無能だってお酒飲んでもいい‼...よね??「むのーちゃんの飲酒記録簿」 作:むのーちゃん
夢月(むつき)ののか、29歳。
住処は東響都(トウキョウト)にある綾世(アヤセ)という町。
コミュ障、職場のお荷物、挙句の果てにはアル中の人格破綻者と、救いようがない 愚か者である。
そんな彼女は、周囲からは「むのーちゃん」と呼ばれている…
2026年9月20日(日)
時刻は、21時30分を少し回ったところだった。
「……今日は、早く帰れるな」
普段、普段、仕事が終わるのは日付が変わるぐらいなのだが、今日は珍しくこの時間だ。
それだけだった。
それだけなのだが、むのーちゃんにとっては重要なことだった。
せっかく時間がある。せっかく早く仕事が終わった。
なのに家に帰って、適当に飯を食って、寝る。
それでは、あまりにも味気ないような気がする。
「この時間なら0時まで飲んでも、しっかり寝られるかな」
そう考えながら会社を出たむのーちゃんは、目の前にあるコンビニへ入った。
店内を半周して、酒の棚の前で立ち止まる。
そして、手に取ったのは「バーリアルグラン リッチテイスト」という発泡酒。
350ml、140円、安い。
この安さが大事だった。
「……これ飲みながら考えよう」
会計を済ませ、店を出る。
プシュッ。
缶を開ける。
一口飲む。
「……っぷっはぁ!」
安いのに麦の味がちゃんとして美味しい。
発泡酒なのに薄い感じではなく、穏やかな香りがあって、飲みごたえもある。
それでいて、後味はすっと引いていく。
そして何より安い。
..今日の予算は2000円。
ここで少し安く飲んでおけば、そのぶん店で酒を頼める。
気が付けば、すっかり飲みに行く考えに落ち着いていた。
もう一口飲み、次の思考に移る。
さて、どこへ行くか。
できれば、一品あたりの量は少ないほうがいい。
いろんなものを少しずつ食べたい。
酒を飲むなら、味の濃いものがいい。
しょっぱいものがいい。
最近行っていないところがいい。
そして、できれば遅くまでやっている店。
そんな条件を頭の中で並べていく。
しばらく考えながら歩き、むのーちゃんは隣町に向かうことにした。
午前一時まで営業しているチェーン店を頭に思い浮かべながら。
着いたのは、隣町である瓶有。その駅前にある『日高屋』に入る。
店員さんに促され、「あ、はい...」などと間抜けな返事をしながら、空いている席に座る。
タブレットを手に取り、注文をする。
店員さんを呼ばなくていい。
声を出さなくていい。
画面を操作して、欲しいものを選んで、最後に注文ボタンを押す。
人と話さなくても酒が出てくる。
あぁ..コミュ障にとって、素晴らしいシステムだと思う。
注文してから、ほとんど1分。
チューハイ300円が来た。
ジョッキを受け取る。
さっきバーリアルを一本飲んでいる。
それでも、飲酒欲は高ぶるばかりだ。
「……くそみたいな人生だけど、今日もお疲れ様」
誰に言うでもなく、心の中で呟く。
そして、チューハイを一気に半分ほど飲んだ。
「……っ」
一瞬ため、大きく息を吐く。
酒飲み特有の、飲んだ直後の息。
少しだけ肩の力が抜けた。
それからもう1分経った頃には、 ジョッキは、もう空だった。
「…もうない」
むのーちゃんは寂しそうな顔をしながらもタブレットを操作する。
次はレモンサワー330円
注文を確定する。
すると、ちょうど送信したタイミングで料理が届く。
そら豆220円。
砂肝 210円。
そして、すぐ後にレモンサワーが置かれる。
まず、そら豆。
むのーちゃんは手を汚すのが嫌だった。
だから、そら豆を箸でつまむ。
そのまま口へ。
皮ごと食べる。
中の芋のようなホクホクとした食感が、申し訳程度の塩気とマッチし、美味しい。
ほかの豆と比べても大きいからか、青臭さは強いが、かえってそれがレモンサワーの爽快感を、引き立てる。
ここでレモンサワーを一口。
次に砂肝。
噛む。
コリッ。
肉の旨味がはっきりしている。
塩と胡椒も効いている。
そして、レモンサワー。
「……合う」
この時点で、もう本日の晩酌は成功したといっても、過言ではない。
砂肝の横には刻みネギ。
これもいい。
砂肝のコリコリした食感と、ネギの香り。
さらに酒が進む。
さっきまで一杯目を勢いよく飲んでいたむのーちゃんだったが、料理は少しずつつまみながら飲んでいた。
しかし、酒を飲む間隔は短くなっていった。
レモンサワーを飲む。
砂肝をかじる。
また飲む。
そら豆を食べる。
また飲む。
気づけば、レモンサワーも残り少なくなっていた。
「……もう一杯」
タブレットを操作する。
今度はチューハイおかわりと、ついでに餃子3個160円を注文。
しばらくしてチューハイが届く。
むのーちゃんはジョッキを受け取ると、すぐに口をつけた。
砂肝を食べながら飲む。
