剣也は京都の九條家本邸で、祖父の宗玄と高校生活について語り合う。
一方、九條家と四葉家の親密な関係は、表に出ないところでも続いていた。
四月十日。
京都。
九條家本邸。
広大な日本庭園には、春の穏やかな空気が漂っていた。
その一角にある道場で、九條剣也は木刀を振っていた。
「……ふっ」
鋭い一閃。
続けて、返す刀。
足運びは滑らかで、重心に乱れがない。
魔法は使っていない。
純粋な剣術。
しかし、その完成度は常人の理解を超えていた。
数十回の素振りを終えたところで、剣也は木刀を下ろした。
「……こんなところか」
そのとき。
「相変わらず見事じゃな」
背後から声がした。
「爺さん」
九條宗玄だった。
九條家現当主。
日本古式魔法界の盟主にして、元老院の有力者。
国家の裏側にまで影響力を持つ人物である。
しかし、孫の前では気さくな祖父だった。
「おはよう、剣也」
「おはよう」
宗玄は道場へ足を踏み入れた。
「高校生活はどうじゃ?」
「楽しいよ」
剣也は即答した。
宗玄は少し驚いたように眉を上げる。
「ほう。随分と早い返事じゃな」
「実際、楽しいからな」
「友人はできたか?」
「ああ」
剣也は笑った。
「結構できたよ」
「それは何よりじゃ」
宗玄は満足そうに頷いた。
◇◇◇
朝食後。
剣也と宗玄は、庭園に面した部屋で茶を飲んでいた。
「それで、風紀委員になったそうじゃな」
「ああ」
「渡辺摩利という娘が委員長だったか」
「知ってるのか?」
「名前くらいはな」
宗玄は笑った。
「なかなか優秀な武術家と聞いておる」
「実際、強かったよ」
「ほう。手合わせしたのか」
「昨日な」
宗玄は興味深そうに身を乗り出した。
「どうじゃった?」
「技量も高いし、判断力もある。いい剣士だった」
「お前がそう評価するなら、相当じゃな」
「そうだな」
宗玄は満足そうに頷いた。
「よい経験になったようじゃ」
「まあな」
剣也は茶を一口飲んだ。
「あと、司波って奴が面白い」
宗玄の手が、ほんの僅かに止まった。
「……ほう」
「前にも話しただろ」
「ああ。覚えておる」
「昨日も色々話したけど、魔法理論にかなり詳しいんだよ」
宗玄は静かに聞いていた。
「普通の魔法師とは、考え方が少し違う」
「そうか」
「それに、実戦能力も高い」
宗玄は頷いた。
「お前が認めるほどか」
「ああ」
剣也は笑った。
「友達になれそうだよ」
その言葉に、宗玄は穏やかな表情を浮かべた。
「それはよかった」
彼は、司波達也の背後にある事情をある程度知っている。
四葉家。
そして、四葉真夜。
だが、その秘密を孫へ伝えるつもりはなかった。
剣也が達也を一人の友人として評価している。
それで十分だった。
◇◇◇
「ところで」
宗玄が口を開いた。
「北山家の娘とは、どうなっておる?」
剣也は眉をひそめた。
「……何だよ、急に」
「気になっただけじゃ」
「普通に仲良くしてるよ」
「ほう」
「魔法研究とか、一緒にやってる」
「ほほう」
「……その顔やめろって」
宗玄は愉快そうに笑った。
「何も言っておらんぞ」
「顔が言ってる」
「気のせいじゃ」
「絶対違うだろ」
二人は笑い合った。
宗玄は茶を置く。
「まあ、よい。大切にすることじゃ」
「何を?」
「友人との縁を、じゃよ」
宗玄の声が少し穏やかになった。
「お前は生まれながらにして、多くのものを持っておる」
「……ああ」
「才能、家柄、立場。望まずとも、人はお前を特別な存在として扱う」
剣也は黙って聞いていた。
「じゃが、そうしたものを抜きにして付き合える相手は、決して多くない」
宗玄は孫を見た。
「大事にするのじゃぞ」
剣也は小さく笑った。
「分かってるよ」
◇◇◇
同日午後。
九條家本邸の書斎。
宗玄は一人、通信端末を操作していた。
画面には、四葉真夜からの連絡が表示されている。
九條家と四葉家。
両家は長年にわたって親密な友好関係を維持してきた。
九條家は古式魔法界の盟主であり、元老院にも強い影響力を持つ。
四葉家は、日本最強格の特殊戦力を保有する名門。
政治力や組織力では九條家が一段上に位置するものの、両家は互いを独立した名門として尊重していた。
「……ふむ」
宗玄は通信内容を確認した。
共同研究に関する連絡。
そして、近況についての短い挨拶。
宗玄は返信を作成する。
『共同研究の件、承知した。詳細は担当者同士で調整させよう』
少し考えた後、文章を加えた。
『剣也も第一高校での生活を楽しんでおる。そちらの子供たちも、健やかに過ごしておることを願う』
送信。
宗玄は椅子にもたれた。
「……さて」
窓の外へ視線を向ける。
「若い者たちの時代、か」
彼は小さく笑った。
◇◇◇
夕方。
剣也は自室で端末を操作していた。
画面には、雫から届いた研究資料が表示されている。
振動系魔法の演算モデル。
先日の議論を踏まえ、さらに改良されたものだった。
「……へえ」
剣也は感心した。
「もうここまで進めたのか」
返信を送る。
『資料見たよ。かなりよくなってるな』
すぐに返事が来た。
『ありがとう。まだ気になるところがある』
『どこ?』
『対象ごとの微調整』
『ああ、そこか』
剣也は少し考えた。
『明日、学校で一緒に考えるか?』
数秒後。
『うん。お願い』
剣也は笑った。
『了解』
端末を閉じる。
窓の外では、夕日が庭園を赤く染めていた。
「……明日も楽しみだな」
剣也は小さく呟いた。
世界的な剣聖。
九條家の後継者。
国家の権力中枢にもつながる少年。
だが、今の彼が楽しみにしているのは、友人と魔法研究をすることだった。
そんな普通の高校生活を、彼は心から楽しんでいた。
第九話では、九條家の日常と宗玄の人物像を描きました。
九條家と四葉家の関係は、これまでの設定どおり親密な友好関係です。
また、宗玄は達也と四葉家の関係をある程度把握していますが、剣也には秘密を明かしていません。