その目に映る未来は、ひとつではない   作:並行世界とかという概念最高

11 / 35
理詰めの間合い

『――さあォッ!! 1回戦第1試合、勝者……緑谷出久ァァァッ!!』

スタジアムに爆発的な歓声が轟いた。

洗脳によって一時は緑谷を追い詰めた心操だったが、最後は『ワン・フォー・オール』の覚醒による衝撃で洗脳を破られ、背負い投げで場外へと押し出された。

リングを下りてくる心操と、すれ違う。

荒い息を吐く彼の顔には悔しさが滲んでいたが、その瞳は決して折れていなかった。

「……負けたよ」

「……うん。でも、かっこよかった」

僕――透野視希が静かに告げると、心操はハッと短く鼻で笑い、「次はお前の番だ」と僕の肩を軽く叩いて通り過ぎていった。自分の意思でリングに立ち、ヒーロー科の領域を脅かした彼の背中は、どこまでも誇らしかった。

続く第2試合――轟焦凍 vs 瀬呂範太。

それは一瞬の出来事だった。瀬呂がテープで先制攻撃を仕掛けた瞬間、スタジアムの半分を飲み込む圧倒的な氷結がリングを覆い尽くした。

『勝者……轟焦凍ッ! いやァ冷たい! 冷たすぎるぜアイスドール!!』

秒で終わった圧勝劇に、観客席は静まり返り、次いで悲鳴のような歓声が上がる。圧倒的な個性の暴力。それが、ヒーロー科のトップ層が持つ現実だった。

氷を溶かす作業が進む中、僕の名前がアナウンスされる。

『さあ気を取り直して第3試合! 続いて入場するのは――障害物競走・騎馬戦と、派手な個性を使わず死角を抜け続けてきた謎の刺客! 普通科・特待生、透野視希ィィッ!!』

歓声の中に、少しだけ「透野? どんな奴だ?」というざわめきが混ざる。

『対するは! ヒーロー科1年A組! 電撃バリバリの若きデンジャラス・ガイ! 上鳴電気ィィッ!!』

対戦相手――上鳴電気は、黄色い髪を揺らしながらヘラヘラと余裕の笑みを浮かべてリングに上がってきた。

「いやー、普通科の相手で助かったわ。さっきの轟の氷結見たろ? あんな化物相手じゃなくてマジでラッキー! 悪ぃけど透野ちゃん、一瞬で決めさせてもらうわ!」

上鳴はバチバチと指先から黄色い放電を散らし、ポーズを決める。

僕は何も言わず、白線で区切られたリングの中央に立った。

余計な威嚇も、ポーズもしない。

身体の力を抜き、重心をわずかに落とす。

視線は上鳴の顔ではなく、彼の胸元と両足のつま先に向けた。

『両者、位置についたな……それじゃあ、第3試合――スタートォッ!!』

号砲が鳴り響く。

「へへっ、逃げ場なしの全方位放電(インディスクリミネイト・ディスチャージ)!! 130万ボルトだァァッ!!」

上鳴は開始と同時に両手を広げ、全身から強烈な電撃を周囲へ一気に撒き散らした。

リング全体を覆うような光の束。

観客席から悲鳴が上がる。

普通なら、逃げ場のない広範囲攻撃。正面から喰らえば一瞬で意識を失う。

(――だが)

僕は、上鳴が両手を広げる「前」――彼の足元が僅かに沈み込み、息を深く吸い込んだ瞬間に、すでに動き出していた。

弾みをつけて前へ突っ込むのではない。

「後ろへ、最短距離で退く」。

(放電の射程距離はおよそ半径数メートル。全方位へ均等に拡散させる以上、外縁に行けば行くほど電撃の密度は下がり、到達速度にコンマ数秒のラグが生まれる)

バチバチと空気を焼く音が目の前を通過する。

僕はリングのギリギリ端――白線の一歩手前まで身体を滑らせ、上鳴の放電の「外縁」へと退避していた。

服の袖が静電気でわずかに逆立ったが、直撃は完全に免れていた。

『な……なんだァァッ!? 全方位攻撃の放電を、一瞬の間合いの見極めで回避したァァッ!?』

プレゼント・マイクがマイクを握りつぶしそうな勢いで叫ぶ。

『イレイザー! 今の見たか!? 透野の奴、合図と同時にバックステップ踏んでやがったぞ!!』

『……合図と同時じゃねえ』

相澤消太の低い声が解説席から響く。

『上鳴の身体が帯電する予備動作……肩の上がり方と踏み込みを見て、技が放たれる前に退いてる。相手の攻撃範囲と威力の減衰距離を、最初から頭に入れてなきゃできない判断だ』