そして、5分ほど経った頃。
餃子が届いた。
「おお……」
160円という安さ、それで焼きたての餃子が3個。
むのーちゃんは餃子の香りにそそられ、口角が上がった。
餃子を一つ箸で持ち上げる。
酢。
胡椒。
ラー油をつける。
そして食べる。
「……うまい」
なんとなく通ぶった食べ方をしている自分に酔いしれ、少し満足する。
餃子を頬張って、チューハイを飲む。
頬が少し緩んでいる。
美味しい晩酌は楽しいものだ。
今日は楽しい。
――なのに。
ふと、仕事のことを思い出した。
ミスをするのは、いつものことだ。
むのーちゃんにとって、仕事でのミスは珍しいものではない。
ただ、今日はいつもとは少し違った。
商品の山を崩した。
積んであった商品に手をかけたとき、バランスを崩した。
そして、山になっていた商品が一気に崩れた。
..当然、怒られた。
そのとき、むのーちゃんは何も言えなかった。
本当は、
――疲れていたからです。
そう言いたかった。
でも、怒られている最中にそんなことを言ったら、余計に怒られる気がした。
だから、ただ黙っていた。
「……はぁ」
むのーちゃんは両手で頭を抱えた。
しばらく、そのまま動かない。
けれど、ふと顔を上げ、店内を見回す。
会社帰りらしいサラリーマンたち。
仕事の愚痴を漏らしてはいるが、大声で笑っていて、楽しそうだ。
大学生らしい集団。
こちらも楽しそうに旅行の計画を立てている。
カップルらしき二人組。
見た目はヤンキーだが、会話がぎこちなく、愛らしい。
各々が料理を食べたり、酒を飲んだり、笑っている。
誰も、自分の仕事のミスなんて知らない。当然だ。
ここにいる人たちにとって、むのーちゃんが今日何をやらかしたかなんて、どうで
もいい。
「……まあ」
餃子を見る。
「飲みに来たんだし」
考えても仕方がない。
せっかく来たのに、嫌なことを考えながら飲むなんてもったいない。
タブレットを手に取った。
ドラゴンハイボール330円。
それからスープ20円を注文する。
ドラゴンハイボールが届く。
むのーちゃんは、少し嬉しそうにジョッキを受け取った。
「……これ飲んだら帰るか」
そう言った顔は、もうすっかり緩んでいた。
残っていた餃子を食べる。
そら豆を食べる。
さっきまで一つずつ味を確かめるように食べていたものを、今度はあまり考えずに口へ運んでいく。
餃子を食べて。
酒を飲む。
そら豆を食べて。
また飲む。
料理がなくなっていく。
酒も減っていく。
こうして『食べる』『飲む』を息つく暇もなく行い、考える暇を作らない。これが
むのーちゃんの飲みスタイルである。
そして、ほとんど同じタイミングで全部なくなった。
最後に届いたスープ。
目が重い。
いや、体全体が重いのか、卓上調味料を取るのが少しだけしんどかった。
ラー油を少し。
胡椒も少し。
辛味を足したスープを、飲む。
「……あったかい」
熱いスープが喉を通っていく。
ラー油の辛さが広がる。
そのあとから醤油のコクと、出汁の旨味が口いっぱいに広がる。
冷えていた体が内側から温まっていく。
その瞬間だった。
今まで飲んできた酒が、一気に回ってきたような感覚がした。
「……んー」
一層、まぶたが重くなる。
それでも、口元には笑みが残っている。
今日は楽しかった。
仕事のことを考えたときは最悪だった。
でも、今はどうでもいい。
少なくとも今だけは…
店を出る。
夜風が気持ちいい。
「……うまかったなぁ」
むのーちゃんは、少しだけふらつきながら歩き出した。
今日はもう帰る。
そのつもりだった。
――翌朝。
午前五時を少し過ぎた頃。
「……痛い」
むのーちゃんは、公園のベンチで目を覚ました。
頭痛がし、喉が渇いている。
空はまだ薄暗い。
周囲を見る。
足元には、飲み終わったチューハイの缶。
そして、おにころしのパック。
「……」
しばらく眺め、思い出そうとする。
日高屋を出たところまでは覚えている。
その後も、酒を飲んだような気はする。
でも、どこで何をしていたのかは分からない。
財布を見る。
「……あれ?」
昨日、財布には4000円くらい入っていたはず。
なのに今は、1000円くらいしかない。
「……」
日高屋で使った金額は、バーリアルを含めて2000円ほど。
ほぼ予定通りだった.. ..はず。
でも、その後が問題だったのだ。
「もう一本だけ!!」そう考えたのを、思い出した。
その一言が、どうやら一本では終わらなかったらしい。
結局、その日の出費は3000円近くになっていた。
「……最悪だ」
頭を抱える。
けれど。
少しすると、むのーちゃんは小さく笑った。
昨日は、楽しかった。
だから、たぶん。
今日もまた飲むだろう。
これは、同情一割、自業自得九割。
無能で救いようのない酒カス、むのーちゃんの日記である。
――そして、たぶん今日も続く。