術だった。
しかし。
剣也は動かない。
いや。
動いていないように見えるだけだった。
ほんの僅かな重心移動。
それだけで、摩利の攻撃は空を切った。
「……っ!」
摩利は即座に切り返す。
剣也はそれを受け流した。
木製の訓練武器が軽く触れ合う。
乾いた音が響いた。
「なるほど……!」
摩利の目が輝いた。
「これが剣聖の技か!」
「まだ始まったばかりですよ」
剣也は笑った。
◇◇◇
数分後。
摩利は大きく息を吐いた。
「……参った」
剣也は武器を下ろす。
「ありがとうございました」
「こちらこそだ」
摩利は笑った。
「いや、予想以上だった」
「そうですか?」
「ああ」
摩利は頷いた。
「正直に言えば、技量の差は覚悟していた。だが、ここまでとはな」
剣也は少し困ったように笑った。
「渡辺先輩も相当強いですよ」
「慰めは不要だ」
「本心です」
剣也は真面目に答えた。
「攻撃の組み立ても、間合いの取り方も優秀でした。特に相手の動きを誘導する技術は、かなり高度です」
摩利は少し驚いた。
「……ほう」
「ただ、俺に対しては少し慎重になりすぎてましたね」
「それは仕方ないだろう」
「まあ、そうかもしれません」
二人は笑った。
◇◇◇
見学していたエリカが駆け寄ってきた。
「すごかった!」
「ありがとう」
剣也が答える。
「渡辺先輩も、やっぱり強いですね!」
「ああ」
摩利は頷いた。
「だが、九條には遠く及ばんな」
「それは……まあ」
エリカは苦笑した。
「私もこの前、思い知らされましたから」
達也が近づいてくる。
「九條」
「ん?」
「今の手合わせ、非常に参考になった」
「そうか?」
「ああ。特に、相手の動きに対する反応がな」
剣也は少し笑った。
「司波なら、別の方法で対応するんだろうな」
「そうかもしれない」
達也は頷いた。
「お前とは戦い方が違うからな」
「だな」
二人は互いに笑った。
◇◇◇
その後。
真由美が剣也へ声をかけた。
「九條君」
「はい」
「あなた、本当に何でもできるのね」
「何でもってわけじゃないですよ」
「でも、剣術も魔法も世界最高峰なんでしょう?」
「まあ、得意ではありますけど」
真由美は楽しそうに笑った。
「随分控えめなのね」
「自分で自分を褒めても仕方ないですし」
「ふふっ」
真由美は少し考えた。
「ところで、九條君」
「何ですか?」
「九校戦には興味ある?」
剣也は首を傾げた。
「九校戦ですか?」
「ええ」
全国九つの魔法科高校が競い合う、魔法競技の大会。
第一高校にとっても重要な行事である。
「まあ、興味はありますよ」
「そう」
真由美は微笑んだ。
「なら、いずれ詳しく話しましょう」
剣也は頷いた。
「分かりました」
ただし、この時点で出場競技が決まったわけではない。
剣也の実力だけでなく、競技規則や他の選手との兼ね合いも考慮する必要がある。
真由美も、それを理解していた。
◇◇◇
夕方。
剣也は帰宅の準備をしていた。
端末に通知が届く。
差出人は雫だった。
『今日の練習、どうだった?』
剣也は少し笑った。
『楽しかったよ。渡辺先輩、かなり強かった』
すぐに返信が来た。
『剣也がそう言うなら、すごい人なんだね』
『そうだな』
少し間が空く。
そして。
『今度、私にも見せて』
剣也は笑った。
『もちろん。約束してたしな』
『うん。楽しみ』
短いやり取りだった。
だが、剣也にとっては心地よい時間だった。
「……さて」
端末を閉じる。
「帰るか」
剣也は演習施設を後にした。
剣聖としての実力。
魔法師としての才能。
九條家の後継者としての立場。
それらは彼にとって、切り離せないものだった。
しかし。
今、彼が楽しみにしているのは、友人たちと過ごす高校生活だった。
そして、その日常はまだ始まったばかりだった。
第八話では、剣也と摩利の手合わせを描きました。
剣也の圧倒的な技量を維持しつつ、摩利の実力や経験も尊重しています。
また、九校戦への伏線を配置しました。出場競技については、今後の物語で合理的に決定していきます。