「な……ッ!?」

放電が収まったリングの中央で、上鳴が目を見開いていた。

一撃で決められるはずだった攻撃が、完全に空を切っていたのだから無理もない。

「なんで……当たってねえんだよ、透野……ッ!?」

焦った上鳴は、再び指先を僕に向ける。

「なら、もう一発――!」

「やめた方がいい」

僕は静かに言葉を挟んだ。

上鳴の手が止まる。

「君の個性は強力だけど、過剰に出力を使えば脳がショートするんだろう。さっきの一撃で、もう相当な負担がかかっているはずだ」

「な……なんでそれを知って……っ! 騙されるかよ!!」

上鳴は焦りに任せ、二度目の全方位放電を放とうと腕を突き出した。

(――技の出が、さっきより著しく遅い)

判断に迷いが生じ、呼吸が乱れている。

僕は直進した。

前傾姿勢で身体を低く倒し、上鳴が放電のトリガーを引く「直前」の死角へと滑り込む。

バチッとスパークが弾けるより早く、上鳴の開いた懐へ一歩を踏み込んだ。

力で叩きのめす必要はない。

上鳴の手首を掴み、その力を利用して彼の重心を前方へと引き崩す。

体勢を崩した上鳴の腰の裏に僕の足を引っ掛け、最小限の力で斜め前へと押し出した。

「うわあッ!?」

ドシン、と大きな音が響く。

上鳴は自分の勢いと重心の崩れに耐えきれず、リングの白線を越えて外の土へと転がり出た。

「……うぇい」

頭を打った衝撃と、二度の放電の反動により、上鳴の目は完全に回っていた。両手の親指を立てたまま、アホ顔で固まっている。

一瞬の静寂の後、審判のプロヒーローが手を掲げた。

「上鳴選手、場外! 勝者、透野選手!」

『勝負ありィィィッ!! 派手な打ち合いは一切なし! 相手の大技を完璧に見切り、自滅と体捌きだけで場外へと押し出したァァッ!! 勝者、普通科・透野視希!!』

会場がどっと湧き上がった。

観客席から見れば、上鳴が大技を空振りし、焦って突っ込んできたところを普通科の生徒があっさり倒したようにしか見えなかっただろう。

だが、ヒーロー科の生徒たちの反応は違っていた。

「……嘘だろ」

観覧席で、切島が口を半開きのまま固まっていた。

「上鳴の放電を、完璧に『誘発』させてスカした……!? 透野の奴、一歩も無理な動きしてねえぞ……!」

隣で緑谷が、凄まじい勢いでノートにペンを走らせている。

「……相手の個性のデメリット、間合い、予備動作……そのすべてを瞬時に計算して、最小限の動作で場外へ誘導したんだ。透野くんは力で勝ったんじゃない……『理』で勝ったんだ……!」

爆豪は腕を組み、不機嫌そうに目を細めて僕を睨みつけていた。

「チッ……気味の悪い動きしやがる」

*

『イレイザー……今の、お前どう見る?』

実況席で、マイクが珍しく真面目な声で尋ねる。

相澤は手元の端末に目を落としたまま、静かに答えた。

『……自分の強みと弱みを完璧に理解してるな。自分の身体能力が相手より劣っていることを前提に、相手の思考と癖を読んで最小の労力で最大の果実を得る。……透野の戦術は、極めて理にかなってる』

『個性は使ってねえと思うか?』

『……さあな。だが、少なくともあいつは個性の力に頼って戦っちゃいねえよ』

*

僕は審判に一礼し、静かにリングを下りた。

息も上がっていない。汗もほとんど書いていない。

けれど、頭の中では上鳴の動きを秒単位で処理し続けたため、心地よい疲労感が残っていた。

(次(2回戦)は……飯田天哉か)

第4試合で発目明のプレゼンに振り回されつつも勝利した飯田の姿を思い浮かべる。

彼の直線的な超スピードは、上鳴の放電とはまた違う脅威だ。

けれど、焦りはない。

相手が誰であろうと、僕――透野視希がやるべきことは変わらない。

観察し、判断し、自分の意思で選択する。

僕は給水場へ向かいながら、冷たい水を一口含んだ。

体育祭という名の「行事」は、まだ続いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。